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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十二章 王都出会い編編

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第158話 一年ぶりの再会

 謁見の大広間には、王国の中心を担う者たちが集まっていた。玉座に座るのは、父――アルベルト・フォン・アルトリア国王。その傍らには、第二王妃である母の席が用意されている。


 三人の王子もそろっていた。第一王子クラウディウス・フォン・アルトリア。第二王子ユリウス・フォン・アルトリア。第三王子フィリップ・フォン・アルトリア。


 父のそばには、宰相アルフォンス・ベルクハルト公爵が立っている。白髪の混じり始めた濃茶の髪を後ろへなでつけ、手には《勇聖奉告式》の日程をまとめた書類を持っていた。


 反対側に立つ大柄な男性は、王国騎士団長ヴィクトル・クラウゼン。王国最強と呼ばれる剣士だ。儀礼用の白銀の鎧を身につけているが、その立ち姿には飾り物のようなところが一つもない。


 王都の有力貴族を代表し、テオドール・ヴァレンティス侯爵も列席していた。穏やかな微笑を浮かべた初老の男性は、国王から辺境を守るグランベル家まで、その場にいる全員の様子を静かに見ているようだった。


 先触れの声が響く。


「レオナルド・グランベル辺境伯、ローズ・グランベル夫人、勇者セレスティア・グランベル様、ご入場」


 三人が赤いじゅうたんの上を進む。わたくしは母とともに所定の席へ着き、その姿を見守った。セレスが謁見の大広間へ姿を現した瞬間、居並ぶ貴族たちの間に、抑えきれない感嘆の気配が走った。一年前、勇者に選ばれたばかりの少女を知る者ほど、その変化に驚いている。


 かわいらしい辺境伯令嬢だった少女は、今や誰もが一目で勇者だと信じられるほど、華やかな美しさと堂々とした雰囲気を備えていた。そして彼らの視線は、セレスから所定の席に立つわたくしへ移り、再びセレスへ戻る。母も、王子たちも、重臣たちも、表情こそ崩していない。


 それでも、太陽と月にもたとえられる二人が一年を経て美しく成長し、勇者と聖女として王国の重臣たちの前へそろった姿には、誰もが目を奪われていた。玉座の前まで進むと、伯父様と伯母様が膝をつく。セレスも二人に続いた。


「面を上げよ」


 父の声が、謁見の大広間へ響く。


「長い旅、ご苦労であった。レオナルド、ローズ。そして、勇者セレスティア。三人が無事に王都へ到着したことを、心よりうれしく思う」


「温かいお言葉、ありがとうございます。陛下のお呼びに応じ、妻ローズ、娘セレスティアと共に王都へ参りました」


 伯父様が代表して答える。膝をつき、深く頭を垂れていても、《雷帝》と呼ばれる辺境伯の声は謁見の大広間の隅々までよく通った。


「我らグランベル家は、これまでと変わらずヴァルガ帝国との国境を守り、王国の盾として務めを果たしてまいります。また、娘が《勇者》として歩む道を、父として、臣下として、我が家の総力をもって支えるつもりにございます」


 伯父様は、そこで一度言葉を切った。


「このたびの《勇聖奉告式》は、勇者と聖女のお二人だけに重い責任を負わせる場ではございません。王国に生きるすべての者が、共に国の未来を支える決意を新たにする場となることを、心より願っております」


 娘を誇る父の思い。


 勇者だけへ王国の命運を背負わせはしないという、辺境伯の決意。どちらも声高に語ることなく、公の挨拶として見事に収められていた。父が、力強くうなずく。


「よく言った。その言葉、王として心強く思う」


「セレスティア」


「はい」


「そなたが女神ルミエラより勇者に選ばれて、一年が過ぎた。この一年、自分の力を誇って他者を見下すことなく訓練を重ね、グランベル領の民と国境の兵を守ってきたと聞いている」


「身に余るお言葉でございます」


「《勇聖奉告式》では、そなたとリシアが王国の未来を担う者であることを、広く民へ示すことになる」


 セレスの表情が、わずかに引き締まった。


「勇者の名に恥じぬよう、今後も力を尽くしてまいります」


「うむ。だが、一人ですべてを背負う必要はない」


 父は一度、わたくしへ目を向けた。


「聖女がいる。家族がいる。この国にも、そなたとともに戦う者たちがいる。そのことを忘れるな」


「はい」


 短い返事だった。


 けれど、セレスの肩からわずかに力が抜けたように見えた。母が、公の場にふさわしい穏やかな声で続けた。


「王都へよくいらっしゃいました、セレスティア。幼い頃に会った時より、見違えるほど立派になりましたね。王都には、あなたとリシアがそろう日を待ち望んでいた者が大勢おります。滞在中、忙しい日が続くでしょう。どうか身体を大切になさってください」


