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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第七章 かつての戦友編

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第90話 一人も置いていかない

「そなた、なぜあれを受けた」


「確かめたかった」


「何をじゃ」


「今のお前たちが、どこまで戦えるのか」


「そのために、死にかねぬ攻撃を正面から受けたと申すのか?」


「死なないと分かっていた」


「少しでも再生が遅ければ、岩の下で動けぬままじゃったぞ」


「遅れないように鍛えた」


 ルナが額へ手を当てる。


「クロウ」


「はい」


「そなたの申したとおりじゃ。この者は、間違いなくまともではない」


「だから、聞こえているぞ」


「聞かせておる」


 ルナの口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。まだ余裕がある。それでいい。


「今ので、お前たちの攻撃は終わりか?」


「まさか」


 笑みが深くなる。


「そなたがわらわたちを確かめたように、わらわも確かめたい。どれほどの力を隠しておるのか、すべて見せてもらうぞ」


「すべては見せられない」


「なぜじゃ」


「殺してしまう」


 谷から、再び音が消えた。


「貴様――!」


 アイゼンの雷が膨れ上がる。


「待て」


 今度はルナの声で止まった。


 赤い瞳が、真っすぐ俺を見ている。


「ならば、殺さずにわらわたち四人を倒してみせよ」


「最初から、そのつもりだ」


「よかろう」


 ルナが杖を掲げた。


「クロウ、アイゼン、ガルム。ここから、この者の底を暴く」


「承知しました」


「承知!」


「守る」


 三人の返事が重なる。


 俺は、身体の内側を巡る闘気をさらに解放した。確認は終わった。ここからは、俺の番だ。


 最初に狙うのは、クロウ。ルナの命令が三人へ届くより早く、地面を蹴った。


「《無拍子(ムビョウシ)》」


 踏み込みの音も、肩や腰の予備動作もない。気づいた時にはクロウとの距離が消え、老執事の赤い目がわずかに見開かれた。


 同時に、左右と正面に三人のクロウが現れる。


 どれも短剣を構え、本物と同じ気配をまとっていた。だが、本体はそこにいない。振り向き、誰もいない闇へ腕を伸ばすと、指先が黒衣の襟をつかんだ。


「なっ……」


「捕まえた」


 引き寄せ、みぞおちの前で拳を止める。


 一瞬、赤い目と視線が合った。殺さないため、闘気をわずかに抜く。


「《破砕》」


 拳を打ち込んだ。


「かはっ……」


 肺から空気が抜け、クロウの身体が折れる。首の後ろへ手刀を落として意識を断ち、地面へ倒れる前に抱えて横へ寝かせた。


「クロウ!」


 アイゼンの剣が迫る。


「雷剣奥式《天雷墜(テンライツイ)》!」


 空から落ちる雷を剣へ集め、そのすべてを一撃へ乗せている。


 速い。避ければ、倒れたクロウへ届く。俺は左手を刃へ向けた。


「《崩刃》」


 指先から走った見えない刃が、剣を包む雷だけを断ち切る。青白い光が左右へ裂け、岩壁へ落ちた。


「雷を、斬った?」


 動きの鈍った剣を《流転》で逸らし、アイゼンの懐へ入る。


「怒ると、右足へ力を乗せすぎる」


 右足を払い、体勢を崩した胸へ手のひらを当てた。


「それから、雷を強くする前に左肩が下がる」


「何を――」


「直せ」


 衝撃を通すと、アイゼンの身体が地面と平行に飛び、岩壁へ背中からぶつかった。岩へ何本もの亀裂が走る。


 すぐに追い、倒れ込む腹へつま先を当てた。


「二人目だ」


 蹴れば、内臓をすべて潰せる。


 アイゼンにも分かったのだろう。赤い目が、初めて俺から逸れた。


「まだだ!」


 ガルムのほえ声。


 巨大な大盾が、俺とアイゼンの間へたたきつけられる。


 地面が割れ、土と岩が噴き上がった。


 ガルムがアイゼンを背にかばい、俺の前へ立つ。傷ついていた盾は、先ほどより厚く作り直されていた。


「仲間をかばうのは悪くない」


「なら、退け」


「断る」


「なら、俺を越えろ」


「そのつもりだ」


 正面から踏み込む。ガルムが大盾を押し出した。今度はかわさず、両手を盾の中央へ当てる。


 凄まじい力が腕へかかった。靴の底が地面を削り、身体が後方へ押されていく。ガルム自身の力だけではない。《身体強化》と土魔法で足元を固め、大地そのものを力へ変えている。


