第71話 新しい仲間たち
夜明け前の旧石切り場には、昨日までより多くの人影が集まっていた。ベッツたち七人、ロイド、ゲオルグ、セルジュ。そして、ニーナ。すでに一週間の訓練を経験した者たちの前へ、昨日新たに加わった六人が並んでいる。グレイグ、ティアナ、フェル。その後ろには、三人の獣人の子供たちが寄り添っていた。
昨日まで奴隷として扱われていた名残なのか、子供たちは周囲の大人へおびえた目を向けている。中でも一番幼い子は、フェルの服を両手でしっかりとつかんでいた。
「最初に、互いの名を覚えろ。これから共に働く者たちだ」
俺が促すと、グレイグが一歩前へ出た。昨日まで杖なしでは歩けなかった男が、今は二本の脚で地面を踏み締めている。
「グレイグ、三十六歳。元王国兵で、その後は傭兵をしていた。主様からは、お前たちを鍛える役目を任されている」
「今日入ったばかりなのに、もう俺たちを鍛えるんですかい?」
ベッツが思わず尋ねる。
「不満があるのか?」
「い、いえ。大将がお決めになったことなら、何もございません」
グレイグがベッツを真っすぐ見た。
「俺も今日から鍛え直す身だ。偉そうに命令だけするつもりはない。だが、訓練を任された時は手加減もしない。そのつもりでいてくれ」
「……承知しました」
ベッツたちの返事がわずかに沈んだ。俺以外にも手加減しない者が増えたと、早くも気づいたらしい。次に、ティアナが前へ出る。
「ティアナ、十五歳です。薬師の師匠から、薬草の見分け方や傷薬、解毒薬の作り方を教わりました。まだ見習いですが、一日でも早く皆さんのお役に立てるよう頑張ります。よろしくお願いいたします」
「見習いではない」
ティアナが俺を振り返った。
「お前は今日から俺の薬師だ。足りない知識と技術は、働きながら身につけろ」
「……はい。アレス様の薬師として、必ずお役に立ちます」
昨日まで満足に息を吸うことさえできなかった少女が、胸を張り、深く頭を下げた。フェルは子供たちを気にしながら、短く名乗った。
「フェル。十二歳。灰狼族だ。魔獣を育てる」
「それだけか?」
「……風魔法も使える。気配を探すのも得意だ」
「十分だ」
今は無理に多くを話させる必要はない。昨日まで誰も信じられなかった少年が、自分から名を明かしただけでも進歩だった。
「次はお前たちだ」
三人の子供へ目を向けると、そろってフェルの背へ隠れようとした。
「大きな声でなくていい。名前と年を教えろ」
一番年長の少女が、おそるおそる顔を出す。フェルと同じ灰色の耳が、緊張したように伏せられていた。
「セナです。九歳です」
その隣から、少し小柄な少年が続く。
「カイ。七歳」
最後の子は、フェルの服をつかんだまま口を開いた。
「ルゥ。五歳」
「よくできた」
俺がうなずくと、三人の耳がわずかに持ち上がった。
「今日から、お前たちにも仕事を与える」
セナたちの身体がこわばる。何をさせられるのかとおびえているらしい。フェルも三人を守るように半歩前へ出た。
「よく食べ、よく眠り、よく遊べ」
「……遊ぶ?」
セナが聞き返す。
「そうだ。日が昇ったら、三人で外を走り回れ。鬼ごっこでも木登りでも、好きなことをしろ。ただし、危険な場所へ近づかず、勝手に森へ入るな。疲れたら休み、腹が減ったら食べろ。それがお前たちの仕事だ」
三人は顔を見合わせた。仕事とは苦しく、命じられるまま働くものだと思っていたのだろう。
「本当に、遊ぶだけでいいの?」
「今はな。子供が健やかに育つことは、大人が働くのと同じくらい大切だ。遊びながら身体を強くしろ。文字と計算も学んでもらうが、それは後で決める」
「はい!」
セナとカイが返事をし、少し遅れてルゥも真似をした。
「はいっ」
子供たちが安心する一方で、ベッツたちまで期待するような目を俺へ向けていた。
「言っておくが、お前たちの仕事は遊ぶことではない」
淡い期待が一瞬で消えた。
「今日も徹底的に鍛える。まず走れ」
「やはり、そうなりますよね……」
セルジュが小さく肩を落とした。
◇
一週間前、セルジュは旧石切り場を一周する前から遺言を残そうとしていた。今は遅いながらも、自分の足で一周を走り切れるようになっている。
「アレス様。いかがでしょう。私もずいぶんと成長したのではございませんか?」
「そうだな」
「初めて、素直にお褒めいただけました」
「今日から二周だ」
