第20話 勇者に選ばれた日1
勇者セレスティア・グランベル視点
祭壇へ向かう私を、神殿に集まった人たちが見つめていた。鑑定の結果が現れる前からだ。
私の髪は、よく晴れた空をそのまま映したような青色をしている。陽の光を受けると透き通るように輝き、背中へ流れる髪が揺れるたび、淡い光の波が広がるように見えるらしい。瞳も髪より少し濃い青で、母譲りの白い肌と整った顔立ちには、まだ十二歳のあどけなさが残っている。今朝も髪をとかしながら、専属侍女のミレイユが言っていた。
「本日のセレスティア様をご覧になれば、神殿の皆様は鑑定どころではなくなってしまいますね」
「毎日見ているミレイユに言われても、説得力がないわ」
「毎日拝見しているからこそ、申し上げているのです」
ミレイユは私が物心つく前から身の回りの世話をしてくれている。普段は優しく、誰よりも私を甘やかしてくれるけれど、礼儀や危険ないたずらには厳しい。特に笑顔のまま私の名を呼ぶ時は、お母様と同じくらい逆らってはいけない相手だ。
そんなやり取りを思い出しながら、私は祭壇の前で足を止めた。
私の名は、セレスティア・グランベル。
ルミナリア王国の東端で帝国との国境を守る、グランベル辺境伯家の娘だ。
十二歳を迎えた子どもは、神殿で鑑定の儀式を受ける。女神ルミエラから授かった才能を知り、将来進むべき道を考えるための大切な儀式である。
もっとも、私の進む道は鑑定を受ける前から、ある程度決まっていた。武芸を重んじる家として知られるグランベル家に生まれ、幼いころから剣を学んできた。剣術か身体強化のどちらかが現れれば、いずれ騎士になる。魔法の適性があれば、剣と一緒に鍛える。それくらいに考えていた。
「緊張しているのかい?」
隣に立つお父様が、小さな声で尋ねた。お父様はグランベル辺境伯として、長年にわたり王国東部の国境を守っている。
火、風、雷の三属性を操る王国最強の魔導士で、中でも雷魔法を得意とすることから《雷帝》と呼ばれ、兵士たちからの信頼も厚い。戦場では冷静で厳しい領主だと聞いているけれど、私にとっては、しかる時でさえどこか楽しそうな、少し意地悪で優しい父親だ。
「少しだけです」
「どんな結果でも、セレスティアがセレスティアであることは変わらないよ」
「分かっています。でも、剣術がなかったら少し困ります」
「その時は、今までどおり剣を学べばいい。鑑定板に表示されなかったことが、できないという意味ではないからね」
お父様らしい答えだった。
「セレスティア・グランベル様。鑑定板へ手をお置きください」
儀式を行う神官長バルトロが、おだやかに促した。バルトロ神官長は領都の神殿を預かる人物で、私が生まれた時の祝福も授けてくれた。普段は何が起きても取り乱さず、子どもの話にも真面目に耳を傾けてくれる。長い付き合いのある私でさえ、驚いた顔を一度も見たことがない人だった。
私はうなずき、透き通った鑑定板へ右手を触れた。冷たい感触が手のひらへ伝わる。次の瞬間、鑑定板の奥に光が灯った。
淡かった光は急速に強まり、神殿の白い壁や高い天井を青白く染めていく。私の髪も光を受けて淡く輝き、背後から小さな感嘆の声が聞こえた。やがて光がいくつもの文字となり、鑑定板の上へ浮かび上がった。
【スキル】
剣術
盾術
身体強化
闘気
限界突破
無敵時間
【魔法】
火属性
風属性
雷属性
光属性
【耐性】
物理攻撃耐性
魔法耐性
精神誘導耐性
毒耐性
最初に声を漏らしたのは、神官長だった。
「四属性……?」
バルトロ神官長の視線が、鑑定板の上を何度も往復する。いつもおだやかな顔から余裕が消え、わずかに開いた口が塞がらない。それを見て、私は自分の結果が普通ではないのだと初めて理解した。
「剣術、盾術、身体強化……そこまでは分かります。しかし、十二歳ですでに《闘気》の才能が現れているだけでなく、《限界突破》と《無敵時間》……これは……」
「神官長。その二つに心当たりは?」
お父様が尋ねると、神官長はゆっくりと首を横へ振った。
「ございません。少なくとも、当神殿に残る鑑定記録には一度も……」
「名前から、おおよその想像はできるけれどね」
「《無敵時間》などという力が、その名のとおりのものであれば……」
「今の段階では、効果も発動条件も分からない。名前だけで判断しない方がいいだろう」
お父様の声はいつもと変わらず落ち着いている。けれど、その目は鑑定板から離れなかった。
