第139話 史上最年少のAランク
冒険者ギルド本部から特別審査官が到着したのは、報告を送ってから十日後だった。それまで地竜の死体は、内部の時間がほとんど止まるルナの王家のマジックバッグで保管していた。審査官の前で再び取り出された死体には、俺たち四人が戦った傷が鮮明に残っていた。
審査は、地竜を倒したという事実だけでは終わらなかった。四人は別々に呼ばれ、遠征へ出た理由、進んだ経路、遭遇した魔物、地竜戦での判断を繰り返し尋ねられた。俺が提出した地図、三人の証言、持ち帰った魔物の死体と素材、地竜に残る傷。そのすべてが、一つの戦いを正確に示していた。
後日、俺は本部の審査官と、実戦試験を担当するAランク冒険者三人を、地竜と戦った場所まで案内した。地竜が放った土砂の跡。突進で倒された巨木。岩の槍にえぐられた地面。戦場へ残る跡を調べ、奥の地図にうそがないことも確認された。
さらに、戦闘力だけではなく、判断力と指揮能力を測る追加試験が行われた。護衛中に複数の魔物が現れた場合。仲間が負傷し、依頼の続行が難しくなった場合。大規模な魔物の移動を発見した場合。俺は、何を優先し、誰をどこへ動かすのかを答えた。
最後の実戦試験では、本部から来たAランク冒険者を相手にした。結果は、傷を負わせずに無力化したところで終わった。ルナたちも、Bランク昇格に必要な実力試験を難なく突破した。
地竜戦だけではない。冒険者となってから積み重ねた依頼。Bランク魔物の単独退治。三人でのAランク魔物退治。奥からの全員生還。すべての記録が審査された。
そして、遠征へ出てから三週間後。俺たち四人は、冒険者ギルドの二階にある会議室へ呼ばれた。正面には、バルガスとミレイ。その両わきには、本部から派遣された特別審査官が立っている。机の上には、四枚の新しい冒険者証が並べられていた。バルガスが立ち上がる。
「審査結果を伝える」
普段の豪快な声とは違う。王国中の冒険者へ通達される正式な決定を読み上げる声だった。
「ルナ、アイゼン、ガルム。三名は、これまでに果たした依頼の実績に加え、それぞれBランク指定魔物を単独で退治し、三人でAランク指定魔物《金剛巨猿》を退治した」
「さらに、アレスと共に魔の森の奥を調査し、Sランク下位指定魔物《地竜》の退治へ大きく貢献した。以上の働きを認め、CランクからBランクへ昇格とする」
ミレイが三枚の冒険者証を差し出した。
「わらわがBランクか」
ルナが新しい冒険者証を光へかざす。
「ようやく、そなたと同じ場所まで来たぞ」
「俺は今から上がる」
「今だけは余韻へ浸らせぬか!」
「姫様であれば、すぐに追いつかれます」
アイゼンが誇らしげに冒険者証を受け取る。ガルムは自分の証を見た後、バルガスへ顔を向けた。
「Bランクは、報酬が増えるのか?」
「受けられる依頼が増える。危険も増すが、報酬も上がる」
「菓子を多く買える」
「お前は、昇格の理由を最後まで食べ物へ戻すのだな」
「大事だ」
バルガスが小さく息を吐き、最後の一枚へ手を置いた。
「アレス・アークハルト」
「はい」
「Bランクに上がった後も、依頼の失敗はない。うその報告もなく、大勢の一般人、商人、冒険者を救った。複数のBランクとAランク指定魔物も退治している」
「今回は三名を率いて魔の森の奥を調べた。地図と魔物がいる場所の情報を持ち帰り、Sランク下位指定魔物《地竜》退治の中心となった」
バルガスが俺を見る。
「戦う力、判断する力、仲間へ指示を出す力、これまで積み重ねてきた信用。そのすべてが、Aランクの基準を満たしていると判断された」
一枚の冒険者証が、俺の前へ置かれた。名前の下に刻まれているのは、Aの文字。
「本日をもって、アレス・アークハルトをAランク冒険者へ昇格とする」
会議室にいた全員が、静かに頭を下げた。俺は新しい冒険者証を手に取る。
「ありがとうございます」
「ギルドの規則に、Aランクの最低年齢も、最低在籍年数もない。必要な力と実績、信用があれば昇格できる。だが、まさかこの規則を十二歳の少年へ適用する日が来るとは、誰も思っていなかっただろう」
バルガスがわずかに笑う。
「十二歳十一か月。冒険者登録から約十か月。王国史上最年少であり、Aランク到達までの最短記録だ」
バルガスは、俺の手にある冒険者証を指した。
「その冒険者証は、この国だけで通用するものではない。国によって細かな決まりは違うが、Aランク冒険者は世界のどこへ行っても、下級貴族に近い立場として大切に扱われる。爵位を得るわけではないが、それだけの力と手柄、信用を持つ者として、丁寧に接されるということだ」
「Sランクではないのか?」
ルナが尋ねた。
「Aランクへ上がった本人より、お前の方が欲張りだな」
