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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十二章 王都出会い編編

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第171話 王国最強の騎士との約束

 ヴィクトル団長の目が細くなる。


「王国の中心部には、多くの人と力が集まります。国王陛下、第二王妃陛下、三人の王子殿下、勇者、聖女、重臣。守るべき方々が一堂に集まれば、敵にとっても狙う価値が生まれる」


「《勇聖奉告式》を案じているのか?」


「何かが起きると知っているわけではありません」


 それは本当だ。俺の知る歴史では、今回の《勇聖奉告式》で重大な事件は起きていない。


 だが、歴史はすでに変わっている。地竜は本来とは違う時期に現れ、俺はAランク冒険者となった。セレスとリシアも、以前よりずっと早く成長している。


 ならば、起きるはずのなかった何かが起きても不思議ではない。


「ただ、セレス様とリシア様が同じ場所へ立ち、王族の方々と王国の重臣がそろう。警戒しすぎて困ることはないかと」


「《勇聖奉告式》の警備は、王国騎士団と近衛騎士団が総力を挙げて行う」


「承知しております」


「大神殿の神官と、王宮魔術師団もいる」


「はい」


「それでも、足りぬと?」


「強い者が多いことと、守りに隙がないことは同じではありません」


 ヴィクトル団長は、何も言わない。


「それぞれが、自分の担当する場所だけを見ていれば、その間に生まれた隙を見落とします。問題が起きた時、誰かが対処するだろうと考えれば、最初の一歩が遅れることもある」


「では、そなたならばどうする?」


「警備を担当する者たちへ、互いの配置と役割を確認させます。万が一、指揮官から命令を受けられなくなった時、誰が代わりに指示を出すのか。避難する道が一つ塞がれた時、次にどこを使うのか。式へ参加する者の確認だけでなく、衣装、料理、祭具を運び入れる者まで、もう一度調べます」


