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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者:
第三章 ニーナ誘拐事件編

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第37話 ニーナ様への謝罪

 だが、契約を結んだからといって、これまでの罪が消えたわけではない。


「まだ、終わっていない」


 安心しかけていた十人の顔が、一斉にこわばった。


「全員、ニーナの前へ並べ」


「アレス様?」


 戸惑うニーナの前に、十人を一列に並ばせる。ロイドとゲオルグまで含まれていることに気づき、ニーナが俺の袖を引いた。


「あの、お二人は私を助けようとしてくださいました。それに、ミラさんも……」


「分かっている。罪の重さまで同じだとは言っていない」


 俺は十人を見回した。


「だが、ここにいる者は全員、ニーナがさらわれるまでに何かを知り、何かを見て、それでも止められなかった。謝ることが何一つない者はいないはずだ」


 ロイドとゲオルグは黙って膝をついた。ミラとセルジュも、それに続く。ベッツたちがためらっていると、俺は低い声で命じた。


「何をしている。全員、両膝をつけ。けがを言い訳にするな。額を床につけろ。土下座だっ!」


 六人が慌てて膝をつく。十人全員がニーナへ向かって土下座する中、ドランだけが不満そうに顔をわずかに上げた。


「悪かったな、嬢ちゃん。これで――」


 俺はドランを見た。ほんのわずかに《威圧》が漏れる。床板がきしんだように思うほど空気が重くなり、ドランの額が勢いよく床へたたきつけられた。


「誰に向かって口を利いている」


「ひっ……!」


「嬢ちゃんではない。ニーナ様だ」


 ニーナが目を見開く。


「わ、私に様など――」


「必要だ。こいつらには、最初に誰を傷つけたのかをたたき込んでおく」


 俺は再びドランへ目を向けた。


「それから、何を謝っているのか分からないわびなど要らん。自分が何をしたのか、口にして謝れ」


「ニ、ニーナ様……。売り飛ばす話に乗って、怖がっているあんたを――いえ、あなた様を囲みました。申し訳、ございませんでした」


 ひどくぎこちない。だが、今度は誤魔化さず、最後まで額を床につけていた。


「次、ベッツ」


「ニーナ様。私が依頼を引き受け、こいつらに――この者たちに、あなた様をさらわせました。すべて私の命令です。本当に、申し訳ありませんでした」


 粗暴な男の口から出たとは思えないほど、慎重な謝罪だった。ミラは床へ額をつけたまま、震える声を絞り出す。


「ニーナ様。父が怖かったとしても、私が人をだまし、この方たちを手伝ったことは変わりません。申し訳ありませんでした」


「ニーナ様。私は山であなたを見張り、眠り草を染み込ませた布で眠らせ、ここまで運びました」


 ラグの声から、先ほどまでの軽さが消えていた。


「火魔法を使われた時も、あなたを人ではなく金として見ました。どれほど怖かったかも考えませんでした。申し訳ありませんでした」


 マーク、ノル、ハイムも、順番に自分のしたことを口にした。


「逃げられねえよう――逃げられないよう囲みました。申し訳ございませんでした、ニーナ様」


「止める勇気がなかっただけなのに、頭領に逆らえなかったせいにしていました。申し訳ありませんでした、ニーナ様」


「見張りを引き受け、助けが来ないよう周囲を警戒しました。申し訳ありません、ニーナ様」


 三人とも、途中で俺の怖い視線を感じるたびに言葉を直した。ロイドは、ほかの者よりも深く頭を下げる。


「ニーナ様。怪しい荷だと分かっていながら、店を失うのが怖くて従いました。あなたを見てから反対しても、遅すぎました。申し訳ございませんでした」


「ニーナ様。俺は――私は、人を閉じ込める箱だと知るまで仕事を断ち切れませんでした。もっと早く確かめるべきでした。申し訳ありませんでした」


 ゲオルグも、不慣れな敬語で謝り切った。最後はセルジュだった。


「ニーナ様。誘拐された方かもしれないと察しながら、私は金を選びました。奴隷契約をすれば、あなたの人生を奪うところでした。弁解の余地もございません。心より、おわび申し上げます」