「地竜はSランクであろう?」
「Sランクは、一体のSランク魔物を倒しただけで与えられる階級ではない。国家規模の脅威へ継続して対処できる力と信用を証明した者だけが候補になる」
「ならば、それも証明すればよいのじゃな」
「簡単に言うな」
「わらわたちは地竜を倒した。次も倒せばよい」
バルガスは答えず、俺を見た。
「お前も、同じ考えか?」
「Sランクになることが目的ではない」
俺は冒険者証を握る。
「必要なものを守れるだけの力を得る。そのために必要なら、いずれSランクにもなる」
「……そうか」
「それと、もう一つある」
バルガスが本部の特別審査官へ目を向けた。審査官が一歩前へ出て、黒銀色の認定証を机の中央へ置く。そこに刻まれていたのは、俺、ルナ、アイゼン、ガルムの四人の名だった。
「冒険者ギルド本部は、魔の森の奥から全員が生還したこと、詳細な地図と情報を持ち帰ったこと、そしてSランク下位指定魔物《地竜》を退治した手柄を認める。アレス・アークハルトを中心とする四名を、本日付でAランク冒険者パーティとして正式に認定する」
ルナが目を瞬かせた。
「わらわたちは、先ほどBランクになったばかりじゃぞ?」
「個人ランクとパーティランクは別だ。お前たち三人の個人ランクはBのまま。だが、四人で行動する時の総合的な戦闘力、判断力、連携、実績は、Aランクパーティに相当すると本部が判断した」
認定証に刻まれた名は、冒険者として登録されている四人だけだ。クロウは冒険者ではないため、登録上の構成員には含まれていない。
「Aランクパーティは、王国だけでなく世界全体を見てもほとんどいない。ギルドが身分を保証するため、外国でも信用され、領地や国を越える手続きも簡単になる」
「さらに各支部では、依頼を優先して紹介してもらえる。普通の冒険者には見せない情報を読み、施設や道具も優先して使える」
バルガスが一度言葉を切り、俺たち四人を見渡した。
「さらに、本部と依頼する国が認めれば、国の重要な秘密に関わるS級依頼も仲間と引き受けられる。これは名誉だけの認定ではない。それだけ重い責任を負うということでもある」
「望むところじゃ」
ルナは迷うことなく答えた。アイゼンとガルムもうなずく。
「俺たちなら問題ない」
「アレスの命令を守る」
「ああ」
俺は黒銀色の認定証を受け取った。
個人でAランクになれば、これまで受けられなかった依頼を受けられる。ギルドが持つ危険な魔物や災害の情報にも、より深く触れられる。緊急時には、冒険者たちを指揮する権限も与えられる。さらに、Aランクパーティとして認められたことで、四人なら国境を越え、国の中心に関わる依頼にも手を伸ばせる。この冒険者証と認定証は、名誉のために欲しかったものではない。これから起きる災厄へ備え、さらに多くの人間を動かすために必要な力だ。
最弱と呼ばれる職業、《武闘家》。武器は使わない。表向きに扱えるのは、無属性魔法だけ。そんな俺が、十二歳十一か月でAランク冒険者となった。
だが、まだ足りない。地竜より強い魔物もいる。Aランクでは止められない災厄も知っている。何より、初代レグナスの監視砦には、俺たちより先に足を踏み入れた何者かがいる。あの者が何を探していたのかは、まだ分からない。歴史は、俺の知らないところでも動き始めている。
それでも、今度の俺は一人ではない。家族がいる。仲間がいる。守るべき領地と、帰る場所がある。俺はAランクの冒険者証をしまい、三人を見る。
「帰るぞ」
「待て。昇格祝いはせぬのか?」
「屋敷でニーナが料理を用意している」
ガルムが真っ先に立ち上がった。
「肉料理はあるか?」
「山ほど用意すると言っていた」
「急ごう」
「ガルム、走るでない! わらわを置いていくな!」
「姫様、私がお供いたします」
三人が会議室を出ていく。その背を追いながら、初代レグナスの言葉を思い出す。森を越えさせるな。民の盾となれ。恐れるな。退くな。諦めるな。今度こそ、そのすべてを果たしてみせる。
今夜、アークハルト屋敷では、俺たちの昇格とAランクパーティ認定を祝う宴が開かれる。父上は、領内で急速に名を上げている鳳凰商会とフェニックス傭兵団の者たちも招いたらしい。鳳凰商会のセルジュと、フェニックス傭兵団のグレイグ。父上が二人と正式に顔を合わせるのは、今夜が初めてだ。
だが、その祝いの席が終わるより先に、王都から一通の手紙が届くことになる。
勇者と聖女が王都へ招かれたのと、同じ時期に。
俺たちの功績に対し褒賞を授けるため、王都へ召し出すという王命が。
そして俺の知らない闇の中では、もう一つの計画が動き始めていた。
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