第70話 再生した人生
「この子たちにも働かせるのか?」
「今すぐではない。だが、三人とも俺の力を見た。このまま何の約束もなく外へ出せば、秘密を狙う者に利用されるかもしれない」
「なら、外へ出さなければいい」
「一生閉じ込めておくつもりか?」
「それは……」
「主従契約で秘密を守ってもらう代わりに、俺もこの子たちを配下として守る。食事と住む場所を与え、文字や計算も学ばせる。今の仕事は、よく食べ、よく眠り、健やかに育つことだ。大きくなった後は、自分にできることで働いてもらう」
フェルはしばらく俺を見つめ、それから子供たちを振り返った。
「もちろん、本人たちに確認したうえでだ。フェル、お前が決めることではない」
「……分かった」
俺は三人の子供たちの前へしゃがみ、目線を合わせた。
「今の話は分かったか?」
三人が不安そうに顔を見合わせる。その中で一番年長らしい子が、恐る恐るうなずいた。
「契約したら、フェル兄と一緒にいられるの?」
「ああ。無理に引き離すことはしない」
「ご飯も、食べていい?」
「腹いっぱい食べろ」
「じゃあ、契約する」
隣の子も、小さく手を挙げた。
「ぼくも。フェル兄と、みんなと一緒がいい」
「分かった。最後はお前だ」
一番幼い子は、自分の小さな手を見つめた。
「ぼく、何もできないよ?」
「先ほど言っただろう。今は食べて、眠って、大きくなれ。それがお前の仕事だ」
「それなら、できる」
「契約するか?」
「うん。する」
「返事は『はい』だ」
「はい!」
三人全員の意思を確かめてから、セルジュへ新たな主従契約書を作らせた。秘密を守り、俺を裏切らないこと。俺は三人の生活と安全を守り、成長に必要な教育を与えること。
働く役目は成長してから、本人の力と望みを確かめて決めること。セルジュが条件を一つずつ読み上げ、子供たちが自分の口で了承してから、契約を結ぶ。三つの淡い金色の光が、子供たちと俺の胸へ吸い込まれた。
「これで、お前たちも俺の配下だ」
「はい!」
三人の声が重なった。フェルは安心したように息を吐き、今度は戻った両腕で三人をまとめて抱き寄せた。
グレイグが右手で木の槍を握り、ティアナが苦しむことなく深く息を吸い、フェルが戻った左腕で子供たちを抱いている。
三人の身体は再生した。だが、俺が返したのは、傷つく前の身体だけではない。二度と武器を持てないと諦めた男へ、再び人を率いる道を。薬師として生きることも、命そのものも失いかけていた少女へ、薬を作り続ける未来を。片腕と共に、守る力まで奪われた少年へ、もう一度誰かを抱き締められる手を。
失われた人生を、なかったことにはできない。傷ついた記憶も、苦しんだ日々も消えない。それでも、生きているのなら、もう一度輝かせることはできる。
「勘違いするな」
グレイグ、ティアナ、フェルが俺を見る。
「俺が返したのは、楽に生きるための人生ではない。今まで以上に働くための人生だ」
「望むところです」
グレイグが即座に答えた。
「私もです」
ティアナが続く。
「はい!」
フェルも、誰より大きな声で返事をした。
「明日の夜明け前、旧石切り場へ集合しろ。遅れるな」
「承知しました、主様」
「かしこまりました」
「はい!」
「皆様」
セルジュが三人へ、ひどくおだやかな声で語りかける。
「今夜だけは、再び歩めるようになった喜びを、十分にかみ締めておくことをお勧めいたします」
「どういう意味だ?」
グレイグが尋ねる。
「明日の訓練が始まれば、治していただいたことへ感謝する余裕がなくなるかもしれません」
「セルジュ」
「はい」
「明日は、お前の走る距離も増やす」
「なぜでございましょうか?」
「余計な話をする余裕があるからだ」
「皆様。私の助言は、どうかお忘れください」
グレイグが笑い、ティアナも口元へ手を当てた。フェルだけは意味が分からないようだったが、それも明日には理解するだろう。
◇
「では、支払いを終わらせる」
三人と子供たちを別室で休ませた後、俺は再びセルジュと向かい合った。三人と子供たちの奴隷契約を解くための金は、すでに渡してある。だが、それだけでは足りない。俺はマジックバッグから、さらに大きな硬貨の袋を取り出した。
「受け取れ」
セルジュが袋の中身を確かめ、すぐに俺へ押し返した。
「受け取れません」
「なぜだ?」
「多すぎます。七日間の食費と管理費を加えても、この半分にもなりません」
「七日間、三人をほかへ売らずに待たせた分だ」
「それは、アレス様のご命令でございます。私は配下として、当然のことをしたまでです」
「俺は七日前、命令で損をさせるつもりはないと言った」
