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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十二章 王都出会い編編

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第157話 勇者が王都へ来る日

聖女リシア・フォン・アルトリア視点


 セレスがグランベル領を発ってから、十日ほどが過ぎた朝。わたくしは、何度も同じ窓の外を見ていた。


 王宮の正門へ続く大通り。いつもなら、貴族の馬車や騎士たちが行き交うだけの道に、今日は王家の旗とグランベル辺境伯家の旗が並べて掲げられている。


 沿道には、勇者の姿を一目見ようと集まった人々が、すでに何重もの列を作っていた。


「リシア。先ほどから、何度目でしょう」


 背後から母の声がした。


「何のことでしょうか」


「その窓まで歩いていった回数です」


「外の様子を確認しているだけです」


「先ほど侍女が、到着まではまだ半刻ほどあると伝えてくれたはずですよ」


「予定より早く到着することもあります」


 窓から離れ、何事もなかったように母の隣へ戻る。母は、わたくしの顔を見て小さく笑った。


「楽しみなのですね」


「はい」


 隠しても仕方がない。


「セレスと直接会うのは、一年ぶりですから」


 手紙は何度も交わした。セレスが初めて実戦へ出たことも、ローガン殿から一本を取ったことも、二十人の騎士を相手に勝てるようになったことも知っている。わたくしが初めて治癒魔法を使えた日も、《神託》を受けた日も、六人を同時に治せるようになった日も手紙へ書いた。


 けれど、紙に書かれた文字では分からないこともある。怪我はしていないだろうか。勇者として人々の期待を背負い、無理をしていないだろうか。以前と同じように、何も考えず笑えているだろうか。聞きたいことも、話したいことも、数え切れないほどあった。


「到着したら、すぐに会えるのでしょうか」


「王宮の正門でお迎えすることはできます」


 母――アリアーヌ・フォン・アルトリア第二王妃は、少しだけ申し訳なさそうに続けた。


「ですが、まずは謁見があります。その後も、《勇聖奉告式》についての説明と歓迎の夕食が控えています」


「分かっています」


 セレスは、わたくしの従姉妹であり、一番の親友だ。同時に、王国の勇者でもある。グランベル辺境伯家が王都へ到着した以上、家族だけで先に再会を喜ぶわけにはいかない。


「公の場では、わたくしも第一王女として振る舞います」


「ええ」


「ですから、今のうちに少し窓の外を見るくらいは、よいと思います」


「止めてはいませんよ」


 母の声には笑いが混じっていた。


「ただ、あと何度確認するのかと思っただけです」


 返事を考えていると、廊下から足音が近づいてきた。扉の外で、世話役の声がする。


「申し上げます。グランベル辺境伯ご一行が、王都南門を通過いたしました」


 立ち上がる。


 母も腰を上げたが、わたくしよりずっと落ち着いていた。


「参りましょうか」


「はい」


 早足になりそうな自分を抑え、母の半歩後ろを歩く。


 第一王女として。


 聖女として。


 今だけは、そう自分へ言い聞かせた。


 ◇


 王宮の正門前へ、六頭立ての馬車がゆっくりと近づいてきた。先頭を進む騎士が掲げているのは、グランベル辺境伯家の紋章旗。その後ろへ、旅の服の騎士たちと数台の馬車が続いている。沿道から上がる歓声が、王宮の前まで届いていた。


「勇者様!」


「セレスティア様!」


 わたくしが母とともに王宮の階段へ姿を見せた時にも、沿道には大きなどよめきが広がった。


「聖女様だ……!」


「リシア殿下もいらっしゃるぞ!」


 この一年で、わたくしも随分と背が伸びた。月光を溶かしたようだと言われる白銀の髪は腰まで届き、青紫の瞳と雪のように白い肌を引き立てている。以前は人形のようだと言われることが多かった顔立ちにも、少しずつ王女らしい気品が備わってきたらしい。


 白銀に淡い青を重ねた礼装をまとい、聖女の杖を手に立つわたくしへ、民たちは憧れと敬意の入り混じった目を向けていた。自分の姿をそのように意識するのは、少し気恥ずかしい。けれど今日は、王女としても聖女としても、民の期待へ応えなければならない。


