第38話 十人から始まる未来
「武器屋の経営は、今どうなっている?」
「借金に上乗せされた金を払うために店の品を売りましたが、店を閉めるほどではありません。仕入れ先との信用も、まだ失っていません」
「武器以外も扱えるか?」
「品物と売り先があれば、扱えます。ただ、急に手を広げれば金が足りません」
冷静な答えだった。助かった勢いで、できもしないことをできると言わない。数字の扱いだけでなく、商人としても見込みがある。
「初めから大きくする必要はない。まずは今の武器屋を立て直せ。そこから少しずつ、防具、薬草、生活用品、保存の利く食料へ広げる」
「食料まで扱うのですか、アレス様?」
「この領地は、北を魔の森に接している。何かが起きてから集めたのでは遅い。普段の商売をしながら、少しずつ蓄えを増やす」
二年後、魔の森から魔物があふれる。以前とまったく同じ時期に起きるとは限らない。だが、起きないと楽観するつもりもなかった。
「一度に買い占めれば値が上がり、領民が困る。古くなる前に売り、新しい物と入れ替えながら、一定量を常に残せ。できるか?」
ロイドはしばらく考え、セルジュの帳面を借りて数字を書き始めた。
「倉の広さと最初に動かせる金が分かれば、計算できます。仕入れの時期を分ければ、値を大きく動かさずに済むはずです」
「よし。詳しくは後で詰める」
次に、ゲオルグへ目を向ける。
「この石切り場を使えるようにしろ」
「ここをですか、坊ちゃん?」
「小屋を直し、横穴を補強する。荷を置く倉と、人が休める場所も必要だ。いずれは領内の傷んだ道を直し、避難できる小屋も造ってもらう」
ゲオルグは朽ちた柱と屋根を見上げ、すぐに立ち上がった。壁をたたき、床板を踏み、横穴の入口へ目を凝らす。
「小屋は建て直した方が早いでしょう。横穴は奥の状態を見なければ分かりませんが、入口付近は使えます。石材も残っています。人手があるなら、倉だけならそれほどかかりません」
人手なら、床に座っている。俺はベッツたち七人へ目を向けた。
「聞いたな。貴様らの最初の仕事だ」
「俺たちに、大工仕事をやれってのか?」
ドランが折れた腕を抱えたままうめく。俺は何も言わず、ドランを怖い顔でにらんだ。
「……お、俺たちに大工仕事をやれということですかい、親分?」
「最初からそう言え」
「安心しろ。まずけがを治す。その後、ゲオルグの指示で働け」
「このけが、誰のせいでございましょうな……」
今度は俺が見る前に、ドランが勢いよく首を横へ振った。
「いえ! 何でもございません、親分!」
返事だけは、すでに立派な付き人だった。
「ベッツ、ミラ、ドラン、ラグ、マーク、ノル、ハイム。貴様らには働くだけでなく、戦い方も一から教え直す」
七人の表情が変わった。
「その程度の腕で人を襲うから、小悪党にしかなれない。鍛え直し、商売を守る護衛として使う。いずれは、魔物から領民を守れる程度にはなってもらう」
「俺たちを、兵にするおつもりですか、大将?」
ベッツが尋ねる。
「兵ではない。商売の荷と人を守り、必要な時には戦う者たちだ」
滅びた世界では、国も騎士団も崩れた後、商人や傭兵が食料と薬を運び、多くの命をつないだ。強い者だけがいても、世界は救えない。
武器を作る者。食料を集める者。道を直す者。それらを守り、必要な場所へ届ける者。今度は、失う前に作っておく。
セルジュにも役目がある。
「貴様は、これまでのつながりを捨てるな」
「奴隷商を続けろ、とおっしゃるのですか?」
「罪のない者をだまして奴隷にすることは許さない。誘拐されたと知りながら契約を結ぶこともだ。その代わり、不当に売られようとしている者、行き場を失った者、働く場所を求めている者を見つけろ」
「その者たちを、どうなさるおつもりで?」
「本人が望むなら、働く場所を与える。今日の貴様らと同じだ」
違う点があるとすれば、次に迎える者へは最初から三つの選択肢など出さないことだろう。悪事を犯していない者まで脅せば、さすがにニーナから止められる。横を見ると、案の定、ニーナは少し心配そうな顔でこちらを見ていた。
「無理やり契約するつもりはない」
「よかったです」
ほっとしたように胸へ手を当てる。どうやら俺は、ずいぶんと信用を失ってしまったらしい。
セルジュが帳面へ書き込んだ役割を見返す。武器屋を持ち、《算術》を使えるロイド。建物と道を造れるゲオルグ。契約と人の流れに通じたセルジュ。戦う力を持つ、ベッツたち七人。
