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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十章 初代アークハルトの遺産編

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第138話 地竜を持ち帰った四人

 保管庫をもう一度調べる。本が置かれていた場所に、動かされた跡はない。血統封印も破られていなかった。侵入者は、ここへ入れていない。ならば、何を探していた?


 砦の場所を知っていただけでも不自然だ。アークハルト家の古い資料を読み込んだ俺でさえ、滅びた未来の記憶がなければたどり着くのは難しかった。


「気になるか?」


 ルナが俺の顔をのぞき込む。


「ああ」


「追うのか?」


「今は手がかりが足りない。足跡も臭いも残っていない。何かを持ち去った形跡もない」


「ならば、戻ってからじゃな」


「そうする」


 侵入者が何者なのか。何を探していたのか。今は分からない。だが、扉の油も、床のほこりも、封印へ残された傷も、すべて記憶へ刻んだ。次に同じ跡を見た時は、必ずつなげる。


 俺たちは保管庫を出た。血統封印を閉じ、入口の石壁も元の位置へ戻す。その夜は、正門に近い玄関広間で身体を休めた。ルナたち三人は夜になったことで急速に力を取り戻したが、地竜戦で傷ついた身体まで無理をさせるつもりはない。


 ニーナが用意した料理を並べ、温め直す。それに加え、道中で倒した痺角鹿の肉を切り分け、火で焼いた。魔物の肉を食べられるのは、《魔毒耐性》を持つ俺と、ヴァンパイアである三人だけだ。ここには俺たち四人しかいないため、人目を気にする必要もない。焼けた肉を四人で分ける。ガルムは痺角鹿の肉を山のように皿へ盛り、一人で平らげた。


「まだあるか?」


「明日の分は残しておけ」


「少しだけ」


「駄目だ」


「一皿」


「休め」


「……承知した」


 地竜との戦いでも退かなかったガルムが、明日の食事を前にして初めて肩を落とした。


 ◇


 翌朝、俺たちは監視砦を出た。帰路は、来た時とは別の経路を選ぶ。東側へ大きく回り、川、崖、魔物の縄張り、瘴気の濃い場所を地図へ書き加えていく。


 二日間の帰路で、Bランク指定魔物を六体、Aランク指定魔物を二体退治した。状態のよい死体は《亜空間》へ収め、それ以外も退治の証明となる部位と、有用な素材を回収する。どれも地竜に比べれば、長く足を止めるほどの相手ではなかった。


 ルナたち三人は夜の間に傷を回復させ、戦うたびに連携を洗練させていた。俺が前へ出なくても、ルナの指示だけでBランク魔物の群れを倒す。Aランク魔物が現れれば、アイゼンが足を止め、ガルムが仲間を守り、ルナが止めを刺す。三人は、もうCランクの実力ではない。


 三日目の夕方。俺たちは、魔の森の監視所へ戻った。約束した三日を、一刻も過ぎていない。屋敷へ戻ると、父上と母上、ニーナが玄関前で待っていた。


「ただいま戻りました」


 父上の厳しい顔が、わずかに緩む。


「ああ。おかえり、アレス」


 その一言が、胸の奥へ静かに染み込んだ。滅びた未来では、どれほど遠くから戻っても、俺を待つ者はいなかった。帰る場所そのものが、もう残っていなかった。今は違う。


「三日で戻るという約束を、きちんと守ったな」


「はい、父上」


「けがはないの?」


 母上が俺の両腕と顔を見回す。


「もう治っています」


「それは、けがをしたということではないの?」


「……多少は」


 母上の眼が細くなる。


「何と戦ったの?」


「地竜と戦った」


「Sランク指定魔物じゃ」


 ルナが楽しそうに付け加えた。父上の表情が固まる。母上は笑顔のまま動かなくなった。だが、ニーナだけは驚いた様子を見せなかった。俺がどれほど危険な場所へ向かおうと、必ず無事に戻ると信じてくれていたのだろう。美しい顔に柔らかなほほ笑みを浮かべ、いつもと変わらぬ所作で頭を下げる。


