第146話 勇者、二十人を越える
勇者セレスティア・グランベル視点
訓練場では、二十人の騎士が私を囲んでいた。全員が正式な騎士の試験を通り、国境での実戦も経験している。三か月余り前は、同じ程度の実力を持つ五人と戦い、勝った後には地面へ座り込んでいた。
今日は、その四倍となる二十人。それでも、負ける気はしなかった。
「魔法は使わない。剣術、身体強化、《闘気》だけで戦うわ」
私が告げると、騎士たちの顔がわずかに引き締まる。
「勇者様。二十人を相手に、制限を設けられるのですか?」
「魔法まで使ったら、訓練場が壊れてしまうもの」
「それは、我々では相手にならないと?」
正面に立つセドリックが尋ねた。挑発するような言葉とは違い、その目は笑っている。
「そうよ」
素直に答えると、周囲で見ていた兵士たちから笑いが起きた。
「そこまで言われては、意地を見せねばなりませんな」
「最初から、そのつもりでお願い」
長い青髪を高い位置で一つに結び、木剣を構える。二十人の騎士も、それぞれの武器を構えた。剣、槍、盾。剣と槍は訓練用に刃を潰してあるが、当たれば骨が折れるほどの重さがある。盾も同じく、まともに受ければ無事では済まない。
訓練場を囲むように、騎士や兵士、使用人たちが集まっていた。鑑定の儀式を受けた直後は、私を見る目に期待と不安が混ざっていたが、今は違う。
誰も、守られるだけの辺境伯令嬢を見ていない。
勇者だから、というだけでもない。
毎朝剣を振り、国境へ出て、魔物の血を浴び、それでも逃げずに戻ってきた私を知っている者たちの目だった。
「始め!」
二十人が、一斉に動いた。正面から盾を構えた四人が進み、そのすき間から槍が突き出される。左右へ回った剣士が逃げ道をふさぎ、後ろの六人は私が囲みを抜けた時に備えていた。
三か月余り前なら、最初の囲みを破るだけで全力を使っていた。けれど今は、すべて見える。
盾を持つ者の重心。
槍の穂先が向かう先。
剣士が次に踏み込む足。
後方で指示を出すセドリックの呼吸まで。
右脚へ《闘気》を集める。青白い光が、訓練靴を薄く包んだ。
「はっ!」
一歩で、四枚の盾の直前まで入る。正面へぶつかる寸前に身体を低く沈め、突き出された槍の下を潜ると、一番左の盾へ木剣の腹をたたきつけた。
打ち破る必要はない。
盾の角度を、ほんの少し変えるだけでいい。
弾かれた盾が隣の盾へぶつかり、四人の足並みが乱れる。そのすき間へ肩を滑り込ませ、囲みの内側へ抜けた。
「後ろだ!」
声が上がった時には、一人の膝裏を木剣で払っていた。
「一人!」
判定役のローガンの声が響く。
倒れた身体を踏まないよう飛び越え、迫る剣を受け流す。手首を返して一人の木剣を弾き、空いた胸当てへ切っ先を触れさせた。
「二人!」
「三人!」
「四人!」
一人を倒すたび、囲みが狭くなるのではない。互いを守ろうと騎士たちの動きが集まり、私が進める道が見えるようになる。槍を木剣で巻き取り、持ち主の身体ごと隣の剣士へぶつける。背後から迫った剣を頭を下げてかわし、振り向かずに木剣の柄頭で腹を打った。
身体強化を全身へ巡らせる。
《闘気》は、必要な場所へ必要な瞬間だけ。
脚。
手首。
木剣の切っ先。
力を使い続けるのではなく、一撃ごとに流す場所を変える。
「十一人!」
半分を超えた時、セドリックが前へ出た。
「残った者は、私に合わせろ!」
九人の呼吸がそろう。これまでのように個々で私を追ってこない。セドリックを中心に半円を作り、少しずつ壁際へ追い込もうとしていた。
「同じ手は通じませんよ、勇者様!」
「私も、同じ手を使うつもりはないわ」
私は前へ出た。驚いたのは、セドリックたちの方だった。逃げ道を探すと思っていたのだろう。
正面から振り下ろされた剣を、木剣で受ける。力では押し返さず、刃を滑らせて進む向きをわずかにそらし、そのまま懐へ入った。
セドリックの肩へ、木剣の柄頭を触れさせる。
「十二人!」
指揮を失った八人が、それでも同時に踏み込んだ。
遅い。
最初の剣をかわし、二本目を受け、三本目の持ち主の足を払う。倒れた騎士の身体を避けようと、後ろの者が足を止めた。
その一瞬で十分だった。
「二十人! そこまでです!」
ローガンの声が響いた。最後の一人ののど元へ、木剣の切っ先を止めていた。
訓練場が静まり返る。乱れた呼吸を整えて剣を下ろすと、二十人の騎士は地面へ座り込んだり、互いの肩を借りたりしながら、あきれたように私を見ていた。
「本当に、魔法を使わず全員倒してしまわれた……」
「二十人もいたのだぞ」
「三か月余り前は、五人で地面へ座らせたはずだ」
「次は四十人、集めるしかないのではないか?」
「誰が集めるんだ。お前が相手をしろ」
騎士たちの声に、周囲から笑いが起きる。やがて、その笑いは大きな歓声へ変わった。
「さすがです、セレスティア様!」
「勇者様、万歳!」
「グランベルの勇者様に続け!」
