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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十二章 王都出会い編編

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第169話 王国最強からの誘い

 セレスとの模擬戦を終え、王宮の客室へ戻った。ニーナが用意してくれた水を飲みながら、先ほどの戦いを思い返す。


 強かった。今のセレスは、まだ十三歳だ。肉体も闘気も成長の途中で、剣の技術にも粗さが残っている。それでも、戦いが始まってから終わるまでのわずかな時間で、何度も俺の想定を越えてきた。


 一度見た動きへ適応し、通じなかった剣を捨て、新たな一撃を生み出す。最後に俺の髪へ届いた斬撃など、模擬戦が始まる前のセレスには使えなかったものだ。


 追い詰められるほど強くなる。これが、《勇者》。


 滅びた未来でも、彼女は同じ力を持っていた。だが、今の成長は、俺が知る歴史よりも明らかに早い。


「順調だな」


 思わず、声が漏れた。


 勇者セレスティア。聖女リシア。二人とも無事に成長している。それどころか、俺の知る未来よりもずっと強くなっていた。


 セレスの剣だけではない。模擬戦の前にリシアが張った《結界》も見事だった。広い中央訓練場を一瞬で包み、俺とセレスの闘気がぶつかっても、最後まで揺らぐことさえなかった。


 模擬戦の後には、セレスの小さな傷と、両腕に残っていたしびれまであっという間に癒やしている。


 あの二人なら、きっと。


「アレス様」


 声をかけられ、顔を上げた。ニーナが、空になった杯へ新しい水を注いでいる。


「何だ?」


「先ほどから、随分とうれしそうでございます」


「そう見えるか?」


「はい」


 ニーナが俺の顔を見て、くすりと笑う。


「セレスティア様との模擬戦が、それほど楽しかったのですか?」


「楽しかった、か」


 その言葉を、胸の内で確かめる。確かに、楽しかった。これほど純粋に強くなりたいと願い、俺の動きへ食らいついてきた相手は久しぶりだ。最後の一撃には、驚かされた。


「ああ。楽しかった」


「やはり」


「だが、それだけではない。セレス様もリシア様も、想像していた以上に強くなっていた。それがうれしいんだ」


「お二人のことを、ずっと気にかけていらっしゃいましたものね」


「そうだったか?」


「鳳凰商会から報告が届くたび、最初に確認なさっていたではありませんか」


 否定できない。セレスが初めて魔物と戦ったという報告。リシアが救護院で多くの者を救ったという噂。新しい情報が届くたび、何を置いても先に目を通していた。


 それは、二人の成長が、この世界の命運を左右するからだ。そう説明しようとして、口を閉じた。今のニーナへ話せることではない。


「それにしても」


 ニーナが、わずかに首をかしげる。


「アレス様は、本当にお気づきではないのですね」


「何のことだ?」


「いいえ。私の口から申し上げることではございません」


「気になる言い方をするな」


「いずれ、ご自分でお気づきになるかと」


 何の話だ。セレスとリシアは、模擬戦の後、二人とも顔が赤かった。セレスは激しく動いたすぐ後だったため、身体に熱が残っていたのだろう。


 リシアも、広い《結界》を維持し、治癒魔法まで使っている。二人とも疲れていたに違いない。そう言うと、ニーナはなぜか小さく息を吐いた。


「何だ?」


「何でもございません」


 やはり、分からない。


 ◇


 着替えを終えたところで、父上と母上が客室へ戻ってきた。


「見事だった、アレス」


 父上は部屋へ入るなり、俺の肩をたたいた。


「ありがとうございます」


「セレスティア様も素晴らしかった。一年近く前、グランベル領で初めてお会いした時とは、まるで別人だ」


「はい。戦いの途中にも成長しておられました」


「勇者とは、あれほどのものなのだな」


 父上の声には、素直な感嘆があった。母上もうなずいている。


「最後にセレスティア様が倒れた時は、息が止まりそうになりました。あなたが受け止めると分かっていても、心臓に悪いですね」


「申し訳ありません」


「謝る必要はありません。二人ともけがをしなかったのですから」


 母上はそう言うと、俺の顔をじっと見た。


