↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第七章 かつての戦友編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/173

第91話 王女の牙

 頭上から、巨岩の重みが両腕へ食い込む。骨がきしみ、足元の岩盤へ膝まで沈んだ。


 俺の後ろには、ルナたち四人がいる。避けることはできない。避けるつもりもない。


「アレス!」


 初めて、ルナが俺の名を叫んだ。


「黙って下がっていろ!」


 闘気を両腕へ集める。受け止めるだけでは足りない。このまま横へ投げれば谷の斜面が崩れ、後ろへ落とせば四人が潰れる。細かく砕き、正面へだけ弾き飛ばす。


 指を岩へ深く食い込ませた。


「《破砕》!」


 手のひらから放った衝撃が巨岩の内側へ走り、一つの塊だった岩へ無数の亀裂が広がった。次の瞬間、頭上の巨岩が内側から弾け飛び、正面へ岩片が降り注ぐ。


「ガルム!」


「承知」


 大盾が俺の横へ並ぶ。ガルムはクロウとアイゼンを後ろへ押し、ルナまで盾の陰へ入れた。残っている魔力を絞り出し、盾の表面へ土と岩を重ねる。


「土盾《不動城塞(フドウジョウサイ)》」


 岩片が大盾へ激突し、重い音が連続して響く。ガルムの両足が地面を削った。それでも、一歩も退かない。


 やがて最後の岩が落ち、谷へ静けさが戻った。


 俺の両腕は、肘から先の骨が砕け、筋肉も何か所か断裂していた。《超再生》を働かせると、曲がっていた骨が元の形へ戻り、裂けた筋肉がつながる。腕を一度開き、握る。問題なく動く。


 振り返った。


「全員、無事か?」


 四人とも俺を見ていた。クロウはガルムへ支えられながら、いつものおだやかな表情を失っている。アイゼンは剣を握ったまま、何かを言おうとして口を閉じた。


 ガルムだけが短く答える。


「無事だ」


「そうか」


「お前が守った」


「連れて帰ると言ったからな」


「うむ」


 ガルムが、わずかに口元を緩めた。


 ルナは、杖を持ったまま動かない。


「なぜじゃ」


「何がだ?」


「なぜ、わらわたちをかばった」


「さっき答えた」


「わらわたちは、そなたを殺そうとしたのじゃぞ」


「殺せないことは分かっていた」


「そういう話ではない!」


 ルナの声が、崩れた谷へ響く。


「そなたが避ければ、それで済んだ。わらわの血術が招いた崩落じゃ。わらわたちが潰れようと、そなたには関係なかろう」


「ある」


「なぜじゃ」


「四人とも、俺に必要だからだ」


「力が、か?」


「それだけではない」


 言葉がのどで止まる。今の四人にとって、俺は今夜会ったばかりの人間だ。滅びた未来で何度も助けられたことも、共に戦った年月も、最後には誰一人守れなかったことも話せない。


