第90話 一人も置いていかない
「そなた、なぜあれを受けた」
「確かめたかった」
「何をじゃ」
「今のお前たちが、どこまで戦えるのか」
「そのために、死にかねぬ攻撃を正面から受けたと申すのか?」
「死なないと分かっていた」
「少しでも再生が遅ければ、岩の下で動けぬままじゃったぞ」
「遅れないように鍛えた」
ルナが額へ手を当てる。
「クロウ」
「はい」
「そなたの申したとおりじゃ。この者は、間違いなくまともではない」
「だから、聞こえているぞ」
「聞かせておる」
ルナの口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。まだ余裕がある。それでいい。
「今ので、お前たちの攻撃は終わりか?」
「まさか」
笑みが深くなる。
「そなたがわらわたちを確かめたように、わらわも確かめたい。どれほどの力を隠しておるのか、すべて見せてもらうぞ」
「すべては見せられない」
「なぜじゃ」
「殺してしまう」
谷から、再び音が消えた。
「貴様――!」
アイゼンの雷が膨れ上がる。
「待て」
今度はルナの声で止まった。
赤い瞳が、真っすぐ俺を見ている。
「ならば、殺さずにわらわたち四人を倒してみせよ」
「最初から、そのつもりだ」
「よかろう」
ルナが杖を掲げた。
「クロウ、アイゼン、ガルム。ここから、この者の底を暴く」
「承知しました」
「承知!」
「守る」
三人の返事が重なる。
俺は、身体の内側を巡る闘気をさらに解放した。確認は終わった。ここからは、俺の番だ。
最初に狙うのは、クロウ。ルナの命令が三人へ届くより早く、地面を蹴った。
「《無拍子》」
踏み込みの音も、肩や腰の予備動作もない。気づいた時にはクロウとの距離が消え、老執事の赤い目がわずかに見開かれた。
同時に、左右と正面に三人のクロウが現れる。
どれも短剣を構え、本物と同じ気配をまとっていた。だが、本体はそこにいない。振り向き、誰もいない闇へ腕を伸ばすと、指先が黒衣の襟をつかんだ。
「なっ……」
「捕まえた」
引き寄せ、みぞおちの前で拳を止める。
一瞬、赤い目と視線が合った。殺さないため、闘気をわずかに抜く。
「《破砕》」
拳を打ち込んだ。
「かはっ……」
肺から空気が抜け、クロウの身体が折れる。首の後ろへ手刀を落として意識を断ち、地面へ倒れる前に抱えて横へ寝かせた。
「クロウ!」
アイゼンの剣が迫る。
「雷剣奥式《天雷墜》!」
空から落ちる雷を剣へ集め、そのすべてを一撃へ乗せている。
速い。避ければ、倒れたクロウへ届く。俺は左手を刃へ向けた。
「《崩刃》」
指先から走った見えない刃が、剣を包む雷だけを断ち切る。青白い光が左右へ裂け、岩壁へ落ちた。
「雷を、斬った?」
動きの鈍った剣を《流転》で逸らし、アイゼンの懐へ入る。
「怒ると、右足へ力を乗せすぎる」
右足を払い、体勢を崩した胸へ手のひらを当てた。
「それから、雷を強くする前に左肩が下がる」
「何を――」
「直せ」
衝撃を通すと、アイゼンの身体が地面と平行に飛び、岩壁へ背中からぶつかった。岩へ何本もの亀裂が走る。
すぐに追い、倒れ込む腹へつま先を当てた。
「二人目だ」
蹴れば、内臓をすべて潰せる。
アイゼンにも分かったのだろう。赤い目が、初めて俺から逸れた。
「まだだ!」
ガルムのほえ声。
巨大な大盾が、俺とアイゼンの間へたたきつけられる。
地面が割れ、土と岩が噴き上がった。
ガルムがアイゼンを背にかばい、俺の前へ立つ。傷ついていた盾は、先ほどより厚く作り直されていた。