「ですが、結果として三人はアレス様の配下となりました。それだけで、私には十分でございます」
セルジュは再び袋を差し出す。
「それに私は、これまで生活に困った者の事情へつけ込み、利益を得てまいりました。正当な報酬を受け取る資格があるとは思えません」
「それを決めるのは、お前ではない」
「しかし――」
「この七日間、お前は三人を売らず、食事を与え、体調を見た。ティアナへ押しつけられた借金も調べ、勝手に増やされた分を明らかにした。フェルと一緒に捕らえられた子供たちの契約書もそろえた。違うか?」
「そのとおりでございます」
「ならば、その働きへ払う金だ」
「すべて、アレス様のためにしたことでございます」
「だから払う」
俺は袋をセルジュの前へ押し戻した。
「忠誠を理由に、配下へ正当な報酬を払わない主にはならない。お前が働いた対価を受け取らなければ、ほかの者まで俺のためなら無償で働くべきだと考えるようになる」
セルジュが口を閉じた。
「それでは長く続かない。食事も、住む場所も、道具も、家族を守る金も必要だ。俺の配下には、働きに見合う報酬を胸を張って受け取らせる」
「ですが、私は……」
「過去の罪を理由に受け取れないというのなら、その金で償え。仲間のために使ってもいい。新しく人を救うために使ってもいい。だが、受け取らないことだけは認めない」
セルジュは、もう何も言い返せなかった。俺へ差し出していた袋を、ゆっくり自分の胸元へ引き寄せる。
「……かしこまりました。ありがたく、いただきます」
「初めから素直に受け取ればいい」
「申し訳ございません」
セルジュは袋を机へ置き、深く頭を下げた。
「私は、人は金になるか、ならないかで見るものだと思っておりました。困っている者ほど安く買え、逃げ道のない者ほど従わせやすい。それが商売であり、生きるためには仕方がないことだと」
頭を下げたまま、言葉を続ける。
「アレス様にお会いして、それがすべて間違っていたと知りました。金は、弱い者から奪うための道具ではない。働いた者へ報い、人を立ち直らせ、よりよい場所へ動かすためにも使えるのですね」
「使い方を決めるのは人だ」
「はい」
セルジュが顔を上げる。初めて会った時、そこにあったのは、自分が助かるためなら誰でも売ろうとする弱さだった。今は違う。
「私は、アレス様に命を救われただけではございません。生き方と、物の考え方を変えていただきました」
「変わると決めたのは、お前だ」
「その機会を与えてくださったのは、アレス様です」
セルジュは胸へ片手を当てた。
「この先、何があろうと、私は一生アレス様についてまいります。この報酬も、私一人のためには使いません。仲間が働くために必要な物をそろえ、不当に奴隷とされた者を救い、いつかアレス様が大きなことを成される時、その助けとなるよう使います」
「好きにしろ。ただし、帳簿は残せ」
「もちろんでございます」
「それから、今回多くもらったから次の報酬はいらないなどと言うな。働いた分は、次も払う」
「……かしこまりました」
セルジュは泣きそうな顔で笑った。《超再生》でも、心を直接治すことはできない。間違えた人生を消し、初めからやり直させることもできない。
だが、過ちを認め、働き、誰かの役に立つことで、人は自分の人生を作り直せる。怪我で未来を失った者も、身体を取り戻し、新しい役目を得れば、もう一度輝ける。
俺が再生させるのは、肉体だけではない。道を踏み外した者。理不尽に道を奪われた者。生きることを諦めかけた者。そいつらへ、もう一度立ち上がる機会を与え、徹底的に働かせる。
世のため、人のため、そしてこの俺のために。
その働きが、やがて世界の崩壊を防ぐ。結果として、皆が助かる。もちろん、俺もだ。
「セルジュ」
「はい、アレス様」
「三人へ、明日の集合場所をもう一度伝えておけ。それから、訓練の後はすぐ本来の仕事を始められるよう準備しろ」
「早速でございますね」
「治ったのだから、働かせるのは当然だ」
「かしこまりました」
人を率いるグレイグ。命を支えるティアナ。魔獣と情報を動かすフェル。そして、道を間違えた者へ新たな働き場所をつなぐセルジュ。
フェルが守ってきた三人の子供たちも含め、傷つき、奪われかけた七つの人生は、ようやく新しい道を歩き始めた。だが、再生しただけでは足りない。今度こそ、その命を最後まで輝かせる。俺たちの再生は、まだ始まったばかりだった。
まずは明日の夜明け前。新しく加わった全員に、自分の足で最初の一歩を踏み出してもらう。
――たとえ、その一歩を踏み出したことを後悔するほど、厳しい朝になろうとも。




