第3話 ギフト《超再生》
鑑定の儀を終え、屋敷へ戻った。玄関には、執事長のオルドをはじめ、使用人たちが並んでいた。俺の鑑定結果は、すでに早馬によって伝わっているらしい。情報が早い。戦争では非常に重要なことだ。今の俺にとっては、少し気まずいだけだが。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様、アレス様」
オルドが深く頭を下げる。白髪を後ろへなでつけた、五十八歳の老執事。父上が幼い頃から、アークハルト家に仕えている人物だ。
かつての俺が起こした問題を、何度も処理してくれた。その恩を理解したのは、彼が死んだ後だった。俺は、いつも気づくのが遅すぎた。
「ああ。ただいま戻った」
俺が答えると、オルドの動きが一瞬止まった。
「……アレス様」
「何だ?」
「いえ。何でもございません」
「顔に出ているぞ」
「これは失礼いたしました」
俺が挨拶をしたことに驚いたのだろう。後ろに並ぶ侍女たちも、驚きを隠しきれていない。以前の俺は、使用人に挨拶することなどなかった。本当に、挨拶のできない者は最低だな。……自分を殴りたい。
「父上。お話があります」
「ああ。私も話がある。執務室へ来なさい」
父上も、鑑定結果について話すつもりだったようだ。ちょうどいい。時間を遡る直前。《思考加速》によって、俺はこれから取るべき行動を無数に考えた。七十年以上生きて得た経験。滅びた未来で蓄えた知識。そして、何一つ守れなかった後悔。そのすべてを使い、進むべき道を考え抜いた。そこで最初に決めたことがある。
まずは父上と母上にだけ、《超再生》の存在を明かす。今後、自由に動くためには協力者が必要だ。そして父上は、信頼に値する人物である。
鑑定後の父上の表情を見て、改めてそう確信した。母上は、俺が廃嫡された後も心配し続けてくれていた。かつての俺は、本当に親不孝者だった。
◇
父上の執務室へ入り、扉を閉める。室内にいるのは、父上と俺だけだ。父上は机の側面にある魔道具へ触れた。微かな魔力が部屋を包み込む。盗聴と探知を防ぐ結界だ。
「これで外へ声は漏れない」
父上が椅子へ座り、俺にも向かい側の席を勧めた。大人用の椅子は、十二歳の身体にはまだ少し高い。座面へ手を添え、腰を下ろす。
「それで、話とは何だ」
父上は、まず俺の話を聞こうとしてくれている。頭ごなしに自分の考えを押しつけるような人ではない。これまでは、俺が感情的にぶちまけるか、まともに話そうとしなかっただけだ。
「父上。鑑定水晶には映らなかった力があります」
「映らなかった力?」
父上の目が鋭くなる。俺は右手を机の上へ置いた。
「ギフトです」
「ギフト……だと?」
父上の声が、わずかに上がった。ギフトとは、スキルや魔法とは異なり、魂そのものへ刻まれた特別な力だ。神々の祝福とも呼ばれるが、その詳細はほとんど知られていない。持つ者は極端に少なく、他者からの鑑定では確認できない。
「どのような力だ?」
「《超再生》」
俺は机に置かれていた小型のペーパーナイフを手に取った。
「何をするつもりだ」
「見ていてください」
刃を自分の手のひらへ滑らせる。皮膚が裂け、血が浮かんだ。父上が椅子から立ち上がる。
「アレス!」
「問題ありません」
意識を傷口へ向ける。
「《再生》」
温かな魔力が手のひらへ集まった。裂けていた皮膚が閉じていく。血が止まり、傷跡まで完全に消えた。ほんの数秒。父上は俺の手をつかみ、手のひらを何度も確認した。
「治癒魔法……ではないな」
「はい。俺自身が持っている再生の力です」
「痛みは?」
「切った瞬間はあります」
「なぜ、それほど平然としている」
六十年以上も痛みに耐え続けたからです。とは言えない。
「我慢強いので」
「昨日まで、紙で指を切っただけで大騒ぎしていたお前が?」
「人は成長するものです」
「一日でか?」
鋭い。父上は昔から、こういうところがある。俺はせき払いをして、話を戻した。
