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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十章 初代アークハルトの遺産編

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第142話 仲間たちが祝う夜

ガレス・アークハルト男爵視点


 細身の男は、鳳凰商会の実務責任者、セルジュ。大柄な男は、フェニックス傭兵団長、グレイグだった。


「鳳凰商会で実務を預かっております、セルジュと申します。このたびは、お招きいただき、誠にありがとうございます」


「フェニックス傭兵団長、グレイグです。お目にかかる機会をいただき、感謝いたします」


 二人がそろって頭を下げた。


「ガレス・アークハルトだ。二つの組織の噂は、私の耳にも届いている。こちらこそ、今後の話を直接できることをうれしく思う」


「身に余るお言葉でございます」


「鳳凰商会の傷薬と解毒薬は、冒険者だけでなく、領内の村でも評判がよい。買い取った素材も、一部の商人の間だけで値をつり上げることなく、職人へ回していると聞いた」


「商売は、売って終わりではございません。必要な品が必要な場所へ届き、次も我々から買いたいと思っていただけて、初めて続くものでございます」


「よい考えだ」


 セルジュの言葉には、商人としての計算がある。だが、利益だけを追う者の目ではなかった。


「フェニックス傭兵団についても聞いている。先月は東街道で魔物に襲われた商隊を救い、その前には南の村で、報酬が少ないにもかかわらず灰狼の群れを退治したそうだな」


「受けた依頼を果たしただけです」


「それを当然と言える傭兵団は、そう多くない」


 グレイグは表情を変えず、もう一度頭を下げた。礼儀を覚えただけの傭兵ではない。兵を率い、命令を出し、責任を負った経験がある男の立ち居振る舞いだった。


「今後、鳳凰商会には、男爵家が受け取った魔物素材の加工と販売を正式に任せたい。フェニックス傭兵団には、商隊の護衛だけでなく、騎士団だけでは手の届きにくい村や街道の依頼も相談することになるだろう」


「正規の契約としてお引き受けいたします」


 セルジュが答える。


「我々も、契約を受けたなら必ず果たします」


 グレイグが続いた。


「男爵家の名を使って、特別な扱いをするわけではない。互いに条件を明らかにし、正当な対価を払う。それでよいな」


「もちろんでございます」


「異存ありません」


 私は二人へ手を差し出した。セルジュ、グレイグの順に、固く握手を交わす。


 これまで噂と帳簿の中でしか知らなかった二つの組織と、アークハルト家が正式につながった瞬間だった。


「トーマ。これまでの折衝も、ご苦労だった」


「ありがとうございます。旦那様」


 トーマが深く一礼する。


 その時、セルジュとグレイグの視線が、一瞬だけアレスへ向いた。


 敬意と感謝。そして、それだけでは説明しきれないほど強い何かが、その目にはあった。


 アレスがAランク冒険者となったから、というだけではない。二人は以前から、アレスへ深い敬意を抱いていたように見える。


 理由を尋ねようかと思ったが、今は祝いの席だ。私は胸に浮かんだ小さな疑問を、ひとまず心の隅へ置いた。


 ◇


 全員がそろい、祝いの宴が始まった。私は広間の正面へ立ち、杯を持つ。アレスとルナたちは家族の近くへ並び、クロウはその一歩後ろに控えている。


「今夜は、アレス、ルナ殿、アイゼン殿、ガルム殿の昇格と、四人のAランクパーティ認定を祝うために集まってもらった」


 広間が静かになる。


「アレスはAランク。ルナ殿、アイゼン殿、ガルム殿はBランクへ昇格した。四人は、世界でも数少ないAランク冒険者パーティとして、冒険者ギルド本部から正式に認められた」


