第66話 七日間で稼いだ大金
「森へ入る前後の報告は、もう義務ではない。だが、できれば続けてくれ。アレス様が持ち帰る量を先に知っておかないと、買い取り場が足りなくなる」
「明日からは先に量も伝える」
「そうしてくれると助かる」
五日目の時点で、セルジュから聞いた三人分の金額には届いていた。だが、それで終わりにするつもりはない。七日間、三人をほかへ売らずに待たせた。セルジュは俺の配下であり、命令すれば一枚の銅貨も払わず従わせることができる。
だからこそ、命令で損をさせたくはなかった。残り二日。契約を解くための金だけでなく、待たせたおわびまで十分に払えるだけ稼ぐ。
◇
六日目の朝。ノルが初めて、一度も歩かずに自分へ決められた距離を走り切った。
「よくやった」
「あ、ありがとうございます!」
ノルの顔が明るくなる。
「明日は最後の一周だけ、今日より速く走れ」
「はい!」
素直に返事をしたノルの肩を、ベッツがたたく。
「よかったな。大将に褒められた上に、少し増えただけだぞ」
「それは、喜んでよいのでしょうか?」
「俺たちの中では大勝利だ」
いつの間にか、負担の増え方で運の良し悪しを判断するようになっていた。そして七日目。セルジュが、初めて石切り場の外周を一周、止まらずに走った。最後尾であることは変わらない。顔色は悪く、足元もふらついている。それでも、自分の足で最初の位置へ戻ってきた。
「アレス……様……」
「何だ?」
「私も……走り切りました……」
「見ていた」
「では……本日の訓練は、これで……」
「一周目が終わっただけだ。決めた回数は三周だぞ」
セルジュの顔から、達成感が消えた。
「夢であってほしかったのですが……」
「二周目へ行け」
「かしこまりました……」
ふらつきながらも、再び足を前へ出す。その背を追うように、残る者たちも走り出した。この七日間、誰一人として逃げなかった。
ベッツたちだけではない。戦いとは無縁だったロイドも、ゲオルグも、セルジュも。ニーナも。毎朝げっそりし、時には俺へ恨みがましい目を向けながら、それでも決めた訓練をやり遂げた。まだ強くなったとは言えない。だが、強くなるための最初の一歩は、全員が踏み出していた。
◇
六日目と七日目は依頼を受けず、価値の高い素材の回収に集中した。フレイムリザードの火炎袋。ロックビートルの甲殻と土属性の魔石。ポイズントードの毒袋。翠羽鳥の風切羽と肉。道中で襲ってきたアイアンボアやフォレストウルフも、一体残らず持ち帰る。
同じ弱い攻撃を受け続けても、耐性の伸びは次第に小さくなっていった。今より強い耐性を得るには、より強い攻撃へ身体をさらす必要がある。だが、今の目的は耐性を完全なものにすることではない。将来育てるための種を、身体へ根づかせることだ。必要のない危険は冒さず、今の俺が余裕を持って倒せる魔物だけを狩った。
初日は、買い取り場へ魔狼を並べるたびに人が集まった。三日目には、俺が戻る時刻に合わせて広い場所へ敷物が用意された。五日目には、素材を買い付ける商人まで、ギルドの裏口で待つようになった。七日目。ミレイは俺が受付へ入ると同時に尋ねた。
「本日は、どのくらいお持ち帰りになりましたか?」
「荷馬車一台分ほどだ」
「かしこまりました。すでに買い取り場を空けてございます」
もう驚きもしなかった。いや、諦めただけかもしれない。普通の冒険者なら、倒した魔物の一部しか運べない。退治証明になる部位と、軽くて高価な魔石。それ以外の重い皮や甲殻は、その場へ置いていくことも多い。
俺には、父上から借りたマジックバッグがある。倒した魔物を丸ごと持ち帰り、使える素材をギルドへすべて売ることができた。しかも、報酬を分ける仲間はいない。普通のCランク一組が何か月もかけて稼ぐ額を、俺は七日間で大きく上回った。
◇
森から戻れば、必ず家族と夕食を取った。弟と妹は、俺がその日に倒した魔物の話を楽しみにしている。母上は俺の身体に傷がないことを確かめ、それからようやく安心したように笑った。父上が尋ねることは、いつも同じだ。
「森に異変はなかったか?」
「ありません」
「魔物の生息域や数は?」
「学んだ内容と大きな違いはありません。浅層に上位種が入り込んだ跡もありませんでした」
「そうか」
父上へは、森で見たものをすべて報告した。どの場所に、どの魔物がいたのか。数は増えているのか、減っているのか。地面、木々、水、風の中に、不自然な魔力が混じっていなかったか。今のところ、異変はない。
「しかし、アレス」
三日目の夕食で、父上がわずかにまゆを寄せた。
「ギルドから、買い取り場の人手が足りないと連絡が来た」
「人を増やすべきだと思います」
「なぜ足りなくなったのかを聞いている」
「俺が魔物を持ち帰ったからです」
「その量が多すぎると言っているのだ」
「森の異変ではありません」
「お前という冒険者が、ギルドにとっての異変になっている」
父上の言葉に、母上が口元へ手を当てて笑った。
「あなた。アレスはきちんと夕食までに帰ってきています。それに、けがもありませんわ」
「それは分かっている。分かっているが、服を毎日一着ずつ駄目にする冒険者を、無傷と呼んでいいものか……」
「必要のない危険は避けています」
「その言い方は、やはり必要なら危険へ入るという意味ではないのか?」
「父上。今日の肉料理も美味しいです」
「話を逸らすな」
それでも、家族と囲む夕食は毎日変わらず温かかった。夕食を終えると旧屋内訓練場へ向かい、魔力操作と闘気の訓練を行う。終わればベッドへ入り、夜明け前に起きる。同じ一日を繰り返す。だが、昨日と同じ者は一人もいない。ニーナも、配下たちも。そして俺も。わずかずつ、確実に前へ進んでいた。
◇
七日目の午後。最後の素材を売り終えると、ミレイが硬貨の入った袋を三つ、俺の前へ並べた。
「こちらで、本日の買い取り分がすべてとなります」
「確認した」
「念のため申し上げますが、七日間の合計額は、Cランク冒険者の収入として明らかに異例です。これだけの金額を持ち歩かれるのでしたら、十分にお気をつけください」
「マジックバッグへ入れる」
「それがよろしいかと存じます」
受け取った金を収納し、頭の中でもう一度合計する。セルジュが示した、三人の契約を解くための金額。七日間、売らずに待たせたことへの対価。さらに今後、三人が生活を始めるために必要な金を残しても、十分な余裕があった。目標としていた金額の、二倍を優に超えている。
「アレス様」
ギルドを出ようとした俺へ、ミレイが声をかけた。
「五件の依頼達成、おめでとうございます」
「ありがとう」
「明日も、魔の森へ向かわれるのですか?」
「いや。明日は別の用事がある」
ギルドを出る。太陽はまだ高い。夕食までにも、十分間に合う。領都の大通りを抜け、七日前に訪れた建物の前で足を止めた。扉を開くと、帳簿へ向かっていたセルジュが勢いよく立ち上がる。
「アレス様」
「約束の七日目だ」
俺は腰のマジックバッグへ手を置いた。
「三人を呼べ。金は用意した」
普通の冒険者なら、何か月もかけて稼ぐ額。それを、七日間で用意した。待たせた分も、十分に上乗せして払う。そして、三人が失った身体と未来を取り戻す。俺の冒険者としての最初の一週間は、ここからようやく実を結ぶ。