「《超再生》には、傷を治す《再生》の力があります。それだけではありません。傷つく前より、わずかに強い状態へ復元できます」
「強い状態へ?」
「この手のひらも、切る前より少しだけ傷つきにくくなっています」
父上は俺の手のひらから顔へ視線を上げた。
「同じことを繰り返せば、身体を強くできるのか」
「可能だと思います。ただし、同じ程度の傷では、いずれ成長が止まるでしょう。さらに強くなるには、より強い負荷が必要になると感じています」
本当は、すでに知っている。だが、あくまでギフトを得たばかりの少年として説明しなければならない。
「さらに、効力は落ちますが、他者や物の損傷も再生できます」
「自分以外にも使えるのか……」
父上は黙り込み、じっと何かを考えている。
「《超再生》の存在を知っているのは、父上だけです」
「エレナにも話していないのか?」
「はい。まだです。誰に伝えるべきか迷いましたが、当面は父上と母上だけに伝えるのがよいと判断しました」
父上は、しばらく考え込んだ。この力がどれほどの価値を持つか、すぐに理解したのだろう。治癒能力だけでも、王家や神殿が放っておかない。
さらに成長や進化の可能性まで知られれば、俺は自由に動けなくなる。
「正しい判断だ。エレナには私から伝えておこう」
父上が重々しくうなずいた。
「この力は、容易に外部へ明かすべきではない。王家や神殿に知られれば、お前を保護という名目で囲い込もうとする者が現れる」
やはり、父上に話して正解だった。かつての俺は、父上を頭の固い男だと決めつけていた。驚くほど話が分かる。いや。俺が話を聞かなかっただけだ。
「もう一つあります」
「まだあるのか」
「鑑定水晶へ触れたとき、女神ルミエラ様から、何か使命を与えられたように感じました」
父上の表情が変わった。
「女神ルミエラ様からだと? 神託を受けたのか?」
「そう呼ぶべきものかは分かりません。ですが、女神ルミエラ様の御心に触れた――そう感じています」
《時律の禁約》がある以上、本当のことは話せない。だが、すべてをうそで塗り固める必要もない。
「ただ、俺にはこの領地の中だけではなく、外へ出て成すべきことがある。そう感じました」
「領地の外で……」
「俺はアークハルト家の後継者を辞退し、冒険者になりたいと考えています」
父上の眉間にしわが寄る。
「鑑定結果に失望したからではないのだな?」
「違います」
「当主の責任から逃げたいわけでもないと?」
かつての俺なら、そうだったかもしれない。家を継ぐ立場は欲しい。権力が欲しい。金も欲しい。だが、勉強はしたくない。敬われたい。だが、責任は負いたくない。我ながら、よくできた傲慢で怠惰な愚か者である。
「逃げるためではありません」
俺は父上を真っすぐ見る。
「守るべきものが、アークハルト領の外にもあると感じたのです」
父上は何も答えなかった。指を組み、机の上へ置く。深く考え込んでいる。俺が十二歳の子どもだから、すぐには信じられないだろう。それでも、どうにか納得させなければならない。
最初の一年は領内で修行するつもりだ。その後は魔の森の山岳地帯へ向かい、あの四人を見つける。ほかにも、やらなければならないことが山ほどある。屋敷に縛られている余裕はない。
「超再生……体術……女神ルミエラ様の導き……」
父上が小さくつぶやいた。その瞬間、はっと顔を上げる。
「待て」
低い声には、先ほどまでとは違う緊張がにじんでいた。
「アレス。お前に見せなければならないものがある」
「何をですか?」
「初代当主――レグナス・アークハルトが遺した記録だ」
「なぜ、今その記録を?」
父上は本棚から目を離さないまま、低い声で答えた。
「もし私の記憶が正しければ、初代レグナス様もまた――お前と同じ道を歩んだ方だからだ」
滅びた未来を七十年以上生きた俺さえ、その記録の存在を知らなかった。
《超再生》の秘密へつながる手掛かりは、滅びた未来ではなく、俺が何一つ知ろうとしなかった家の過去に眠っていた。