今はまだ、武器屋一軒と大工一人、奴隷商一人、そしてたたきのめされた小悪党が七人いるだけだ。だが、育て方次第では、物と人を動かし、自分たちの身を守れる集団になる。領地を越え、国を越え、必要な場所へ必要な物を届けられるほど大きくなれば、救える命はさらに増える。
俺一人が強くなるだけでは、また間に合わないかもしれない。ならば、俺の代わりに動く手足を、今から増やせばいい。
「クククッ……」
考えれば考えるほど、使い道が増えていく。
「アレス様。また悪いお顔になっています」
「気のせいだ」
「先ほどよりも悪くなっています」
ニーナは、なかなか失礼なことを言うようになった。
◇
ベッツたちには小屋へ残り、怪我の手当てと後片づけをするよう命じた。ロイドとゲオルグは一度店と工房へ戻し、明日の夕刻、再びここへ集める。セルジュには契約書を厳重に保管させ、ベッツから聞き出した被害者と奪った物の一覧を完成させるよう命じた。旧街道の石標は、ハイムに見張らせる。依頼人へつながる糸だけは、絶対に切らせない。
「行くぞ、ニーナ」
「はい」
来た道を戻る途中、沢へ立ち寄った。地面には、踏み荒らされた山菜と、倒れたままの籠が残っている。ニーナが籠を拾い、土を払おうとした。俺は先に手を伸ばし、それを受け取る。
「俺が持つ」
「ですが、アレス様にそのようなことをさせるわけには……」
「今日は休めと命じたはずだ」
「籠を持つことまで、お休みに含まれるのですか?」
「含まれる」
「そうなのですね」
ニーナが小さく笑った。まだ顔色は悪い。笑顔にも、いつもの明るさは戻っていなかった。それでも、石切り場で震えていた時よりは落ち着いている。
散らばった若葉のうち、傷んでいないものだけを二人で拾った。籠の底が半分ほど埋まる。
「これでは、皆さんの分までは足りませんね」
「俺の分も必要ない。今日は屋敷にある物を食べる」
「本当ですか?」
「なぜ疑う」
「アレス様は、この若葉を使ったお肉を楽しみになさっていたので」
後をつけていた時の独り言を聞かれていたとは、ニーナは知らない。
「また来週、採ればいい」
言ってから、足を止める。
「いや。次は一人で来るな。俺も来る」
「アレス様も、山菜採りをなさるのですか?」
「できないと思っているのか」
「どれが食べられる草か、ご存じですか?」
「……戦場で食べられる物なら分かる」
「では、私がお教えしますね」
ニーナが、今度は少しだけ普段に近い笑顔を見せた。山菜の見分け方など、《体術》や《闘気》とは何の関係もない。だが、覚えておいて損はないだろう。
「今日のことを、父上たちへ話しても構わない」
歩き始めてから、俺は告げた。ニーナが隣でこちらを見上げる。
「十人と契約したのは、俺の判断だ。隠すために、お前へうそをつかせるつもりはない。話すなら、俺も一緒に父上の前へ出る」
父上が知れば、ベッツたちは騎士団へ引き渡されるだろう。俺も無断で屋敷を抜け出し、父上や騎士団へ知らせないまま盗賊たちを制圧し、その処遇まで独断で決めたことで厳しくしかられる。せっかく手に入れた配下と、依頼人へつながる糸を失う可能性も高い。それでも、被害を受けたニーナへ沈黙を強いることだけはできなかった。
ニーナはしばらく何も答えなかった。歩きながら、自分の手首に残った赤い跡へ目を落としている。
「アレス様は、あの方々を使って、皆を守ろうとなさっているのですよね」
「そのつもりだ」
「あの方々が、もう悪いことをできないようにもしてくださいました」
「契約を破ることはできない」
「でしたら、今はお話ししません」
「俺に気を遣う必要はない」
「違います。私が、そうしたいのです」
ニーナは真っすぐ前を見た。
「まだ、怖くないわけではありません。でも、あの方々が本当に人のために働くようになるのか、私も確かめたいです」
「そうか」
それ以上は何も言わず、二人で山道を下った。ニーナは俺の半歩後ろを歩いている。いつもと同じ位置のはずなのに、その足音は以前よりも近く感じられた。
この日、俺が手に入れたのは、十人の配下と、武器屋一軒から始まる小さな商売だった。やがてそれが、商品を仕入れて売る組織『鳳凰商会』となる。そして、報酬を受けて依頼主のために戦う者たち『フェニックス傭兵団』の始まりにもなる。武器、防具、薬、食料など、あらゆる物を国々へ運ぶ。その道も、雇われた兵たちが守るようになるのだ。
だが、この時の俺が考えていたのは、そこまで大きな未来ではない。まずは十人を徹底的に働かせ、使った七日分を取り戻す。それだけだった。
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