「おかえりなさいませ、アレス様」


「ああ。ただいま、ニーナ」


 その変わらぬほほ笑みに迎えられ、三日間の遠征は終わった。


 ◇


 翌朝。俺たちは、冒険者ギルドの素材置き場へ来ていた。最初に、道中で退治した魔物の素材を並べる。Bランク指定魔物。Aランク指定魔物。奥で採取した薬草と鉱石。さらに、魔物の分布、危険地帯、水場、野営可能な場所を記した地図を提出する。


 受付主任のミレイは、途中から声を失っていた。素材の名と数を書き留めていた羽ペンも、いつの間にか止まっている。


「以上ですか?」


「まだ地竜がある」


「……地竜」


「ここへ出してよいか?」


 ミレイの手から、羽ペンが落ちた。


「申し訳ございません。もう一度、お願いいたします」


「地竜だ」


 ミレイは俺の顔を見つめ、それから並べられた大量の素材へ視線を落とした。聞き間違いではないと理解するまで、しばらく時間がかかったようだ。


「……少々、お待ちください」


 数分後、支部長のバルガス・ロウが駆け込んできた。


「本当に地竜を持ち帰ったのか?」


「ああ」


「どこだ?」


「ルナのマジックバッグに入っている」


 バルガスが、ルナの肩から下がる小さな袋を見る。


「あれに?」


「わらわの家に代々伝わる秘宝じゃ。そこらのマジックバッグと一緒にするでない」


「家に代々?」


「昔から受け継がれてきた品という意味だ」


 俺が言い直す。三人がヴァンパイアであることは、公にはしていない。ルナが何か言いたそうに俺をにらんだが、バルガスは地竜のことで頭がいっぱいらしい。


「とにかく出してくれ。いや、待て。建物に近すぎる。もっと中央だ」


 職員と冒険者たちを下がらせ、素材置き場の中央を空ける。ルナがマジックバッグへ手を添えた。次の瞬間。十五メートルを超える地竜の死体が現れた。地面が揺れる。


 職員の一人が腰を抜かした。見物していた冒険者たちも、声を上げることさえ忘れ、目の前に現れた巨体を見上げている。バルガスは口を半ば開いたまま、数呼吸ほど動かなかった。ミレイは記録板を胸へ抱き締め、地竜と俺たちを何度も見比べている。


