第88話 四人の連携
最初に届いたのは、雷だった。
「アイゼン、《蒼雷牙》は正面からでは当たらないぞ」
「貴様が先に言うな! 雷剣《蒼雷牙》!」
青白い光をまとった剣が、俺の首を狙う。
その一歩前に、ガルムの大盾が迫っていた。盾撃《大地震衝》。正面から押し潰すと見せて俺の逃げ道を右へ限定し、そこへアイゼンの雷剣を重ねる。左へ避ければクロウの虫が待ち、頭上にはルナの血の槍が浮かんでいた。
「血術《紅槍葬列》」
俺はルナより先に技名を告げる
数十本の赤い槍が、月明かりを塗り潰した。
「わらわの技まで先に言うのか」
ルナが杖を振り下ろしながらにらむ。
「ああ」
「わらわの楽しみを奪うでない!」
ガルムの大盾を半歩だけ動いてかわし、アイゼンの剣を右腕で受け流す。触れた場所から雷が全身へ走り、筋肉が一瞬だけこわばった。
そのすきを、クロウは見逃さない。
「虫術《千毒葬針》」
黒い虫の群れに紛れ、無数の細い針が飛んでくる。
「今度は自分で言えたな、クロウ」
「ふぉふぉふぉ。技を奪われる前に使うことにいたしました」
顔を傾け、二本を避ける。左手で三本を弾き、右肩を狙った一本を指で挟んだ。その陰に、針がもう一本隠れている。首筋をかすめ、甘い匂いのする毒が傷口へ入った。
直後、足元から土の杭が突き出す。ガルムが大盾を地面へ突き立て、岩壁と地面を同時に操っていた。逃げ道を塞ぎながら、俺の身体を上へ追い出す。
地面を蹴った。
空へ逃げた俺を、ルナの血の槍が待っている。
身体を捻る。
一本目はわきを通り、二本目は服だけを裂いた。三本目が左の太ももを貫く。
空中では踏ん張れない。
そこへアイゼンが跳び上がってきた。
「今度こそ、もらった!」
雷をまとった剣が、俺の胴を横なぎにする。
俺は右足へわずかな闘気を集めた。
「《空踏》」
何もない空間を蹴る。
足裏から放った闘気が空気をたたき、身体が半歩分だけ上へずれた。アイゼンの剣が足元を通り過ぎる。
「空を、蹴っただと?」
「一度だけだ」
「一度でもおかしい!」
驚いて動きの止まったアイゼンの肩へ手を置き、そのまま踏み台にする。背後へ降りようとした瞬間、左太ももへ刺さっていた血の槍が形を崩し、赤い液体となって傷口から身体の中へ入り込んだ。
「捕らえたぞ」
ルナが杖を握り込んだ。
「血術《緋牢》」
流れ出た俺の血と、ルナの血が混ざる。腕と脚が内側から縛り上げられた。血術は自分の血だけではなく、相手が流した血まで支配する。ルナの前で傷つくほど、身体の自由を奪われていく。
「いかに再生しようと、血までわらわの手にある。これで動けまい」
「そうだな」
「ずいぶんと素直ではないか」
「普通なら、動けない」
《超再生》へ意識を向ける。傷を塞ぐだけではない。俺の身体から失われたものを元へ戻す。
地面へ落ちた血が震え、ルナの支配に逆らって細い流れとなり、俺の傷口へ戻ってくる。身体の中へ入り込んだルナの血も、俺の血から分かれ始めた。
「なっ……」
ルナの赤い目が見開かれる。
腕を動かすと、内側から縛っていた血が千切れ、赤いしずくとなって皮膚から噴き出した。傷口は直後に閉じる。毒にしびれていた指先も、裂けた太ももも、すでに元へ戻り始めている。
「俺の血を使うなら、再生より早く支配しろ」
「己の血を奪い返す再生など、聞いたことがないぞ」
「俺も、ほかに見たことはない」
「貴様は、本当に人間なのか?」
アイゼンが剣を向けたまま問う。
「人間だ」
「それで納得できると思うか!」
「納得する必要はない。お前たちも、すぐに慣れる」
「誰が慣れるか!」
再び雷が迫る。
俺は前へ出た。
◇
夜のヴァンパイアは強い。昼の三倍から五倍。単純に腕力や速さだけが増すわけではない。感覚が研ぎ澄まされ、魔力の回復も速くなり、再生力まで跳ね上がる。
