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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十二章 王都出会い編編

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第173話 祈りの列に潜む殺意

 王宮から大神殿へ続く大通りは、見渡す限りの人で埋め尽くされていた。沿道には王家の紋章旗。その間へ、女神ルミエラを表す白銀の旗と、グランベル家の旗が掲げられている。建物の窓にも人々が立ち、屋根の上にまで姿が見えた。


 先頭を進むのは、王国騎士団と近衛騎士団。その後ろへ国王陛下の馬車、第二王妃と王子たちの馬車が続く。


 セレスとリシアは、屋根のない儀礼馬車へ並んで乗っていた。二人が王宮の門を出た瞬間、大通りを揺らすほどの歓声が上がる。


「勇者様!」


「聖女様!」


「セレスティア様!」


「リシア殿下!」


 青空のような髪を持つ勇者と、月光のような白銀の髪を持つ聖女。一年余りの訓練を経て、美しさにも強さにも磨きがかかった二人が並ぶ姿へ、誰もが目を奪われていた。


 子どもを肩車した父親が、馬車を指差す。年老いた女性が、涙を流しながら聖印を結ぶ。騎士を目指しているらしい少年たちは、腰に木剣を下げ、セレスへ懸命に手を振っていた。


 リシアの治癒を受けた者もいるのだろう。杖をつく男が何度も頭を下げ、その隣では母親に抱かれた幼い少女が、白い花を掲げている。


 期待。憧れ。感謝。数え切れない思いが、二人へ向けられていた。


 重いだろう。十三歳の少女二人が背負うには、あまりにも大きな期待だ。それでも、セレスは笑顔で手を振り続けている。リシアも、一人一人の顔を見るように、ゆっくりと沿道へ視線を向けていた。


 強くなった。昨日の模擬戦だけではない。多くの者の期待から逃げず、その前へ立つ心も。


 俺は二人の馬車から少し離れ、父上と母上とともにアークハルト家の馬車へ乗っている。ダリオは馬に乗り、馬車の右側。ニーナは俺たちの後ろへ座っていた。


 歓声へ応える必要はない。その代わり、沿道と建物の窓、路地へ続く道を順に見る。


 王国騎士団の配置は、事前に受け取った配置図から変わっていた。一つの区画を一人の隊長へ任せるのではなく、隣の隊と互いの範囲を確認できるようになっている。


 屋根の上にも弓兵。路地の奥には、騎士服ではない者たちの姿があった。冒険者か、王国騎士団の私服部隊だろう。


 ヴィクトル団長は、俺との約束どおり警備を見直したらしい。


「何か見つかりましたか?」


 母上が小声で尋ねた。


「いえ。今のところは」


「今のところ、ですか」


「警戒するのは、何かが起きてからでは遅いので」


「あなたらしいですね」


 母上はそう言って、少しだけほほえんだ。


 馬車は何事もなく、大通りを進んでいく。遠くに大神殿が見えた。


 白い石の柱。朝日に輝く巨大な女神像。一年余り前、リシアが聖女に選ばれた場所。この王国で最も清らかだと信じられている場所へ、王都中の祈りが集まっていた。


 ◇


 大神殿の正門前で馬車を降りる。ここから先へ入れるのは、王族と招待を受けた貴族、神官、各階層を代表して選ばれた民だけだ。広場へ入り切れなかった者たちのため、外にも式の言葉を届ける《拡声》の魔道具が置かれている。


 国王陛下を先頭に、一行が大神殿へ入っていく。俺も父上たちとともに進もうとして、足を止めた。


 大神殿の脇へ続く通路。祭具や、女神へささげる品を運び入れる者たちの列が、騎士の確認を受けている。その中に、一人だけ、周囲と歩調の違う男がいた。


 白い祭服。年齢は三十歳前後。両手で、香を納めた木箱を抱えている。


 見た目におかしなところはない。前に並ぶ神官と同じ服を着て、同じように頭を垂れている。だが、足の置き方が違った。


 周囲の神官たちは、重い木箱を抱えているためわずかに上体が揺れている。男だけは、石床のどこへ足を置いても重心が崩れない。鍛えた者の歩き方だ。


 それだけならば、護身術を学んだ神官という可能性もある。気になったのは、目だった。


 セレスとリシアがすぐそばを通っても、二人の姿を一度も見なかった。勇者と聖女へ関心がないわけではない。見ないようにしている。


 男の視線は伏せられたまま、大神殿の出入口、騎士の位置、セレスとリシアまでの距離を確かめていた。


「東部セレノ礼拝堂所属、神官ヨアヒム。書類に間違いなし」


 確認を担当する騎士の声が聞こえた。男が小さく頭を下げ、先へ進もうとする。


 俺は《鑑定眼》を開いた。右眼の奥が熱を持ち、男の周囲へ文字が浮かんだ。


【名前】

ザムド

【スキル】

短剣術

投擲術(トウテキジュツ)

