第188話 乗り越える決意
第188話 交わらなかった三人の道
女神ルミエラが勇者と聖女に、俺と共にあれと告げた。前の歴史で、俺たち三人の道は一度も交わらなかった。
俺が勇者セレスティアについて知ったのは、帝国との戦いで挙げた戦果と、反逆者として処刑されたという報せだけ。聖女リシアについて知ったのも、多くの民を救ったという噂と、王都で暗殺されたという報せだけだった。
同じ時代を生き、世界を救うために必要な力を持っていながら、三人が出会う前に勇者と聖女は失われた。世界樹は崩壊し、世界は滅んだ。だからこそ、女神は俺を過去へ戻した。二人を、最後の一撃を放てる場所まで生きてたどり着かせるために。
「アレス君」
セレスが、少しだけ身を乗り出した。
「今度は、何を考えているの?」
「女神が、なぜ私の名まで告げたのかを」
「それは私も知りたいけど……」
セレスが俺から目をそらす。
「一か月も『共にあれ』なんだよね」
「そうですね」
「本当に、分かっているの?」
「何がですか?」
「何でもない」
なぜか、セレスまで頬を赤くした。リシアも俺と目が合うと、すぐ女神像へ顔を向ける。女神のお告げによって、一年以上先の行動を定められたのだ。戸惑うのも無理はない。
「最後に、女神様はこうおっしゃいました」
リシアが気持ちを整えるように、一度呼吸する。
「『この言葉は、王、レオナルド、ガレス、アレス、セレスにのみ伝えよ』」
「リシア様を含めて、六人だけということですね」
「はい。お母様にも、ユリウスお兄様にも、クラウディウス王子とフィリップ王子にも、宰相にも明かすことは許されておりません」
「私たちの仲間にも?」
「女神様が御名を挙げた方以外には」
ニーナにも、ルナにも、アイゼンにも、ガルムにも話せない。来年、二人をアークハルト領へ迎えるならば、あの者たちの力は必要になるだろう。だが、女神のお告げの存在を明かすことはできない。
「必要なことまで、何も伝えられないわけではありません」
リシアが言った。
「女神のお告げには触れず、王家からの依頼として、護衛する相手と、目的地、期間だけはお話しできると思います」
「ですが、なぜその時期にお二人を迎えるのかは、説明できません。事情を伏せたまま、仲間に護衛を頼むことになります」
理由も聞かず、力を貸してくれる仲間たちだ。だからこそ、その信頼に甘えてよいのか、迷いがあった。
「その時は、わたくしたちからもお願いいたします」
リシアは、俺を見て答えた。
「お告げは明かせません。それでも、お守りいただくのはわたくしたちです。説明もお願いも、アレス様お一人には任せません」
「そうだよ」
セレスも真っ直ぐに俺を見る。
「仲間にどう話すかも、私たちに相談してよ」
「ですが、お二人にご負担を――」
「ほら。また一人で引き受けようとしている」
言葉が止まった。二人を守らなければと思うあまり、二人自身がどうしたいのかを、まだ聞いていなかった。
「女神様は、三人で共にあれとおっしゃいました」
リシアの声は穏やかだった。
「すべてをアレス様お一人へ委ねるための御言葉ではないと、わたくしは思います」
「私も同じ」
セレスがうなずく。
「何が起きるのか分からないなら、三人で考えればいい。アレス君だけが先に答えを決めないで」
二人を安全な場所へ置き、俺だけで対処すればよい。まだ、そんな考えが頭のどこかにあった。
だが、昨日の救出作戦では、二人もそれぞれの役目を果たして人質を救った。自分で考え、動き、誰かを守れる者たちだ。
「分かりました」
俺は二人へうなずいた。
「話せることは、必ずお二人にもお伝えします」
「話せることだけ、なんだね」
「セレス」
リシアが静かに名を呼ぶ。セレスは何かを言いかけたが、俺の顔を見た後、それ以上は追及しなかった。
「うん。それでいい」
「ありがとうございます」
話せないものがあることに、二人は気づいているのかもしれない。それでも、今は何も尋ねないでいてくれた。その気遣いに甘えて、何も相談せずに決めてしまうことだけは、もうしたくない。
来年の九月十五日から十月十五日。前の歴史で大規模スタンピードが起きた十月十日を含んでいる。真っ先に考えるべきは、同じ災厄が再び起きる可能性だ。
だが、同じ日に、同じ規模の群れが現れるとは限らない。地竜を倒し、魔の森へ踏み込み、領地の防備を整えてきた。この一年の行動が、何に影響しているかは分からない。
災厄が早まるかもしれない。魔王教が別の事件を重ねてくるかもしれない。反対に、今から備えることで、防げるものもあるはずだ。
あの日の記憶だけを頼りに、備えを決めてはならない。
そして、未来がどう変わろうと、倒さなければならない相手がいる。
魔王ヴァルゼイン。世界樹を破壊し、世界を瘴気で覆った存在だ。
前の俺は、六十年以上を鍛錬と戦いに費やした。何度、致命傷を負っても再生し、立ち上がった。その果てに放った《神穿》は、何重もの結界を砕き、十二魔将の身体さえ貫いた。
それでも、あの魔王には一発も届かなかった。
玉座に座ったまま、俺へ拍手を送る姿がよみがえる。たった一発でよかった。あの澄ました顔面へ、拳をたたき込みたかった。
それさえ、できなかった。
今の俺は、あの時よりずっと弱い。地竜を倒し、Aランク冒険者となっても、あの魔王へ届くには足りない。俺一人が二人の前に立ち、傷を引き受け続けるだけでは、いずれ同じ結末を迎える。
俺も強くなる。そのうえで、二人にも、共に戦える力を身につけてもらわなければならない。
前の歴史では、出会うことさえできなかった二人が、今は俺へ手を貸すと言ってくれている。その意思を信じることも、俺が変えなければならないことの一つなのだろう。
三人で備え、三人で生きてたどり着く。今度こそ、最後の一撃を放てる場所まで。
「アレス様?」
リシアの声が聞こえた。顔を上げると、二人が心配そうに俺を見つめている。
「やっぱり、さっきより怖い顔をしているよ」
「申し訳ありません。少し、考え込んでしまいました」
「何をお考えになったのですか?」
「来年、何が起きても、お二人と共に対処するための備えを」
セレスが、少しだけ表情を緩めた。
「今度は、私たちも入っているんだね」
「はい。私一人で決めるつもりはありません」
リシアも、静かにうなずく。
共に戦うなら、まず今の二人の力を確かめたい。すでに身につけているものと、これから補うべきものを見極めるため、俺は右眼へ意識を集中させた。
《鑑定眼》が開く。右眼の奥が熱を持ち、二人の周囲へ文字が浮かび上がった。
二人に共通する《物理攻撃耐性》《魔法耐性》《精神誘導耐性》《毒耐性》。加えて、セレスには《限界突破》と《無敵時間》。リシアには《結界》と神聖魔法。
並ぶのは、どれも強大な力だった。
だが、力があることと、それを生死のかかった場で使いこなせることは違う。
来年の秋を三人で越えるために、二人へ確かめたいことがあった。