「仲間をかばうのは悪くない」
「なら、退け」
「断る」
「なら、俺を越えろ」
「そのつもりだ」
正面から踏み込む。ガルムが大盾を押し出した。今度はかわさず、両手を盾の中央へ当てる。
凄まじい力が腕へかかった。靴の底が地面を削り、身体が後方へ押されていく。ガルム自身の力だけではない。《身体強化》と土魔法で足元を固め、大地そのものを力へ変えている。
「動く城壁か」
「俺は盾だ」
「なら、その盾を越える」
「《流転》」
押し返すのを止め、ガルムの力を両腕から肩、背、腰へ流す。右足を軸に身体を半回転させ、盾の進む先をわずかに横へずらした。
大盾が俺のわきを通り過ぎ、自分の力を止められないガルムの巨体が一歩前へ出る。岩で覆われていない盾の裏へ、右の手のひらを添えた。
「《破砕》」
盾を壊すのではない。衝撃を、大盾の向こうへ通す。鈍い音が響き、ガルムの身体が大きく揺れた。
「ぐっ……」
膝が地面へつく。それでも、盾は離さなかった。
「まだだ」
「十分だ」
首筋へ手刀を落とそうとする。
頭上から、血の鎖が伸びてきた。
右腕へ巻きつき、身体を引き上げる。
「わらわを忘れるでない!」
ルナが杖を振るう。
十本以上の血鎖が、俺を四方から縛った。引き千切ろうとした瞬間、鎖の表面へ闇炎が走り、腕の皮膚が焼け、力を込めた場所から血が噴き出した。
ルナは俺の動きを封じたまま、クロウ、アイゼン、ガルムへ血を分け与える。三人の傷が、目に見える速さで塞がり始めた。
「王女が自分の血を使うのか」
「三人は、わらわと共に父上のもとを離れた者たちじゃ。わらわが守らず、誰が守る」
その答えも、変わっていない。
血鎖に右手の指を当てる。
「《崩刃》」
一本を断つ。続けて二本。三本目を切ったところで、アイゼンが立ち上がった。ガルムも盾を構え直す。クロウは片膝をつきながらも、周囲へ虫を集めていた。
四人とも、まだ戦う。それでいい。俺は残る血鎖を力任せに引き千切り、地面へ降りた。
「次で終わらせる」
「それはこちらの台詞じゃ」
ルナの周囲へ残る血がすべて集まり、槍ではなく一本の巨大な刃へ形を変えた。赤黒い炎をまとった血刃が、谷を二つへ断つように振り下ろされる。
「血術《緋王断》!」
狙いは俺。だが、先ほどの攻撃で傷んだ岩壁が血刃の衝撃へ耐えられず、亀裂がルナの狙った場所を越えて広がっていく。
「クロウ!」
ルナの表情が変わった。
俺とルナの頭上だけではない。気を失いかけているクロウと、まだ足元の定まらないアイゼン。膝をついたガルムの上へ、巨大な岩塊が崩れ落ちていく。
ガルムが大盾を掲げる。
「俺が受ける」
「無理だ!」
夜のガルムでも、一人で支え切れる量ではない。盾が耐えても、その下にいる三人の身体が潰れる。
俺はルナの血刃を《流転》で逸らし、そのまま《縮地》でクロウとアイゼンのもとへ移動する。二人の服をつかみ、ガルムの盾の後ろへ投げた。
「受け止めろ!」
「うむ!」
ガルムが片腕で二人を抱える。続けてルナの腕をつかみ、ガルムの盾の後ろへ引き込んだ。
その上へ、岩塊が迫る。俺は四人の前へ立った。
両手を頭上へ向ける。
落ちてきた巨岩を、正面から受け止めた。
大きい。
俺たち全員を、まとめて潰せるほどの岩だ。
「なぜ、わらわたちをかばう!」
ルナの声が響く。
「連れて帰ると言った!」
闘気を両腕へ集める。
受け止めるだけでは、下にいる四人が動けない。
指を岩へ食い込ませた。
「俺は、一人も置いていかない!」




