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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十一章 勇者、聖女の成長2編

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第144話 変わったデボルト子爵

勇者セレスティア・グランベル視点


 モルガン・デボルト子爵が、再びグランベル城へやってきた。その名を聞いた時、私は三か月余り前の出来事を思い出した。


 油で固めた七三分けの髪。指という指を飾っていた宝石。部屋へ入った瞬間に分かるほど強い香水。そして、私のためだと言って持ってきた、金貨千枚もする宝石だらけの儀礼剣。


 あの時のデボルト子爵は、箱を運んでいた若い付き人が手を切っても、けがを気遣おうとはしなかった。それどころか、献上品を汚したと怒鳴り、家族まで罰しようとした。


 私はあの人が苦手だった。だから今日も、お父様とお母様の隣へ座りながら、ほんの少しだけ身構えていた。


「モルガン・デボルト子爵、参上いたしました」


 扉が開き、一人の男が来客を迎える広間へ入ってくる。最初、別人なのかと思った。


 大きく張り出していた腹は、まだ細いとは言えないものの、以前より明らかに小さくなっていた。金糸で飾られた服ではなく、濃い灰色の簡素な上着を身につけ、両手からは宝石の指輪が消えている。


 七三分けの髪型は変わっていなかったけれど、光を弾くほど塗られていた整髪油も、むせ返るような香水の匂いもなかった。


 何より違っていたのは、その顔だった。以前のように、相手の機嫌をうかがうための大きな笑みを浮かべていない。


 緊張しているのか、額には汗がにじみ、口元は固く結ばれている。それでも背筋を伸ばし、お父様の正面まで自分の足で歩いてきた。


「お久しぶりだね、デボルト子爵」


「はい。先日は、大変失礼いたしました」


 子爵は余計な賛辞を一つも口にせず、深く頭を下げた。その後ろには、以前と同じ若い付き人が立っている。右手に傷痕は見当たらず、今日は重い箱ではなく、数冊の帳簿を抱えていた。


「顔を上げてくれ。今日は、どのような用件かな?」


「まず、以前の非礼をおわび申し上げたく参りました」


 子爵は顔を上げると、お父様ではなく私を見た。


「セレスティア様。わしは以前、あなた様へ金貨千枚の儀礼剣を献上いたしました」


「覚えています」


「あれは、セレスティア様のための品ではございませんでした。勇者様へ高価な品を贈ったという実績を作り、グランベル家へ取り入ろうとしただけの物でございます。あなた様がどのような剣を使い、何を守ろうとしておられるのか、知ろうとさえしておりませんでした」


 あまりに正直な言葉に、すぐには返事ができなかった。三か月余り前、私はお父様へ同じことを言った。あの方が話しかけていたのは、私ではなく《勇者》です――と。


「ずいぶんと率直だね」


 お父様が言った。


「取り繕える立場ではないと、ようやく思い知りました」


 デボルト子爵の声には、以前のような甘さがなかった。


「わしは領民から必要以上の税を取り立て、逆らえぬ者を踏みつけ、得た金で己を飾っておりました。以前の儀礼剣も、その金で作らせた物です。あの剣は、辺境伯閣下がおっしゃったとおり売却し、代金を負傷した五人の兵士とそのご家族へお渡しください」


「すでにそうしているよ」


「ありがとうございます」


 子爵がもう一度頭を下げる。以前なら、自分の贈った剣が売られたと聞けば、笑顔の下で腹を立てていたはずだ。けれど今は、安心したように息を吐いていた。


「それから、本日は別の品をお持ちいたしました」


 私は無意識に扉の方を見た。また大きな箱が運ばれてくるのかと思ったのだ。けれど、扉は開かなかった。


「城の外へ、荷馬車二十四台を待たせております。麦と豆、塩漬け肉、干し魚、塩、灯火用の油。清潔な布と包帯、傷薬の材料となる薬草。蹄鉄、革ひも、弓のつる、矢尻、鎧を補修するための鉄板と鉄びょう。それから、砦の壁や見張り台を修理するための釘と工具でございます」