アイゼンの踏み込みは、昼なら目で追えたはずの距離を一瞬で消す。ガルムの巨体は大盾と合わさり、岩壁そのものに等しい重さとなっていた。クロウの虫は夜闇に溶け、ルナの血術と魔法は月が高くなるほど密度を増している。
四人の連携は、滅びた未来で知っていたものとよく似ている。ガルムが正面を塞ぎ、アイゼンが速さと雷で崩す。クロウは虫と罠で敵の意識を散らし、わずかなすきへ刃と毒を滑り込ませる。三人が作った好機を、ルナの血術と魔法が確実に仕留める。
だが、同じではない。今の四人は、あのころより弱い。それだけではなく、互いを守ろうとする意識がわずかに強すぎる。
アイゼンはルナへの道を塞ぐため、攻撃を終えた後も半歩深く残る。ガルムはクロウの本体が近づくたび、右側の守りを厚くする。クロウは三人の退路を常に一つ残し、そのために自分の動ける範囲を狭めていた。
ルナは、三人全員の位置を確かめてから魔法を放つ。
誰一人、失いたくないのだ。父王のもとを離れ、魔王教にも追われ、この山中で頼れるのは四人だけ。そうなったのも無理はない。それは弱さではないが、戦いの中では隙になる。
「ガルム、左じゃ!」
ルナの声に合わせ、ガルムが大盾を横なぎにした。
盾でありながら、攻撃範囲は長剣より広い。表面を覆う土と岩が横へ伸び、逃げ道を削っていく。
俺は盾が動く前に左へ踏み込んでいた。巨大な壁が頭上を通り過ぎる。盾の内側へ潜り込み、右手をガルムのわき腹へ添えた。打ち抜こうとした瞬間、ガルムが自ら身体を捻る。
俺の手のひらは岩の装甲をかすめただけに終わった。代わりに、背後からアイゼンの剣が迫る。俺の狙いを見て、ガルムが自分をおとりにしたのだ。
「雷剣《迅雷連牙》!」
上から、右から、斜め下から。
青白い刃が、ほとんどすき間なく走る。
一撃目を《流転》で逸らす。二撃目は身を沈めてかわし、三撃目を左腕で受けた。刃が肉を裂き、雷が骨まで走る。
そこへ、ルナの杖が伸びてきた。
「杖術《血月輪舞》」
紫髪が、夜の中へ円を描く。
長い杖が槍のようにのどを突き、次の瞬間には持ち手を変えてわき腹を払う。先端の魔石だけを警戒すれば、反対側の石突きが死角から迫る。
杖の動きに沿って血の刃が生まれ、一振りごとに攻撃範囲が伸びていく。
最初の突きを首を傾けて避ける。二撃目は左手で受けた。石突きが手のひらを貫き、そこから伸びた血刃が前腕まで裂く。ルナが杖を引こうとする前に握り込んだ。
「捕まえた」
「わらわだけを見ていてよいのか?」
足元に、小さな黒い甲虫がいた。靴の裏で踏むと、潰れた身体から黄色い煙が噴き出した。息を止めた瞬間、視界の端でクロウの短剣が光る。
首を狙う刃を右手でつかむ。手のひらが裂けたが、離さない。
「今度は本体だな」
「いかがでしょう」
クロウの姿が揺れる。つかんだ腕が虫へ変わる前に、逆の手で胸を打った。硬い感触。今度こそ本体だ。
だが、深く打ち込む直前、クロウの身体が後方へ引かれた。腰へ巻きついた土が、ガルムの盾の後ろまで運んでいく。同時に、アイゼンが俺とクロウの間へ入った。
「仲間思いだな」
「貴様に言われる筋合いはない!」
雷剣が再び振るわれる。受け流すたび、雷が腕を走った。身体へ蓄積したしびれは、《雷属性耐性》があっても消えない。さらに剣のすき間をルナの血の槍が埋め、ガルムの土杭が足を狙い、クロウの虫が視界へまとわりつく。
ルナは、一度見せた血の支配に固執しなかった。俺の《超再生》が血を取り戻すと知るや、血の槍を細く、速く変え、傷を増やすのではなく、目と喉、関節を正確に狙ってくる。判断が早い。だからこそ、ルナは四人を率いられる。
だが、俺が知る四人の本当の連携は、まだこの先にある。四つの力を一つに束ねる、四人だけの切り札。
この半年、俺が越えようとしてきたのは――それだった。




