第135話 激戦を越えて強くなる
盾と地竜のうろこが淡い光に包まれた。中央の亀裂が塞がり、欠けていた縁が元の形へ戻っていく。
それだけではない。
重ねていた地竜のうろこがゆっくりと沈み込み、盾の表面へ同化した。金属の上へ岩盤のようなうろこ模様が浮かび、中央には地竜のうろこを思わせる分厚い隆起が生まれる。
以前と同じ盾へ戻したのではない。地竜の突進に耐えられなかった経験を取り込み、次は耐えるための盾へ再構築した。
「できたぞ」
ガルムが大盾を持ち上げ、何度か構え直してから表面に手を当てた。黄褐色の魔力が腕から盾へ流れ、うろこ模様に沿って広がっていく。ガルムの小さな目が、わずかに見開かれた。
「重さは、変わっていない」
「お前の身体に合わせた。硬くしただけでは、動きが鈍るからな」
「土魔法も、前より通る」
「地竜のうろこは地属性との相性がいい。お前にはちょうどいい素材だ」
ガルムは盾を構えたまま、しばらく動かなかった。
「すごい」
「盾がか?」
「盾も。お前もだ」
ガルムが真っ直ぐに俺を見る。
「アレスは、すごいな」
言葉を飾らないガルムに褒められると、妙に重みがあった。
「次はアイゼンだ。剣と鎧を寄越せ」
「なぜ勝手に決めている」
「剣は刃こぼれしている。鎧も何か所かゆがんでいるだろう」
「この程度なら、まだ戦える」
「直すだけではない。今より強くする」
アイゼンはまゆを寄せた。だが、口では文句を言いながらも、剣と外した鎧を俺の前へ置く。
こういう男だ。
普段は何かと俺へ歯向かうくせに、本当に必要な時には俺の判断を疑わない。俺の力を誰より厳しく見て、そのうえで誰より深く認めている。ただ、それを素直に言葉へできないだけなのだろう。
剣に触れ、硬いうろこへ何度も斬りつけたことで生じた刃の欠けと、内部のわずかなゆがみを読み取る。刃を再生させながら、雷をより少ない抵抗で流せるよう、剣の内部を組み替えた。
鎧には砕いた地竜のうろこを薄く重ねる。速さを殺さず、受けた衝撃を一か所へためない形へ再構築すると、二つの武具を覆っていた光が消えた。
「試してみろ」
アイゼンが鎧を身につけ、剣を握る。軽く地面を蹴ると、一歩で数メートルを移動し、その場で剣へ雷を流した。紫電が、以前より細く鋭く刀身を走る。
「……軽い」
アイゼンが剣と鎧を交互に見る。
「しかも、魔力がほとんど逃げない」
「お前の速さと雷を活かす形にした」
「武具にまで、こんなことができるのか……」
驚きを隠せずにいたアイゼンが、やがて俺へ顔を向けた。何かを言おうとして、一度口を閉じる。
「……助かった」
「聞こえないな」
「礼を言っているんだ!」
アイゼンが顔を背けた。
「普段のお前は気に入らないが……今回のことには感謝する」
「ずいぶん、しぶしぶだな」
「うるさい! 礼は言っただろう!」
「ふふ。アイゼンがアレスへ礼を言うとはのう」
「姫様までおからかいにならないでください!」
ルナは楽しげに笑いながら、杖を抱えている。
「次はルナだ」
「わらわの杖は壊れておらぬぞ?」
「見えにくいだけだ。血術と魔力を流しすぎて、内部に細かな亀裂ができている」
ルナが杖を持ち上げ、目を細める。確かめようとしたようだが、外側から見ただけでは分からない。
「わらわの目でも見えぬものを、よく見つけるのう」
「貸せ」
「壊すでないぞ」
「強くすると言っている」
杖を受け取り、《超再生》を流す。内部の亀裂を塞ぎながら、魔力と血の通り道を整えると、杖の先端に据えられた深紅の魔石が輝き、その内側へ細い血管のような光が広がった。
「終わった」
返された杖へ、ルナがわずかに魔力を流す。深紅の魔石が瞬時に応え、赤黒い光が杖の先へ集まった。
「これは……」
ルナの赤い瞳が大きく開く。
「以前より、はるかに血と魔力が通りやすい。わらわの身体の一部のようじゃ」
