第50話 王国最年少のCランク
バルガスは俺をにらむように見つめ、やがて大きく息を吐いた。
「……本当に十二歳なのか?」
「同意書にも書いてあっただろう」
「そういう意味で聞いたのではない」
バルガスが頭をかき、ミレイへ目を向ける。
「聞いていたな。アレス・アークハルトを、条件付きでCランク冒険者として登録しろ」
「承知いたしました」
ミレイが笑みを浮かべ、深く一礼する。その瞬間、訓練場を囲んでいた冒険者たちから、大きなどよめきが上がった。
「本当にCランクになられた……」
「十二歳だぞ」
「この支部どころか、王国で最年少じゃないのか?」
「最年少どころか、十二歳が登録したその日にCランクなんて聞いたことがねえ」
「さすがはガレス様のご跡継ぎだ」
「いや、今の試験を見ただろ。領主様の名を抜きにしても、とんでもない若様だ」
先ほど俺へ忠告した革の鎧の男も、その中にいた。俺と目が合うと、ばつが悪そうに頭をかく。
「アレス様。先ほどは、領主様のご跡継ぎに差し出がましいことを申し上げました」
「いや。俺を知らないお前が、命知らずな子供を止めようとしたのは間違っていない」
男は目を見開き、やがて敬意を隠さず頭を下げた。
「……やはり、ガレス様のご子息ですな」
「俺が止めるまでもありませんでしたな」
男は苦笑した後、杯を持っていない方の手を差し出した。
「俺はロッツです。森でお会いすることがあれば、よろしくお願いします」
「アレスだ。こちらこそ頼む」
差し出された手を握り返す。ロッツに続き、周囲の冒険者たちから次々に声をかけられた。先ほどまで向けられていたのは、敬愛する領主の子息を案じる目だった。
今は違う。一人の冒険者として、俺を見ている。受付へ戻ると、ミレイが銀色の板を俺の前へ置いた。冒険者証に使われる魔道具だ。表面には、俺の名前と所属する支部、そして大きくCの文字が刻まれている。
「こちらへ血を一滴お願いいたします」
渡された針で指先を刺し、冒険者証へ血を落とす。淡い光が走り、すぐに消えた。
「登録が完了いたしました。本日より、アレス・アークハルト様はCランク冒険者となります。紛失した場合は、速やかにギルドへお届けください」
「分かった」
冒険者証を受け取り、Cの文字を見つめる。滅びた世界では、ここへたどり着くまでに長い時間がかかった。何の知識もなく、何の覚悟もないままFランクの冒険者となり、失敗を繰り返した。依頼を選ぶ目も、仲間を見極める力もなく、何度も死にかけた。その積み重ねの果てに、ようやく手にしたCランクだった。やり直した今は、最初からここに立つ。これは、過去の自分が積み上げた力を示すためだけの証ではない。魔の森へ入り、実戦を重ね、来るべき災厄へ備えるための資格だ。
「おめでとうございます、アレス様」
ニーナがほほ笑んでいた。試験前に浮かべていた不安はもうない。そのこはく色の瞳には、隠しきれない喜びと誇りが宿っている。
「アレス様なら必ず合格なさると、信じておりました」
「長剣が振り下ろされた時、目を閉じかけていたように見えたが」
「……ほんの少しだけでございます」
「そうか」
「ですが、最後まできちんと見届けました」
「ああ。知っている」
「皆様は、今日初めてアレス様のお強さを知り、とても驚いていらっしゃいました」
ニーナは、少しだけ誇らしげに周囲を見渡した。
「ですが、私は毎朝、アレス様が訓練なさる姿を一番近くで拝見してまいりました。アレス様がどれほど努力を重ねてこられたのか、ここにいるどなたよりも知っております」
「俺が勝つと思っていたのか?」
「はい」
今度は、一瞬も迷わなかった。
「心配ではございました。それでも、アレス様が負けるとは思いませんでした。ですから今は……とても誇らしいです」