「動く城壁か」


「俺は盾だ」


「なら、その盾を越える」


「《流転》」


 押し返すのを止め、ガルムの力を両腕から肩、背、腰へ流す。右足を軸に身体を半回転させ、盾の進む先をわずかに横へずらした。


 大盾が俺のわきを通り過ぎ、自分の力を止められないガルムの巨体が一歩前へ出る。岩で覆われていない盾の裏へ、右の手のひらを添えた。


「《破砕》」


 盾を壊すのではない。衝撃を、大盾の向こうへ通す。鈍い音が響き、ガルムの身体が大きく揺れた。


「ぐっ……」


 膝が地面へつく。それでも、盾は離さなかった。


「まだだ」


「十分だ」


 首筋へ手刀を落とそうとする。


 頭上から、血の鎖が伸びてきた。


 右腕へ巻きつき、身体を引き上げる。


「わらわを忘れるでない!」


 ルナが杖を振るう。


 十本以上の血鎖が、俺を四方から縛った。引き千切ろうとした瞬間、鎖の表面へ闇炎が走り、腕の皮膚が焼け、力を込めた場所から血が噴き出した。


 ルナは俺の動きを封じたまま、クロウ、アイゼン、ガルムへ血を分け与える。三人の傷が、目に見える速さで塞がり始めた。


「王女が自分の血を使うのか」


「三人は、わらわと共に父上のもとを離れた者たちじゃ。わらわが守らず、誰が守る」


 その答えも、変わっていない。


 血鎖に右手の指を当てる。


「《崩刃》」


 一本を断つ。続けて二本。三本目を切ったところで、アイゼンが立ち上がった。ガルムも盾を構え直す。クロウは片膝をつきながらも、周囲へ虫を集めていた。


 四人とも、まだ戦う。それでいい。俺は残る血鎖を力任せに引き千切り、地面へ降りた。


「次で終わらせる」


「それはこちらの台詞じゃ」


 ルナの周囲へ残る血がすべて集まり、槍ではなく一本の巨大な刃へ形を変えた。赤黒い炎をまとった血刃が、谷を二つへ断つように振り下ろされる。


「血術《緋王断(ヒオウダン)》!」


 狙いは俺。だが、先ほどの攻撃で傷んだ岩壁が血刃の衝撃へ耐えられず、亀裂がルナの狙った場所を越えて広がっていく。


「クロウ!」


 ルナの表情が変わった。


 俺とルナの頭上だけではない。気を失いかけているクロウと、まだ足元の定まらないアイゼン。膝をついたガルムの上へ、巨大な岩塊が崩れ落ちていく。


 ガルムが大盾を掲げる。


「俺が受ける」


「無理だ!」


 夜のガルムでも、一人で支え切れる量ではない。盾が耐えても、その下にいる三人の身体が潰れる。


 俺はルナの血刃を《流転》で逸らし、そのまま《縮地(シュクチ)》でクロウとアイゼンのもとへ移動する。二人の服をつかみ、ガルムの盾の後ろへ投げた。


「受け止めろ!」


「うむ!」


 ガルムが片腕で二人を抱える。続けてルナの腕をつかみ、ガルムの盾の後ろへ引き込んだ。


 その上へ、岩塊が迫る。俺は四人の前へ立った。


 両手を頭上へ向ける。


 落ちてきた巨岩を、正面から受け止めた。


 大きい。


 俺たち全員を、まとめて潰せるほどの岩だ。


「なぜ、わらわたちをかばう!」


 ルナの声が響く。


「連れて帰ると言った!」


 闘気を両腕へ集める。


 受け止めるだけでは、下にいる四人が動けない。


 指を岩へ食い込ませた。


「俺は、一人も置いていかない!」

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