「お前の血術に合わせたからな」
ルナ、アイゼン、ガルムが、それぞれの武具を見る。人の身体だけでなく、激戦を終えた武具まで再生し、さらに強くする。実際に目の前で見るまでは、三人にも想像できなかったのだろう。しばらく、誰も言葉を発しなかった。
「相変わらず、でたらめな男じゃ」
最初に口を開いたルナが、うれしそうに目を細める。
「じゃが、悪くない。わらわたちだけでなく、わらわたちの武具まで強くするとはのう」
「武具も含めて、お前たちの力だからな」
ガルムが地竜を見る。
「このうろこは、ほかにも使えるか?」
「ああ。牙も骨も皮も血も魔石も、竜種はあらゆる部位がとても珍しい素材になる。肉も、俺たちなら食べられる」
「全部持ち帰る」
「そのつもりだ」
俺は三人の状態を順番に確認した。ルナは血と魔力を使いすぎている。アイゼンは左腕に裂傷を負い、雷魔法を繰り返し使ったことで疲労していた。ガルムは両腕の筋肉を傷め、いくつかのあばら骨にひびが入っている。
どれも命に関わるものではない。三人の再生力なら、食事を取り、一晩休めば大きく回復するだろう。今すぐ新たな戦闘を続けられる状態ではないが、傷を手当てして休めば、近くの砦まで歩くことはできる。俺のわき腹も、《超再生》ですでに塞がっていた。
「よくやった」
三人へ告げると、ルナが目を瞬く。
「急に何じゃ?」
「地竜を倒せたのは、三人がすきを作ったからだ」
俺一人でも、いずれは倒せただろう。だが、もっと時間がかかり、受ける傷も増えていた。地竜が奥で暴れれば、ほかの魔物まで刺激する。俺が戦っている間に、三人が別の魔物へ襲われた可能性もある。
何より、最後の一撃を打ち込めたのは、ルナが全体を見て地竜を誘導し、アイゼンが右前脚を潰し、ガルムが突進を受け止めたからだ。
「ルナの指揮も正しかった」
「当然じゃ」
「アイゼンも、最後まで脚を止めた」
「姫様のご命令だからな」
「ガルムも、よく止めた」
「盾が壊れた」
「それでも、お前は退かなかった」
ガルムが新しくなった盾を見る。
「後ろに、ルナ様がいた」
「そうだな」
滅びた世界でも同じだった。ルナが指示を出し、アイゼンが誰より速く戦場を走り、ガルムが俺たちの前へ立つ。今、ここにいないクロウは、敵の気配を探り、罠を見抜き、俺たちの帰る道を残していた。
あのころは、その一人ずつを失った。
今回は違う。
誰も失わず、さらに強くする。
「これなら、Bランクに上がれるだけの働きにはなるだろう」
ルナの顔が引きつった。
「待て」
「何だ?」
「わらわたちは、これほどの相手を倒して、ようやくBランクなのか?」
「お前たちは、まだCランクだ」
「知っておる! じゃが、地竜はSランクなのであろう?」
「三人だけで倒したわけではない」
「それでもじゃ!」
アイゼンも不満そうに俺を見る。
「姫様のお働きであれば、Aランクでも不足だ」
「冒険者になって三か月ほどでAランクへ上がれると思うな」
「姫様を、ほかの冒険者と同じ基準で測るな」
「冒険者になった以上、同じ基準で測られる」
「そもそも、姫様に階級をつけること自体が不敬だ」
「なら、冒険者をやめるか?」
「それは姫様がお決めになることだ」
結局、自分では決めないらしい。
「わらわはやめぬぞ」
ルナが立ち上がる。
「ここまで来たのじゃ。そなたより先にSランクとなり、驚かせてやる」
「俺も地竜を倒したのだが」
「わらわの指揮がなければ、そなたは今ごろまだかまれておった」
「自力で抜けられた」
「後からなら、何とでも言えるわ!」
普段どおり言い返せるなら、もう大丈夫だろう。
俺は地竜に手を触れた。この大きさでは、俺のマジックバッグには入らない。《亜空間》なら問題なく収められるが、中に入れた物の時間までは止まらない。
