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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者:
第二章 勇者、聖女の誕生編

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第23話 聖女に選ばれた日1

聖女リシア・フォン・アルトリア視点


 鏡の中に、見慣れた少女が座っていた。月光を溶かしたような白銀の髪。長いまつ毛に縁取られた青紫の瞳。雪のように白い肌と、幼さを残しながらも人形のように整った顔立ち。


 十二歳になったばかりの少女でありながら、その姿には、見る者が思わず息を止めるほどの不思議な美しさがあった。


「本当に、お美しい……」


 髪を整えていた侍女が、思わず手を止めた。その言葉に気づき、慌てて頭を下げる。


「も、申し訳ございません。第一王女殿下」


「謝らなくてよいのです」


 同じことを言われるのは、これが初めてではない。王宮では、女神ルミエラが自ら造り上げたようなお姫様だとささやかれている。王都一の美女、いずれ大陸一の美女になるとも言われているらしい。


 けれど、自分ではよく分からなかった。鏡に映る顔は、生まれた時から毎日見ている自分の顔だ。ただ、人々がこの顔を見る時、一人の少女ではなく、王族としての血筋や利用する価値を見ていることだけは知っていた。


「ずいぶんと時間がかかっているようですね」


 きりっとした声とともに、部屋の扉が開いた。入ってきたのは、第二王妃アリアーヌ・フォン・アルトリア。母である。母もまた、王国で名高い美女だった。けれど、その美しさは娘とは少し違う。リシアが夜の静けさを思わせる美しさなら、アリアーヌは大きな花が咲いたような華やかさを持っていた。


「第二王妃様」


 侍女たちが一斉に頭を下げる。


「支度は終わりましたか?」


「はい。あとは髪飾りをお選びいただくだけです」


「それなら、こちらにしましょう」


 母が選んだのは、宝石の少ない小さな銀の髪飾りだった。


「今日は鑑定の儀式です。着飾る必要はありません。女神様の前では、王女も普通の民も同じ一人の人間ですから」


「はい、お母様」


 髪飾りが白銀の髪へ差し込まれる。飾り気は少ないはずなのに、それがかえって少女の清らかな美しさを際立たせた。侍女たちは再び見とれそうになり、慌てて視線を伏せる。母はそんな侍女たちの様子を見た後、部屋から下がらせた。二人きりになると、鏡越しに目が合った。


「緊張していますか?」


「少しだけ」


「少し、ですか?」


「……本当は、とても緊張しています」


「正直でよろしい」


 母が柔らかく笑った。今日は《鑑定の儀式》が行われる。十二歳を迎えた子どもが、女神ルミエラから授かった才能を知るための儀式だ。何も特別な力を持たない者もいれば、剣術や魔法の才能を示される者もいる。その結果によって、その後の人生が大きく変わることも珍しくない。


 まして、リシアは第一王女だ。母アリアーヌは第二王妃であり、その子は第二王子ユリウスと、第一王女であるリシアの二人。第一王子クラウディウスは、すでに病で亡くなっている第一王妃エレオノーラの息子で、二人にとって異母兄にあたる。


 ルミナリア王国では、第一王子が必ず次の国王になるとは限らない。二人の王子の実績や人柄を比べ、国の大切な仕事を担う者や力のある領主たちの意見も聞いたうえで、国王が王太子を定める。その仕組みを《王選オウセン》という。


 第一王子クラウディウスは長男であり、次の王の最有力候補と見られていた。しかし父は、クラウディウスの強引な考え方や人柄を危ぶみ、王太子をまだ定めていない。一方で、温厚で誠実な第二王子ユリウスを推す声は年々強くなっていた。


 正式な王選はまだ始まっていない。それでも、王都で王に仕える貴族や、王都の近くに領地を持つ力のある貴族たちは、すでに候補者ごとに集まり、争いを始めていた。第二王子と同じ母から生まれた妹であるリシアへ近づこうとする者も多い。


