第29話 三人の子どもを守るために
ガレス・アークハルト男爵視点
その後、私たちは両領の守りについて話し合った。共同の見張り台を二か所増員し、商人や旅人の往来を妨げない範囲で検査を厳しくする。
帝国兵の動きに変化があれば、伝書魔鳥を使い、これまで以上に早く情報を共有する。ただし、アークハルト領から大勢の騎士を動かすことはしない。魔の森の魔物が減ったわけではない。帝国への備えを優先して森の守りを薄くすれば、今度はアークハルトの領民が危険にさらされる。
グランベル家が帝国を防ぎ、アークハルト家が魔の森を防ぐ。どちらかが一方を助けるのではない。互いが自分の役目を果たすことで、両方の領地を守っているのだ。
「これで、急ぎ決めておくべきことは一通り話せたかな」
レオナルドが椅子の背へ身体を預けた。窓の外は、すでに夕暮れの色へ変わり始めている。
「いや。私からも、話しておきたいことがある」
「帝国について?」
「アレスについてだ」
レオナルドの目に、わずかな驚きが浮かんだ。
「君の長男だったね。セレスと同じ十二歳の」
「ああ」
「確か、以前は少し……その、元気が余っている子だと聞いていたけれど」
「ずいぶんと気を遣った言い方だな」
「親友の息子だからね」
以前のアレスを知る者からすれば、傲慢で乱暴な子どもという評価になるだろう。反論することはできない。それほどのことを、あの子はしてきた。
私は、すぐには続きを口にしなかった。
《超再生》の存在は、当面、私とエレナ、アレスだけの秘密にする。そう決めたことを忘れたわけではない。
「その前に、二人へ約束してほしい。これから話すことは、決して外へ漏らさないと」
レオナルドの表情から、わずかに笑みが消えた。
「アレス君本人の許しは得ているのかい?」
「ああ。ここへ来る前に話した。お前とローズ夫人になら相談してよいと、アレスも承知している」
「ならば聞こう。君が命より大切にしている息子の秘密だ。私も、同じ重さで預かる」
「私も決して口外しないとお約束します」
ローズ夫人が静かに続け、エレナもうなずいた。
若いころから何度も互いの背を守り、命を預け合ってきた。爵位も家も越えて、私がただ一人、親友と呼ぶ男。もし私に何かあった時、家族と領地を託せる者がいるとすれば、それはレオナルドだけだ。そしてローズ夫人も、エレナが自分と同じほど信頼する友人である。この二人になら、息子の秘密を預けられる。
そして今、勇者に選ばれたセレスティア様、聖女となったリシア殿下、同じ日に変化したアレスを守るには、この男の知恵と力が必要になるかもしれない。
信頼だけで秘密を明かすのではない。息子を守るためにも、今は共有すべきだと判断したのだ。
「そのアレスも、セレスティア様とリシア殿下と同じ日に、鑑定の儀式を受けた」
「そうだったね。結果は?」
「《体術》と無属性魔法。それに、《超再生》という固有ギフトが現れた」
「《超再生》?」
予想どおり、レオナルドの目が輝いた。珍しい魔法や未知の力の話を聞いた時、この男は昔から子どものような顔をする。
「どの程度の再生なんだい? 切り傷がすぐ塞がるのかな。それとも失った血まで補える? 発動に魔力は必要なのか?」
「落ち着け。私にも、まだ詳しいことは分からん」
「それなら、本人に聞くのが一番早いね」
「そのために今すぐアークハルト領へ向かおうとするなよ」
「さすがに、そこまではしないよ」
一瞬だけ視線が扉へ向いたことを、私は見逃さなかった。
「驚いたのは、ギフトだけではない」
私は鑑定の儀式から今日までのアレスについて話した。
家族や使用人へ、これまでの行いを謝ったこと。朝から晩まで、食事と休息を挟みながら訓練を続けていること。二週間前には訓練場を五周することさえ難しかった身体で、アークハルト領を発つ前日には五十周を走り切ったこと。そして、身体強化を覚え、二人の正規騎士を素手で圧倒したこと。
「二人を同時に?」
「木剣を持たせ、二対一でな。始まってから十数秒だった」
レオナルドの目から、先ほどまでの楽しげな光が消えた。代わりに、王国最強の魔導士としての鋭さが宿る。
「《超再生》だけで説明できる成長ではないね」
「ああ。私もそう思う」
「誰かから体術を学んでいた可能性は?」
「ない。ダリオもルークも、あのような動きは教えられないと言っている。アレス自身は、《体術》が身体の動かし方を教えてくれるように感じる、と話しているそうだ」
「スキルと、本人の才能がかみ合ったということはあり得る。けれど……」
レオナルドは腕を組み、考え込んだ。
「一番の変化は、強さではありません」
それまで黙っていたエレナが言った。
「あの子は、周囲を見るようになりました。自分のことだけではなく、ニーナや弟妹、使用人たちが何を思っているのかを考えています。昨日も、私たちが留守にする間は、自分がカイルとリリアの傍にいると約束してくれました」
「まるで、急に大人になったようだな」
レオナルドの言葉に、私はうなずいた。まさに、そのとおりだった。アレスの身体は十二歳のままだ。だが時折、その目が、はるかに長い年月を生きてきた者のように見えることがある。そんなはずはないと、何度自分へ言い聞かせても、胸に残る違和感は消えなかった。
