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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十一章 勇者、聖女の成長2編

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第153話 会える日を想って

 セレスと再会できる日を、ずっと楽しみにしていた。けれど今、その喜びに、もう一つの高鳴りが重なっている。


 報告書の中でしか知らなかった少年。何度もセレスと手紙で話し、いつか会ってみたいと願っていた相手。もしかすると、《神託》で見た少年かもしれない人。


 胸の鼓動が、さらに速くなっていく。


「ずいぶんとうれしそうだね」


 兄に言われ、慌てて表情を整えた。


「セレスと久しぶりに会えるのです。当然です」


「私は、セレスティアのことだけを言ったつもりはないけれど」


「ユリウス」


 母が兄を注意する。


 助けてくれたのだと思い、母を見る。


「あまりからかってはいけません。リシアの頬が、アレス様のお名前を聞いた時から赤くなってしまっています」


「お母様まで……」


 自分の頬へ手を当てる。確かに、少し熱い。


「アレス様のことを知りたいと思うのは、おかしなことではありません」


 母が、今度は優しく言った。


「この一年、あなたは何度もあの方の報告を読み、その言葉から学んできました。セレスティアも、初めてできた同じ年の好敵手として意識しています」


「はい」


「勇者でも聖女でもない同年代の方が、自分たちより先を歩いている。そのことが、二人の励みになっているのでしょう」


「アレス様は、普通の同年代とは呼べない気もします」


 兄の言葉に、父がうなずく。


「そのとおりだ。だからこそ、私も自分の目で確かめたい」


 父の顔から、家族へ向ける柔らかさが消え、国王の顔になる。


「勇者。聖女。そして、王国史上最年少のAランク冒険者。三人が同じ時代に、同じ王国へ現れた」


 偶然だと考えることもできる。けれど、東部では魔物の動きに異変が起きている。わたくしが見た《神託》もある。


 父は、勇者と聖女を人々へ紹介し、アレス様へ褒賞を授けるためだけに日程を重ねたのではない。


「レオナルド、ガレスとともに、東部の守りについても話し合う。お前が受けた《神託》について、もう一度確かめる必要もある」


「はい」


「ただし、奉告式まではまだ時間がある。焦って答えを出す必要はない」


「分かっています」


 神託で見た少年が、アレス様だと決まったわけではない。暗い空も、黒い影も、いつ、どこで起きることなのか分からない。分からないものを、期待だけで結びつけてはいけない。


 それでも。


「お父様」


「何だ?」


「アレス様と、お話をしてもよいでしょうか?」


「もちろんだ。そのために、同じ時期へ招いた」


 父は、わたくしが何を尋ねたいのか分かっているようだった。


「十か月ほど前、お前はアレスへ手紙を書きたいと言ったな」


「覚えていらしたのですか?」


「ああ。第一王女や聖女という立場で送れば、返事を強いることになるかもしれないと考え、やめた」


「はい」


「今度は、直接会える。王女でも聖女でもなく、リシア自身の言葉で尋ねるとよい」


 胸の奥が温かくなる。


「ありがとうございます」


 深く頭を下げた。


「それで、最初に何を尋ねるつもりなんだい?」


 兄が興味深そうに聞いてくる。


「なぜ、誰か一人が死ぬことを、最初から諦めてはならないと考えるようになったのか」


「地竜の倒し方ではないのか?」


「それは、セレスが先に聞くと思います」


「確かに」


 父と兄が同時にうなずき、母が声を上げて笑った。


 ◇


 自室へ戻ると、机の上に一通の手紙が置かれていた。封へ押されたのは、グランベル辺境伯家の紋章。宛名は、見慣れた勢いのある文字で書かれている。


「セレスから……」


 急いで封を開いた。


『親愛なるリシアへ。


 今日、お父様から奉告式の日取りを伺いました。十二日後にグランベル領を出発します。


 もうすぐ、リシアに会えるね。


 手紙は何度も書いたけれど、直接会うのは鑑定の儀式より前が最後だから、話したいことがたくさんあります。


 先に、私の近況を報告します。


 今では二十人の騎士を相手にしても、剣術だけで全員に勝てるようになりました。ローガンからも、ついに一本取ったの。まだ負ける方が多いけれど、次は二本、その次は三本取るつもり。