偽装

【魔法】

闇属性

【耐性】

毒耐性


 派遣名簿に記されていた神官の名とは違う。《短剣術》と、短剣を投げる《投擲術》。さらに、本来の素性を覆い隠す《偽装》。


 闇属性や毒耐性だけで、悪人と決めつけることはできない。だが、偽名を使い、神官の姿で祭具を運び込み、勇者と聖女の位置をうかがっている。迷う必要はなかった。


「ヴィクトル団長」


 声を上げる。少し前を歩いていたヴィクトル団長が、すぐに振り返った。


「どうした?」


「あの神官が持つ箱を、調べてください」


 俺が指を向ける。男の目が、初めて上がった。


 驚きは一瞬。次の瞬間には、木箱から右手を離している。袖の中で、何かが光った。


 考えるより早く踏み込んだ。石床を蹴り、男が右手を振り上げるより先に懐へ入る。手首をつかむと、指の間に黒い針が三本挟まれていた。


 その切っ先は、俺ではなくリシアへ向いている。


「離せ!」


 男が左手を俺の顔へ伸ばす。木箱が落ちる。床へ触れる前に、ダリオが受け止めた。


 俺は男の右腕をねじり上げ、背後へ回る。膝裏を蹴り、体勢が崩れたところで石床へ伏せさせた。


「ぐっ……!」


 男のあごが動いた。奥歯をかもうとしている。


 毒か。


 あごの下へ指をかけ、口を閉じられないよう固定する。


「口の中を調べろ!」


 駆けつけた近衛騎士が、男の身体を押さえつけた。別の騎士が布を巻いた指を口へ入れ、奥歯の裏から小さな黒い粒を取り出す。


「毒です!」


「飲ませるな。生かして捕らえよ!」


 ヴィクトル団長の命令が飛ぶ。男の両腕には魔力を封じる手かせが付けられ、口にも猿ぐつわをかまされた。周囲の神官たちが、何が起きたのか分からないまま立ち尽くしている。


 セレスは、すでに剣の柄へ手をかけていた。リシアの前には、淡い光を放つ《結界》が広がっている。二人とも反応が速い。


「アレス君!」


 セレスが駆け寄ってくる。


「けがは?」


「ありません」


「針には触れていませんか?」


 リシアも、すぐに俺の右手を確認する。


「大丈夫です。男の手首以外には触れておりません」


「本当に?」


「はい」


 リシアはほっとした直後、ダリオの持つ木箱を見た。


「その箱は?」


「香が入っているようですが」


 ダリオが答える。ヴィクトル団長が、近衛騎士へ視線を向けた。


「魔術師を呼べ。中身へ直接触れるな」


「はっ!」


 騎士が走っていく。


 神官姿の男は、三人の騎士に拘束されてもなお、こちらをにらんでいた。いや。見ているのは、俺ではない。セレスとリシアだ。


 そこにあるのは、憎しみだった。勇者と聖女。女神ルミエラに選ばれた二人への、濁り切った殺意。


「連れていけ」


 ヴィクトル団長の声が低くなる。


「大神殿の地下にある拘束室へ入れよ。王国騎士団と近衛騎士団から、私が名を挙げた者だけで見張れ。祭服をまとっているからといって、神殿の者へ引き渡すな」


「承知しました」


 男が引き起こされる。連行される直前、猿ぐつわの奥で何かを叫ぼうとした。


 言葉にはならない。それでも、その目だけで分かった。失敗を悔いている。捕らえられたことではない。二人へ届かなかったことを。


 王宮魔術師が到着し、ダリオの手から木箱を受け取った。ふたが慎重に開かれると、清めの香に紛れて、よどんだ魔力がかすかに漏れ出す。


 祈りをささげるはずの場所へ、何が運び込まれたのか。


 その正体が暴かれるまで、《勇聖奉告式》の鐘が鳴ることはなかった。

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