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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十二章 王都出会い編編

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第163話 王国史上最年少のAランク

 報告書には、アレス様が地竜の頭部を一撃で打ち砕いたと記されていた。けれど、自分の強さを誇る言葉は一つもない。


「その仲間たちを、王都へ連れてこなかったのはなぜだ?」


 父が尋ねた。


「父と母と私が領地を離れるため、残ってもらいました」


「自らの誇りを示す場へ連れてくるより、領地の守りを任せたか」


「はい。私が王都で何を成し遂げても、留守の間に家族や領民を失えば、意味がございません」


 謁見の大広間が静かになった。十三歳の少年が国王へ述べるには、あまりにも迷いのない答えだった。父はアレス様を見つめた後、満足そうにうなずく。


「よい仲間を得たのだな」


「私には、もったいないほどの者たちです」


「そのように思える者であれば、仲間たちも残ることを選んだのであろう」


 母が、穏やかな声をかけた。


「アレス殿。道中で荷馬車を助けたと聞きました。王宮へ急ぐより、困っている民へ手を差し伸べたことを、うれしく思います」


「ありがとうございます。ですが、当然のことをしただけです」


「当然と思うことを、実際に行える者ばかりではありません」


 昨日、ヴィクトル団長がセレスへ告げた言葉と似ていた。母は、さらに柔らかくほほえむ。


「王都へようこそ、アレス殿。あなたのお話は、娘から何度も聞いております」


 アレス様の視線が、初めてわたくしへ向いた。目が合っただけで、どうにか抑えていた鼓動が再び跳ねる。


「第一王女殿下から、ですか?」


「ええ。あなたが冒険者試験で答えた言葉に、随分と学ばせていただいたようです」


「私の言葉に……」


 わずかに驚いている。セレスが隣で、こちらを見た。昨夜、わたくしが尋ねたいと言っていたことを思い出したのだろう。


 クラウディウス第一王子が、アレス様へ礼儀正しく右手を胸へ添える。


「王国最年少のAランク冒険者とお会いでき、うれしく思う。アークハルト領の備えについては、王都でも高く評価されている。いずれ、詳しく話を聞かせてほしい」


「私にお答えできることであれば、喜んで」


 ユリウスお兄様が一歩前へ出る。


「王都への到着を歓迎する、アレス殿。父君のガレス殿については、伯父上から何度も聞いている。君とも、ゆっくり話してみたいと思っていた」


「光栄にございます、ユリウス殿下」


「同じ年の三人が、ようやくそろったことも喜ばしい。リシアとセレスティアは、昨日から君の到着を待っていたよ」


「お兄様」


 思わず声が出てしまった。


「何か間違っていたかな?」


「……いいえ」


 否定できない。セレスに至っては、隣で大きくうなずいていた。


「私も、地竜との戦いをぜひ聞いてみたい」


 フィリップ第三王子が続けた。


「拳だけで地竜を倒したというのは、本当なのだろうか」


「最後の一撃に、武器は使っておりません」


「では、やはり拳で?」


「はい」


 フィリップ王子が、隣のクラウディウス王子を見る。二人とも当たり障りのない笑みを浮かべていたが、驚きを完全には隠せていなかった。


 宰相アルフォンスが、手にした書類を開く。


「アークハルト男爵閣下には、この後、陛下と《勇聖奉告式》について話し合っていただきます。アレス様にも、式の日は招かれた客の席へお着きいただく予定です」


「承知いたしました」


「また、冒険者ギルド本部と王国騎士団から、滞在中にお話を伺いたいとの申し出がございます。詳細は、ご都合を確認したうえで調整いたします」


 予定を一方的に告げるのではなく、アレス様の都合を先に確かめる。以前、父が重臣たちへ命じたことを、宰相も守っているのだと分かった。


「アレス殿」


 ヴィクトル王国騎士団長の低い声が響いた。


「はい」


「武器は持たぬのか」


「私は武闘家です。戦う時も、武器は使いません」


 ヴィクトル団長の視線が、アレス様の両手、足元、肩の位置へ順に動く。


「その細い身体で、地竜のうろこを打ち砕いたと?」


「闘気と技術を使いました」


「力だけではない、ということか」


「はい」


 短いやり取りだった。けれど、二人の間だけ空気が変わったように感じた。


 ヴィクトル団長は、剣へ手を伸ばしていない。ただ目の前に立つ少年が、どのように戦うのかを見定めようとしている。アレス様も表情を変えていない。だが、その目は王国騎士団長の全身を、一瞬で確かめたように見えた。