 今日は、お父様と魔法だけで戦いました。空へ逃げられたから追いかけて、お父様の障壁へ大きな亀裂を入れたの。最後は負けたけれど、袖を少し焦がすことができたわ。


 お母様には、二人ともしかられました。


 それから、アレス君の報告も読みました。


 地竜を倒して、Aランク冒険者になったそうです。四人のパーティも、Aランクに認められました。


 少し悔しい。


 でも、それ以上にうれしくて、今すぐ王都へ行きたくなったの。アレス君も、私たちと同じ時期に王都へ来るんだって。


 今度こそ、本当に会えます。


 まずはきちんとご挨拶をして、それから訓練試合を申し込むつもりです。リシアも一緒に見に来てね。


 私がアレス君から一本取るところを、一番近くで見せるから。


 王都で会える日を、楽しみにしています。


 あなたの従姉妹、セレスティアより』


 最後まで読み、もう一度最初から読み返した。


 セレスらしい。二十人の騎士へ勝ったことも、ローガン殿から一本取ったことも、父親の袖を焦がしたことも、すべて同じ勢いで書かれている。王都へ来ることが、本当に楽しみなのだろう。


 わたくしも、同じだった。


 セレスに会える。幼いころから、いつもわたくしの少し前を走っていた従姉妹。明るく、強く、迷った時には手を引いてくれた、あこがれの少女。勇者になってからも足を止めず、今では二十人の騎士さえ圧倒するほど強くなった。


 そして、アレス様にも会える。まだ声も、顔も知らない。けれど、その言葉を何度も思い返してきた。セレスとは違う形で、わたくしの前を歩いている少年。


 二人に追いつきたい。守られる聖女としてではなく、同じ場所へ立ち、支えられる自分で会いたい。


 便箋を用意し、羽根筆を取った。


『親愛なるセレスへ。


 奉告式の日取りは、わたくしも本日、お父様から伺いました。王都へ到着する日を楽しみにしています。


 二十人の騎士へ勝ったことも、ローガン殿から一本取ったことも、本当におめでとうございます。


 ですが、レオナルド伯父様の袖を焦がしたことは、褒めてよいのか分かりません。王都では、訓練場を燃やさないでください。


 わたくしも、本日、ユリウスお兄様から一本取りました。杖を弾かせ、短剣へ持ち替えて、お兄様のわき腹へ先に届かせたのです。訓練試合全体では負けましたが、次は二本取ります。


 《結界》は、わたくしと、もう一人を同時に守れるようになりました。神聖魔法の加護も、六人へ同時に与えられます。治癒魔法では、今日初めて六人を一度に治しました。


 ですから、セレスだけが強くなったと思わないでください。


 アレス様が王都へ来ることも伺いました。訓練試合を申し込む前に、きちんとご挨拶をしてください。それから、わたくしも一緒にお話しします。


 セレスが戦っている間、見ているだけでいるつもりはありません。


 わたくしには、アレス様へお尋ねしたいことがあります。何を聞くのかは、王都で会ってからお話しします。


 もうすぐ、あなたと同じ場所に立てることを、心からうれしく思います。気をつけて王都へ来てください。


 あなたの従姉妹、リシアより』


 書き終えた手紙を読み返す。少し、負けず嫌いに見えるだろうか。けれど、セレスにはこれくらいでよい。


 きっと手紙を読みながら笑い、王都へ着いた途端、どちらが強くなったか確かめようと言うはずだ。


 封を閉じ、侍女へ伝書魔鳥で送るよう頼んだ。


 窓の外では、王都の灯りが夜の闇へ浮かび始めている。この街へ、セレスが来る。アレス様が来る。


 勇者と聖女として選ばれたあの日から、間もなく一年。別々の場所で歩いてきた三人が、初めて同じ場所へ集まる。


 胸の前へ手を置いた。


 訓練試合を終えた時よりも、《範囲治癒》を成功させた時よりも、心臓が強く鼓動している。


「もうすぐ、お会いできるのですね」


 誰もいない部屋で、小さくつぶやく。


 窓へ映る自分の頬は、また少し赤くなっていた。けれど、胸を高鳴らせているのは、恥ずかしさだけではない。


 勇者と聖女と、王国史上最年少のAランク冒険者。


 三人が顔を合わせた時、きっと何かが始まる。まだ形さえ見えない未来が、すぐそこまで来ている気がした。

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