 騎士と使用人たちの顔へ、改めて誇らしさが浮かぶ。


「だが、私が最も喜んでいるのは、地竜を倒したことでも、昇格したことでもない。四人が魔の森の奥から、誰一人欠けることなく帰ってきたことだ」


 アレスがわずかに目を見開いた。


「どれほど大きな手柄を挙げても、帰ってこなければ共に祝うことはできない。四人が力を合わせ、互いを守り、ここへ戻ってきたことを、私は何より誇りに思う」


 ルナが胸を張る。


「当然じゃ。わらわが指揮を執ったのじゃからな」


「ルナ様のご指示があれば、地竜といえど敵ではございません」


「アレスは地竜に二度かまれた」


 ガルムの一言に、広間が静まり返った。


「ガルム! 今それを言う必要はないじゃろう!」


「事実だ」


「ガルム殿」


 私が呼ぶと、ガルムがこちらを見る。


「二度で間違いないのだな?」


「二度だ」


「……ならば、今夜はよしとしよう」


「父上?」


 アレスが珍しく戸惑った顔をする。広間のあちこちから笑い声が上がった。


「今夜ばかりは細かな話を聞かぬ。母上が卒倒しかねんからな」


「あなた。もう聞こえています」


 隣に立つエレナは笑っていたが、目だけはアレスへ向けられている。


「後で、詳しく聞かせてくださいね」


「……はい。母上」


 地竜へ挑む時にも恐れなかったであろうアレスが、わずかに視線を逸らした。


「クロウ殿」


「はい」


「認定書へ名はなくとも、あなたが屋敷と仲間を支えていたことは聞いている。四人が安心して魔の森へ向かえたのは、あなたが留守を守っていたからでもある。感謝する」


「もったいなきお言葉でございます。私はルナ様と皆様が戻る場所を整えていただけにございます」


「戻る場所を守る者がいなければ、前へは進めぬ」


 クロウはわずかに目を細め、深く頭を下げた。


 私は改めて全員を見渡し、杯を掲げた。


「四人の昇格とAランクパーティ認定、そして無事の帰還を祝して」


「乾杯!」


 いくつもの杯が一斉に掲げられ、それを合図に、広間はすぐににぎやかさを取り戻した。


 ガルムは真っ先に肉料理の並ぶテーブルへ向かい、大皿ごと抱えようとしてハンナに止められている。大皿は置いたまま取るようにと言われると、皿の上に積まれていた肉の半分を自分の取り皿へ移した。


 それを見たハンナは一度台所へ戻り、さらに大きな肉の塊を運んできた。どうやら料理長として、今夜は負けるつもりはないらしい。


「アレス兄上」


 カイルが、アレスの冒険者証を見つめる。


「Aランク冒険者は、貴族と同じように扱われるのですよね?」


「同じ身分になるわけではない。ギルドが、それだけの力と信用を保証するということだ」


「では、兄上は男爵家の跡取りで、Aランク冒険者でもあるのですね」


「そうなるな」


 隣で聞いていたリリアが、首を傾げた。


「では、アレス兄上は、貴族が二つになったのですか?」


「増えない」


「二倍偉くなるのではないのですか?」


「ならない」


「ですが、二つあります」


「リリア。爵位と冒険者ランクは別のものだ」


 アレスが真剣に説明しようとするが、リリアは納得していない。ルナが楽しそうに笑いながら、二人の会話へ加わった。


「難しく考える必要はない。アレスが以前より偉そうにしてよい立場になったということじゃ」


「ルナ。余計なことを教えるな」


「そなたは元から偉そうであろう」


「お前にだけは言われたくない」


「わらわは王女じゃ。偉いのじゃ」


「Bランク冒険者でもあるな」


「なぜわらわだけ、Bを強調するのじゃ!」


「ルナ様。次の昇格では、必ずやAランクへ」


「アイゼン、今は慰めるでない!」


 そのやり取りを見ていた騎士たちから、笑いが起こる。


 一年前のアレスが、家族以外の者とこれほど自然に言い合い、笑いの中心にいる姿など、誰が想像できただろう。


 いや、家族と笑い合うことさえ、あのころにはなかった。


 アレスは変わった。家族も変わった。使用人たちも、騎士たちも変わった。そして今、屋敷にはルナたちという新しい仲間までいる。


 アレスが自分のためだけに力を求めていたなら、これほど多くの変化は生まれなかっただろう。家族を守ろうとし、仲間を鍛え、領民を救い、持ち帰ったものを領地へ分け与えた。その積み重ねが、人と人をつなぎ、アークハルト家全体を前へ進ませている。


「お館様、ずいぶんとうれしそうですね」


 隣から、ダリオの声がした。その後ろにはルークもいる。


「そう見えるか?」


「見えます。騎士たちの前でなければ、もっと顔に出ているでしょう」


「お前までエレナと同じことを言うのか」


「長い付き合いですからな」


 今朝も妻から聞いたばかりの言葉に、思わず苦笑する。


「ダリオ。私は一年前、お前と並んで領内最強と呼ばれていたな」


「今も、そう呼ばれております」


「アレスを除けば、という言葉がつくのではないか?」


 ダリオは答えず、杯を口へ運んだ。


「否定しないのか」


「地竜を倒した者を前に、意地を張っても仕方がありません。ですが、騎士団を率いる力まで負けたつもりはございません」


「私も、領主として負けたつもりはない」


「ならば、まだ我々にも教えられることはあります」


「ああ」


 戦う力では追い越された。それでも、父親として、領主として、伝えられることはまだある。


 にぎやかな輪の中で笑うアレスを見つめていると、これまで口にできずにいた一つの言葉が、胸の奥へ浮かんだ。


 今夜なら、あの子へ伝えられる気がした。

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