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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者:
第五章 勇者、聖女の成長編

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第55話 勇者の成長1

勇者セレスティア・グランベル視点


 鑑定の儀式から、二か月が過ぎた。


「始め!」


 ローガンの声が訓練場へ響く。合図と同時に、私は地面を蹴った。正面に立つセドリックとの距離が一気に縮まる。両手で握った木剣を右肩から振り下ろすと、セドリックは半歩だけ後ろへ退きながら、その一撃を受け止めた。木剣同士が激しくぶつかり、乾いた音が鳴る。


「はあっ!」


 私は止まらない。弾かれた木剣をすぐに引き戻し、今度は左から斬り上げる。セドリックはそれも受け流し、空いた私の右肩へ木剣を振り下ろしてきた。


 速い。けれど、見える。二か月前なら、ここで慌てて後ろへ逃げていた。今は違う。右足を軸に身体を回し、木剣を肩のすぐ横へ通す。そのまま回転の勢いを使い、セドリックのわき腹へ横なぎを放った。


「くっ!」


 セドリックが木剣を立てて受ける。私の一撃に押され、その身体がわずかに横へ流れた。今だ。さらに一歩踏み込み、木剣を上段へ振り上げる。セドリックの視線が、私の木剣へ向いた。けれど、それは誘いだ。振り下ろす直前に剣を止め、低く屈み込む。驚いたセドリックの懐へ潜り込み、その足元を目がけて木剣を横へ払った。セドリックがとっさに後ろへ跳ぶ。その着地点へ、私は先に踏み込んでいた。


「えっ――」


 体勢を整えるより早く、木剣の切っ先を胸元へ突きつける。


「そこまで!」


 ローガンの声を聞き、私は大きく息を吐いた。セドリックの胸元から木剣を引き、一歩後ろへ下がる。


「ありがとう」


「……ありがとうございました」


 向かい合って礼をすると、セドリックは自分の胸元を見下ろした。


「最後の上段は、最初からおとりだったのですか?」


「そう。セドリックは、私が力を込めると剣を見てしまうから」


「気をつけていたつもりなのですが」


「私も、そこを見られないように気をつけていたの」


 私が答えると、セドリックは困ったように笑った。鑑定の儀式から五日目、私は初めてセドリックから一本を取った。あの時は十回に一度勝てるかどうかだった。


 それから毎日剣を振り、身体強化と魔法を学び、今では十回戦えば八回は勝てる。今日の訓練試合は、これで私の五連勝だった。


「ローガン。今の勝負、どのくらいだった?」


「始めの合図から、二十七呼吸です」


「昨日より四呼吸も短くなってる!」


「はい」


 ローガンはいつもの無表情でうなずいた。少しくらい褒めてくれてもよいと思う。


「もう一度お願い」


「休憩が先です」


「まだ動けるわ」


「動けるかどうかではありません。先ほどの五戦で、踏み込みが少しずつ浅くなっています。疲労したまま続ければ、正しくない動きを身体へ覚えさせることになります」


「でも――」


「休憩です」


 反論を許さない声だった。勇者になっても、ローガンはまったく優しくならない。私はしぶしぶ木剣を置き、訓練場の端へ向かった。すぐにミレイユが水筒と布を持って近づいてくる。


「お疲れさまでございました、セレスティア様」


「ありがとう」


「本日も、とても見事でございました」


「ミレイユは、いつも褒めてくれるわね」


「事実を申し上げているだけでございます」


 差し出された布で汗を拭き、水を少しずつ飲む。以前より、明らかに強くなっている。セドリックだけではない。年若い騎士が相手なら、初めて剣を交える者にも負けることはほとんどなくなった。


 身体強化を使えば、大人の騎士と正面から打ち合うこともできる。火と風の魔法も、まだ小さなものではあるけれど、狙った場所へ当てられるようになってきた。


 騎士たちは、私が訓練するたびに驚いている。さすが勇者様だ。これほどの成長は見たことがない。王国最強の剣士になる日も遠くない。そう言われるのはうれしい。皆を守れるほど強くなりたいという気持ちも、鑑定の儀式を受けた日よりずっと大きくなっている。


 けれど、どれほど褒められても、私には気になることがあった。


「二十七呼吸……」


 小さくつぶやく。六週間ほど前、ガレス様から聞いた話を思い出した。アレス・アークハルト。私と同じ十二歳で、隣り合うアークハルト男爵家の跡継ぎ。鑑定の儀式で《体術》を授かり、武器を持たずに戦う少年。