「セレスとリシア殿下が勇者と聖女に選ばれた日、アレスにも常識では測れない力が現れた。そして、人が変わったように歩き始めた」
レオナルドが静かに言う。
「三人が同じ十二歳で、同じ日に、か」
「偶然だと思うか?」
「分からない」
返ってきたのは、意外なほど短い答えだった。
「けれど、分からないことを、分かったつもりになるべきではない。女神の導きだと決めつければ、私たちは三人の子どもへ、勝手に役目を背負わせることになる」
レオナルドは真っ直ぐに私を見た。
「今できるのは、見守ること。そして、何が起きても守れるよう備えることだ」
「お前から、その言葉を聞けてよかった」
「私も、セレスが勇者になってから、何度も自分へ言い聞かせているからね。勇者である前に、あの子は私たちの娘だ」
「アレスも、《超再生》を持つ者である前に、私たちの息子です」
エレナの言葉に、ローズ夫人がゆっくりとうなずいた。
「子どもたちがどのような力を得ても、そのことだけは、私たちが忘れてはなりませんね」
勇者。聖女。そして、《超再生》を持つアレス。三人が同じ日に選ばれた理由は分からない。それでも、子どもたちの未来を、力だけを見て動く者たちへ委ねるつもりはなかった。
◇
話し合いを終えたころには、夕食の時間を迎えていた。食堂へ入ると、先に席についていたセレスティアが、待ちかねたようにこちらを振り返った。
「お話は終わりましたか?」
「ひとまずはね」
「では、ガレス様のお話を聞いてもよいですか?」
「私の話ですか?」
「お父様が若いころ、ガレス様と魔の森へ入り、二人で死にかけたと聞きました」
私は隣のレオナルドを見る。
「ずいぶん余計な話をしているようだな」
「娘には、父親が昔どれほど勇敢だったか伝えておくべきだろう?」
「崖から落ちかけたお前を、私が引き上げた話もしたのか?」
「細かな部分までは、まだ話していないね」
「では、食事をしながら詳しく聞かせてください」
セレスティアが目を輝かせる。ローズ夫人は小さくため息をついたが、口元には笑みが浮かんでいた。
夕食が始まると、話題は昔の冒険から互いの家族へ移っていった。カイルとリリアのことを話すと、セレスティアは楽しそうに聞いていた。そして、アレスの名を出した途端、その青い瞳が私へ向けられた。
「アレス君も、私と同じ十二歳なのですよね?」
「はい」
「どのような方なのですか?」
私は、少し返答に迷った。二週間前までのアレスと、今のアレス。どちらも、私の息子だ。
「不器用ですが、一度決めたことは決して諦めない子です。今は、自分の進む道を見つけ、毎日訓練を続けています」
「剣を使うのですか?」
「いいえ。武器は使いません。《体術》で戦います」
「武器を持たずに?」
セレスティア様が不思議そうに首を傾げる。そこへ、レオナルドが楽しそうに口を挟んだ。
「それだけではないよ。先日、木剣を持った二人の騎士を相手に、素手で勝ったそうだ」
「二人の騎士に?」
「レオ。今聞いたばかりの話を、さも自分が見てきたように話すな」
「間違ってはいないだろう?」
セレスティアは食事の手を止め、私をじっと見つめた。
「本当なのですか?」
「本当です」
「騎士たちが手加減したのではありませんか?」
「けがをさせないための決まりはありました。ですが、二人とも手を抜いてはいません」
「十二歳なのに……」
驚いていたのは、ほんのわずかな間だけだった。次第に、その表情が負けず嫌いなものへ変わっていく。
「私も先日、セドリックから一本取りました」
「それは立派なことです」
「それに、私は勇者です」
「存じています」
「ですから、私の方が強いと思います」
「なぜ、そこで張り合おうとするのですか」
ローズ夫人が注意するが、セレスティアは私から目を逸らさなかった。
「ガレス様。今度アークハルト領へ伺ったら、アレス君と訓練試合をしてもよいですか?」
「私だけでは決められません。アレス本人へ尋ねてください」
「では、そうします」
「セレス。まだアークハルト領へ行くとは決まっていないよ」
「決まってからでは遅いので、先にお願いしておくのです」
レオナルドが声を上げて笑った。
「どうやら、次に両家が会う時の楽しみができたようだね」
「お前は気楽に言うが、私はアレスとセレスティア様が本気にならないか心配だ」
「その時は、私と君で止めればいい」
「止められるうちにな」
私が答えると、レオナルドは一瞬目を丸くし、それから一層楽しそうに笑った。私も、つられて笑っていた。
帝国の動きも、王都から届いた手紙も、正体の分からない集団の噂も、消えたわけではない。明日からも、考えるべきことはいくらでもある。それでも今だけは、親友と食卓を囲み、子どもたちの成長を語り合う時間を喜んでもよいだろう。
セレスティアとアレス。二人が出会えば、何が起きるのか。少なくとも、おだやかに挨拶をして終わることだけはなさそうだった。
読んでくださりありがとうございます!
これにて第二章 勇者、聖女誕生編終了となります。
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次章 ニーナ誘拐事件編になります。




