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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十二章 王都出会い編

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第175話 《勇聖奉告式》

 大聖堂の扉が開かれた。


 最初に入場したのは、アルベルト国王陛下。アリアーヌ第二王妃が続く。三人の王子、グランベル辺境伯夫妻、宰相と王国の重臣たち。そして最後に、セレスとリシアが並んで姿を現した。


 大聖堂を埋め尽くしていた者たちの息が、同時に止まる。高い天井から差し込む光が、青い髪と白銀の髪へ降り注いだ。セレスの腰には勇者の剣。リシアの手には聖女の杖。


 太陽と月。剣と祈り。


 異なる力を持つ二人が、同じ歩調で進む。朝から待ち続けた民の顔には、開始が遅れたことへの不満など残っていなかった。


「勇者様……」


「聖女様……」


 誰かのつぶやきが聞こえ、すぐに静けさが戻った。二人は左右へ並ぶ人々へほほえみ、女神像の前まで進むと、そろって片膝をつく。


 大神官長が、白い法衣を揺らしながら祭壇へ上がった。


「女神ルミエラの御前に、ルミナリア王国の民と、王国に生きるすべての者の祈りをささげます」


 大聖堂にいる全員が、胸の前で聖印を結ぶ。俺も周囲に合わせながら、意識は祈りへ沈めなかった。


 正面。左右の回廊。出入口。祭壇の裏。


 人の動きと魔力の揺らぎを、一つずつ確かめる。


「昨年八月八日の《鑑定の儀》において、女神ルミエラは、我らへ二つの希望をお示しくださいました」


 大神官長の声が、魔道具を通じて大神殿の外へも響いていく。


「人々を脅かす災厄へ剣を取り、未来を切り開く《勇者》。傷ついた者へ手を差し伸べ、汚れを払う《聖女》。同じ日に二人が選ばれたことは、我らが互いに支え合い、決して希望を捨ててはならぬという女神のお考えでありましょう」


 勇者と聖女。二人だけへ世界を背負わせる言葉ではない。レオナルド辺境伯が謁見の場で語ったように、二人を支える国であると誓うための言葉だった。


 国王陛下が祭壇の前へ立つ。


「勇者セレスティア・グランベル」


「はい」


 セレスが顔を上げた。


「そなたは勇者に選ばれてより一年余り、国境の地にて訓練を積み、魔物の脅威と帝国の侵攻から民を守ってきた。その働きを、王として誇りに思う」


「ありがたきお言葉にございます」


「本日、女神と王国の民の前で、そなたの意志を示せ」


 セレスが立ち上がる。勇者の剣をさやごと外し、女神像の前へささげた。大勢の前であっても、青い瞳は揺れていない。


「私、セレスティア・グランベルは、己の力を誇るためではなく、人々を守るために、この剣を振るうと誓います」


 いつもの明るく無邪気な声とは違う。勇者として、国境で実際に人と魔物へ剣を振るってきた者の声だった。


「力なき者を見下さず、恐れを恥じず、共に戦う者を信じます。私一人の力で救えぬ時は、助けを求めます。そして、助けを求める者の声が届く限り、決して剣を置きません」


 セレスが一度だけリシアを見る。次に、わずかに顔を動かして俺を見たが、すぐに正面へ戻った。


「勇者の名に恥じぬよう、これからも歩み続けることを誓います」


 一瞬の静けさ。その次の瞬間、大聖堂の外から地鳴りのような歓声が上がった。大聖堂の中にいる者たちも、惜しみない拍手を送る。


 セレスが剣を腰へ戻した。


「聖女リシア・フォン・アルトリア」


「はい」


 今度は、リシアが女神像の前へ進む。国王陛下が、王ではなく父親の目で娘を見ていた。


「そなたは聖女に選ばれてより一年余り、神聖魔法と治癒魔法を学び、王都の救護院で多くの者を救ってきた。その慈愛と努力を、父として、王として誇りに思う」


「ありがたきお言葉にございます」


「女神と民の前で、そなたの意志を示せ」


 リシアが杖を両手で持ち、胸の前へ立てた。


「わたくし、リシア・フォン・アルトリアは、聖女という名におごらず、目の前で苦しむ方へ手を伸ばし続けると誓います」


 澄んだ声が、大聖堂の隅々まで届く。


「わたくしには、すべての傷を治すことはできません。失われたものを、必ず取り戻せるわけでもありません。救えなかった方を前に、己の無力さを思い知る日もあるでしょう」


 大聖堂の中が、さらに静まった。


 聖女ならば、どのような傷も治せる。人々が抱く幻想を、リシア自身が否定した。


「それでも、救えない方がいるからといって、救える方へ手を伸ばすことを諦めません。治すことができなくても、痛みに寄り添い、その方が再び歩くために何ができるのかを、皆とともに考えます」


