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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者:
第六章 冒険者活動編

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第75話 命令は目的ではない

グレイグ視点


 ベッツたち七人は、兵士として見れば未熟だった。力任せに動く者が多く、周囲と歩調を合わせることにも慣れていない。返事はするが、命令の意図を考えず、目の前の作業だけを終わらせようとする。戦場へ出せば、一人の失敗に仲間が巻き込まれるだろう。


 だが、悪いところばかりではない。ベッツは自然と仲間の中心へ立ち、誰かが失敗すれば自分の責任として前へ出る。


 ドランとマークは腕力があり、重い物を運ぶ時にも決して途中で放り出さない。ミラとラグは身軽で、高い場所や狭い場所でも怖がらず動ける。


 ノルは体力こそないが、一度受けた指示を誰より忠実に守る。ハイムは口数が少ない代わりに周囲をよく見ており、誰かが道具を必要とする前に手渡していた。


 鍛え方を間違えなければ、使える。何より、七人は互いを見捨てなかった。


「待て! その板は外すな!」


 俺の声に、壁板へ手をかけていたドランが動きを止める。


「こいつも腐ってますぜ?」


「先に横の柱を支えろ。その板へ屋根の重みがかかっている」


「ですが、ゲオルグの親方からは、腐った板を全部外せと」


「全部外せと言われたから、目についたものから考えずに外すのか?」


 ドランが言葉に詰まった。


「命令は目的ではない。この宿舎を、安全に使えるよう直すことが目的だ。板を外した結果、屋根を落とせば、命令どおりに動いたことにはならない」


「……すみません」


「謝る前に、周囲を見ろ。どこへ重みがかかっている?」


 ドランだけでなく、近くにいた者たちも壁と屋根を見上げた。すぐにハイムが、板の上へ渡されたはりを指さす。


「あのはりです。横の柱へつながっています」


「そのとおりだ。マークは支えに使える材を持ってこい。ドランはゲオルグを呼べ。外し方は、建物を知る者に確認する」


「承知しました」


 二人がすぐに動き出す。


「命令されたことでも、おかしいと思ったら勝手に止めていいんですかい?」


 ベッツが俺に尋ねる。


「勝手に、ではない。分からなければ聞け。考えたうえで危険だと思ったなら、必ず声を上げろ」


「ですが、戦いの最中に一々聞いていたら、間に合わないでしょう」


「だから、普段から目的を理解しておく。戦いの最中に迷わず動けるまで訓練する。それでも指揮する者が間違えることはある」


 かつての上官は、自分が間違えることなどないと思っていた。敵の数も、地形も、味方の疲労も見ず、ただ前へ出ろと命じた。


 俺が反対すると、兵は命令へ従って死ぬのが役目だと言い放った。あの日、命令どおりに進めば、部下の多くは戻らなかった。だから俺は退かせた。結果として部下は生き残り、俺は軍を追われた。


 後悔はしていない。


「お前たちを率いる俺が間違えた時は、遠慮なく言え。だが、自分が楽をしたいだけの言い訳なら認めん」


「俺たちが大将へ意見しても、いいんですかい?」


「主様は、考えずに従うだけの者を求めていない」


 今朝、主様は俺へ、壊れる手前で止めろと命じた。苦しいだけなのか、続ければ怪我をするのかを見極めろと。ただ厳しくしろと言ったのではない。


 鍛えることと、使い潰すことは違うと、十二歳の子供が当然のように口にした。王国軍にいたころ、その違いを理解している上官が、どれだけいただろう。


「大将なら、聞くでしょうな」


 ベッツが頭をかきながら笑った。


「聞いたうえで、間違っていれば手加減なく言い返してきます。俺たちが何も考えていなければ、訓練が増えるか、仕事が増えるか、その両方でしょうが」


「それは、お前たちに考える習慣がないからだ」


「まったく、そのとおりで」


 ベッツは苦笑した後、真剣な顔で俺を見る。


「ですが、ありがたい話です。俺たちは少し前まで、金さえもらえれば何をしてもいいと思っていました。命じられたとおりに動いただけだと言えば、自分のしたことから逃げられると思っていた」


「何をした?」


 周囲にいた七人の動きが、一瞬止まった。


「俺たちは、人さらいを引き受けました」


 ベッツは誤魔化さなかった。


「ニーナ様をさらえと、顔も知らない依頼人から金を受け取った。山菜採りで裏山へ来たところを襲い、眠らせて連れ去りました。ですが、引き渡す前に大将に見つかり、七人全員、手も足も出ずにたたきのめされました」


