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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十一章 勇者、聖女の成長2編

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第148話 袖へ届く閃光

 一歩目で十歩。


 二歩目で、さらに上へ。


 空中へ小さな風の塊を作り、それを足場に駆け上がる。白い光の中を、一直線に昇った。


 お父様の姿が見えた。片腕で目元をかばい、もう片方の手を地上へ向けている。


「そこです!」


「《光刃(コウジン)》!」


 右手へ光を集める。剣ではない。細く、鋭い光の刃だ。


 お父様の障壁へ、光の刃を振り抜いた。


 甲高い音が空へ響き、風と雷の障壁に大きな亀裂が走った。


「あと少し!」


「本当に、やるね」


 お父様の顔が、すぐ近くにあった。驚いている。それ以上に、うれしそうだった。


「だけど、空ではまだ私の方が上だ」


 真下から風が吹き上がり、足場にしていた風を、お父様の魔法が奪っていく。


「あっ」


 身体が傾いた。飛行できない私には、空中で立て直す方法がない。そのまま地面へ落ち始める。


「まだです!」


「《光弾(コウダン)》!」


 落下しながら、お父様へ光の弾を放つ。


 一発。


 二発。


 三発。


 お父様は空を滑るように動き、すべてを避けた。


 地面が近づく。風を下へ放って落下の勢いを弱めると、着地した瞬間、膝が深く沈んだ。


 顔を上げる。お父様がいない。


「後ろです、セレスティア様!」


 誰かの声が、結界の外から聞こえた。


 振り返るより先に、《光障壁(コウショウヘキ)》の背面へ衝撃が走る。青白い雷が、障壁の表面を駆け抜けた。


 お父様は《飛行(ヒコウ)》を解き、私が落ちるより先に地上へ降りていたのだ。


「《光壁(コウヘキ)》!」


 背後へ新たな光の壁を作り、雷を受け止める。次は、正面から刃のような風が迫った。


 身体を捻り、ぎりぎりでかわす。頬の横を風が通り、結んでいた青い髪が大きく揺れた。


 攻撃が止まらない。


 空から地上へ。距離が変わっても、お父様の魔法は少しも乱れない。


「《炎槍(エンソウ)》!」


 炎の槍を放つ。お父様は《風壁(フウヘキ)》で逸らした。


 分かっていた。曲げられた炎の槍が地面へ刺さる寸前、指を握る。炎が弾け、火の壁となってお父様の姿を隠した。


「《雷槍(ライソウ)》!」


 その向こうへ、雷の槍を放つ。


 火の壁を雷が貫いた。


 強い爆発。


 熱風が演習場を走り、防護結界が大きく震えた。


「今度こそ――」


 煙の向こうで、人影が動いた。お父様が、炎の中から歩いてくる。


 障壁には、先ほど私がつけた亀裂が残っていた。けれど、破れてはいない。左の袖だけが、少し焦げている。


「お父様の服を焦がしました!」


「今日一番の成果が、それなのかい?」


「まだ終わっていません!」


「そうだね」


 お父様が右手を上げる。雷が集まった。


 大きい。


 これまでで最も強い魔法が来る。


「《光壁(コウヘキ)》!」


 正面に三枚。さらに左右へ一枚ずつ、光の壁を展開する。


 受け止めて、反撃する。


「《雷光砲(ライコウホウ)》」


 青白い光が放たれ、正面の光壁へ直撃する。


 一枚目が砕けた。二枚目へ亀裂が走る。


 三枚目で、止まった。


「止めました!」


「正面はね」


 声が、横から聞こえた。左右へ置いた光壁のさらに外で、地面を走っていた細い雷が、私の背後へつながっている。


 大きな雷は、私の視線と障壁を正面へ集めるためのものだった。


「しまっ――」


 背後から雷が弾けた。身体へ直撃する威力ではない。けれど、足元の土が大きく跳ね上がり、地面を支えていた風が乱される。


 体勢を崩したところへ、横から風が押し寄せた。


 踏み止まる。


 靴が、地面を滑る。


 白い線が近づく。


 止まらない。


「《光壁(コウヘキ)》!」


 最後の一枚を前へ出し、風を受け止める。


 そのまま、両足が円の外へ出た。


「そこまで!」


 ローガンの声が、演習場へ響いた。風が消え、青白い雷も火の壁も同時に消える。


 残ったのは、焼けた地面から上がる煙と、私の荒い呼吸だけだった。


