第163話 王国史上最年少のAランク
報告書には、アレス様が地竜の頭部を一撃で打ち砕いたと記されていた。けれど、自分の強さを誇る言葉は一つもない。
「その仲間たちを、王都へ連れてこなかったのはなぜだ?」
父が尋ねた。
「父と母と私が領地を離れるため、残ってもらいました」
「自らの誇りを示す場へ連れてくるより、領地の守りを任せたか」
「はい。私が王都で何を成し遂げても、留守の間に家族や領民を失えば、意味がございません」
謁見の大広間が静かになった。十三歳の少年が国王へ述べるには、あまりにも迷いのない答えだった。父はアレス様を見つめた後、満足そうにうなずく。
「よい仲間を得たのだな」
「私には、もったいないほどの者たちです」
「そのように思える者であれば、仲間たちも残ることを選んだのであろう」
母が、穏やかな声をかけた。
「アレス殿。道中で荷馬車を助けたと聞きました。王宮へ急ぐより、困っている民へ手を差し伸べたことを、うれしく思います」
「ありがとうございます。ですが、当然のことをしただけです」
「当然と思うことを、実際に行える者ばかりではありません」
昨日、ヴィクトル団長がセレスへ告げた言葉と似ていた。母は、さらに柔らかくほほえむ。
「王都へようこそ、アレス殿。あなたのお話は、娘から何度も聞いております」
アレス様の視線が、初めてわたくしへ向いた。目が合っただけで、どうにか抑えていた鼓動が再び跳ねる。
「第一王女殿下から、ですか?」
「ええ。あなたが冒険者試験で答えた言葉に、随分と学ばせていただいたようです」
「私の言葉に……」
わずかに驚いている。セレスが隣で、こちらを見た。昨夜、わたくしが尋ねたいと言っていたことを思い出したのだろう。
クラウディウス第一王子が、アレス様へ礼儀正しく右手を胸へ添える。
「王国最年少のAランク冒険者とお会いでき、うれしく思う。アークハルト領の備えについては、王都でも高く評価されている。いずれ、詳しく話を聞かせてほしい」
「私にお答えできることであれば、喜んで」
ユリウスお兄様が一歩前へ出る。
「王都への到着を歓迎する、アレス殿。父君のガレス殿については、伯父上から何度も聞いている。君とも、ゆっくり話してみたいと思っていた」
「光栄にございます、ユリウス殿下」
「同じ年の三人が、ようやくそろったことも喜ばしい。リシアとセレスティアは、昨日から君の到着を待っていたよ」
「お兄様」
思わず声が出てしまった。
「何か間違っていたかな?」
「……いいえ」
否定できない。セレスに至っては、隣で大きくうなずいていた。
「私も、地竜との戦いをぜひ聞いてみたい」
フィリップ第三王子が続けた。
「拳だけで地竜を倒したというのは、本当なのだろうか」
「最後の一撃に、武器は使っておりません」
「では、やはり拳で?」
「はい」
フィリップ王子が、隣のクラウディウス王子を見る。二人とも当たり障りのない笑みを浮かべていたが、驚きを完全には隠せていなかった。
宰相アルフォンスが、手にした書類を開く。
「アークハルト男爵閣下には、この後、陛下と《勇聖奉告式》について話し合っていただきます。アレス様にも、式の日は招かれた客の席へお着きいただく予定です」
「承知いたしました」
「また、冒険者ギルド本部と王国騎士団から、滞在中にお話を伺いたいとの申し出がございます。詳細は、ご都合を確認したうえで調整いたします」
予定を一方的に告げるのではなく、アレス様の都合を先に確かめる。以前、父が重臣たちへ命じたことを、宰相も守っているのだと分かった。
「アレス殿」
ヴィクトル王国騎士団長の低い声が響いた。
「はい」
「武器は持たぬのか」
