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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十二章 王都出会い編

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第161話 待ち続けた少年

 目を覚ますと、すぐそばにセレスの顔があった。


 一つの枕へ半分ほど顔を乗せ、青い髪を広げたまま眠っている。昨夜は別の寝台が用意されていたにもかかわらず、話をしているうちに、結局二人で同じ寝台へ入ってしまった。


 長いまつ毛は伏せられ、白い頬には青い髪が一筋だけかかっている。いつもは太陽のように明るく、ころころと表情を変えるセレスが、今はうそのように静かだった。


 規則正しい寝息を立てる横顔は、息をすることさえ忘れてしまいそうなほど美しい。幼い頃から、何度も見てきた顔のはずなのに。


「……きれい」


 思わず、声がこぼれた。同じ女性であり、従姉妹であり、誰よりも長くセレスを知っているわたくしでさえ、胸がどきりとする。


 これほど無防備な寝顔を、ほかの誰かに見せてはいけないのではないだろうか。まして、殿方などには絶対に。なぜか急にそんなことが心配になり、頬へかかっていた髪を指先でそっと払う。


「……リシア……」


 セレスが小さくわたくしの名を呼び、安心したように口元を緩めた。もう一度、胸が跳ねる。


「まったく……寝ている時まで、人を驚かせないでください」


 ささやいても、セレスは幸せそうに眠ったままだった。窓から差し込む光は、すでに朝というには明るすぎる。


「セレス、起きてください」


「……もう少しだけ」


「もう少し話すと言って、眠ったのは夜明け前です」


「じゃあ、もう少し眠ってもいいはずだよ」


「今日はアレス様が到着なさいますよ」


 閉じていた青い瞳が、一瞬で開いた。


「今、何刻?」


「まだ朝です。到着は午後の予定です」


「驚かせないでよ」


「起きなかったセレスが悪いのです」


 身体を起こすと、セレスも慌てて布団から出た。寝台の脇で控えていた侍女が、笑いをこらえるようにうつむいている。


「どうしたの?」


「何でもございません」


「笑ってたよね?」


「勇者様と聖女様も、朝は普通の女の子でいらっしゃるのだと思いまして」


 セレスと顔を見合わせる。昨夜は勇者でも聖女でもなくてよいと、互いに話したばかりだった。


「誰にも言ってはいけませんよ」


「もちろんでございます」


「特に、寝坊したことは内緒にしてね」


「セレス。わたくしまで寝坊したことになります」


「同じ寝台で眠ってたんだから、リシアだけ起きていたことにはできないよ」


「道連れにしないでください」


 言い合いながら身支度を整え、母とローズ伯母様が待つ食堂へ向かった。


 部屋へ入ると、母はわたくしたちの顔を見るなり、何も尋ねず侍女へ温かい飲み物を用意するよう命じた。伯母様も、セレスの目元を見て小さく息を吐く。


「昨夜は、きちんと休んだのですか?」


「はい」


「セレス」


「……少しだけ、話が長くなりました」


「一年ぶりに会えたのです。今夜から休めばよいでしょう」


 母が助け舟を出してくれる。


「ありがとうございます、叔母様」


「ただし、アークハルト男爵一行が到着するまでは、公務がございます。眠そうな顔を見せてはなりませんよ」


「はい!」


 セレスが背筋を伸ばした。


 朝食を終える頃、王宮へ最初の報せが届いた。アークハルト男爵一行は宿場を出発し、予定どおり王都へ向かっているという。


 午前の祈祷を終えると、二度目の報せが届いた。街道で故障した荷馬車を見つけ、一行が足を止めたため、到着が少し遅れるらしい。


「どうして、王宮へ向かう途中で荷馬車を直してるの?」


 セレスが尋ねる。


「車輪が外れ、道を塞いでいたそうです。アークハルト男爵の護衛騎士たちが荷台を持ち上げ、アレス様が車軸を直したと報告されています」


 世話役が答えた。


「アレス君が?」


「はい。積み荷を失えば、持ち主の商人が立ち行かなくなるとおっしゃったそうです」


 地竜を倒したAランク冒険者が、街道で商人の荷馬車を直している。報告書で読んだアレス様と、どこかよく似ていた。


