↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十章 初代アークハルトの遺産編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

137/174

第137話 三冊の書物

 保管庫の中には、三冊の本が残されていた。中央の石台に二冊。奥の書見台に一冊。それ以外に、金貨も宝石も、武器もない。だが、この三冊だけで、並の宝物庫をはるかに上回る価値がある。


「これが、初代レグナスの残した遺産か」


 ルナが俺の横から保管庫をのぞき込む。


「ああ」


 滅びた未来で、俺たち五人がここへたどり着いた時も、同じ場所に三冊の本があった。俺たちは三冊とも持ち帰り、適性のある者が習得するまで、何度も読み返した。


 スキル書も魔法書も、誰かが力を習得したからといって消滅はしない。ただし、書かれている内容を理解し、その力に対する適性を持つ者でなければ、どれほど読んでも習得はできない。


 俺は中央の石台へ近づいた。一冊目の表紙には、複雑に重なり合う円。二冊目には、空へ浮かぶ羽が描かれている。


「《思考加速》と《浮遊》のスキル書だ」


「どのような力じゃ?」


「《思考加速》は、その名のとおり思考の速度を上げる。戦闘中の判断だけではなく、複数の情報を同時に整理する時にも役立つ」


「わらわに相応しいのう」


「姫様であれば、十の戦場を同時に指揮することも可能となりましょう」


 アイゼンが即座に同意する。


「クロウにも向いている」


「なぜ、ここにおらぬ者の名を先に出すのじゃ!」


「《鳳凰の目》から集まる情報は、これからさらに増える。《思考加速》があれば、情報の整理が楽になる」


「ならば、わらわとクロウが読めばよいのじゃな」


「姫様へお渡しすべきだ」


「スキル書は消えない。適性があるなら、二人とも覚えればいい」


「それを先に言わぬか」


 俺は《思考加速》のスキル書を手に取ると、最初のページを開いた。一度見た文字も図も、《追憶》が一つ残らず記憶へ刻む。


 ページをまくる手は止まらない。複雑な理論も、魔力の流し方も、滅びた未来で積み重ねた知識と結びつき、あっという間に理解できた。最後のページを閉じた時には、《思考加速》が俺の中へ定着していた。


「……もう読んだのか?」


 アイゼンが信じられないものを見るように俺を見た。


「ああ。覚えた」


「相変わらず、そなたの頭はどうなっておるのじゃ……」


 俺は答えず、二冊目を開いた。こちらも同じようにページをまくり、《浮遊》を習得する。試しに発動すると、俺の身体が床からわずかに浮き上がった。


「本当に覚えおった……」


 ルナがあきれたようにつぶやく。俺は床へ降り、《浮遊》のスキル書を閉じた。


「《浮遊》は、最初から空を自由に飛べる力ではない。身体を地面からわずかに浮かせ、落下の勢いを弱める程度だ。使い続ければ、高度、持続時間、移動速度が上がる」


「空を飛べるようになるのか?」


 ガルムが尋ねる。


「鍛えればな」


「食事を運びながら飛べるか?」


「鍛えればな」


「欲しい」


「使い道がそれだけなら、後回しだ」


「大事な使い道だ」


「姫様の護衛にも有用です。ガルムへ与える価値はあります」


「食事を運ぶついでになっておるぞ」


 ルナの指摘にも、ガルムは動じなかった。


「二冊とも屋敷へ持ち帰る。クロウも含めて全員で読み、それぞれ適性のある力だけを覚えればいい」


「《思考加速》なら、わらわはどれほどで習得できる?」


 ルナの知能は天才的に高い。複数の魔法を同時に操りながら、戦場全体を見渡し、仲間へ指示まで出せる。スキル書を使うのは初めてでも、書かれた内容を読み解き、力を自分のものにするまで、それほど時間はかからないだろう。


「一か月ほどだな」


「それは、褒めておるのか?」


「ああ。お前ほど頭のいい者は滅多にいない」


 ルナは一瞬だけ得意げに胸を張り、すぐに俺とスキル書を見比べた。


「一瞬で覚えたそなたに褒められても、何とも言えぬ気分じゃ……」


「俺を基準にするな」


「そなたが言うか!」


「クロウなら二年ほどだろう」


「俺は?」


 アイゼンが不満そうに尋ねる。


「アイゼンも賢い。五年ほどあれば覚えられる」


「五年だと!? 貴様、俺を馬鹿にしているのか!」


「褒めている」


「一瞬で覚えた貴様に五年と言われて、どう喜べというのだ!」


「普通は適性があっても、十年以上かかる。どれほど努力しても習得できず、諦める者の方が多い。五年なら十分に早い」


「なら、最初からそう言え!」


「今、言った」


「貴様は……!」


 剣の柄へ手を伸ばしかけたアイゼンを、ルナが杖で制した。


「わらわが一か月、クロウが二年、アイゼンが五年。では、ガルムはどれほどじゃ?」


「十年ほどだな」


「俺が一番遅い」


「お前は頭で理解するより、何度も試しながら身体で覚える方が得意だからな。時間はかかるが、十年あれば身につけられる」


「俺も褒められている?」


「もちろんだ。習得できると断言できるだけでも、十分に優秀だ」


「なら、覚える」


 ガルムは迷うことなくうなずいた。


 習得の速さは、ルナ、クロウ、アイゼン、ガルムの順だろう。ただし、それは単純な頭の良さだけで決まるものではない。書かれた内容を読み解く力、魔力を細かく操る技術、スキルとの相性。そして、頭と身体のどちらで覚えるのが得意かによっても変わる。


