第48話 冒険者登録2
しばらくすると、受付の奥から二人の男を連れたミレイが戻ってきた。一人は、五十歳前後の大柄な男だった。短く刈った灰色の髪に、太い首。左耳の上からあごへかけて大きな傷が走っている。身につけているのは簡素な服だが、立ち方を見れば、相当な実力者だと分かった。
その隣にいる男は、さらに大きい。四十歳ほどで、背丈は騎士団長のダリオと同じくらいだろう。丸太のような両腕を持ち、背には幅広の大剣を背負っている。
「私がこの支部のギルド長を務める、バルガス・ロウだ」
灰色の髪の男が名乗り、俺を頭の先から足元まで眺めた。
「ダリオ・ローデン騎士団長の推薦を受けられたアレス・アークハルト様で、間違いありませんか?」
「そうだ」
「ダリオ殿が、ご身分への配慮だけで推薦状を出すような方でないことは承知しております。ですが、十二歳の方をいきなりCランクにするとなれば、推薦状一枚で決めるわけにはいきません」
「そのための試験だろう」
「なるほど。筋道立てて話すこともおできになるらしい」
バルガスは口元だけで笑った。
「特別試験は、知識、判断力、実戦能力の三つを見る。Cランクは、自分の命だけ守れればいい立場ではありません。依頼中に異常を見つければ報告し、時には下位の冒険者をまとめることも求められる。力だけの者をCランクに上げるつもりはございません」
「異論はない」
「なお、試験が始まれば、貴族のご子息ではなく、一人の受験者として扱わせていただきます。多少言葉が荒くなることは、お許しください」
「構わない。俺もそのつもりで来た」
「承知した。では、始めるぞ」
最初に行われたのは、知識と判断力の試験だった。
魔物と遭遇した時に確認すべきこと。
薬草を採取する際の注意。
依頼中、事前の情報にない上位種を発見した場合の対応。
仲間が毒を受け、手持ちの解毒薬で種類を判別できない時に何を優先するか。
護衛依頼の途中で、依頼人から契約にない危険な道を進むよう求められた場合、どう判断するか。
バルガスは質問を重ねるたび、少しずつ条件を複雑にしていった。俺は一つずつ答えていく。
魔物の数、種類、周囲の地形、退路を確認する。見慣れない上位種を発見したなら、戦えるかどうかにかかわらず、位置と特徴を記録してギルドへ報告する。毒の種類が分からないなら、むやみに複数の薬を使わず、進行を遅らせながら最も近い治療場所へ運ぶ。
依頼人が危険な道を選ぶよう求めても、契約と異なり、護衛対象の命を危険にさらすと判断したなら拒否する。
「では、その依頼人が命令だと言い、報酬を倍にすると言ったら?」
「断る」
「護衛の雇い主だぞ?」
「金を払う者の命令に従い、金を受け取るのが護衛ではない。目的地まで生きて届けるのが護衛だ。雇い主が自ら死に近づこうとするなら、止めるのも仕事に含まれる」
「それでも聞かなければ?」
「証人のいる前で、どれほど危険か、契約から外れているかを説明する。それでも進むなら依頼を中断し、ギルドへ報告する。金につられて危険な道へ入り、守る相手と共に死ねば、誰も得をしない」
酒場から、感心したような声が上がった。バルガスは反応を見せず、次の問いを口にする。
「仲間の一人が、依頼中に見つけたとても珍しい素材を黙って持ち帰ろうとした。どうする?」
「まず止める。依頼地で得た物の扱いは、依頼内容とパーティー内の取り決めに従うべきだ。黙って持ち帰れば、仲間だけでなくギルドの信用も失う」
「止めても渡さなければ?」
「力ずくで奪う前に、残りの仲間へ事実を知らせる。それでも従わないなら、依頼を終えた後ではなく、その場で仲間から外す。背中を預けられない者を、魔物のいる場所へ連れていく方が危険だ」
そこでバルガスが質問を止めた。
「最後だ。勝てない魔物と遭遇した。仲間の一人が負傷し、全員では逃げ切れない。どうする?」
ギルド内が再び静かになる。
「条件が足りない」
「何?」
「魔物の種類。負傷者の状態。残った者の人数と能力。退路までの距離。それが分からなければ、正しい判断はできない」
バルガスの目がわずかに細められた。
「では、相手はオーガ。負傷者は足を折っている。こちらは剣士二人と弓使い一人。森を抜けるまで一刻。正面から戦えば、まず勝てない」
「弓使いに魔物の目を狙わせる。倒すためではなく、足を止めるためだ。その間に剣士の一人が負傷者を背負い、もう一人が殿を務める。狭い場所へ誘導し、木を倒すか火を使って進路を塞ぐ。全員で逃げる」
「殿の者が追いつかれたら?」
「俺が殿なら、足を潰す」
「オーガのか?」
「そうだ。勝つ必要はない。仲間が逃げる時間を作り、自分も生きて戻ればいい」
「自分が死んででも、仲間を逃がすとは言わないのか?」