「勝者、レオナルド・グランベル辺境伯!」


 結界の外から、大きな歓声が上がった。


 悔しい。


 あと少しで、障壁を破れた。空へも届いた。服だって焦がした。


 それでも最後には、お父様の大きな雷だけを見て、足元を走る小さな雷へ気づけなかった。


「もう一度です」


 円の中へ戻ろうとする。けれど、足が動かなかった。力が抜け、膝から崩れそうになる。


「おっと」


 地面へ座り込む前に、お父様が身体を支えてくれた。


「魔力を使い切っている。今日は終わりだよ」


「まだ、少しくらい残っています」


「それは、身体を動かすために必要な分だ。使ってはいけない」


「あと一度だけ」


「駄目だよ」


「勇者なのに?」


「勇者でもだ」


 鑑定の儀式の日と同じ答えだった。悔しくて頬を膨らませると、お父様が声を上げて笑った。


「何がおかしいのですか?」


「いや。どれほど強くなっても、セレスはセレスだと思ってね」


「褒めていますか?」


「もちろん。とても誇らしいよ」


 頭へ手を置かれる。子ども扱いしないでと言おうとしたけれど、今日はそのままなでられることにした。


「あと少しでした」


「ああ。正直に言えば、ここまで追い詰められるとは思っていなかった。《雷鎖》も、《火球》を目印にしていたとは気づかなかったよ」


「では、もう一度戦えば勝てます」


「次は私も知っているから、同じ手は通じない」


「別の方法を考えます」


「そう言うと思った」


 お父様が、焦げた袖を持ち上げる。


「これを見た君のお母様に、何と説明しようか」


「セレスが焦がしたと、正直に言えばよいのです」


「私が娘に服を焼かれたと、領民へ知られてしまうね」


「もう全員見ています」


 演習場を囲む人々へ目を向ける。騎士も兵士も魔導士も、興奮した顔で私たちを見ていた。


 結界が解除されると、歓声が一気に近くなる。


「すごかったです、セレスティア様!」


「空を駆け上がられたぞ!」


「辺境伯様の障壁へ、亀裂を入れられた!」


「あの《雷帝》を、あそこまで……」


 若い魔導士たちの目には、恐れと敬意さえ浮かんでいた。


 午前は二十人の騎士を倒し、ローガンから一本を取った。午後は王国最強の魔導士と、演習場全体を使って戦った。


 周囲の目に、今の私はどう映っていたのだろう。強く、美しく、戦うたびに新しい力を見せる勇者。その姿へあこがれ、心を奪われる者が増えていることを、私はまだ正しく理解していなかった。


 ただ、集まった人たちが自分のことのように喜んでくれている。それがうれしくて、一人一人の顔を見ながら手を振った。歓声が、さらに大きくなる。


「ずいぶんと人気者になったね」


 お父様が、少しだけ寂しそうな顔をした。


「お父様も人気があります」


「娘への歓声とは、種類が違う気がするよ」


「レオナルド」


 人垣の向こうから、お母様が歩いてくる。


「はい」


「無理をしすぎないようにと、申し上げましたね?」


「無理はしていないよ」


「演習場の地面が、半分ほど焼けています」


「地面は直せる」


「結界を張った魔導士の半数が、座り込んでいます」


「後で私が魔力を――」


「あなたの袖も焼けています」


 お父様が、私の後ろへ半歩隠れた。王国最強の魔導士が、娘を盾にするような動きだった。


「セレスが、とても強くなっていてね」


「見ていました」


「あれほどの魔法を受ければ、私も少しくらい本気を出さなければならない」


「楽しそうでしたね」


「……否定はしないよ」


 お母様は小さく息を吐いた後、私の頬へ手を添えた。


「けがはありませんか?」


「はい。《光障壁》がすべて防いでくれました」


「魔力は?」


「ほとんど残っていません」


「今日はもう、訓練をしてはいけません」


「分かっています」


「荷造りも、明日にしなさい」


「ですが、王都へ持っていく物を――」


「明日です」


 笑顔で言われた。


「……はい」


 お父様と顔を見合わせる。


 やはり、二人で戦ってもお母様には勝てそうになかった。


 それでも今夜、済ませておきたいことが一つだけある。


 自室の机では、アレス君の新しい報告書が、まだ壁へ貼られるのを待っていた。

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