第51話 父への報告
冒険者登録を終え、屋敷へ戻った直後。俺は父上の執務室を訪れていた。
大きな執務机の向こうには父上が座り、その右手に執事長のオルド、左手には騎士団長のダリオが立っている。
俺と共に冒険者ギルドから戻ったトーマも、少し離れた場所へ控えていた。もともと父上へ登録の結果を報告するだけのはずだった。だが、俺が帰宅するなり、トーマが「旦那様へ直接ご報告すべきことがございます」と告げた。そのため、推薦状を書いたダリオと、その書類を用意したオルドまで呼ばれたらしい。
「それで、登録は無事に終わったのだな?」
「はい」
俺は懐から銀色の冒険者証を取り出し、執務机の上へ置いた。父上が手を伸ばし、冒険者証を持ち上げる。表面に刻まれた俺の名前を確認し、所属支部を確認し、最後に中央の文字を見つめた。その動きが止まった。執務室が、妙に静かになる。
「アレス」
「はい」
「私の目には、ここにCと刻まれているように見える」
「Cと刻まれています」
「そうか。見間違いではなかったか」
父上はもう一度冒険者証を見た。
「私は、冒険者登録をしてくると聞いていた」
「登録してまいりました」
「三つも階級を飛ばしてこいとは言っていない」
「ですが、Cランクとしての登録も、冒険者登録には違いありません」
「確かに違いはない。違いはないが……」
父上は冒険者証を机へ戻し、深く息を吐いた。怒っているわけではない。その証拠に、困りきった表情の奥には、隠しきれない喜びがあった。
「まさかとは思っていたが、やはり初めからCランクを狙っていたのだな」
「お気づきでしたか」
「今、気づいた。昨夜のお前は、推薦状を受け取った後、妙に聞き分けがよかったからな」
あの時点で気づかれていなかったのなら、問題はない。
「十二歳で特別試験に合格した者など、王国の記録にもいないはずだ。よくやった、アレス。父として、お前を誇らしく思う」
「ありがとうございます」
「だが、それはそれとして聞いておきたい」
父上の視線が、ゆっくりと俺からダリオへ移った。
「ダリオ」
ダリオの肩がビクッと動く。
「はい、閣下」
「こうなったのは、お前の推薦状が原因ではないか?」
突然向けられた言葉にも、冷静を取り戻したダリオはまゆ一つ動かさなかった。
「推薦状を用意するよう命じられたのは、お館様でございます」
「私は、年齢だけを見てアレスが軽く扱われぬよう、実力を正しく記せと言ったのだ」
「ですから、正しく記しました」
「正しすぎたのではないか?」
「推薦状にうそを書くわけにはまいりません」
「少しくらい控えめに書くことはできただろう」
「では、現役騎士を二人同時に倒したことを、一人だけ倒したと書けばよろしかったのでしょうか?」
「それは控えめではなく、うそだ」
「おっしゃるとおりです」
ダリオは真顔のままうなずいた。
「私はお館様のご命令どおり、アレス様の実力を正しく記しました。その結果、手続きは極めて円滑に進んだものと存じます」
「三階級を一度に飛び越えるほど円滑にしろとは言っていない」
「円滑さの程度までは、伺っておりませんでした」
父上のまゆの間にしわが寄る。だが、ダリオの言っていることは何一つ間違っていない。父上もそれが分かっているからこそ、反論できずにいるのだろう。やがてダリオは、自分の隣に立つオルドへ視線を移した。
「もっとも、推薦状の内容は、オルド殿も確認しております」
「ダリオ殿?」
「内容に問題があると思われたのなら、旦那様へお渡しする前に止めることもできたのではありませんか?」
今度は、矛先がオルドへ向いた。オルドは白いまゆをわずかに上げた後、いつもと変わらないおだやかな笑みを浮かべる。
「確かに、内容は確認いたしました。しかし、記されていたことはすべて事実でございました」
「事実であっても、十二歳の子供へ持たせる推薦状として強すぎるとは思わなかったのか?」
父上までダリオに加勢した。
「旦那様ご自身が、アレス様のお力を正しく記すようお命じになったものです。執事が勝手に書き換えるわけにはまいりません」
「書き換えろとは言っていない。せめて、私に一言あってもよかっただろう」
「私も旦那様と同じく、ギルドで年齢を理由に軽んじられぬための推薦状だと思っておりましたので」
「つまり、お前も気づかなかったのだな」