何十もの声が、訓練場へ響く。以前なら、そのすべてを勇者という名へ向けられたものだと感じていたかもしれない。
今は違うと分かる。毎日同じ訓練場へ立ち、私が転び、負け、立ち上がる姿を見てきた者たちだ。彼らは《勇者》という名前だけではなく、私が積み重ねてきたものへ声を上げてくれている。
胸を張り、声の一つ一つを受け止めた。
訓練場の端では、若い騎士たちがあこがれを隠そうともせず私を見つめていた。最近では、朝日を受けて輝く青い髪や母譲りの顔立ちを、「剣を構えれば誰より勇ましく、笑えば年相応に愛らしい」とささやく者もいる。
私が通れば、騎士たちが自然と姿勢を正す。私の訓練へ加わるための志願者も増えた。国境へ出る部隊の中には、「勇者様に恥じぬ戦いを」と互いに声をかける者までいるという。
勇者に選ばれたから従うのではない。
私と一緒に戦いたい。私になら背中を預けられる。
そう思ってもらえることが、何よりうれしかった。
「まだ、終わっておりません」
歓声の中でも、ローガンの声はよく通った。
「二十人との戦いは、終わりました」
「私との訓練が残っております」
ローガンが木剣を構える。歓声が止み、代わりに期待を含んだざわめきが広がった。
三か月余り前、私は《闘気》を使い、ローガンを半歩だけ動かした。けれど今は、半歩ではない。この一月だけで、七度もローガンから一本を取っている。
もちろん、負けた回数の方がまだ多い。それでも、何をされたのか分からないまま地面へ転がされることは、もうなかった。
「疲れているからと、手加減はしません」
「望むところよ」
木剣を構える。
「始め」
先に動いたのは、ローガンだった。姿が消えたように見える踏み込み。
けれど、今は見える。
剣ではなく、肩を見る。
踏み込む足ではなく、腰を見る。
突きが来る。木剣を斜めに立て、切っ先を滑らせた。頬のすぐ横をローガンの剣が通り過ぎる。そのまま手首を返し、胴へ斬り込んだ。
ローガンが半歩退く。
追わない。
踏み込めば、待っている。
私が止まった瞬間、ローガンの目がわずかに細くなった。次は、左右どちらから来ても同じ形へつなげられる構え。私が反応した方と逆へ剣を返すつもりだ。
ならば、反応しなければいい。
ローガンの剣が右肩へ向かう。避けずに、前へ出た。
「なっ――」
肩へ当たる直前、木剣の進む向きが変わる。やはり、寸前で反対へ返すつもりだった。けれど、私が間合いの内側へ入ったことで、返すための距離がない。
ローガンの左手首へ自分の左手を添え、剣を持つ右手を下から押し上げ、そのまま身体を入れ替えた。
気づけば、私の木剣はローガンの首筋へ触れている。ローガンの木剣は、私の背後で止まっていた。
「そこまで!」
判定役を代わったセドリックが、誰より大きな声で叫んだ。
一瞬の静寂。次の瞬間、先ほどを上回る歓声が訓練場を揺らした。
「お見事です」
ローガンが剣を下ろし、深く頭を下げる。
「勝ったわ」
「はい」
「二十人と戦った後でもね」
「そのようでございます」
「もう少し、悔しそうにしてもいいのよ?」
「弟子が強くなったことを、師が悔しがる理由はございません」
相変わらず、表情はほとんど変わらない。けれど、ほんの少しだけ口元が緩んでいた。
「ただし、次は同じ手を使わせません」
「私も、次は別の手を考える」
「では、明日の朝に」
「うん!」
「いや。その前に、今日は私の番だよ」
聞き慣れた声に振り返る。
訓練場の入口に、お父様が立っていた。いつから見ていたのか、腕を組み、とても楽しそうに笑っている。
「お父様?」
「二十人の騎士を倒し、そのままローガンから一本。ずいぶんと強くなったね、セレス」
「はい」
「迷いなく認めるのだね」
「事実ですから」
「よい答えだ」
お父様の周囲で、青白い火花が小さく弾けた。
「午後は、私と魔法戦をしよう」
「本気で、ですか?」
「もちろん。剣術だけを見て、王都へ送り出すわけにはいかないからね」
疲れていたはずの身体に、力が戻ってくる。
王国最強の魔導士。
《雷帝》レオナルド・グランベル。
魔法戦では、これまで一度も勝ったことがない。
「受けて立ちます」
「やる気だね」
「今日こそ、お父様を地面へ落とします」
「空へ上がる前提なのかい?」
「お父様は、すぐ《飛行》で逃げますから」
「逃げるのではないよ。空も戦場として使っているだけだ」
「今日は、その言い訳ごと撃ち落とします」
お父様が、ますます楽しそうに笑った。
「いいね。では、昼食の後に」
王都へ出発するまで、あと十二日。
地竜を倒したAランク冒険者が、どれほど強いのかは分からない。けれど、報告書を読んで驚いているだけで会うつもりはなかった。
私も、この一年をただ待っていたわけではない。勇者セレスティア・グランベルが、どれほど強くなったのか。
まずはお父様へ、見せて差し上げます。