 親しげな笑顔を向けながら、兄に会わせてほしいと頼む者。まだ十二歳にもならないうちから、自分の息子との将来の結婚を持ちかける者。反対に、第二王妃の娘というだけで、敵意を隠そうともしない者。美しい見た目まで、王選で利用できるものとして見られている。


「今日の鑑定結果が何であっても、それはあなたの価値を決めるものではありません」


 母が鏡越しではなく、正面から見つめた。


「優れた力が示されれば、それを利用しようとする者が現れます。何も示されなければ、役に立たない王女だと笑う者もいるでしょう」


「どちらでも、何か言われてしまうのですね」


「王族とは、そういうものです。だからこそ、他人の言葉だけで自分の価値を決めてはなりません」


「はい」


「それで、本当はどのような力が欲しいのですか?」


 少し考えてから答えた。


「治癒魔法が使えるようになりたいです」


「誰かを治したいのですか?」


「はい。病気やけがで苦しんでいる方を助けられます」


「剣術ではないのですね。セレスティアは、きっと剣に関する力を望んでいますよ」


 セレスティア・グランベル。グランベル辺境伯家の娘であり、いとこでもある。幼いころから剣を好み、何をするにも負けたくない相手だった。


「セレスと同じ力を持っても、剣では勝てないかもしれません」


「ずいぶんと素直ですね」


「ですが、短剣術は欲しいです」


「やはり負けるつもりはないのですね」


 母が楽しそうに目を細める。


「治癒魔法だけでよいのですか?」


「できれば、神聖魔法も」


「治癒魔法は人の傷や病を癒やす力。神聖魔法は悪しき力や呪いを払い、魔族や不死者へ対抗する力です。どちらも得るのは簡単ではありませんよ」


「治癒魔法だけでは、呪いや魔族に苦しんでいる方を救えません。ですから、神聖魔法も使えるようになりたいです」


「ずいぶんと欲張りですね」


「セレスには負けたくありませんから」


 そう答えると、母は声を上げて笑った。


 王都の中央に建つ大神殿には、すでに多くの神官や国の大切な仕事を担う者たちが集まっていた。真っ白な石柱が並ぶ大聖堂の一番奥には、女神ルミエラの像が立っている。その前に置かれているのが、人の内に眠る力を映し出す鑑定板だ。


 いつもの鑑定の儀式は、同じ年に生まれた子どもたちが数人ずつ行う。しかし、今日は第一王女の儀式である。安全を守るため、一般の子どもたちとは別に行われ、国王や王妃、国の大切な仕事を担う者たちが立ち会っていた。父である国王のそばには、第二王子であるユリウスお兄様の姿もあった。


 大聖堂へ足を踏み入れた瞬間、人々の話し声が止まった。白を中心にした礼装に身を包み、白銀の髪を揺らしながら歩く少女へ、誰もが目を奪われている。


 まだ聖なる力を示してさえいない。それなのに、女神像から抜け出してきた女神の使いのようだとつぶやく者がいた。まるで、絵の中にしかいないような美少女だった。


 王宮で何度も姿を見た者たちでさえ、神聖で重々しい大神殿に立つリシアを前にすると、初めて見るかのように息をのんだ。その視線が、やがて第二王子へ向けられる。美しい妹の鑑定結果によっては、第二王子を支える新たな力となる。皆がそう考えていることを、十二歳のリシアにも理解できた。


「リシア・フォン・アルトリア第一王女殿下」


 白い祭服をまとった大神官長が、重々しい声で告げる。


「女神ルミエラへ祈りをささげた後、鑑定板へ右手を置いてください」


「はい」


 女神像を見上げ、胸の前で祈りの形に手を組んだ。特別な力が欲しいとは願わなかった。王女として生まれたことにも、今日ここへ立っていることにも、きっと何か意味がある。ならば、その意味から逃げない自分でありたい。目を開き、鑑定板へ右手を置いた。