「成長とは、喜ばしいだけのものではないのですね……」
「止まるな。後ろが詰まっているぞ」
セルジュは振り返る。すぐ後ろまで迫っていたドランに押されるように、二周目へ入った。俺が一人ずつへ異なる距離と速度を指示している間、グレイグは走りながら全員の動きを見ていた。
「主様。この者たちは、同じ訓練をしているわけではないのですね」
「体力も身体の癖も違う。同じ量を与えれば、足りない者と壊れる者が出る」
「武器を持たせていないのも、そのためですか?」
「半年は基礎体力を作る。疲れれば構えが崩れ、足が止まり、覚えた技も使えなくなる。武器を振るのは、その後だ」
グレイグは、もう一度ベッツたちへ目を向けた。
「王国兵だったころ、入ったばかりの者へ全員同じ訓練を課していました。ついてこられない者は根性がないと言われ、身体を痛めて消えていきました。反対に、余裕のある者は手を抜くことを覚えました」
「ずいぶんと無駄の多い鍛え方だな」
「はい。一人ずつの限界を見ながら、足りないところを鍛える。地味ですが、理にかなっています」
「感心するのは、自分の訓練を終えてからにしろ」
「もちろんです」
グレイグは口元をわずかに緩め、指示した歩幅を崩さず走り続けた。
新たに加わった三人の動きも見ていく。ティアナは長く肺を患っていたため、呼吸に身体がついてきていない。走る距離を短くし、歩きと交互に続けさせる。苦しさではなく、胸いっぱいに空気を吸えることを確かめるように、一歩ずつ進んでいた。
フェルは身軽だが、片腕で暮らしてきた影響で左右の筋肉に大きな差がある。戻った左腕へ急に重い負担をかければ、肩や背中を痛める。両手と両膝をついて、ゆっくり坂を上らせ、両手へ均等に体重を乗せる感覚から覚え直させることにした。
そして、グレイグ。走る速さは、ベッツたちよりも遅い。何年も使えなかった右脚は、傷そのものが治っても筋肉が衰えたままだ。右腕も同じで、木の槍を一度突いただけで震えが出る。それでも、呼吸を乱しながら決めた距離を走り、俺が止めるまで一度も足を止めなかった。
「無理にベッツたちへついていく必要はない。今のお前には、今のお前の量がある」
「分かっております、主様」
「分かっている者は、右脚をかばって左へ重心を逃がさない」
グレイグがわずかに目を見開く。
「お気づきでしたか」
「誰に言っている。歩幅を半分にしろ。速度を落としてでも、左右を同じように使え」
「承知しました」
グレイグは素直に速度を落とした。根性があるだけでなく、必要と判断した指示を受け入れる頭もある。意地を張って壊れるまで動く者より、はるかに使いやすい。
走り込みを終えると、屈伸、腕立て、腹部と背中の訓練へ移る。グレイグとティアナ、フェルには、それぞれの身体に合わせて回数を減らした。ただし、楽をさせているわけではない。今の身体で出せる限界まで、正しい姿勢で繰り返させる。
「ティアナ、腰を落としすぎだ。膝が内側へ入っている」
「は、はい……!」
「フェル、左腕から逃げるな。痛みが出たら言え。苦しいだけなら続けろ」
「まだ、できる……!」
「グレイグ、右肩を上げるな」
「承知しました」
三人とも返事はよい。だが、半刻も経たないうちに、ティアナとフェルは地面へ伏せ、グレイグも片膝をついた。
少し離れた場所では、セナたちがニーナと鬼ごっこをしている。灰色の尻尾を揺らしながら走り回り、楽しそうな声を上げていた。
「ニーナさん、こっち!」
「待ってください。皆さん、速すぎます」
ニーナは朝の訓練を終えた後にもかかわらず、三人を追って走っている。あれもよい訓練になるだろう。ルゥが、地面へ両手と両膝をついた大人たちの横で足を止めた。
「おとなも、遊んでるの?」
「違うぞ、坊主……」
腕を震わせていたドランが、どうにか答える。
「俺たちのは、訓練だ……」
「遊ぶより、たいへん?」
「見れば分かるだろ……」
「ドラン。話す余裕があるなら、あと十回だ」
「親分、幼子への教育まで罰になるのでございますか!?」
「返事は?」
「喜んでやらせていただきます!」
ルゥは不思議そうに首を傾げると、再びセナたちを追いかけていった。
新たに加わった三人は、その背中を見送りながら、ようやく訓練が終わると思ったらしい。
俺は、坂の下へ積んでおいた石へ目を向けた。
「立て。次で最後だ」
その一言で、三人の顔から安堵が消えた。