「……間違いない」


 バルガスが地竜の首元へ近づく。砕けたうろこ。折れた右前脚。雷に焼かれた傷。盾を受けた左肩。四人で戦った跡が、すべて残っている。


「Sランク下位指定魔物、《地竜》だ」


 素材置き場が静まり返った。誰もが、バルガスの言葉を理解しながら、すぐには現実として受け止められずにいた。その静寂が破れたのは、数秒後だった。


「地竜だと!? 本当にSランク魔物を倒したのか!」


「うそだろ……。王国中を探しても、退治できる冒険者が何人いると思ってる!」


「しかも、アレス様はまだ十二歳だぞ!」


「さすがアークハルト男爵家の若様だ!」


「ガレス男爵のご子息なら、いずれ大物になるとは思っていたが……まさか、これほどとはな」


「坊っちゃまが十二歳で地竜を倒すなら、アークハルト領は安泰だ!」


「もう、ガレス男爵を超えたんじゃないか?」


「滅多なことを言うな! ……だが、十二歳で地竜だぞ」


「アレス様だけじゃない! あの三人も一緒に戦ったんだろう?」


「ルナたちも、とんでもない連中だ! 四人でSランク魔物を仕留めやがった!」


 驚きの声は、すぐに称賛へ変わった。自分のことのように胸を張る者までいる。


「俺は最初から分かっていたぞ!」


 一人の冒険者が、周囲へ聞かせるように声を張り上げた。


「若様が初めてギルドへ入ってきた日から、いつかこうなるお方だと見抜いていた!」


「お前、あの日は『武闘家の子供が特別試験だと?』って笑ってただろうが」


「あれは、周りの見る目を試していたんだ」


「お前が真っ先に賭けで負けてたじゃねえか!」


「細かいことはいい! 俺たちのギルドから、地竜を倒す英雄が出たんだぞ!」


「急に自分の手柄みたいにするな!」


 素材置き場が、祭りのような騒ぎに包まれる。その中で、ミレイだけは未だに記録用紙の地竜の欄へ一文字も書けずにいた。


「支部長……退治対象の欄へ、本当に《地竜》と記入してよろしいのですよね?」


「俺がたった今、認定しただろう」


「分かっております。ですが、見たままを記録しようとすると、手が震えて動きません」


 普段はどれほど忙しくても冷静なミレイが、羽ペンを両手で握っている。バルガスは答えようとして、もう一度地竜を見上げた。


「安心しろ。俺も判定を口にしたのに、まだ頭が現実へ追いついていない」


 大きく息を吐き、今度は俺たち四人を見る。


「アレス。お前は本当に、毎回俺の想像を軽々と超えていくな」


「今回は四人だ」


「分かっている。ルナ、アイゼン、ガルム。お前たちも、とんでもない偉業を成し遂げた」


 バルガスが頭をかき、再び地竜へ目を向ける。


「だが、今だけは少し待て。十二歳のBランク冒険者と、冒険者になってまだ三か月ほどの三人が地竜を持ち帰ったんだ。支部長をやっていても、こんな報告を平然と受け止められるわけがない」


 ルナが満足そうに胸を張る。


「ようやく、わらわたちの偉大さが分かったか」


「嫌というほど分かった」


 バルガスは額を押さえた後、騒ぎ続ける冒険者たちへ向き直った。


「静まれ! 気持ちは分かるが、まずは素材の確認と退治記録が先だ!」


 支部長の怒鳴り声で、ようやく歓声が少しだけ収まった。バルガスが地竜の全身を見回す。


「解体はギルドへ任せるのか?」


「ああ。ただし、本部の確認が終わるまでは、もう一度ルナのマジックバッグで保管する。審査官が死体を確認した後に解体してもらい、素材はすべて持ち帰る」


「全部か? Sランク魔物の素材を、一つも売らないつもりか?」


「地竜の素材は、仲間の武具強化と今後の備えに必要だ」


 地竜のうろこは、すでにガルムの大盾とアイゼンの鎧を強くした。牙、骨、皮、血、魔石にも、それぞれ使い道がある。これほどの素材を、金に換えるためだけに手放すつもりはない。


「道中で得た素材はどうする?」


「まず、俺たちに必要なものを確保する」


 並べられた素材へ視線を移す。


「そのうえで、一部はアークハルト男爵家へ渡す。残りは、市場の相場を崩さない量だけギルドへ売る」


「なるほど。これだけの素材を一度に売りつけられたら、こちらも困るところだった」


 必要なものは、仲間のために使う。領地へ譲った素材を、その後どう扱うかは父上が決めることだ。だが、鳳凰商会ならふさわしい値段で買い取り、加工と販売へ回せる。男爵家には素材の売却代金が入り、鳳凰商会も扱える商品が増える。


 冒険者ギルドへも、必要とされる量の素材が回る。誰か一人が抱え込むより、その方が素材をむだなく使える。


 職員たちが地竜の全身を測り、傷の位置を記録する。バルガスとミレイが確認書へ署名すると、ルナは地竜を王家のマジックバッグへ戻した。これなら、本部の審査官が到着するまで傷も血も変化しない。


 バルガスは地竜と、俺たち四人を交互に見る。


「この手柄は、支部だけでは判断できん。すぐにギルド本部へ緊急報告を送る」


「昇格か?」


「少なくとも、審査は避けられん。アレス、お前はAランク。三人はBランクの昇格審査だ」


 ルナが腕を組む。


「わらわたちは、やはりBランク止まりなのか?」


「お前たちは、冒険者になってまだ三か月ほどだと聞いているが」


「地竜を倒した」


「アレスと四人で、だろう?」


「わらわの指揮がなければ、アレスは今もかまれておる」


「それは本当なのか?」


「少し違う」


「違わぬ!」


 バルガスが額を押さえた。


「詳しい話は、これから一人ずつ聞く。頼むから、同じ内容を話してくれ」


「事実を話せば同じになる」


「お前たちの場合、その事実が一番信じ難いんだ」


 その日、ギルド本部へ一通の緊急報告が送られた。


 それが、王国の冒険者史を塗り替える特別審査の始まりとなった。

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『婚約破棄され、冒険者パーティも追放されたモブ貴族です~前世の知識と転生特典で借金を返して楽しく生きるつもりが、いつの間にか英雄になりそうです~』

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