「お恥ずかしながら」
オルドは素直に頭を下げた。
「昨夜は、坊ちゃまのご成長に胸がいっぱいになってしまいまして。特別試験へお使いになる可能性までは、考えが及びませんでした」
「泣いていて気づかなかった、ということか?」
「返す言葉もございません」
オルドは申し訳なさそうに答えているが、その顔には少しも困った様子がない。むしろ、俺がCランクになったことを誰よりも喜んでいるように見えた。
これ以上オルドを追及しても無駄だと悟ったのだろう。父上とダリオの視線が、ほとんど同時に別の場所へ動く。その先にいたのは、トーマだった。オルドも、ゆっくりと同じ方向へ顔を向ける。三人分の視線を受け、トーマの背筋がわずかに伸びた。
「トーマ」
「はい、旦那様」
「お前は、アレスと共にギルドへ行ったな?」
「はい」
「特別試験を受けることは、知っていたのか?」
「存じませんでした」
トーマは迷いなく答えた。実際、俺が受付で申し出るまで、トーマは何も知らなかった。これで自分だけは責任を問われないと考えているのか、その声にはわずかな安心が混じっていた。
「では、知った後は何をしていた?」
「見守っておりました」
「止めなかったのか?」
「止める理由がございませんでしたので」
「私がFランクから始めると思っていることは、分かっていただろう」
「はい。ですが、旦那様の同意書には、特別試験を受けてはならないとは書かれておりませんでした」
トーマの言葉に、父上が額へ手を当てた。どうやら今の俺は、非常によい家令見習いを持っているらしい。
「それに、アレス様は試験のすべてに、ご自身のお力で合格なさいました」
トーマの声に、突然熱がこもる。
「知識と判断力の試験では、一度も迷うことなく、常に人命と依頼の本来の目的を優先されました。実戦試験では、元Bランク冒険者を相手に、闘気も魔法も使わず、わずか三呼吸で――」
「トーマ」
「はい」
「今は、試験の報告を求めているのではない」
「失礼いたしました。ですが、あの立ち回りは実に見事でございました。相手の力を利用しながら体勢を崩し、受け身さえ取らせずに投げ、そのまま拳をのど元へ――」
「もうよい」
「さらに、ギルド長から年齢を理由にDランクを提案された際も、感情的にならず、互いが納得できる条件を――」
「もうよいと言っている」
「……かしこまりました」
口を閉じたトーマは、なぜ止められたのか分からないという顔をしていた。父上がため息をつく。ダリオもため息をつく。オルドまで、珍しく小さなため息をついた。
三人から同時に諦められているというのに、トーマだけは誇らしげだった。うまく矛先が逸れた。しめしめ――と思ったところで、父上と目が合った。
「そして、アレス」
「はい」
「そもそもの原因は、初めから特別試験を受けるつもりだったのに、誰にも話さなかったお前ではないか?」
「隠していたわけではありません。聞かれなかったので、答えなかっただけです」
「それを、意図して黙っていたと言うのだ」
「ニーナからも、同じことを言われました」
「ならば、少しは反省しろ」
「反省しています」
「顔がまったく反省していないぞ」
どうやら、しめしめと思ったことまで顔へ出ていたらしい。父上はしばらく俺を見つめていたが、やがてこらえきれなくなったように笑い始めた。
ダリオの口元もわずかに緩み、オルドは目を細める。トーマだけは何に対して笑っているのか分からないまま、それでもうれしそうに笑った。
「結局、誰もうそはついておらず、誰も規則は破っていない。私が命じ、ダリオが正しく書き、オルドが渡し、トーマが見届け、アレスが最も有効な使い方をした。それだけのことか」
「そのとおりでございます」
オルドがきれいにまとめる。
「ずいぶんと私に都合の悪い結論だな」
「ですが旦那様。アレス様は、王国最年少でCランク冒険者となられました」
オルドの声には、隠しきれない喜びがにじんでいた。
「これほど喜ばしい責任であれば、皆で分け合うのもよろしいのではございませんか?」
「そうだな」
父上は冒険者証をもう一度手に取り、今度は困惑ではなく、誇らしさを隠さず眺めた。
「この責任なら、私が一番多く引き受けよう」
責任の押しつけ合いは、いつの間にか、俺の手柄を誰が一番誇るかという話へ変わっていた。




