第143話 三人が集う王都へ
新連載
『婚約破棄され、冒険者パーティも追放されたモブ貴族です~前世の知識と転生特典で借金を返して楽しく生きるつもりが、いつの間にか英雄になりそうです~』
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宴が半ばを過ぎたころ、私は風に当たるため、広間に続く露台へ出た。夜空には雲一つなく、遠くに見える領都の灯りが静かに瞬いている。以前より灯りの数が増え、夜まで店を開ける商人や、街道沿いに新しく建つ宿も増えていた。
「父上」
振り返ると、アレスが立っていた。
「どうした?」
「一人で外へ出られたので」
「少し風に当たりたくなっただけだ」
アレスが隣へ並ぶ。身長はこの一年で少し伸びた。それでも、横に立てばまだ私の肩にも届かない。この小さな身体で地竜と戦ったのだと思うと、改めて現実離れしていた。
「覚えているか? 一年近く前、鑑定の儀式を終えた日のことを」
「はい」
「お前は家族へ謝り、次の朝から訓練を始めた」
「あのままでは、何も守れませんでしたから」
十二歳の子どもが口にするには、あまりにも重い言葉だった。時折、アレスはこのような目をする。
はるかに長い年月を生き、大切なものを失った者の目。
一年近く前から消えない違和感は、今も私の中に残っている。だが、レオナルドから言われた言葉も覚えていた。分からないことを、分かったつもりになるべきではない。今できるのは見守ること。そして、何が起きても守れるよう備えることだ。
「あの時、私はお前が自分の道を見つけたのだと思った」
「間違ってはいません」
「ああ。だが、お前が見つけたのは、自分一人が進む道ではなかった」
私は領都の灯りへ目を向けた。
「お前が前へ進むたび、家族が変わり、使用人が変わり、騎士たちが変わった。お前が持ち帰った素材で領地の守りを強くし、村の願いにも応えられた。この一年、お前は自分だけでなく、アークハルト家と領地全体を前へ進ませた」
「俺一人の力ではありません」
「分かっている。素材を加工する職人も、売る商人も、工事を行う者も、それを守る騎士も必要だ。だが、最初の一歩をお前が持ち帰ったことも事実だ」
アレスは何も答えず、静かに私の言葉を聞いていた。
「十一か月ほど前、私はお前に追い越されまいと思っていた」
「父上が?」
「二人の騎士を倒したお前を見てな。父親らしい背中を見せられる間は、追いつかせるものかと考えた」
「それで、早朝の訓練を増やされたのですか?」
「気づいていたのか」
「毎朝、訓練場にいましたから」
「そうだったな」
思わず、二人で小さく笑う。
「戦う力では、もう私を超えた」
アレスがこちらを見た。
「地竜を倒したお前へ、父親の意地だけで違うと言うつもりはない」
「戦う力だけです」
「それだけでも、十分に大きなことだ」
「父上は、領主として領地を守ってこられました。俺には、まだできません」
「ならば、これから学べばよい」
「はい」
「私も、まだお前へ教えられることが残っているらしい」
「たくさんあります」
即座に返ってきた言葉に、胸の奥が温かくなった。
「アレス」
「はい」
「お前は、私の誇りだ」
アレスの目がわずかに見開かれた。ほんの短い沈黙の後、あの子は深く頭を下げた。
「ありがとうございます、父上」
その声は、地竜を倒したAランク冒険者のものではない。父に褒められた、十二歳の息子のものだった。
その時、広間の扉が勢いよく開いた。
「旦那様!」
オルドが、普段の落ち着きからは考えられない足取りで露台へ向かってくる。
「どうした?」
「王都より、王家の使者がお越しでございます」
広間のにぎわいが、一瞬で静まった。
「王都から?」
「はい。国王陛下の親書を、旦那様とアレス様へ直接お渡ししたいと」
私とアレスは顔を見合わせた。祝宴の夜に、王都からの使者。偶然とは思えなかった。
「すぐにお通ししろ」
「承知いたしました」
◇
王家の使者は、長旅のほこりが残るマントを身につけたまま、広間へ入ってきた。本来なら着替えと休息を勧めるべきだが、使者は先に役目を果たしたいと申し出た。付き人がささげ持つ箱から、一通の親書が取り出される。