「ありがとうございます、第二王妃陛下」


 叔母と姪ではなく、第二王妃と勇者として言葉を交わす。それでも、母の目には、セレスとの再会を喜ぶ優しさが浮かんでいた。


 クラウディウス第一王子が、礼儀正しく右手を胸へ添えた。


「王都へのご到着を歓迎いたします、セレスティア殿。勇者と聖女が同じ時代に現れたことは、我が国にとって大きな希望です」


「ありがとうございます、クラウディウス殿下」


「《勇聖奉告式》が滞りなく行われるよう、王族の一人として力を尽くしましょう」


 声音にも表情にも、気になるところはなかった。互いの立場を尊重した、王子と勇者としての挨拶だった。


 ユリウスお兄様が一歩前へ出る。


「久しぶりだね、セレスティア。報告は何度も読んでいるよ。ローガン殿から一本を取ったそうだね」


「はい。今では一度だけではありません」


「それは頼もしい。リシアも、君へ負けまいと随分強くなった」


「手紙で聞いています。後ほど、確かめさせていただきます」


「ほどほどにしておくれ。二人が再会した夜に、王宮の訓練場が壊れたという報告は聞きたくない」


 謁見の大広間に、小さな笑いが広がった。


 セレスも笑っている。


「気をつけます」


 しないとは言わなかった。やはり、セレスは変わっていない。


 フィリップ第三王子も、それに続く。


「お会いできる日を楽しみにしておりました。王都では、セレスティア殿が二十人の騎士を一人で倒したという話でもちきりです」


「一人ずつ相手にしたのではなく、二十人同時です」


「それは失礼しました」


 フィリップ王子は素直に言い直すと、さわやかに笑った。


「機会があれば、ぜひその剣を拝見したいものです」


「喜んで」


 王子たちの挨拶が終わると、宰相アルフォンスが書類を開いた。


「グランベル辺境伯閣下、《勇聖奉告式》までの予定につきましては、この後、別室にてご説明いたします。勇者セレスティア様には、大神殿での祈祷、王国騎士団との儀礼訓練、王都民へのご挨拶にご出席いただく予定です」


「承知いたしました」


「長旅のすぐ後なので、本日は歓迎の夕食以外のご予定を設けておりません。まずは、お身体をお休めください」


 言葉は簡潔で、無駄がない。けれど、宰相の視線はセレスだけでなく、伯父様や父、母や王子たちの間を静かに巡っていた。長く王国の政務を担ってきた者として、この場にいる全員の反応を見ているのだろう。


「セレスティア殿」


 低く、よく通る声が響いた。ヴィクトル王国騎士団長だった。


「国境にて帝国兵と魔物を退けた働き、王国騎士団を代表して感謝申し上げる」


「私は、グランベル領の者として当然のことをしただけです」


「その当然を果たし続けることが、最も難しい」


 ヴィクトル団長が、一歩前へ出る。ただ立っているだけで、空気がわずかに張り詰めた。セレスの青い瞳が、うれしそうに輝く。相手がどれほど強いのか。剣を抜けば、どのように動くのか。きっと、もう考えている。


「お噂は、辺境にも届いております」


 セレスが言った。


「王国最強の剣士であると」


「人が勝手にそう呼んでいるだけだ」


「では、いつか確かめさせていただいてもよろしいでしょうか」


 伯母様が、ほんのわずかに額へ手を当てた。伯父様は止めるどころか、楽しそうにしている。ヴィクトル団長は一瞬だけ目を細め、すぐに口元を緩めた。


「《勇聖奉告式》を無事に終えた後であれば、お相手しよう。陛下のお許しを頂ければ、だが」


「許そう」


 父がすぐに答えた。


「私も、今の勇者がどれほどの力を身につけたのか見てみたい」


「ありがとうございます!」


 その時だけ、セレスの声が年相応に弾んだ。


 テオドール・ヴァレンティス侯爵が、穏やかな笑みを浮かべたまま礼を取る。


「勇者様と聖女様。お二人がこうしてそろわれる姿を拝見し、王都の貴族を代表してお祝い申し上げます」


「ありがとうございます、ヴァレンティス侯爵」


「いずれも王国になくてはならぬお方。《勇聖奉告式》が、我が国の結束をより強くする機会となることを願っております」


 どの言葉にも、不自然なところはない。父にも、母にも、王子たちにも、グランベル家にも偏らず、王国全体の繁栄を願う有力貴族としての祝いの言葉だった。


「今後とも、ご指導をお願いいたします」


 セレスも、礼をもって応じた。侯爵は一礼して下がる。その表情から、何を考えているのかまでは読み取れなかった。


 勇者と聖女がそろった今日を、この場にいる誰もが、それぞれの思いで見つめている。


 けれど、わたくしとセレスが待っているものは同じだった。一年分の言葉を、誰にも聞かれず交わせる時。


 大広間を出ても、説明と夕食が待っている。


 二人だけの夜までは、まだ少し遠かった。

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