 お父様の表情が変わった。


「ずいぶんと、こちらの事情を調べたようだね」


「はい。グランベル領がこの一年で近隣から買い入れた品と、国境で負傷した兵士の数を調べました。先月の帝国兵との衝突で、北東の二つの砦が多くの矢と医療用品を消費したことも承知しております」


「その情報を、どこから?」


「悪い方法で得た情報ではございません。街道を行き来する商人へ尋ね、我が領の関所に残された荷の記録を確認いたしました。分からない部分は、事前に城の物資を管理する方へ問い合わせ、教えていただいたものです」


 子爵が後ろへ目を向ける。若い付き人が一歩前へ出ようとした時、抱えていた帳簿の一冊がずれた。


「おっと」


 デボルト子爵が、落ちかけた帳簿ではなく、付き人の腕を先に支えた。


「無理に持つな。手は大丈夫か?」


「は、はい。問題ございません」


「なら、半分はこちらへ渡せ」


「ですが、子爵様にお持ちいただくわけには――」


「わしが持って悪い決まりなどない」


 子爵は二冊の帳簿を受け取り、自分の腕へ抱えた。ほんの短いやり取りだった。けれど私は、目を離すことができなかった。


 前回、同じ付き人の手から血が流れた時、子爵が最初に見たのは宝石の剣だった。今日は帳簿より先に、付き人の身体を支えた。


 お父様も、その姿を静かに見ていた。


「これらの品と引き換えに、何を求めるつもりだい?」


「何も求めるつもりはございません」


「二十四台分ともなれば、安い額ではない。理由もなく受け取ることはできないよ」


「理由はございます」


 デボルト子爵は、まっすぐにお父様を見た。


「我が領が王都と品を売り買いして豊かでいられるのは、グランベル領が帝国を、アークハルト領が魔の森を食い止めてくださっているからです。これまでのわしは、それを当然のことだと思っておりました。守られるだけで、守る者へ何も返してこなかった」


 子爵の腕の中で、帳簿の革表紙がわずかにきしむ。


「不正に蓄えた金品の返還と、被害を受けた領民への補償を進めております。そのうえで残った、領主家が正しく使える金から用意いたしました。王国東部を守るために、お受け取りいただきたい」


「以前の君なら、勇者個人へ高価な品を贈っただろうね」


「はい。そして、見返りを求めました」


「今日は、セレスへの贈り物は?」


「ございません」


 デボルト子爵は、迷うことなく答えた。


「セレスティア様へ何が必要か、わしにはまだ分かりません。分からぬまま高価な物を選べば、以前と同じ過ちを繰り返します」


 その答えに、胸の奥が少しだけ温かくなった。


「でしたら、私への贈り物も、今お持ちになった品の中にあります」


「と、申しますと?」


「国境で戦う兵士が傷ついた時、すぐに使える包帯と薬があります。壊れた鎧を直せます。砦で温かい食事を作れます。それは、私が金貨千枚の剣を頂くより、ずっとうれしいことです」


 子爵の目が大きく見開かれた。


「……ありがとうございます」


 今度の礼は、以前のように大げさではなかった。短く、深く頭を下げただけだった。


「デボルト子爵」


 お父様が静かに呼びかける。


「はい」


「君がこれまでしてきたことは、今日の品だけで消えるものではない」


「承知しております」


「だが、過去が消えないからといって、正しい行いまで無意味になるわけでもない。品はすべて中身を確認し、正式な記録を残したうえで受け取ろう」


「ありがとうございます」


「今後も、言葉ではなく行動を見せてほしい」


「はい。必ず」


 その言葉を聞きながら、私は以前、お父様から教わったことを思い出していた。言葉ではなく、何をするのかを見る。あの日の私は、見たものだけで人のすべてを決めてはいけないと教えられた。けれど、見たものを忘れる必要もない、とも。


 だから、以前のデボルト子爵を忘れない。今日のデボルト子爵も、忘れない。どちらか一方だけが、本当の姿なのではないのだと思う。


 人は間違える。けれど、自分が間違っていたと認め、その後の行動を変えることもできる。


 デボルト子爵は、退出する前に私の方を向いた。


「セレスティア様。以前、負傷したこの者から、どうしてもお返ししたいものがあるそうです」


 子爵の後ろで、あの若い付き人が一歩前へ出た。その両手で、何かを大切そうに抱えていた。

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