第67話 奴隷ではなく、配下として
「三人を呼べ。金は用意した」
俺が腰のマジックバッグへ手を置くと、セルジュはしばらく動かなかった。
「聞こえなかったのか?」
「い、いえ。確かに聞こえております」
セルジュは慌てて返事をした後、信じられないものを見るようにマジックバッグへ目を向けた。
「ですが、本当に七日間で……」
「約束したはずだ」
「はい。ですが、あの金額は普通のCランク冒険者が何か月もかけて稼ぐ額でございます」
「俺は普通の冒険者ではない」
「この七日間で、嫌というほど理解いたしました」
セルジュは深く息を吐き、店の奥へ続く扉を開いた。店員へ三人を連れてくるよう命じると、俺を商談用の部屋へ案内する。長机を挟んで待っていると、廊下から不そろいな足音が聞こえてきた。
最初に入ってきたのは、杖をついた大柄な男だった。右脚を引きずり、動かない右腕を身体へ固定している。伸びた黒髪とひげの奥から、鋭い目だけが俺を見下ろした。
次に、薄茶色の髪を肩口で切りそろえた少女が入ってくる。顔色は青白く、わずかに歩いただけで呼吸が浅くなっていた。それでも、後ろの少年が扉を通りやすいよう、自分からわきへ寄っている。
最後は、灰色の耳を伏せた獣人の少年だった。左袖は肘の下で固く結ばれ、その先には何もない。俺と目が合うと、少年はおびえる代わりに少女の半歩前へ出た。三人とも、七日前と変わっていない。俺は右目へわずかに魔力を流した。
元兵士の男――グレイグ。《槍術》《統率》《教導》。魔法は持たず、《斬撃耐性》《疲労耐性》を持っている。
薬師見習いの少女――ティアナ。《薬師》《調合》《毒物知識》。水魔法と《毒耐性》。
灰狼族の少年――フェル。《魔獣使役》《飼育》《気配察知》。風魔法と《恐怖耐性》。
やはり、三人とも使える。
「こちらが、先日アレス様がお選びになった三人でございます」
セルジュが一人ずつ紹介する。
「グレイグ、三十六歳。元王国兵で、その後は傭兵をしておりました。ティアナ、十五歳。薬師見習いでございます。そして、フェル、十二歳。灰狼族の獣人です」
「俺はアレス・アークハルトだ」
男爵家の名を聞いても、グレイグの表情は変わらなかった。ティアナは驚いたように目を見開き、フェルはさらに警戒を強める。
「俺がお前たちを引き取ろうとしている」
「見れば分かる」
グレイグが低い声で答えた。
「グレイグさん……」
ティアナが心配そうに男の名を呼ぶ。
「構わん。奴隷が買い手へ機嫌を取ったところで、値が上がるわけでもない」
「そのとおりだ。俺も機嫌を取る者を買うつもりはない」
俺が答えると、グレイグのまゆがわずかに動いた。
「ただし、一つ言い直せ。俺はお前たちを奴隷として買うつもりはない」
「では、何のためにここへ?」
「俺の配下にするためだ」
「同じことだろう」
「違う。セルジュ」
「はい」
「三人の奴隷契約を解除しろ」
部屋の空気が止まった。グレイグだけでなく、ティアナとフェルまで、何を言われたのか分からないという顔で俺を見ている。セルジュもすぐには動かなかった。
「今、でございますか?」
「そう言った」
「まだ三人の意思を、お確かめになっておりませんが……」
「だから先に解除する。奴隷契約に縛られた者から返事を聞いても、それが本人の意思かどうか分からない」
俺はマジックバッグから硬貨の入った袋を取り出し、机へ置いた。重い音が部屋へ響く。
「三人の契約を解くための金だ。確認しろ」
セルジュが袋の口を開き、硬貨を素早く数えていく。七日前に示された金額と、一枚の違いもない。
「確かにございます」
「なら、解除しろ」
セルジュは三人分の奴隷契約書を机へ並べた。契約に記された借金、買い取りに使った金、これまでにかかった費用を一つずつ確認し、契約を解く魔法を使う。三枚の契約書に刻まれた赤黒い文字が淡く光り、端から崩れるように消えていった。
「これで、三名の奴隷契約は解除されました」