「やはり、真っ直ぐな方のようです」


「でも、到着が遅くなっちゃった」


「困っている方を見捨てて急いで来られるより、よいではありませんか」


「それは、そうだけど」


 セレスは納得したものの、窓の外を気にする回数は明らかに増えた。それを指摘することはできない。わたくしも、同じだったからだ。


 ◇


 午後を少し過ぎた頃、王都東門の鐘が鳴った。先触れの騎士が、アークハルト男爵一行の到着を告げる。わたくしとセレスは、昨日と同じ王宮正面の窓へ並んだ。


 大通りの向こうから、一団が近づいてくる。


 昨日のグランベル辺境伯一行ほど大きくはない。先頭には、魔の森を背負う盾と拳を意匠にしたアークハルト家の旗。その後ろに騎馬の護衛と、二台の馬車が続いていた。沿道には、昨日ほどではないものの大勢の民が集まっている。


「アレス様だ!」


「地竜を倒した少年だぞ!」


「王国最年少のAランク冒険者!」


 歓声が、窓を閉めた室内まで届いてきた。


「人気だね」


 セレスが楽しそうに言う。


「地竜を倒したAランク冒険者ですから」


「私も地竜を倒せば、あれくらい集まるかな?」


「昨日は、もっと大勢の方がセレスを待っていました」


「そうだった?」


「見えていなかったのですか」


「リシアを探してたから」


 あまりにも当然のように答えられ、それ以上は何も言えなくなった。


 馬車が王宮の正門前へ止まる。


 馬車の脇を騎馬で守っていた大柄な騎士が、先に馬から降りた。短い銀髪と、左の眉から頬へ走る傷。アークハルト騎士団長ダリオ・ローデン殿だろう。


 ダリオ殿は正門と周囲へ目を配り、護衛の騎士たちへ短く指示を出した。騎士たちが馬車の左右へ位置を取る。迎えの従者は、ダリオ殿がうなずいたのを見て扉を開けた。


 馬車から最初に降りたのは、ガレス・アークハルト男爵だった。濃い紺色の礼装を身につけ、背筋を真っ直ぐに伸ばしている。報告書や父の話から想像していたとおり、厳格で誠実そうな方だった。


 男爵は扉へ向き直り、中にいる女性へ手を差し出した。その手を借りて降りてきた女性は、落ち着いた色の礼装を上品に着こなし、優しげなほほえみを浮かべている。アレス様の母君、エレナ・アークハルト夫人だろう。男爵の隣へ並ぶと、二人は迎えの者へ静かに会釈した。


 そして、馬車の扉から一人の少年が姿を現した。


「あの方が……」


 思わず、小さくつぶやく。陽の光を受けた黒髪が、さらりと風に揺れた。


 つやのある髪はくせ一つなく、風が通り抜けるたび、絹糸のようになめらかに流れて元の位置へ戻る。幼い頃に読んだ英雄の物語で、主人公として描かれていた少年を思わせる黒髪だった。


 その下にあるのは、整った顔立ちだった。まだ少年らしい柔らかさを残しながらも、真っすぐ前を見つめる目と引き締まった口元には、年齢以上のりりしさがある。


 地竜を拳で打ち砕いた武人。その言葉から、もっと荒々しい方を想像していた。けれど実際のアレス様は、静かで、穏やかで――思わず目で追ってしまうほど、整った顔をしていた。


 とくん、と胸が鳴る。


「わあ……」


 隣で、セレスが素直な感嘆の声を漏らした。


「想像していたとおり。アレス君って、かっこいいね」


「は、はい」


 返事が上擦った。自分でも驚き、慌てて口元を引き結ぶ。突然起きたその鼓動へ戸惑い、わたくしは胸元へ手を添えた。


 一目ほれ。なぜか、その言葉が頭へ浮かんだ。


 ――違います。


 そんなはずはない。わたくしは一年前からアレス様の報告を読み、その考え方を尊敬していた。ようやく会えたことで気持ちが高ぶり、想像していたよりも整った方だったため、少し驚いているだけだ。長い間お会いしたいと思っていたから、緊張しているだけ。


 そう自分へ言い聞かせ、もう一度アレス様を見つめる。けれど、見つめれば見つめるほど、胸の鼓動は速くなった。こんなことは、今まで一度もなかった。

◇

明日10月10日AM11:40から

新連載

『前世社畜の俺は転生したら皇帝直属暗部序列8位でした〜帝国を裏切って今度こそのんびり生きようと思います〜』

を投稿しますので、よかったらみてください。


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