↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者:
第六章 冒険者活動編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/79

第71話 新しい仲間たち

 夜明け前の旧石切り場には、昨日までより多くの人影が集まっていた。ベッツたち七人、ロイド、ゲオルグ、セルジュ。そして、ニーナ。すでに一週間の訓練を経験した者たちの前へ、昨日新たに加わった六人が並んでいる。グレイグ、ティアナ、フェル。その後ろには、三人の獣人の子供たちが寄り添っていた。


 昨日まで奴隷として扱われていた名残なのか、子供たちは周囲の大人へおびえた目を向けている。中でも一番幼い子は、フェルの服を両手でしっかりとつかんでいた。


「最初に、互いの名を覚えろ。これから共に働く者たちだ」


 俺が促すと、グレイグが一歩前へ出た。昨日まで杖なしでは歩けなかった男が、今は二本の脚で地面を踏み締めている。


「グレイグ、三十六歳。元王国兵で、その後は傭兵をしていた。主様あるじさまからは、お前たちを鍛える役目を任されている」


「今日入ったばかりなのに、もう俺たちを鍛えるんですかい?」


 ベッツが思わず尋ねる。


「不満があるのか?」


「い、いえ。大将がお決めになったことなら、何もございません」


 グレイグがベッツを真っすぐ見た。


「俺も今日から鍛え直す身だ。偉そうに命令だけするつもりはない。だが、訓練を任された時は手加減もしない。そのつもりでいてくれ」


「……承知しました」


 ベッツたちの返事がわずかに沈んだ。俺以外にも手加減しない者が増えたと、早くも気づいたらしい。次に、ティアナが前へ出る。


「ティアナ、十五歳です。薬師の師匠から、薬草の見分け方や傷薬、解毒薬の作り方を教わりました。まだ見習いですが、一日でも早く皆さんのお役に立てるよう頑張ります。よろしくお願いいたします」


「見習いではない」


 ティアナが俺を振り返った。


「お前は今日から俺の薬師だ。足りない知識と技術は、働きながら身につけろ」


「……はい。アレス様の薬師として、必ずお役に立ちます」


 昨日まで満足に息を吸うことさえできなかった少女が、胸を張り、深く頭を下げた。フェルは子供たちを気にしながら、短く名乗った。


「フェル。十二歳。灰狼族だ。魔獣を育てる」


「それだけか?」


「……風魔法も使える。気配を探すのも得意だ」


「十分だ」


 今は無理に多くを話させる必要はない。昨日まで誰も信じられなかった少年が、自分から名を明かしただけでも進歩だった。


「次はお前たちだ」


 三人の子供へ目を向けると、そろってフェルの背へ隠れようとした。


「大きな声でなくていい。名前と年を教えろ」


 一番年長の少女が、おそるおそる顔を出す。フェルと同じ灰色の耳が、緊張したように伏せられていた。


「セナです。九歳です」


 その隣から、少し小柄な少年が続く。


「カイ。七歳」


 最後の子は、フェルの服をつかんだまま口を開いた。


「ルゥ。五歳」


「よくできた」


 俺がうなずくと、三人の耳がわずかに持ち上がった。


「今日から、お前たちにも仕事を与える」


 セナたちの身体がこわばる。何をさせられるのかとおびえているらしい。フェルも三人を守るように半歩前へ出た。


「よく食べ、よく眠り、よく遊べ」


「……遊ぶ?」


 セナが聞き返す。


「そうだ。日が昇ったら、三人で外を走り回れ。鬼ごっこでも木登りでも、好きなことをしろ。ただし、危険な場所へ近づかず、勝手に森へ入るな。疲れたら休み、腹が減ったら食べろ。それがお前たちの仕事だ」


 三人は顔を見合わせた。仕事とは苦しく、命じられるまま働くものだと思っていたのだろう。


「本当に、遊ぶだけでいいの?」


「今はな。子供が健やかに育つことは、大人が働くのと同じくらい大切だ。遊びながら身体を強くしろ。文字と計算も学んでもらうが、それは後で決める」


「はい!」


 セナとカイが返事をし、少し遅れてルゥも真似をした。


「はいっ」


 子供たちが安心する一方で、ベッツたちまで期待するような目を俺へ向けていた。


「言っておくが、お前たちの仕事は遊ぶことではない」


 淡い期待が一瞬で消えた。


「今日も徹底的に鍛える。まず走れ」


「やはり、そうなりますよね……」


 セルジュが小さく肩を落とした。



 一週間前、セルジュは旧石切り場を一周する前から遺言を残そうとしていた。今は遅いながらも、自分の足で一周を走り切れるようになっている。


「アレス様。いかがでしょう。私もずいぶんと成長したのではございませんか?」


「そうだな」


「初めて、素直にお褒めいただけました」


「今日から二周だ」


「成長とは、喜ばしいだけのものではないのですね……」


「止まるな。後ろが詰まっているぞ」


 セルジュは振り返る。すぐ後ろまで迫っていたドランに押されるように、二周目へ入った。俺が一人ずつへ異なる距離と速度を指示している間、グレイグは走りながら全員の動きを見ていた。