 馬車が止まる。


 扉が開き、最初にレオナルド伯父様が降りた。続いて、ローズ伯母様。


 そして。


 伯父様の差し出した手を取り、一人の少女が馬車から降り立った。陽の光を受け、青い髪が鮮やかに輝く。一年余り前より背が伸びている。長い髪の間からのぞく青い瞳は、澄み切った夏空のようだった。


 ローズ伯母様譲りの美しい顔立ちには、最後に会った時まで残っていたあどけなさにりりしさが加わっている。白と青を基調にした礼装も、腰へ下げた剣も、今のセレスには驚くほどよくなじんでいた。


 ただ美しいだけではない。


 見た者の心まで明るくするような華やかさと、国境で剣を振るってきた者だけが持つ強さ。その二つが重なり、一年余り前よりずっと人の目を引く少女へ成長していた。沿道の歓声が、一瞬だけ途切れた。誰もが、馬車から降り立ったセレスへ見ほれたのだ。


 やがて、こらえていた声が一気にあふれ出す。


「勇者様!」


「なんてお美しい……」


「ルミナリア王国の勇者様だ!」


 幼い子どもたちは身を乗り出し、女性たちは感嘆の息を漏らし、騎士を志す少年たちは目を輝かせている。けれど、王宮の階段に立つわたくしを見つけた瞬間、その青い瞳が大きく見開かれた。セレスの右足が、こちらへ踏み出しかける。わたくしも、名前を呼びそうになった。


 けれど、互いに同じところで止まった。


 ここは王宮の正門前。


 左右には近衛騎士と世話役が並び、その向こうでは大勢の民が見守っている。セレスは背筋を伸ばすと、階段の前まで進んだ。右手を胸へ添え、王族へ向ける正式な礼を取る。青空のようにまぶしい勇者と、月光のように静かな聖女。


 対照的な二人が正面から向かい合うと、先ほどまでの歓声が再び静まった。


 民だけではない。


 左右へ並ぶ近衛騎士も、世話役も、ほんの一瞬だけわたくしたちへ目を奪われている。勇者と聖女が同じ時代に現れた。これまで言葉でしか知らなかった奇跡を、初めてその目で確かめたかのようだった。


「ルミナリア王国第一王女、聖女リシア・フォン・アルトリア殿下にご挨拶申し上げます」


 少しだけ、困った。


 幼い頃、一緒に庭を走り回ったセレスから、このようにかしこまったあいさつを受けたことなどない。それでも、わたくしも第一王女として応じる。


「長旅、ご苦労様でした。勇者セレスティア・グランベル。レオナルド・グランベル辺境伯、ローズ夫人。王家を代表し、皆様の王都への到着を歓迎いたします」


「お会いできて光栄です」


 顔を上げたセレスと、目が合った。口元は、礼儀正しくほほえんでいる。けれど、その瞳は、早く話したくて仕方がないと訴えていた。おそらく、わたくしも同じ顔をしている。


「勇者様と聖女様が、おそろいになったぞ!」


 誰かの声をきっかけに、王宮前を揺らすほどの歓声が上がった。互いの名を呼びたい気持ちをこらえながら、わたくしとセレスは民へ向き直り、並んでほほえむ。その瞬間、歓声はさらに大きくなった。


 母が一歩前へ出た。


「兄上、義姉上。よくお越しくださいました」


「久しぶりだね、アリアーヌ」


「お招きいただき、ありがとうございます」


 伯父様と伯母様が礼を取る。公の場であるため、母も二人へ駆け寄ることはない。それでも、三人の声には家族へ向ける温かさがあった。


「陛下がお待ちです。まずは謁見の大広間へ」


 母に促され、わたくしたちは王宮へ入った。セレスは、わたくしの斜め後ろを歩いている。振り返ることはできない。その代わり、廊下の角を曲がる瞬間だけ、わずかに顔を向けた。セレスも同じことをしていた。


 視線が重なり、二人同時に小さく笑う。すぐに前へ向き直った。


 夜になれば、離れていた間の話ができる。けれどその前に、勇者となったセレスは、王国の中心に立たなければならない。


 謁見の大広間の重い扉が、わたくしたちの前でゆっくりと開いた。

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