 それでも、一か月で習得できるルナは別格だった。賢いクロウでさえ二年はかかる。それほど、彼女の理解力と魔法を扱う才能は抜きん出ている。


 最後の一冊は、スキル書よりはるかに分厚い。表紙を開くと、五つの魔法陣と、その扱い方が記されていた。


「こちらは生活魔法書だ」


「生活魔法?」


「《浄化》《照明》《乾燥》《保温》《簡易修繕》。五つの魔法が記されている」


 ルナの眼が輝いた。


「《浄化》とは、身体や服の汚れを落とす魔法か?」


「そうだ。臭いも消せる。ただし、毒や病気、呪いまでは消せない」


「素晴らしいではないか! 《思考加速》より、そちらを先に読むぞ!」


「先ほどまでの勢いはどうした」


「奥を歩き、地竜の血と土を浴びた今なら分かる。《浄化》こそ必要な力じゃ!」


 王女らしいと言うべきか、王女らしくないと言うべきか分からない。


「《照明》は、術者の近くへ光の球を作る。《乾燥》はぬれた衣服や髪、道具を乾かす。《保温》は料理や飲み物、衣服の温度を一定時間保つ魔法だ」


「料理を温かいまま運べるのか?」


 ガルムが一歩近づいた。


「一定時間はな」


「俺も読む」


「そなたも結局、食べ物ではないか」


「重要だ」


「《簡易修繕》は、衣服や布の小さな破れ、ほつれを一時的に塞ぐ。武器や防具、建物は直せない」


 俺たちの中で、最も地味な魔法に聞こえる。だが、長く続く遠征や戦争では、どれも非常に役に立つ。清潔な衣服は病を減らし、明かりがあれば夜も作業できる。ぬれた衣服を乾かせなければ、寒さで体力を失う。


 温かい食事は、疲れた兵士の身体だけでなく、心まで支える。破れた服や天幕を一時的にでも直せれば、使える物を長く保てる。敵を倒す力だけが、戦いに必要な力ではない。


「決まりじゃ。わらわはこれを最初に読むぞ」


 ルナが魔法書を抱えようとする。その前に、俺が持ち上げた。


「読んでも覚えられないぞ」


「なぜじゃ!」


「ここに記されている生活魔法は、すべて無属性魔法だ」


 ルナが固まった。


「……生活魔法という属性ではないのか?」


「違う。生活の中で使う無属性魔法を、まとめてそう呼んでいるだけだ」


「わらわは闇魔法も火魔法も使えるぞ」


「それでも、無属性への適性はない」


「《浄化》くらい、火魔法より簡単そうではないか!」


「簡単かどうかと、属性の適性は別だ」


「納得できぬ!」


 ルナが本気で悔しそうに魔法書をにらむ。ガルムも《保温》を諦めきれないのか、じっと表紙を見つめていた。


「俺たちの中で、この五つを覚えられるのは無属性適性を持つ俺だけだ」


「外れ属性ではなかったのか?」


 アイゼンがまゆを寄せる。


「世間では、そう呼ばれているな」


「外れ属性に負けたようで、余計に腹が立つのう……」


 俺は生活魔法書を開いた。五つの魔法陣と術式を順に読み解いていく。《思考加速》を得たことで、先ほどまで以上に理解が速い。最後のページを閉じた時には、《浄化》《照明》《乾燥》《保温》《簡易修繕》のすべてが、俺の中へ定着していた。


「《浄化》」


 魔法を発動すると、ルナの髪や服へ付着していた土と、地竜の血の臭いが消えていく。続けてアイゼンとガルム、俺自身の汚れも落とした。ルナはきれいになった自分の服を見下ろし、しばらく黙り込む。


「……素晴らしい」


「そうだな」


「だからこそ、わらわが覚えられぬのが悔しいのじゃ!」


「俺が使えばいい」


「今後、わらわの許可なく一人で《浄化》を使うでないぞ」


「なぜだ」


「わらわにも使え!」


「最初からそう言え」


「そなたにだけは言われとうない!」


 三冊の書物は、俺がすべての力を習得した後も、何一つ変わらず残っている。傷つけないよう一冊ずつ布で包み、マジックバッグへ収めた。


 屋敷へ戻ったら、クロウにも読ませる。四人には時間がかかるだろうが、適性のある力は必ず今後の助けになる。


 しかし、三冊の書物が無事だったからといって、安心はできない。侵入者は、血統封印の前までたどり着いていた。


 何者が、何のために初代の遺産を探していたのか。


 その手がかりを一つも探さずに、この砦を去るわけにはいかなかった。

新連載

『婚約破棄され、冒険者パーティも追放されたモブ貴族です~前世の知識と転生特典で借金を返して楽しく生きるつもりが、いつの間にか英雄になりそうです~』

https://ncode.syosetu.com/n9633mt/

もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。