 それでも、これだけは伝えられる。


「お前たち全員に、生きていてほしい」


 ルナの赤い瞳が揺れた。アイゼンも、今度は怒鳴らない。


 クロウだけが静かに問う。


「なぜ、そこまで私たちを?」


「今は話せない」


「いずれは、お話しいただけますか」


 未来のことを話せない誓いがある。過去へ戻った事実は、一生話せないかもしれない。


「話せることなら、必ず話す」


「ずいぶんとはっきりしないお答えですね」


「うそをつくよりはいい」


 クロウはしばらく俺を見つめた。


「ふぉふぉ……確かに」


 小さな笑い声が戻る。


 ルナが目を閉じた。戦いが終わったのかと思ったが、再び開いた赤い瞳には、まだ強い意志が残っている。


「クロウ、アイゼン、ガルム。下がれ」


「姫様?」


 アイゼンが顔を上げる。


「わらわは、まだ敗北を認めておらぬ」


「今ので十分だろう」


「そなたが勝手にわらわたちをかばっただけじゃ。勝敗とは関係ない」


「ずいぶんと都合のよい解釈だな」


「わらわは王女じゃ。都合の悪いことを、都合よく解釈する権利くらいある」


「そんな王女だから、父親とけんかして山へ逃げることになる」


「そなた、事情を知っておるからと好き勝手に申すでない!」


 怒鳴るだけの力が残っているなら、問題ない。


「姫様」


 クロウが、ルナの横へ進み出ようとする。


「お下がりください。次は私が――」


「命令じゃ」


 ルナの声が変わった。王女らしい重みを持つ、逆らうことを許さない声だった。


「三人とも下がれ。わらわが、この者を止める」


「しかし」


「そなたたちは十分に戦った」


 クロウは何かを言いかけ、最後には深く頭を下げた。


「承知しました」


 アイゼンは納得していない顔のまま、剣を下ろす。ガルムは二人を守るように大盾を構え、数歩後ろへ退いた。


 ルナが俺の前へ進み出る。


 長い紫髪が、夜風を受けて揺れた。


「アレス。そなたは、わらわたち四人を連れていくと申したな」


「ああ」


「ならばわらわは、そなた一人を連れていく」


「できるものならな」


「その言葉、後悔するでないぞ」


 ルナが杖を構えた。戦いが、再び始まる。


◇


「杖術(ジョウジュツ)《血月輪舞(チヅキノマイ)》!」


 杖の先端が、のどへ伸びる。一度見た動きとは違う。先ほどは三人と歩調を合わせ、周囲を確かめながら戦っていた。今は自分一人。守る相手を後ろへ置き、すべての意識を俺だけへ向けている。


 速い。


 のどを狙った突きを半歩で避ける。杖が手の中を滑り、反対側の石突きが脇腹へ迫った。左腕で受けると、骨まで響く重さがある。すらりとした細身からは想像しにくいが、腕力も強い。


 石突きへ血の刃が生まれ、左腕の肉が裂けた。


 ルナは杖を止めず、身体ごと回転する。長い紫髪が円を描き、その陰から赤黒い炎が放たれた。


「闇炎《蝕月(ショクゲツ)》!」


 身を沈めて炎の下を潜り、懐へ入る。右の手のひらを腹へ伸ばすと、ルナが杖から手を離した。


 血で作られた二本の短剣が両手へ生まれ、俺の手首と首を同時に狙う。首の刃を左手で弾き、右の刃を腕へ受けた。肉へ食い込んだ血刃がすぐに形を崩し、また身体の中へ入り込む。


「《緋牢(ヒイロノオリ)》か」


「同じ破り方が、何度も通じると思うでない」


 今度の血は、俺の血を支配しようとしなかった。傷口から細い糸となって広がり、筋肉と骨へ直接巻きつく。俺の血と混ざらず、身体の内側へ杭を打つように動きを止める。


 右腕が動かなくなった。同時に、足元から血鎖が伸び、両脚へ絡みつく。


「止めたぞ」


「悪くない」


「その上からの物言いを、まず改めさせてやる」


 ルナが右手を振る。背後から《紅槍葬列(ベニヤリノソウレツ)》が迫った。


 両脚は縛られ、右腕も動かない。左手の指を体内へ入り込んだ血の糸へ当てる。見えなくても、位置は分かる。


「《崩刃(ホウジン)》」


 身体の内側で血の糸を断つと、右腕が動いた。両脚を縛る鎖を力任せに引き千切り、前へ出る。


 背後から迫った血の槍が服を裂き、背中へ何本も赤い線を刻んだ。それでも止まらず、ルナの前へ踏み込む。


「《無拍子(ムビョウシ)》」


 予備動作のない一歩に、ルナの赤い瞳が俺を見失う。その横へ回り、右拳を脇腹の寸前で止めた。


「一度目だ」


 打ち込めば、あばら骨と内臓をまとめて潰せる。ルナも分かっている。だが、降参とは言わなかった。身体を俺へ寄せ、拳の間合いを自ら潰す。


 左手が俺の首へ回った。


「近すぎるぞ」


「それでよい」


 ルナの唇から二本の牙がのぞいた。


 ここだ。


 これを待っていた。


 避けようと思えば避けられる。俺は動かなかった。


 牙が首筋へ食い込む。鋭い痛みが走り、皮膚を破った牙が血管へ届く。その牙を通して、熱いものが流れ込んできた。


「王血秘術《緋王ノ契(ヒオウノチギリ)》」


 耳元でルナがささやく。


「そなたを殺しはせぬ。わらわの血の力に従う配下、《眷属(ケンゾク)》となり、自分の思い上がりを悔いるがよい」


 牙が抜ける。首筋から流れた血を、ルナが赤い舌で拭った。


 身体の中へ入った熱が、心臓へ向かって走る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。