「機会があれば、そなたの体術を見せてもらいたい」


「はい。私でよろしければ」


「お待ちください」


 隣から、セレスの声が上がった。謁見の大広間にいる全員の視線が、こちらへ集まる。


「どうした、セレスティア」


 父が尋ねた。


「アレス君と最初に模擬戦をするのは、私です」


「セレス」


 昨夜、ご挨拶が先だと言ったばかりではなかっただろうか。


「もちろん、正式にご挨拶をした後です」


 わたくしの考えを読んだように、セレスが付け加える。アレス様が、初めて年相応に目を丸くした。


 父は声を上げて笑い、レオナルド伯父様も楽しそうにしている。ガレス男爵はわずかにまゆの間へしわを寄せたが、ダリオ殿の口元には笑みが浮かんでいた。


「だそうだ、アレス。勇者からの申し出だが、どうする?」


 父に尋ねられ、アレス様はセレスを見た。しばらく、互いの視線が重なる。セレスの青い瞳は、強い相手を前にした時と同じ輝きを放っていた。


 やがて、アレス様の口元がわずかに緩む。


「喜んで、お受けいたします」


「ありがとう、アレス君!」


「ただし、本日でなくともよろしいでしょうか」


「どうして?」


「今すぐ始めれば、父上と陛下の打ち合わせが終わる前に、訓練場を一つ壊してしまうかもしれません」


 一瞬の沈黙の後、謁見の大広間に笑いが広がった。セレスだけは、真剣な顔で考えている。


「広い訓練場なら、いいんじゃない?」


「問題は、広さではないと思います」


 わたくしが言うと、笑い声がさらに大きくなった。


「では、明日の朝だ」


 父が決める。


「王国騎士団の中央訓練場を使うとよい。ヴィクトル、立会いを頼めるか」


「承知いたしました」


「私も見学いたします」


 セレスが言うより先に、フィリップ王子が申し出た。


「私も、都合がつけば見届けよう」


 クラウディウス王子も続く。


 テオドール侯爵は、穏やかな笑みのままアレス様へ頭を下げた。


「王都の貴族たちが、アレス殿のお力へ関心を寄せる理由が分かりました。武勇だけでなく、随分と落ち着いた方でいらっしゃる」


「恐れ入ります」


「明日の模擬戦も、王国にとって明るい話題となりましょう。勇者様と若きAランク冒険者が互いに力を高め合う姿を、楽しみにしております」


 敵意も、過度な親しさもない。侯爵は昨日と同じように、王国全体を見ている有力貴族として言葉を述べ、一礼して下がった。


「では、謁見はここまでとする」


 父が告げる。


「ガレスとレオナルドは、この後、私の執務室へ。エレナ夫人とローズ夫人は、アリアーヌと別室へ移ってもらう。アレスには休息の時間を設けてあるが、その前に話したい者がいるようだ」


 父の視線が、わたくしとセレスへ向く。


「三人で、ゆっくり話すとよい」


 胸が、大きく高鳴った。アレス様が、もう一度こちらを見る。今度は先ほどのような驚きも、安心もなかった。ただ、初めて会う同じ年の相手へ向ける、穏やかな目だった。


 それなのに、わたくしの胸だけが、いつまでも落ち着いてはくれなかった。大勢の前で見つめるだけだった時間は、もう終わる。


 これから初めて、アレス様と言葉を交わすのだから。

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