 リシアの青紫の瞳が、真っ直ぐに民へ向けられる。


「王女として。聖女として。そして、一人の人間として。わたくしにできることから逃げず、皆様とともに歩むことを誓います」


 杖の先に、小さな光が灯った。最初は手のひらへ収まるほどの白い光だったが、それがゆっくりと大きくなっていく。


 祭壇。石柱。大聖堂の壁に刻まれた聖句。


 一年余り前、リシアが聖女に選ばれた時と同じように、白銀の光が次々と広がった。


「これは……」


 大神官長が息をのむ。女神像まで淡い光に包まれ、誰も触れていない大神殿の鐘が鳴る。


 一度。二度。三度。


 澄み切った音が、王都の空へ響き渡った。


 温かな光が、大聖堂の中へ降り注ぐ。けがをしていた者の痛みが和らぎ、杖をついていた老人が驚いたように足を動かす。泣いていた幼い子どもが、光へ手を伸ばして笑った。


 奇跡。その言葉以外に、表すものがなかった。


 セレスの腰にある剣も、青白い光を帯びている。勇者と聖女。二人の力が、呼び合っているかのようだった。


 俺は周囲を警戒しながら、女神像を見上げた。光の向こうに、長い髪を持つ女性の姿が見えた気がした。


 女神ルミエラ。俺を、この時代へ送り返した女神。


 声は聞こえない。姿も、瞬きの間に消えていた。


 それでも。


 ――見ているのか。


 心の中で問いかける。返事はない。代わりに、降り注ぐ光がわずかに温かさを増したように感じた。


 偶然だろう。


 今は、目の前の式へ集中するべきだ。


 俺は意識を切り替え、もう一度、大聖堂のすべてへ視線を巡らせた。怪しい動きはなく、よどんだ魔力も感じない。


 光がゆっくりと収まっていく。大聖堂の中では、貴族も平民も関係なく、多くの者が涙を流していた。


 第二王妃も、三人の王子も、それぞれ表情は違っていた。それでも、二人へ向ける目には喜びと誇りがある。宰相アルフォンスは厳しい顔をわずかに和らげ、テオドール侯爵も静かな感嘆を浮かべていた。


 誰もが、勇者と聖女がこの国にいる意味を感じていた。


 大神官長が、震える声で告げる。


「女神ルミエラは、お二人の誓いをお受け取りになりました」


 今度こそ、大聖堂を揺らすほどの歓声が上がった。


 ◇


 《勇聖奉告式》は、それで終わりではなかった。大神官長の祈りが終わると、国王陛下が再び祭壇の前へ立った。


「本日、もう一人、王国の民へ広くその働きを伝えるべき者がいる」


 大聖堂の中に、小さなどよめきが広がる。国王陛下が、俺を見た。


「アレス・アークハルト。前へ」


「はい」


 席を立つ。セレスとリシアの間を通り、祭壇の前へ進む。


 二人と目が合った。セレスは、自分のことのようにうれしそうに笑っている。リシアも、柔らかな笑みを向けてくれた。


 国王陛下の前で片膝をつく。


「面を上げよ」


 顔を上げる。


「アレス・アークハルト。そなたは三人の仲間とともに地竜を倒し、十二歳十一か月で王国史上最年少の冒険者Aランクへ昇格した」


 大聖堂の各所から、驚きの声が上がる。地竜を倒した話は、すでに王都へ広がっている。それでも、本人を前に国王陛下が正式に認めるのでは重みが違う。


「討伐に際しては自ら危険な役目を担いながら、ともに戦った三人を誰一人失わなかったと聞いている。また、その力を己の名を高めるためだけに使わず、アークハルト領の民を守るために尽くしている」


 国王陛下のそばに立つ世話役が、銀色の勲章を載せた盆を差し出す。翼を広げる鳥と、盾を組み合わせた意匠。銀翼勲章。


「その功績をたたえ、ここに銀翼勲章を授ける」


「身に余る光栄にございます」


 国王陛下が、自ら俺の胸へ勲章をつける。そして、立ち上がるよう促した。


「王国の民へ、何か言葉はあるか?」


 予定にはなかった。大聖堂にいる者たちの視線が、同時に俺へ集まる。


 以前の俺なら、何を語っただろう。自分がどれほど強いのか。どれほど優れているのか。与えられた勲章も歓声も、当然のものとして受け取ったかもしれない。


 今は違う。


「地竜を倒したのは、私一人の力ではありません」


 大聖堂へ向き直る。


「地竜の突進を盾で受け止めた者。雷で脚を砕いた者。魔法で巨体を縛り、戦場全体を見て指示を出した者。三人がそれぞれの役目を果たしたからこそ、私たちは四人全員で生きて帰ることができました」


 ともに死線を越えた三人の姿が、胸の奥へ鮮やかによみがえる。王都の人々はまだ知らなくても、俺にとっては誰にも誇れる仲間たちだ。


 胸元の銀翼勲章へ、そっと指を添えた。


 この勲章は、俺一人のものではない。

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