「それにしても、二人とも本当におきれいになりましたね」


「そうですね」


 セレスは、誰もが目を引かれるほど美しい少女へ成長していた。リシアも同じだ。王宮へ到着した時、大勢の人々が二人から目を離せなくなっていたことを思い出す。


「アレスは、どちらが好みなのですか?」


「はい?」


 何の話だ。母上の問いの意味が分からず、父上を見る。父上は、突然、窓の外へ顔を向けた。


「父上?」


「私へ助けを求めるな」


「別に、助けを求めたわけではありません」


「エレナ。アレスを困らせるのは、そのくらいにしておきなさい」


「困らせてなどいません。母親として、少し気になっただけです」


 母上が楽しそうに笑う。


「セレスティア様も、リシア様も、あなたとお話しする時だけ少し様子が違いましたから」


「初めて会った者同士です。緊張しておられたのでしょう」


「……そう思っているのですね」


 母上とニーナが、なぜか同時に同じ顔をした。俺は何か、おかしなことを言っただろうか。


「それよりも、アレス」


 父上が、話を変えるように声をかけてきた。


「この後の予定だが、王国騎士団長ヴィクトル殿がお前と話したいそうだ」


「ヴィクトル団長が?」


「先ほどの模擬戦について聞きたいらしい。私と母上は、これから《勇聖奉告式》の打ち合わせへ戻らねばならん。ダリオを残すので、彼にも同席してもらいなさい」


「承知しました」


「アレス」


 父上の声が、わずかに低くなる。


「ヴィクトル殿は、国王陛下からの信頼も厚い。王国騎士団の頂点に立ち、長く王都を守ってきた方だ」


「はい」


「だからといって、すべてを話す必要はない。どこまで力を見せ、何を話すかは、お前自身で決めなさい」


 俺の力は、アークハルト家だけの問題ではなくなっている。王国最年少のAランク冒険者。地竜を倒した武闘家。それだけでも、王都では十分に注目されていた。


 今朝の模擬戦を見た者は、俺がさらに力を隠していると知った。父上は、そのことを案じているのだろう。


「お気遣い、ありがとうございます」


「隠すべきものは隠せ。だが、信じられる相手まで遠ざける必要はない」


 父上が、もう一度だけ俺の肩へ手を置く。


「お前ならば、見誤らないと信じている」


「はい」


 父上と母上が部屋を出ていく。その背中を見送りながら、今の言葉を胸の内で繰り返した。


 信じられる相手。王国騎士団長ヴィクトル・クラウゼンが、そうなのか。俺は、まだ何も知らない。


 ◇


 ヴィクトル団長が訪れたのは、それから間もなくのことだった。白銀の鎧ではなく、濃い紺色の騎士服を身につけている。


 腰には剣があった。儀礼用ではない。長く使い込まれ、手入れを重ねてきた実戦の剣だ。


「休息中にすまぬな、アレス殿」


「いえ。お待ちしておりました」


 俺の後ろには、ダリオとニーナが控えている。ヴィクトル団長は二人へ視線を向けた後、すぐに俺へ戻した。


「単刀直入に聞こう。先ほどの模擬戦、そなたはどの程度の力を使った?」


「答えるのが難しい問いです」


「なぜだ?」


「力、速さ、闘気、技術。そのどれを基準にするかで変わります。セレス様を傷つけぬことを最優先にしておりましたので、攻撃へ使った力はわずかです。ただし、最後の一撃へ対応した時には、技術まで手を抜いていたわけではありません」


「なるほど」


 ヴィクトル団長が腕を組む。


「では、そなたがセレスティア様へ見せた構えは?」


「体術の基本となる構えの一つです」


「基本、か」


 ヴィクトル団長の口元がわずかに動いた。笑ったようにも見えた。


「その基本とやらを、私にも見せてもらえぬか」


「模擬戦を、ということでしょうか?」


 ヴィクトル団長の右手が、腰の剣の柄へ触れる。その目に、王国最強と呼ばれる剣士の鋭い光が宿った。


「いや。模擬戦ではない」


 ヴィクトル団長は、そのまま首を横へ振る。


「《勇聖奉告式》を前に、王国騎士団長が客人へけがをさせるわけにはいかぬ。そなたの身体の使い方を、一合だけ確かめたい」


 一合だけ。


 それでも、相手は王国最強だ。


 その剣が俺へ届くのか。それとも、俺の一撃が先に届くのか。


 答えは、実際に向き合ってみなければ分からない。

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