ティアナが胸元へ手を当てる。フェルも自分の身体を確かめるように、残された右手を握った。グレイグだけは動かなかった。だが、先ほどまで俺へ向けていた鋭い目に、わずかな戸惑いが混じっている。
「これで、お前たちは自由だ」
「……交渉もせず、先に金を払ったのか?」
「そうだ」
「俺たちが断って、このまま出ていくとは考えなかったのか」
「その時は仕方がない。俺が欲しいのは、自分の意思で働く者だ。奴隷のまま無理にうなずかせても意味がない」
グレイグは黙り込んだ。俺はフェルへ目を向ける。少年は自由になったと聞いても、少しも安心していなかった。
「まだ何かあるな」
「……子供たち」
「何?」
「一緒に捕まった子供たちも、ここにいる。俺だけ自由にはならない」
七日前、フェルがかばっていた三人の幼い子供たちだ。全員が同じ集落の生き残りで、奴隷契約を結ばされているとセルジュが説明した。
「三人の契約を解くための金額を出せ」
「待て。あの子たちは、何の力も持っていない」
「今は、だろう。子供が何者になるかなど、誰にも分からない。それに、役に立つかどうかだけで幼い子供を放置するつもりはない」
俺はセルジュが書いた金額を確かめ、もう一つ硬貨の袋を机へ置いた。フェルの灰色の耳が大きく跳ねる。
「契約を解除しろ。当面の住む場所と世話をする者も手配しろ。費用は俺が払う」
「かしこまりました」
「本人たちが望むなら、フェルと一緒に暮らせる場所を用意する。だが、働くことは強制するな。まずは食べさせ、眠らせろ」
フェルは何も言わなかった。ただ、俺をにらんでいた目から、初めて警戒以外のものがのぞいた。
◇
「さて、これでお前たちは自由だ」
三人へ椅子を勧めたが、グレイグだけは立ったままだった。右脚では長く立っている方がつらいはずだが、意地でも俺の前へ座りたくないらしい。
「ここからは、俺の配下になるかどうかを決めてもらう」
「先ほど、仕方がないと言ったな」
グレイグが確かめるように尋ねた。
「俺たち全員が断っても、本当に自由のまま帰すのか?」
「何度も同じことを言わせるな」
「なら、なぜ俺たちを選んだ?」
「使えるからだ」
迷わず答えると、ティアナが目を瞬いた。
「同情では、ないのですか?」
「同情だけで、普通の冒険者が何か月もかけて稼ぐ金を七日間で用意すると思うか?」
「思いません」
「俺は、自分の手足となって働く者を探している。お前たちには、俺の配下に足りない力がある」
まず、グレイグを見る。
「お前には、人を鍛え、まとめ、死なせずに動かす力がある」
「買いかぶりだ」
「王国兵だったころ、勝ち目のない突撃命令へ反対し、部下を退かせたそうだな」
グレイグの目が鋭くなる。セルジュが、この七日間に調べた内容だった。
「命令に逆らった結果、部下を危険へさらした責任を押しつけられ、軍を追われた。その後、傭兵として護衛をしていた時も、仲間を逃がすために殿を務めた」
「それで、この有様だ」
グレイグが動かない右腕をわずかに持ち上げる。
「右腕は使えず、右脚も満足に曲がらない。武器を握ることも、兵の前へ立つこともできん。俺に残っているのは、昔の失敗を語ることだけだ」
「違う」
「何が違う?」
「勝ち目のない命令へ従わなかったのは、失敗ではない。俺が欲しいのは、主の顔色をうかがって部下を死なせる指揮官ではない。俺の命令が間違っていると判断した時、理由を示して止められる者だ」
グレイグが初めて、正面から俺の目を見た。
「十二歳の子供が、ずいぶんと大きなことを言う」
「年齢で命令の正しさが決まるのか?」
「……いや」
「なら問題はない。お前には、今いる七人の戦闘員を鍛えてもらう。いずれ人が増えれば、現場で指揮も執れ」
「だから、武器も持てないと言っている」
「持てるようにする」
奪われたのなら、取り戻せばいい。身体も、役目も、その先にあったはずの未来も。
そのために俺は、滅びた世界から《超再生》を持ち帰ったのだから。