「主様。この者たちは、同じ訓練をしているわけではないのですね」


「体力も身体の癖も違う。同じ量を与えれば、足りない者と壊れる者が出る」


「武器を持たせていないのも、そのためですか?」


「半年は基礎体力を作る。疲れれば構えが崩れ、足が止まり、覚えた技も使えなくなる。武器を振るのは、その後だ」


 グレイグは、もう一度ベッツたちへ目を向けた。


「王国兵だったころ、入ったばかりの者へ全員同じ訓練を課していました。ついてこられない者は根性がないと言われ、身体を痛めて消えていきました。反対に、余裕のある者は手を抜くことを覚えました」


「ずいぶんと無駄の多い鍛え方だな」


「はい。一人ずつの限界を見ながら、足りないところを鍛える。地味ですが、理にかなっています」


「感心するのは、自分の訓練を終えてからにしろ」


「もちろんです」


 グレイグは口元をわずかに緩め、指示した歩幅を崩さず走り続けた。


 新たに加わった三人の動きも見ていく。ティアナは長く肺を患っていたため、呼吸に身体がついてきていない。走る距離を短くし、歩きと交互に続けさせる。苦しさではなく、胸いっぱいに空気を吸えることを確かめるように、一歩ずつ進んでいた。


 フェルは身軽だが、片腕で暮らしてきた影響で左右の筋肉に大きな差がある。戻った左腕へ急に重い負担をかければ、肩や背中を痛める。両手と両膝をついて、ゆっくり坂を上らせ、両手へ均等に体重を乗せる感覚から覚え直させることにした。


 そして、グレイグ。走る速さは、ベッツたちよりも遅い。何年も使えなかった右脚は、傷そのものが治っても筋肉が衰えたままだ。右腕も同じで、木の槍を一度突いただけで震えが出る。それでも、呼吸を乱しながら決めた距離を走り、俺が止めるまで一度も足を止めなかった。


「無理にベッツたちへついていく必要はない。今のお前には、今のお前の量がある」


「分かっております、主様」


「分かっている者は、右脚をかばって左へ重心を逃がさない」


 グレイグがわずかに目を見開く。


「お気づきでしたか」


「誰に言っている。歩幅を半分にしろ。速度を落としてでも、左右を同じように使え」


「承知しました」


 グレイグは素直に速度を落とした。根性があるだけでなく、必要と判断した指示を受け入れる頭もある。意地を張って壊れるまで動く者より、はるかに使いやすい。


 走り込みを終えると、屈伸、腕立て、腹部と背中の訓練へ移る。グレイグとティアナ、フェルには、それぞれの身体に合わせて回数を減らした。ただし、楽をさせているわけではない。今の身体で出せる限界まで、正しい姿勢で繰り返させる。


「ティアナ、腰を落としすぎだ。膝が内側へ入っている」


「は、はい……!」


「フェル、左腕から逃げるな。痛みが出たら言え。苦しいだけなら続けろ」


「まだ、できる……!」


「グレイグ、右肩を上げるな」


「承知しました」


 三人とも返事はよい。だが、半刻も経たないうちに、ティアナとフェルは地面へ伏せ、グレイグも片膝をついた。


 少し離れた場所では、セナたちがニーナと鬼ごっこをしている。灰色の尻尾を揺らしながら走り回り、楽しそうな声を上げていた。


「ニーナさん、こっち!」


「待ってください。皆さん、速すぎます」


 ニーナは朝の訓練を終えた後にもかかわらず、三人を追って走っている。あれもよい訓練になるだろう。ルゥが、地面へ両手と両膝をついた大人たちの横で足を止めた。


「おとなも、遊んでるの?」


「違うぞ、坊主……」


 腕を震わせていたドランが、どうにか答える。


「俺たちのは、訓練だ……」


「遊ぶより、たいへん?」


「見れば分かるだろ……」


「ドラン。話す余裕があるなら、あと十回だ」


「親分、幼子への教育まで罰になるのでございますか!?」


「返事は?」


「喜んでやらせていただきます!」


 ルゥは不思議そうに首を傾げると、再びセナたちを追いかけていった。


 新たに加わった三人は、その背中を見送りながら、ようやく訓練が終わると思ったらしい。


 俺は、坂の下へ積んでおいた石へ目を向けた。


「立て。次で最後だ」


 その一言で、三人の顔から安堵が消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。