赤い封蝋へ刻まれているのは、アルトリア王家の紋章。間違いなく、国王陛下からの親書だった。
「ガレス・アークハルト男爵。ならびに、ご跡継ぎアレス・アークハルト様。国王陛下の命により、こちらをお届けいたします」
私は使者から親書を受け取り、封を切った。
広間にいる全員の視線が、手元へ集まっている。私は内容へ一度目を通し、間違いがないことを確かめるため、もう一度最初から読み返した。
「父上。何と?」
アレスに尋ねられ、私は親書から顔を上げた。
「陛下は、お前が冒険者として多くの民を救ったことを高く評価しておられる。魔の森の奥の情報を持ち帰り、Sランク下位指定魔物《地竜》を退治したこともだ」
アレスは黙って続きを待っている。
「その功績に対し正式な褒賞を授けるため、私とお前に王城へ来るようにとのご命令だ」
広間にどよめきが広がった。
「アレス兄上は、王様に褒めていただけるのですか?」
リリアが目を輝かせる。
「そういうことだ」
「すごいです!」
リリアが自分のことのように喜び、カイルも興奮した顔でアレスを見ている。だが、エレナとオルド、ダリオの表情には、喜びだけではないものが浮かんでいた。
王都へ名が届き、国王陛下から功績に対する褒賞を授けられる。それは大きな名誉であると同時に、これまでアレスを知らなかった者たちからも注目を集めるということだった。
「出発まで、どれほどありますか?」
アレスが尋ねる。
「二週間だ」
「ずいぶんと急じゃのう」
ルナが手紙をのぞき込もうとする。
「王都までの日程を考えれば、支度に使える時間はそう多くない」
「わらわたちも行くぞ」
「ルナ様がおいでになるのであれば、私も必ずお供いたします」
「俺も行く」
「待て。招かれているのは、私とアレスだ。同行者については、これから使者へ確認する」
「Aランクパーティを離してどうするのじゃ」
「王都へ地竜が出るわけではない」
「出ぬとは限らぬであろう」
「王都の中に地竜が現れたら、先に王国の守りを心配すべきだ」
ルナは不満そうだったが、ひとまず口を閉じた。
「ガレス男爵」
使者が一歩前へ出る。
「もう一つ、お伝えするよう命じられております」
「何でしょう」
「同じ日、勇者セレスティア・グランベル様と、聖女リシア・フォン・アルトリア殿下を王国中へ正式にお示しする《勇聖奉告式》も執り行われます。グランベル辺境伯家へも、すでに王都から使者が向かっております」
私は、手紙を持つ手へわずかに力を込めた。
勇者セレスティア・グランベル。
聖女リシア・フォン・アルトリア。
そして、アレス・アークハルト。
三人は同じ十二歳で、同じ日に鑑定の儀式を受けた。セレスティア様は《勇者》に選ばれ、リシア殿下は《聖女》に選ばれた。その日、アレスにも《超再生》という常識外れの力が現れ、まるで別人のように歩き始めた。
一年近く前、私はレオナルドへ尋ねた。三人の身に、同じ日、常識では測れないことが起きたのは、偶然だと思うか、と。
あの時は分からなかった。今も理由は分からない。だが、別々の場所で力を得て、それぞれの道を歩んできた三人が、今度は同じ日に王都へ招かれる。
勇者と聖女。そして、最弱と呼ばれる《武闘家》から、王国史上最年少のAランク冒険者となった私の息子。
これは、ただアレスへ褒賞を授け、勇者と聖女を皆へ示すためだけの招集なのか。それとも、三人の道が交わるべき時が来たということなのか。
答えは、王都にある。
「アレス」
「はい、父上」
「王都へ行くぞ」
「はい」
アレスは迷うことなくうなずいた。
鑑定の儀式から、間もなく一年。同じ日に歩みを変え、別々の場所で力を磨いてきた三人。その三つの道が今、王都で初めて交わろうとしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
これにて『第十章 初代アークハルトの遺産編』終了となります。
いよいよ、アレスが王都に行くことになりました。
アレス、勇者、聖女の出会いは近いです。
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