 誰一人、顔を上げない。ニーナは胸元で両手を握りしめ、十人の謝罪を聞いていた。すぐに許せるはずがない。許す必要もない。長い沈黙の後、ニーナが静かに口を開いた。


「皆さん、顔を上げてください」


 十人は動かなかった。俺の命令で頭を下げた以上、俺の許可なく上げてよいのか迷っているらしい。


「ニーナ様が顔を上げろとおっしゃっている。従え」


「は、はい!」


 十人が一斉に身体を起こした。ニーナは一人ずつの顔を確かめるように見つめる。


「正直に言えば、まだ怖いです。今すぐ皆さんを許せるのかも、私には分かりません」


 誰も反論しなかった。


「ですが、今のお言葉が本当なら、もう二度と同じことをしないでください。私だけではありません。これまで傷つけた方々にも、きちんと償ってください」


 ニーナは、わずかに震えながらも目を逸らさなかった。


「皆さんが本当に変わるのか、私も見ています」


「はい、ニーナ様」


 最初に答えたのはロイドだった。ミラ、ゲオルグ、セルジュが続き、最後にはベッツたちも、それぞれぎこちない敬語で同じ言葉を返した。


 俺は十人へ、もう一度だけ念を押す。


「今後、ニーナを『娘』や『嬢ちゃん』と呼ぶことは許さない。全員、ニーナ様と呼べ。俺の大切な専属侍女であり、貴様らが敬うべき相手だ」


「か、かしこまりました、親分!」


 ドランが誰よりも大きな声で答えた。先ほどまでとはずいぶんな違いだ。


 ニーナはなぜか頬を赤くし、「大切な……」と小さくつぶやいていた。聞こえなかったことにした。



「では、知っていることをすべて話せ」


 契約を終えた後、俺はベッツを正面へ座らせた。ほかの九人にも、壁際へ並んで座るよう命じてある。まだ折れた腕や外れた肩を押さえている者もいるが、死ぬような傷ではない。手加減はした。しばらく痛むだろうが、ニーナへ与えた恐怖を考えれば軽いものだ。


「依頼人の名前は?」


「知らねえ」


 俺が黙って怖い顔でにらむと、ベッツは慌てて背筋を伸ばした。


「……知りません、大将」


「顔は?」


「顔も見てません。いつも灰色のマントを着て、深く頭巾を被っていました。声も布越しで、男だということくらいしか分かりません」


 ベッツはそこで言葉を止め、胸元を押さえた。契約が反応した様子はない。少なくとも、今の答えで俺をだまそうとはしていないらしい。


「なぜニーナを狙った?」


「向こうから指定されました。男爵家で働く、くり色の髪の若い侍女。七日に一度、裏山へ山菜を採りに行く。そう聞かされただけです」


 やはり、偶然目についた娘をさらおうとしたわけではない。依頼人は、初めからニーナを選んでいた。だが、火魔法を使えることは知らなかった。魔法の才能が狙いなら、盗賊たちがあれほど驚くはずがない。ニーナの何を知り、何のために連れ去ろうとしたのか。以前の歴史では、二度と見つからなかった。単なる人身売買ではない可能性もある。


「依頼人とは、どう連絡を取る?」


「旧街道の石標です。仕事を終えたら、赤い布を結ぶことになっています。それを見た仲介人が、引き渡しの場所と時刻を書いた紙を置きます、大将」


「まだ布は結んでいないのだな?」


「ああ――ではなく、はい。まだです、大将」


「ならば、連絡方法はそのまま残せ。勝手に動くな。布を結ぶ時はこちらから命じる」


「依頼人まで捕まえるおつもりですか、大将?」


「当然だ」


 俺の訓練を七日も遅らせ、ニーナを泣かせた者が、まだほかにいるのだ。逃がす理由がない。


「次だ。これまでに何をしてきた」


 ベッツが視線を落とした。盗賊とは名乗っているが、大きな商隊や騎士を襲えるほどの力はない。旧街道を通る旅人から金品を奪い、違法な賭場を開き、借金を作らせた者を脅していたらしい。人をさらう仕事を受けたのは今回が初めてだという。初めてなら許されるわけではない。だが、過去の被害者と奪った物を聞き出せるだけ聞き出し、一つずつセルジュに書き留めさせた。


「この方々へ、すべて返すのですか?」


 ニーナが、セルジュの作った一覧をのぞき込む。


「残っている物はすぐ返す。使った分は、今後こいつらが働いて返す」


「足りなければ?」


「足りるまで働かせる」


「一生かかる方もいそうですね……」


「ちょうどいい。二度と悪事へ戻る暇がなくなる」


 ベッツたちが、そろって肩を落とした。


 ロイドとゲオルグを縛っていた借金の契約書は、その場で火へくべさせた。元から返済させるつもりのない、不正な契約書だ。ベッツが金を貸したのではなく、ミラと仲間を使って偽りの賭けをさせ、最初から負けるよう仕組んでいた。


「これで、店と工房を取り上げられる理由はなくなった」


 灰になった契約書を見つめ、ロイドが唇をかむ。


「……ありがとうございます、アレス様」


「勘違いするな。店も工房も、これから俺のために使ってもらう」


「分かっています。それでも、両親の店を残せるなら十分です」


 十分ではない。


 武器屋を持つ商人。腕の立つ大工。人と契約に通じた奴隷商。そして、戦える七人。


 十人はまだ、自分たちが何になれるのか気づいていない。


 だが、俺の中では、ばらばらだった十人の力が一つにつながり始めていた。


 償いは、奪ったものを返すだけで終わらせない。


 ニーナを傷つけた十人には、いつか数え切れない誰かの未来を守らせる。

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