「随分と具体的だな」


「魔物を倒す時でも、逃げ道と次の手を用意します」


 少し強引な説明だった。だが、ヴィクトル団長は追及しなかった。


「そなたの心配、軽んじずにおこう」


「よろしいのですか?」


「何も起きなければ、それでよい。見直した結果、騎士たちが一日余計に働くだけだ」


 ヴィクトル団長が、内庭の出入口へ目を向ける。


「だが、何かが起きた時、見直さなかったことは取り返せぬ」


 この人は信じられる。少なくとも、守るべき者の命より、自らの面子を優先する者ではない。


「感謝いたします」


「礼は、《勇聖奉告式》を無事に終えてからにせよ」


 ヴィクトル団長が歩き出し、数歩進んだところで足を止めた。


「アレス殿」


「はい」


「もし、互いに全力で戦えば、どちらが勝つと思う?」


 背を向けたままの問いだった。


「分かりません」


「先ほどは、そなたの方が早かった」


「団長は闘気を使っておられません。私も使っておりませんが、互いの全力が同じように高まるとは限りません」


「慎重だな」


「ですが」


 ヴィクトル団長が、わずかに顔を向ける。


「負けるつもりはありません」


 一瞬の沈黙。やがて、王国最強の騎士と呼ばれる男は愉快そうに笑った。


「次は、一合では終わらせぬ」


「はい」


「その時まで、私も王国最強の騎士の名を譲らぬよう鍛えておこう」


 ヴィクトル団長が、内庭を後にする。見送った後、ダリオが大きく息を吐いた。


「肝が冷えました」


「ダリオが止めなかったから、受けたんだが」


「お止めしても、アレス様はお受けになったでしょう」


「それはそうだな」


「でしたら、止めるだけ無駄でございます」


 ダリオが肩をすくめる。ニーナは、まだ俺の脇腹を見ていた。


「本当に、おけがはございませんか?」


「ない。ヴィクトル団長は、最初から止められる剣を放っていた」


「ですが、あと少しで触れていたように見えました」


「あと少しは、届いていないということだ」


「アレス様は、いつもそのようにおっしゃいます」


 少し怒っているらしい。


「悪かった。次は、先にニーナへも説明する」


「次もなさるおつもりなのですね」


「約束してしまったからな」


 ニーナが、諦めたように息を吐いた。その時、内庭の外から声が聞こえた。


「アレス君!」


 振り向くと、セレスがこちらへ駆けてくる。その後ろから、リシアとミレイユが続いていた。


「セレス様。もう動いてもよろしいのですか?」


「リシアに治してもらったから大丈夫。それより、ヴィクトル団長と戦ったって本当?」


 随分と耳が早い。


「一合だけです」


「ずるい!」


「ずるい、とは?」


「私も見たかった!」


「お休みになっていたのでは?」


「起きてたよ」


 正確には、寝台へ倒れ込んでいたのだろう。少し遅れて到着したリシアが、俺の前で足を止める。


「アレス様、おけがはありませんか?」


「はい。ご心配には及びません」


「本当に?」


「本当です」


 リシアの青紫の瞳が、俺の顔から胸、腕、脇腹へと動く。傷がないことを確かめると、ようやくほっとしたように息をついた。


「よかったです」


 その頬が、また少し赤い。やはり、朝の疲れが残っているのではないだろうか。


「リシア様こそ、お疲れなのではありませんか?」


「わ、わたくしですか?」


「お顔が赤いようですが」


「これは、その……走ってきたからです」


「走っていたのは私だけだよ?」


「セレス」


 リシアがセレスを見ると、セレスは楽しそうに笑っている。


「それで、どちらが勝ったの?」


 セレスが尋ねる。


「勝敗を決めるためのものではありません」


「ヴィクトル団長は、何て?」


「ご自分の負けだと」


「やっぱり、アレス君が勝ったんだ!」


 なぜか、セレスが自分のことのように喜んだ。


「ですが、実戦なら私も無傷では済まなかったと思います」


「それでもすごいよ。王国最強の騎士だよ?」


「団長は闘気を使っておられません」


「アレス君も使ってないんでしょ?」


「そうですが」


「だったら、同じだよ」


 単純な話ではないのだが、セレスは満足そうにうなずいている。


「ねえ、アレス君」


「何でしょうか?」


「次は、私も見てるところでヴィクトル団長と戦ってね」


「私が決められることではありません」


「じゃあ、団長にお願いしておく」


「セレス。《勇聖奉告式》の後には、ご自分がお相手いただく約束があるでしょう?」


 リシアが言う。


「そうだった」


 セレスの青い瞳が、さらに輝く。


「アレス君。私とヴィクトル団長が戦う時も見ててね」


「もちろんです」


「絶対だよ?」


「はい」


 セレスがうれしそうに笑い、その頬もまた赤くなった。二人とも、本当に大丈夫だろうか。


「よろしければ、リシア様にもう一度診ていただいた方が――」


「必要ありません!」


「大丈夫だよ!」


 二人の声が、きれいに重なった。俺が驚いていると、後ろからニーナの小さな笑い声が聞こえる。振り返っても、ニーナは何事もなかったように頭を下げるだけだった。


 ◇


 翌朝、八月二十日。


 ヴィクトル団長は約束どおり、昨日から王国騎士団と近衛騎士団、大神殿の神官たちを交えて警備を見直していた。俺も知らされた範囲で配置と避難経路を確かめたが、大きな異変は見つからなかった。


 まだ日の昇りきらない王都に、大神殿の鐘が鳴り響く。


 昨年八月八日の《鑑定の儀》で、勇者と聖女が選ばれてから一年と十二日。二人の存在を王国の民へ広く示す《勇聖奉告式》の日だ。


 王宮の正門前には、夜明け前から大勢の民が集まっている。勇者セレスティアを一目見ようとする者。聖女リシアへ祈りをささげる者。二人が王国へ希望をもたらすと信じ、その姿を待ち望む者たち。


 俺は礼装へ袖を通し、窓の外へ目を向けた。


 本来の歴史では、何も起きなかった日。だが、同じ一日になる保証など、どこにもない。


 ヴィクトル団長は警備を見直してくれた。それでも、誰かに任せきるつもりはなかった。


 セレスとリシアが、この国の希望として光の中へ立つのなら、俺はその光へ伸びるものを見逃さない。もう二度と、守るべき者へ手が届かなかったと後悔しないために。


 王都の空へ、二度目の鐘が響く。祝福に満ちたその音の下で、《勇聖奉告式》が始まろうとしていた。

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