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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十二章 王都出会い編

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第180話 六人の人質

「アレス様。こちらの方が、ヨアヒム神官だと思います」


 リシアに呼ばれ、俺は人質のそばへ寄った。


 汚れた肌着姿の男は、顔に殴られた痕があり、右腕にも深い傷を負っていた。治癒の光に包まれ、ゆっくりと目を開きかけている。


 俺は《鑑定眼》を使った。


【名前】

ヨアヒム

【スキル】

祈祷

薬草知識

【魔法】

水属性

【耐性】

なし


 本物だ。


「ヨアヒム神官に間違いありません。年齢も特徴も、報告と一致しています」


 セレスが俺の顔をじっと見たが、何も尋ねてはこなかった。


 残る二人は、王都南門で書類を確認する役人と、大神殿の書記官だった。どちらも、男が使った書類に関わっている。


「妻と娘を……あいつらが……」


 役人が、ヴィクトル団長へ手を伸ばす。団長はその手を受け止めた。


「まず治療を受けろ。家族はこちらで探す」


「私も、妻を……署名をしなければ、殺すと……」


 隣の書記官も、震える声を絞り出した。


 印章も署名も、本物だった理由が分かった。家族を盾に、本人たちへ書類を作らせたのだ。


 役人の妻と娘、書記官の妻。まだ三人が、敵の手にある。


「用が済めば、人質をまとめて殺すつもりだったのか」


 父上が低くつぶやいた。


「その恐れはあります。急いで、ご家族を助けなければ」


 役人と書記官が殺されれば、あとに残るのは本物の書類だけだ。二人が協力者と疑われ、王国と大神殿の間に不信が生まれたかもしれない。


「団長。地下に、ほかの人質はおりません」


 捜索を終えた騎士が戻った。


 机に残っていたのは、燃え残った紙と空の薬瓶、印のない王都の地図。ザムドが捕らえられたと知り、先に証拠を処分したのかもしれない。


「すべて回収せよ。灰も、瓶の破片もだ」


 毒の短剣と、ギデンから取り上げた小瓶も運び出される。


 人質は担架へ乗せられ、リシアが呼吸を確かめ、セレスが毛布を掛けた。役人はまだ、家族の名を呼んでいた。


 ◇


 王宮へ戻った時には、日付が八月二十一日へ変わっていた。


 三人は治療室へ運ばれ、ギデンは魔術師の検査を受けた。ザムドと同じ呪いは見つからなかったため、団長と俺で話を聞く。


「ほかの人質の居場所を知っているか」


「名前も人数も知らねえ。ただ、飯を運ばされた場所なら……」


「どこだ」


「二か所ある。荷車で一度ずつ行った。道は覚えてる」


 ギデンが地図に示すと、団長はすぐに騎士たちを呼び、部隊を二つに分けた。


「人質の安全を最優先に。二か所へ同時に踏み込め」


 騎士たちが出ていくのを見届け、団長は雇い主について尋ねた。


 ギデンは、安酒場で仕事を請け負った傭兵崩れだった。灰色のマントを着た者から、三日間の見張りと食料運びを頼まれたという。


「侵入者が来たら、矢で足止めして煙を出せと。瓶と、足で動かす仕掛けの使い方を教わった。煙に紛れて、裏口から逃げればいいって……」


 式を狙った計画は知らず、魔王教のことも名を聞いた程度だと繰り返す。


「雇い主の顔は?」


「マントで見えなかった。声も妙で、男かどうかさえ分からねえ。名も聞いてねえよ」


「報酬は、どこで受け取る約束だ」


「あの酒場で前金を半分。残りは、仕事が終わった翌日の夜に、西門近くの廃井戸へ置くと」


 日時を確かめ、団長は廃井戸にも見張りを出した。約束の時刻はまだ先だ。相手が現れる可能性はある。


 酒場を調べた騎士からも報告が届いたが、主人は灰色のマントの客を覚えていなかった。式典のため、店は連日混み合っていたという。前金の金貨にも、手掛かりはない。


 団長はギデンの足取りをさらに調べるよう命じた。


 俺は、廊下で足音がするたび顔を上げた。救出部隊からの報せは、まだ届かない。


 妻と娘を、と伸ばされた手が頭から離れなかった。


 ◇


 夜明け前、二つの部隊から救出成功の報せが届いた。


 役人の妻と娘、書記官の妻。三人とも衰弱していたが、命に別状はない。王宮へ向かっているという。


 俺はセレス、リシアとともに治療室へ急いだ。


「奥様も、お嬢様も、ご無事です」


「二人とも……?」


「はい。こちらへ向かっています」


 役人は震える手で顔を覆った。指の隙間から、押し殺していた声が漏れる。隣のベッドでは、妻の無事を聞いた書記官が、何度も頭を下げていた。


 六人とも、生きている。


 ようやく、胸の奥の重みがほどけた。


 リシアが三人の容体を確かめ、神官へ後を託す。廊下へ出たところで、俺は二人へ向き直った。


「セレス様、リシア様。ありがとうございました。あの煙の中で三人を助けられたのは、お二人のおかげです」


「間に合って、よかった」


 セレスが笑い、リシアもうなずいた。


「わたくしも、お役に立てて何よりです」


 目が合うと、その頬がなぜか赤くなる。


「お疲れではありませんか。顔が赤いようですが」


「そ、それは……魔力を多く使いましたから」


「うん。きっと魔力のせいだね」


 セレスが口元を押さえた。


「セレス」


 小声でたしなめるリシアを見て、俺も肩の力を抜く。ようやく、いつもの二人に戻った。


 窓の外が白み始めた頃、国王陛下から呼び出しが届いた。


 廃井戸の見張りも、回収した品の調査も続いている。誰が二人を狙わせたのかは、まだ分からない。


 俺たちは報告のため、王宮の小会議室へ向かった。

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