「最初から誰か一人が死ぬことを前提にするのは、判断ではなく諦めだ。使えるものをすべて使い、それでも届かなかった最後に命を懸ける。順番を間違えるな」
バルガスはしばらく俺を見つめた後、隣の大男へ目を向けた。
「グラント」
「ああ。少なくとも、ご身分に頼って試験を受けに来られたわけではないようだ」
グラントと呼ばれた男が、初めて口を開いた。低く太い声だった。
「知識と判断力は合格だ」
バルガスが告げる。
「次は実戦能力を見る。裏の訓練場へ来てもらう」
ギルドの裏手には、騎士団の訓練場より一回り小さな広場があった。周囲を高い木柵で囲まれ、地面には細かな砂が敷かれている。
特別試験が行われるという噂は、俺たちが移動する短い間にギルド中へ広まったらしい。訓練場の周囲には、仕事へ向かうはずだった冒険者まで集まっていた。俺とグラントが、訓練場の中央へ進む。
「グラントは元Bランク冒険者だ」
バルガスが説明する。
「五年前に左膝を傷めて前線を退いたが、今もCランク冒険者では相手にならん。こいつを相手に五分間持ちこたえるか、有効打を一度でも入れれば、実戦能力は合格とする」
「倒しても構わないのか?」
周囲がざわめいた。グラントの片方のまゆが上がる。
「ずいぶんと自信がおありのようだ。もちろん構いません。ですが、アレス様を相手に大剣を使うわけにはいきません」
グラントは背負っていた大剣を外し、訓練場の隅へ置いた。代わりに、武器掛けから刃を潰した訓練用の長剣を取る。
「アレス様も、お好きな物をお選びください。短剣でも、棒でも、拳甲でも構いません」
「必要ない」
「本当に素手でなさるおつもりですか?」
「登録用紙にも、そう書いた」
グラントは俺の両手を見た後、バルガスへ顔を向けた。
「ギルド長。万一、アレス様におけがをさせてしまった場合は、お前から男爵閣下へ説明してもらうぞ」
「その時は俺が責任を負う。だが、相手をただの十二歳の子供として扱うな。試験に必要な範囲で、本気で臨め」
「ガレス様のご跡継ぎに、ずいぶん厳しい試験じゃないか?」
「ガレス男爵閣下のご跡継ぎだからこそ、形だけの試験で通す方が失礼だ。ダリオ殿の推薦を持ち、ご自身でCランクを望まれた。その覚悟に応える」
「……なるほど。違いない」
グラントが長剣を軽く振る。刃を潰してあるとはいえ、あの太い腕でまともに打たれれば、普通の十二歳児なら骨が折れるだろう。
ニーナは訓練場の端から、その光景を見つめていた。表情を見れば、怖がっていることはすぐに分かる。胸元で握られた両手は白くなり、俺から一度も目を離していない。
一か月前のニーナなら、俺が傷つくことを恐れ、試験を止めてほしいと願ったかもしれない。今も、その気持ちが消えたわけではないだろう。それでも、ニーナは何も言わなかった。俺が負けないと言った言葉を信じようとしている。その隣で、トーマも両手を固く握り締めていた。
「アレス様は、本当に素手で挑まれるのか?」
「相手はグラントだぞ。Cランクを何人も一人でたたきのめした男だ」
「ガレス様のご子息に大けがをさせたらどうする。ギルド長は本気なのか?」
周囲の声を聞くたび、トーマのまゆがわずかに動く。すぐにでも、俺がどれほどの人間か語りたいのだろう。だが、父上から命じられた言葉を思い出したらしい。
――聞かれたことだけに答えろ。トーマは何度か口を開きかけ、そのたびに懸命に閉じていた。
「双方、準備はいいか?」
バルガスが尋ねる。
「いつでもいい」
「俺もだ」
俺は構えを取らず、両腕を自然に下ろしたままグラントの前へ立つ。グラントの表情から、わずかに笑みが消えた。
「構えなくてよろしいのですか?」
「もう構えている」
「……そうですか」
俺の立ち方を見て、その意味に気づいたらしい。足の幅。重心の位置。肩と肘の力の抜き方。どの方向へも動けるように立ちながら、すきだらけに見せる。決まった形を取らないことも、構えの一つだ。
「始め!」
バルガスの声が響いた。グラントは、すぐには動かなかった。長剣を中段に構え、俺の目、肩、腰、足へ順に視線を走らせる。前線を退いても、元Bランクの経験まで失ったわけではない。不用意に踏み込まず、俺がどう動くのか見極めようとしている。俺も動かない。一呼吸。二呼吸。訓練場を囲む者たちの間に、戸惑いが広がっていく。
「どうした?」
俺はグラントへ尋ねた。
「来ないのか?」
「……誘っておられるのですか」
「五分間、見つめ合って終わりでも、俺は合格なのだろう?」
「そこまで言われては、行くしかありませんな」
グラントの目から、俺に向けていた最後の遠慮が消えた。
長剣の切っ先がわずかに沈み、訓練場を囲む者たちが息をのむ。
元Bランク冒険者と、素手の十二歳。
周囲の大半は、俺が五分間持ちこたえられるかを見ようとしていた。
だが、俺は――持ちこたえるつもりなどなかった。




