第78話 半年で変わった者たち
セルジュ視点
アレス様が、世界中へ組織の根を張ると宣言されたあの朝から、半年が過ぎた。
「四十七……四十八……四十九……五十……!」
最後の屈伸を終えた私は、震える膝へ両手をついた。肺へ入ってくる冷たい空気が、焼けるように痛い。額から流れ落ちた汗が、旧石切り場の土へ染み込んでいく。
「終わりましたぞ、グレイグ殿」
「四十九回だ」
「何をおっしゃいます。私は契約と金勘定を生業とする者。数を間違えるはずがございません」
「三十一の次に、もう一度三十一と言った」
「同じ数を二度数えただけで、飛ばしてはおりません」
「なら、一回多くやれ」
「その理屈は、いささかおかしいのでは?」
「話している間に三回できたな」
相変わらず、取りつく島もない。私は諦めて腰を落とした。
「五十……五十一……五十二……」
「今度は多い」
「少ないとしかられ、多くても止められる。正しい数とは、これほど難しいものでございましたか」
「お前は疲れると、数字へ都合のよい解釈を加える」
「商人には、多少の柔軟さも必要でございます」
「訓練で使うな」
低い声で言い切ったグレイグ殿は、私から視線を外し、旧石切り場を見回した。
夜明け前の坂道では、ベッツ殿たち七人が背負い籠へ石を詰め、一定の間隔を保ったまま上っている。半年前は一往復するたび地面へ倒れ込み、アレス様から立てと命じられていた者たちだ。今では息を切らしながらも、決められた歩幅と姿勢を崩さず、五往復目へ入っていた。
先頭のベッツ殿がわずかに速度を上げると、最後尾のハイム殿から声が飛ぶ。
「頭領! 俺たちを置いていく気ですか!」
「頭領はやめろ! 置いていくつもりなら、とっくに先へ行ってる!」
「なら、もう少し速度を落としてくだせえ!」
「文句があるなら先頭を代われ!」
「申し訳ありませんが、お断りします!」
「だったら黙ってついてこい!」
口は軽いままだが、隊列は乱れない。半年前の七人なら、誰かが遅れれば置いていった。今は先頭が速度を落とし、後ろの者が荷を支え、全員で同時に坂を上り切ろうとしている。
少し離れた斜面では、フェル殿が両手をついて駆け上がっていた。再生した左腕は、すでに右腕と見分けがつかないほどたくましい。頂上へ着くと、太い枝から見守っていた三羽の翠羽鳥が一斉に飛び立ち、石切り場の三方向へ散っていく。
「東、異常なし。南から荷車が一台。西の林に角ウサギが二匹」
フェル殿は鳥たちの鳴き声を聞き分けると、走りながら迷いなく報告した。半年前、文字を一つ読むにも長い時間を要していた少年は、今では短い報告書なら自分で書ける。育てている翠羽鳥も六羽に増え、ロイド殿の店、宿舎、旧石切り場の間で手紙を運び始めていた。
ティアナ殿も走っている。病にむしばまれ、わずかに歩くだけで呼吸を乱していた少女が、今はミラ殿と並んで石切り場の外周を八周目まで回っていた。速くはない。それでも一度もせきき込まず、自分の足で走り続けている。
腰の小袋には、訓練中の傷へ使う薬が入っていた。以前は自分が薬を必要としていたティアナ殿が、今は全員の体調を記録し、傷薬と解毒薬を作っている。彼女の薬は冒険者の間でも評判になり、ロイド殿の店で最もよく売れる品の一つになっていた。
そして私は、屈伸を五十二回終えても地面へ倒れ込んでいない。初めてここへ連れてこられた日、私は一周を走り切る前から自分の葬儀について考えていた。五を数から消したこともある。帳簿を立って読めと命じられた時には、アレス様の配下となった選択を早くも後悔しかけた。
それでも半年間、一日も欠かさず身体を動かした。今では決められた距離を走り、屈伸を五十回行い、その後も自分の足で店まで戻れる。
人というものは、変わるらしい。
もっとも、私の場合は、変わらなければ毎朝グレイグ殿に同じ回数をやり直させられるため、ほかに道がなかっただけかもしれない。
「セルジュ」
背後から呼ばれ、私は反射的に背筋を伸ばした。
「はい、アレス様」
振り返ると、いつの間にかアレス様が立っていた。隣には、訓練着の上からマントを羽織ったニーナ様もいる。
「おはようございます、セルジュさん」
「おはようございます、ニーナ様。本日もずいぶんと早くから」
「皆様と同じく、私も訓練がございますので……」
そう答えたニーナ様の表情には、半年たった今もわずかな諦めが浮かんでいる。アレス様の専属侍女であろうと、朝の訓練から逃れることはできない。むしろ毎日傍にいる分、私たちより細かく身体と魔力の使い方を直されていた。
「アレス様。いつからご覧になっていたのですか?」
「三十一からだ」
「では、私が五十回終えたことも――」
「四十九回だ」
「やはり、そうなりますか…」
「今日は許す」
「ありがとうございます」
「半年で、ようやく一回なら許せるところまで来た」
「お褒めいただいていると考えてよろしいでしょうか?」
「好きにしろ」
アレス様は私の横を通り過ぎ、石切り場の中央へ向かわれた。半年前と比べ、背丈が伸びている。訓練着の上からでも、幼かった手足へしなやかな筋肉がついたことが分かった。だが、最も変わったのは身体の大きさではない。
歩いているだけなのに、足音がほとんど聞こえない。意識して見ていなければ、そこにいることさえ見失いそうになる。毎朝顔を合わせている私ですら、いつ背後へ立たれたのか分からなかった。
三か月前、アレス様は冒険者ギルドからBランクへの昇格を認められた。
登録初日にCランクとなっただけでも、今までに例のないことだった。その後も依頼の失敗は一度もなく、魔物に襲われた商隊や冒険者を何度も救い、Bランク指定の魔物まで単独で退治した。ギルド長のバルガス殿は昇格を告げる際、深いため息と共にこう言ったそうだ。
『これ以上Cランクに置いておけば、ギルドのランクそのものが信用を失う』
これほど幼くしてBランクとなった者など、少なくともアークハルト支部の記録にはいない。王国全体でも、ほかにいるかどうか分からないらしい。
それでも、Bランクという肩書が今のアレス様の強さを正しく示しているとは、私には思えなかった。昇格してからも、ほとんど毎日のように魔の森へ入り、より強い魔物と戦っている。戻れば私たちを鍛え、その後に自分の訓練を始める。何度傷つき、何度《超再生》で身体を作り直したのか、想像もできない。
半年前でも化け物のように強かったお方が、今はさらに遠い場所へ進んでいる。
「全員、止めろ」
アレス様の声が響いた。
走っていた者も、石を運んでいた者も、すぐに動きを止めて集まった。以前なら疲れた身体を地面へ投げ出し、何人かは聞こえないふりまでしていた。今は誰一人として遅れない。
「基礎訓練を始めて、半年余りになる」
ベッツ殿たち七人の顔へ、期待が浮かんだ。
アレス様は初日に、武器を本格的に振るのは早くても半年後だと告げている。皆、その日を数えながら走り、石を運び、地味な動きを繰り返してきたのだ。
だから私も、次に告げられるのは武器を手に取れという言葉だと思っていた。
だが、アレス様が八人へ与えた最初の課題は、半年間のすべてを一度に試す、誰一人として予想していなかったものだった。