 俺は思わず、遠くで子供たちと寝具を運んでいるニーナへ目を向けた。午後になって屋敷での仕事にひと区切りつけ、手伝いに来たらしい。朝の訓練にも加わっていた、おだやかな顔の少女だ。


「よく生きていたな」


「俺たちも、そう思います」


「主様が許したのか?」


「許されたとは思っていません」


 ベッツは首を横へ振った。


「最初は、命令を出した者を探すために生かされただけだと思っていました。それでも大将は、俺たちへ食事と仕事を与え、働いた分は払うと言ってくださった。二度と同じことをしないよう鍛え、いつか人を守れる力に変えると」


「だから従っているのか?」


「最初は、怖かったからです」


 正直な答えだった。


「今は違うのか?」


「今も怖いです」


 周囲から、小さな笑いが漏れた。


「ですが、それだけじゃない。大将は、俺たちがしたことを忘れさせてはくれません。それでも、やり直す道は残してくださいました。胸を張って傭兵を名乗れるようになれと言われた時……俺たちにも、そんな未来があるのかと思いました」


 ベッツの後ろで、六人が黙ってうなずいた。


 俺たちは、違う理由で道を失った。ベッツたちは、自ら間違えて道を踏み外した。俺は正しいと思う道を選び、軍を追われ、その後に身体まで失った。


 だが、主様はどちらも切り捨てなかった。過ちをなかったことにはしない。傷ついた過去も消さない。それでも、今から何をするかで、これからの生き方を変えさせる。


「ならば、言葉だけで終わらせてはいけないな」


「もちろんです」


「今日から、お前たちは俺が鍛える。訓練中は、仲間だからとかばい合うな。できていないことは、互いに指摘しろ。だが、苦しんでいる者を置いていくことも許さん」


「承知しました」


「返事だけなら誰にでもできる。まずは、この宿舎を日が暮れるまでに使えるようにするぞ」


「へい!」


「返事は?」


「承知しました、グレイグ教官!」


 ベッツが言い直すと、残る六人も声をそろえた。


「承知しました、グレイグ教官!」


「誰が教官と呼べと言った?」


「いずれ、そうなるんでしょう?」


「好きにしろ。ただし、その名で呼ぶなら、朝の訓練で甘えは許さん」


「呼び方を変えても、許してはもらえませんよね?」


「よく分かっている」


「やはり、鬼が一人増えたようですな」


 ベッツたちは笑いながら、それぞれの持ち場へ戻っていった。


 悪くない。まだ傭兵とは呼べない。兵士としても、土台すらできていない。それでも、鍛えたいと思える者たちだった。



 日が沈むころには、宿舎の一階にある六部屋が使えるようになった。


 屋根の大きな穴を塞ぎ、傷んだ窓には仮の板を打ちつけた。床と壁のほこりを払い、炊事場のかまども火を起こせるところまで掃除した。すべてを直すには何日もかかるが、少なくとも今夜、雨と風を避けて眠ることはできる。


 セルジュは自分の店からベッドと椅子を運び、受け取った報酬で新しい毛布、食器、食料、灯りに使う油を買いそろえていた。荷車から次々と物が下ろされる様子を見たベッツたちは、立派な宿屋でも始めるのかと目を丸くした。


「すべて帳簿へ記しております」


 誰も尋ねていないのに、セルジュは胸を張って言った。


「アレス様から、使った金は必ず残せと命じられておりますので」


「そこまで細かく言われたのか?」


「金の流れが分からない組織は、内側から腐ると」


「十二歳の子供が言う言葉ではないな」


「私も、時折アレス様のご年齢が分からなくなります」


 セルジュが苦笑する。


 俺も同じだった。今朝、初めて主様の訓練を受けた。幼い身体で大人たちの動きを見ながら、呼吸、歩幅、重心のわずかなずれまで見抜いていた。俺が右脚をかばって左へ重心を逃がしていることにも、一目で気づいた。戦場で長く人を見てきた者でも、あれほど正確に一人一人の限界を測ることは難しい。


 世界中へ組織を根づかせると語った時も、主様は、王国、帝国、その先にある国々へ人と物をどう動かし、情報をどう集めるのかまで考えていた。まだ小さな武器屋一軒しかないというのに、すでにそこへ至る道筋を見ていたのだ。


 あれは、いつか叶えばよい夢を語る者の目ではない。


 ならば主様は、何を見て、何に備えようとしているのか。


 その時の俺には到底理解などできるはずもなかった。


 だが、主人様に生涯忠誠を誓うという想いは確かなものになっていた。

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