「私は武闘家です。戦う時も、武器は使いません」
ヴィクトル団長の視線が、アレス様の両手、足元、肩の位置へ順に動く。
「その細い身体で、地竜のうろこを打ち砕いたと?」
「闘気と技術を使いました」
「力だけではない、ということか」
「はい」
短いやり取りだった。けれど、二人の間だけ空気が変わったように感じた。
ヴィクトル団長は、剣へ手を伸ばしていない。ただ目の前に立つ少年が、どのように戦うのかを見定めようとしている。アレス様も表情を変えていない。だが、その目は王国騎士団長の全身を、一瞬で確かめたように見えた。
「機会があれば、そなたの体術を見せてもらいたい」
「はい。私でよろしければ」
「お待ちください」
隣から、セレスの声が上がった。謁見の大広間にいる全員の視線が、こちらへ集まる。
「どうした、セレスティア」
父が尋ねた。
「アレス君と最初に模擬戦をするのは、私です」
「セレス」
昨夜、ご挨拶が先だと言ったばかりではなかっただろうか。
「もちろん、正式にご挨拶をした後です」
わたくしの考えを読んだように、セレスが付け加える。アレス様が、初めて年相応に目を丸くした。
父は声を上げて笑い、レオナルド伯父様も楽しそうにしている。ガレス男爵はわずかにまゆの間へしわを寄せたが、ダリオ殿の口元には笑みが浮かんでいた。
「だそうだ、アレス。勇者からの申し出だが、どうする?」
父に尋ねられ、アレス様はセレスを見た。しばらく、互いの視線が重なる。セレスの青い瞳は、強い相手を前にした時と同じ輝きを放っていた。
やがて、アレス様の口元がわずかに緩む。
「喜んで、お受けいたします」
「ありがとう、アレス君!」
「ただし、本日でなくともよろしいでしょうか」
「どうして?」
「今すぐ始めれば、父上と陛下の打ち合わせが終わる前に、訓練場を一つ壊してしまうかもしれません」
一瞬の沈黙の後、謁見の大広間に笑いが広がった。セレスだけは、真剣な顔で考えている。
「広い訓練場なら、いいんじゃない?」
「問題は、広さではないと思います」
わたくしが言うと、笑い声がさらに大きくなった。
「では、明日の朝だ」
父が決める。
「王国騎士団の中央訓練場を使うとよい。ヴィクトル、立会いを頼めるか」
「承知いたしました」
「私も見学いたします」
セレスが言うより先に、フィリップ王子が申し出た。
「私も、都合がつけば見届けよう」
クラウディウス王子も続く。
テオドール侯爵は、穏やかな笑みのままアレス様へ頭を下げた。
「王都の貴族たちが、アレス殿のお力へ関心を寄せる理由が分かりました。武勇だけでなく、随分と落ち着いた方でいらっしゃる」
「恐れ入ります」
「明日の模擬戦も、王国にとって明るい話題となりましょう。勇者様と若きAランク冒険者が互いに力を高め合う姿を、楽しみにしております」
敵意も、過度な親しさもない。侯爵は昨日と同じように、王国全体を見ている有力貴族として言葉を述べ、一礼して下がった。
「では、謁見はここまでとする」
父が告げる。
「ガレスとレオナルドは、この後、私の執務室へ。エレナ夫人とローズ夫人は、アリアーヌと別室へ移ってもらう。アレスには休息の時間を設けてあるが、その前に話したい者がいるようだ」
父の視線が、わたくしとセレスへ向く。
「三人で、ゆっくり話すとよい」
胸が、大きく高鳴った。アレス様が、もう一度こちらを見る。今度は先ほどのような驚きも、安心もなかった。ただ、初めて会う同じ年の相手へ向ける、穏やかな目だった。
それなのに、わたくしの胸だけが、いつまでも落ち着いてはくれなかった。大勢の前で見つめるだけだった時間は、もう終わる。
これから初めて、アレス様と言葉を交わすのだから。