 冷たい石の感触が手のひらへ伝わる。しばらく待っても、何も起こらなかった。後ろに並ぶ人々の息遣いが聞こえる。失敗したのだろうか。


 そう思った瞬間、鑑定板の奥に小さな光が生まれた。白い光は水面へ落ちたしずくのように広がり、やがて鑑定板全体を満たしていく。光が大聖堂の床を走った。壁や柱に刻まれた、女神へ祈るための神聖な言葉が次々と輝き、一番奥に立つ女神像まで白銀の光に包まれる。


「これは……」


 大神官長が息をのんだ。鑑定板から流れ込んできた温かな何かが、胸の奥へ優しく触れる。怖くはなかった。むしろ、ずっと昔から知っていた誰かに、抱き締められたような気がした。どこからともなく、澄んだ鐘の音が響く。


 鳴らす者などいないはずの大神殿の鐘が、一度、二度と鳴り始めた。その音に合わせるように、白銀の髪が風もないのに柔らかく揺れた。青紫の瞳へ聖なる光が宿り、透き通った肌が淡く輝く。居合わせた者たちは、目の前にいるのが人間の少女なのか、それとも女神の使者なのか分からなくなっていた。やがて光が弱まり、鑑定板に文字が浮かび上がる。


【スキル】

短剣術

杖術

祈祷

神託

結界

【魔法】

水属性

土属性

治癒魔法

神聖魔法

【耐性】

物理攻撃耐性

魔法耐性

精神誘導耐性

毒耐性


 そこに並んだ文字を、上から順番に読んだ。望んでいた治癒魔法と神聖魔法がある。《結界》も表示されていた。うれしいはずなのに、声が出なかった。周囲の人々の方が、本人よりも大きな衝撃を受けていたからだ。


「治癒魔法と神聖魔法が、同時に……」


 最初に声を漏らしたのは大神官長だった。


「水と土、二つの魔法を学ぶ才能だけでも優れています。それに加えて《祈祷》と《結界》、さらに《神託》まで……」


「……《神託》か」


 父の表情が険しくなった。それが何を意味するのか、父が知らないはずはない。《神託シンタク》とは、女神から言葉を授かると伝えられている、とても珍しい力だ。ただし、祈れば必ず答えを得られるものではない。女神が伝えるべきことがある時にだけ、その言葉は届く。


「リシア。今、女神のお声を聞いたか?」


 目を閉じ、先ほどの感覚を思い返した。確かに、誰かの存在を近くに感じた。けれど、声も言葉も聞いてはいない。


「いいえ。温かい光に包まれたようには感じましたが、言葉は何も」


「そうか。ならば、無理に聞こうとしてはならない」


 父は大神官長へ視線を移した。


「《神託》は、女神のお考えによって届くものだ。リシアへ女神の言葉を求めたり、何か聞こえたのではないかとしつこく問いただしたりする者が出ぬよう、神殿の者にも徹底せよ」


「承知いたしました」


 大神官長が深く頭を下げる。その後、《祈祷》や《結界》について簡単な説明を受けた。《祈祷キトウ》は祈りによって心と魔力を整える力。《結界》は魔力の壁を作り、悪しきものを近づけない力だという。


「短剣術も、これまでどおり学べますか?」


 そう尋ねると、大神官長が少しだけ困った顔をした。


「王女殿下のお身体を守るために、役立つでしょう」


「神聖魔法を持つ者が、短剣を使ってもよいのでしょうか?」


「女神ルミエラは、武器を手にすることを禁じてはおられません。誰かを守るために力を用いるのであれば、それもまた大切な行いでしょう」


 母を振り返る。


「短剣の訓練も続けられますね」


「最初から、やめさせるつもりはありませんよ」


 そう答えたものの、母の視線は鑑定板から離れなかった。物理攻撃、魔法、人の心や判断を操る精神誘導、毒。どれも、王族の命を脅かすものだ。それらに対する耐性がすべてそろっている。


 母と父が、一瞬だけ視線を交わした。優れた結果を喜んでいるだけではない。なぜ、このような耐性が与えられたのか。まるで、これからそのすべてに狙われることを、女神が知っていたかのようだった。

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