ニーナが、その気持ちを隠すことなくほほ笑む。俺はどう答えればよいのか分からず、冒険者証へ視線を落とした。トーマも俺の前へ進み、深々と頭を下げる。
「アレス様。Cランクでのご登録、心よりお祝い申し上げます」
「大げさだ。まだ登録しただけだぞ」
「登録初日に元Bランク冒険者を一瞬で倒し、ギルド長と対等に条件をまとめ、Cランクとなられました。これを大げさと言わず、何を誇ればよいのでしょうか」
トーマの表情には、抑えきれない感動が浮かんでいた。
「私は本日、アレス様にお供できましたことを、一生忘れません」
「そこまでか?」
「はい」
トーマは胸へ片手を当て、まっすぐに俺を見た。
「オルド殿から、いずれ私が後を継ぎ、次代のアークハルト家を支える執事になるのだと言われております」
「そうなのか」
「はい。お恥ずかしい話ですが、以前はその未来を不安に思ったこともございました」
トーマがわずかに目を伏せる。
「以前のアレス様は、私どもの言葉へ耳を傾けてはくださいませんでした。いつか自分がお仕えする主は、この方なのかと……そう考え、恐れたことさえございます」
「当然だ。あのころの俺を見て、仕えたいと思う者はいない」
「ですが、今は違います」
トーマは強く首を横へ振った。
「誰よりも学び、誰よりも鍛え、得たお力を誇ることなく人のために使われる。そして今日、元Bランク冒険者を圧倒し、ギルド長を相手に一歩も退かれませんでした」
その声は、次第に熱を帯びていく。
「この方に仕えられる。いつかオルド殿の後を継ぎ、アレス様をお支えできる。それは執事として、これ以上ない喜びでございます」
トーマの声はわずかに震えていたが、その目には迷いがなかった。
「その日に相応しい執事となれるよう、私もこれまで以上に励んでまいります」
「そうか」
俺は短く答えた。
「なら、期待している」
「はい!」
トーマが、これまで見たことのないほどうれしそうに笑った。目的だった冒険者登録は終わった。Cランクの冒険者証も手に入れた。これで、明日から魔の森の内部へ入ることができる。
「では、屋敷へ戻るぞ」
「かしこまりました」
「はい、アレス様」
ギルドを出ると、朝より高く昇った太陽が領都を照らしていた。馬車へ向かおうとしたところで、ニーナが俺の隣から静かに尋ねる。
「アレス様」
「何だ?」
「Cランクでご登録なさったことは、旦那様と奥様へ、どのようにご説明されるのでしょうか」
足が止まった。父上は、俺がFランクから始めると思っている。母上は、登録直後なら領都周辺の安全な依頼しか受けられないと聞き、ようやく安心したばかりだ。
「……俺から話す」
「その方がよろしいかと存じます」
ニーナが、どこか安心したようにうなずく。トーマは俺と目が合うと、すぐに視線を逸らした。父上から問い詰められた時、自分は知らなかったと言えることに安堵しているのだろう。
元Bランク冒険者を倒すより、母上を心配させずに説明する方が難しいかもしれない。それでも、夕食までには必ず帰ると約束した。
Cランク冒険者としての最初の仕事は、無事に屋敷へ戻り、家族へ報告することになりそうだ。
この時の俺は、まだ知らなかった。十二歳で特別試験に受かり、Cランク冒険者になった。そのめったにない報告が、すでにギルド本部へ送られていたことを。
その知らせが、あっという間に王国中の冒険者ギルドへ伝えられる。そして、《素手で元Bランク冒険者を圧倒した十二歳の少年》として、アレス・アークハルトの名が各地で話題になっていくことを。
そして、その報告は遠く離れた二人の少女のもとへも届く。勇者セレスティアと聖女リシアは、俺という存在を意識することになる。
歴史は、大きく変わり始めた。