 ガレス様がアークハルト領を出立する日の前日、アレス君は木剣を持った二人の騎士を相手に、わずか十数秒で勝ったという。


 初めてその話を聞いた時は、驚いた。けれど、それ以上に、負けたくないと思った。私は勇者だ。剣術も、身体強化もある。まだ使えないけれど、《闘気》や《限界突破》まで授かっている。


 火、風、雷、光という四つの魔法にも適性がある。同じ十二歳の少年が二人の騎士に勝ったのなら、私もそれ以上に強くなればいい。いつかアークハルト領へ行き、アレス君と訓練試合をする。その時は必ず勝つ。


 その日から、私は以前よりも真剣に訓練へ取り組むようになった。剣の訓練だけではない。苦手だった戦いの作戦や魔物についての授業にも、今まで以上に集中している。


 アレス君も、今ごろは訓練をしているのだろうか。そう考えることが、いつの間にか増えていた。


「セレスティア様」


 呼ばれて顔を上げる。訓練場の入口に、お父様の付き人が立っていた。


「レオナルド様が、お呼びでございます」


「お父様が?」


「はい。訓練が一段落しましたら、執務室へお越しいただきたいとのことです」


「何かあったの?」


「私からは、何も伺っておりません」


 国境で帝国兵が動いたのかもしれない。鑑定の儀式から二か月。王国と帝国の間で全面衝突には至っていない。けれど、国境近くでは今も小さな衝突が続いている。


 お父様から急に呼ばれると、どうしても悪い知らせではないかと考えてしまう。すぐに立ち上がろうとすると、ローガンが口を開いた。


「休憩を終え、呼吸を整えてから向かってください」


「急いだ方がよくない?」


「急ぎであれば、今すぐとお伝えになるはずです」


「……分かったわ」


 私はもう一度腰を下ろし、残っていた水を飲んだ。



 汗を流して着替えを済ませ、執務室へ入る。中にいたのは、お父様とお母様だった。二人の間にある机の上には、一通の手紙が広げられている。どちらの表情にも、国境で何かが起きた時のような緊張はない。少しだけ安心した。


「お呼びでしょうか」


「ああ。訓練中にすまなかったね」


「ちょうど休憩に入るところでした。何かあったのですか?」


「セレスに見せたいものが届いたんだ」


 お父様が机の上の手紙を手に取り、私へ差し出す。受け取る前に、表へ記された印を確認した。冒険者ギルドの紋章だ。王都にある本部から各支部へ送られた通達の写しらしい。


「冒険者ギルドからですか?」


「正確には、グランベル支部のギルド長からだよ。領内の冒険者にも関わる異例の通達として、私のもとへ写しが届けられた。セレスにも見せたいと思ってね」


「私に?」


 勇者へ向けられた依頼だろうか。冒険者ではない私へ、なぜギルドから手紙が届くのか分からない。首を傾げながら、最初の一文へ目を落とした。そこに記された名前を見た瞬間、手紙を持つ指へ力が入った。


「アレス・アークハルト……」


「覚えていたようだね」


「もちろんです」


 忘れるはずがない。私は急いで続きを読んだ。アークハルト男爵家跡継ぎ、アレス・アークハルト。年齢、十二歳。職業、武闘家。


 アークハルト騎士団長ダリオ・ローデンの推薦を受け、Cランク登録のための特別試験を受験。知識、判断力、実戦能力のすべてに合格。同日、条件付きでCランク冒険者として登録。


「Cランク……?」


 思わず、声が漏れた。冒険者のランクについては、授業で学んでいる。最初は誰もがFランクから始まり、依頼を達成して実績を重ねることで、少しずつ上がっていく。Cランクは、魔の森へ入り、危険な魔物の退治を任されることもある一人前の冒険者だ。十二歳の子どもが、登録したその日に与えられるようなランクではない。


「何かの間違いではありませんか?」


「私も、最初はそう思ったよ」


 お父様の考えを変えたものは、何だったのだろう。


 答えは、まだ読んでいない実戦試験の記録にある。


 私は手紙を握り直した。


 その先に記された数字が、つい先ほどまで誇らしかった「二十七呼吸」を、あまりにも遅いものへ変えるとも知らずに。

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