地竜は、肉だけでなく、血も内臓も貴重な素材になる。容量は《亜空間》に及ばなくても、内部の時間がほとんど止まるルナの王家のマジックバッグへ入れた方が、良い状態で持ち帰れる。
「ルナ。お前のマジックバッグへ入るか?」
「入る」
「なら、頼む」
ルナが地竜を見上げ、王家のマジックバッグをかばうように抱える。
「わらわの王家に伝わる秘宝へ、この土まみれのトカゲを入れよと?」
「肉も血も、状態を保ったまま持ち帰れる」
「地竜じゃぞ」
「一つも無駄にはできない」
ガルムがルナを見る。
「ルナ」
「そのような顔で見るな!」
「持ち帰りたい」
「分かっておる! 入れればよいのであろう!」
ルナが地竜へ手を向ける。巨大な死体が一瞬で消え、肩に掛けた小さな王家のマジックバッグへ収まった。
「帰ったら、すぐに出すからな。わらわの菓子と同じ場所へ、いつまでも入れておきたくない」
「中で混ざることはない」
「分かっておる!」
地竜が倒れていた場所には、巨大なくぼみと、戦いで飛び散ったうろこが残っている。素材を一つも残さないよう、周囲へ散ったうろこをすべて拾い集めた。そのうち数枚は、冒険者ギルドへ退治の証拠として見せるため、俺のマジックバッグへ分けて収めておく。
地竜の足跡。放たれた土砂の跡。突進で倒された木々。
戦闘の跡も地図へ記した。これだけの素材と記録があれば、冒険者ギルドも退治を疑うことはないだろう。
「少し休んだ後、先へ進む」
俺が告げると、ルナがまゆを寄せた。
「まだ進むのか?」
「砦は近い。ここからなら、夜が深まる前に着く」
「そなた、三日分の予定を一日で終わらせるつもりではあるまいな?」
「帰りに別の経路を調べる。明日と明後日も使う」
「ならばよい」
「それから、砦へ着いたら食事にする」
ガルムが立ち上がった。
「行こう」
「もう少し休ませよ!」
ルナの声が、再び奥の森へ響いた。
◇
傷の手当てと休息を終え、俺たちはさらに北へ進んだ。すでに日は沈み、奥の森は夜に包まれ始めている。
それでも、ルナたち三人の足取りは、夜が深まるほど軽くなっていた。先ほどまで疲れていたルナも、今では俺と並んで歩いている。
「こちらで合っておるのか?」
「ああ」
道はない。人の手が入らなくなってから長い年月が過ぎ、初代レグナスの記録に残っていた目印も、大半は失われていた。
それでも、俺はこの場所を知っている。滅びた未来で、俺たち五人が偶然たどり着いた時の記憶がある。
雷に裂かれ、片側だけ白く枯れた巨木。三つに割れた黒い岩。地下水が流れ、周囲よりわずかに低くなった地面。
景色は以前よりはるかに緑が多く、木々もまだ生きている。だが、大地の形までは変わっていない。
「この先だ」
巨大な木の根を越えると、その向こうに、こけとつるに覆われた石壁が見えた。森の中へ埋もれるように、一つの建物が立っている。
外壁の一部は崩れ、屋根にも大きな穴が開いていた。それでも、滅びた未来で見つけた時より、はるかに元の形を残している。入口の両側には、かつて見張り台だったと思われる円形の塔。正面には、厚い石造りの門があった。
門の上部を覆うつるの下へ、わずかな彫刻が見える。俺がつるをつかんで引きはがすと、翼を広げたタカと、その後ろに立つ一本の大樹が現れた。
古いアークハルト家の紋章だった。
「間違いない」
石壁に手を触れる。初代当主が俺たちへ託したものを守りながら、何百年もの間、魔の森の奥に残り続けていた。
「ここが、初代レグナス・アークハルトの残した監視砦だ」
初代が未来へ託した遺産は、この奥に眠っている。
そう信じて、俺は正門へ足を向けた。
何百年も閉ざされていたはずの砦に、誰かが先に足を踏み入れた痕跡が残っているとも知らずに。
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