剣術や盾術を持つ子どもは、武芸を重んじる家の家系であれば決して珍しくない。身体強化も、騎士を目指す者には比較的多く現れる。けれど、《闘気》は違う。騎士として何十年も鍛えた者でさえ、目覚めないことの方が多い力だという。
魔法の適性も異例だった。火、水、土、風、雷という五つの基本属性のうち、三つに適性を持つだけでも天才と呼ばれる。私は火、風、雷に加え、選ばれた者にしか現れないとされる光属性まで持っていた。
物理攻撃、魔法、精神誘導、毒。戦いで命を奪われる主な原因に対する耐性が、すべてそろっていることも前例がないらしい。
「王国の歴史に残る鑑定結果です」
神官長があき然とつぶやいた。
その時だった。消えかけていた鑑定板の光が、再び強く輝いた。
「まだ、何か……?」
先ほどまでとは違う、柔らかな黄金の光だった。光は私の手を包み、腕を伝い、全身へ広がっていく。痛みも熱もない。ただ、春の日差しに抱かれたような温かさだけがあった。金色の光に照らされた青い髪が、空と太陽を一緒に織り込んだ絹のように輝く。
神殿にいた誰もが息をのみ、その姿から目を離せなくなっていたことを、この時の私は知らなかった。鑑定板の最下部に、新たな文字が浮かび上がる。
【職業】勇者
私は最後に現れた文字を見つめた。本来ならば、鑑定板に表示されるのは【耐性】までだ。それなのに、存在しないはずの四つ目の項目――【職業】が浮かび上がっている。
「職業が……表示されている……」
バルトロ神官長の声が震えていた。
職業が鑑定板によって直接示されるのは、極めて異例のことだ。神殿に残る古い記録にも、そのような例はわずかしかない。
女神から特別な役目を与えられた勇者や聖女。そうした者が現れた時にだけ、鑑定板に【職業】という第四の項目が浮かび上がると伝えられていた。
つまり、これは私が勇者に向いているというだけではない。女神ルミエラによって、勇者として選ばれたということだった。
勇者という二文字が現れた瞬間、神殿から音が消えた。神官長バルトロが震える手で聖印を結び、その場へ膝まずく。
「女神ルミエラよ……感謝いたします。我らの時代に、勇者をお遣わしくださったことを」
一人、また一人と神官たちが膝まずいていく。出席していた騎士や貴族たちもそれをまねた。気づけば、立っているのは私とお父様だけになっていた。
「お父様」
「なんだい?」
「勇者って、あの勇者ですか?」
「どの勇者かな?」
「魔王が現れた時に、聖剣を持って戦う勇者です」
「ほかに【職業】として示される勇者を、私は知らないね」
「お芝居に出てくる方ではなく?」
「どうやら本物のようだ」
「……私が?」
「そうみたいだね」
私はもう一度、鑑定板を見た。何度見ても、そこには【職業】勇者と書かれている。
「では、明日からお菓子を二つ食べても怒られませんか?」
お父様が無言で私を見つめる。
「勇者は身体が大事でしょう?」
「それとお菓子の数に、どんな関係があるのかな?」
「たくさん食べれば、早く大きくなれます」
「残念ながら、その理屈は通らないね」
「勇者なのに?」
「勇者でもだよ」
私は唇をとがらせた。
本当は、冗談でも言っていなければ落ち着かなかった。私は昔から、人に見られることが多かった。澄み渡る空のような青い髪と瞳、母譲りの美しい顔立ちは、幼いころから何度も褒められてきた。
街へ出れば道行く人が振り返り、宴へ出れば知らない貴族から「まるで空の精霊のようだ」と声をかけられる。まだ十二歳の今でさえそうなのだから、成長すれば王国を代表する美女になるだろう、と言われたことも一度や二度ではない。
けれど、この時に向けられていた視線は違った。誰も、私の顔を見ていない。青い髪の少女ではなく、私の中に現れた勇者という存在を見ていた。
つい先ほどまで美しいとささやいていた人たちが、今は恐れさえ浮かべて頭を下げている。うれしいのか、怖いのか、自分でも分からなかった。ただ、もう昨日までと同じではいられない。それだけは分かった。
「神官長」
お父様が静かに呼びかけた。
「セレスティアが勇者に選ばれたことは、国王陛下と王都の大神殿へ報告する。ただし、鑑定結果の詳細については、ここにいる者だけの秘密としてもらいたい」
「承知いたしました」
「特に、《限界突破》と《無敵時間》については他言無用だ」
神官長たちは、再び深く頭を下げた。
1日2話更新
12:10、17:50
を予定していますのでよろしくお願い致します。




