第134話 仲間を信じる
新連載
『婚約破棄され、冒険者パーティも追放されたモブ貴族です~前世の知識と転生特典で借金を返して楽しく生きるつもりが、いつの間にか英雄になりそうです~』
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地竜があごへさらに力を込める。わき腹へ刺さった牙が、肉を裂き、内臓へ届いた。
この身体では、力が足りない。ならば、足りるだけ引き出す。
全身へ闘気を巡らせようとした、その時だった。
「まだじゃ、アレス!」
ルナの声が響いた。
「わらわたちを信じよ!」
闘気を拳と脚だけへ留め、地竜のあごを押し返しながら周囲の気配を探った。
アイゼンが右前脚へ雷を流している。ルナは血の鎖を操り、地竜の首をわずかに引いていた。そして、ガルムがひび割れた大盾を両手で構え、正面から走ってくる。
「ガルム! 止めるな!」
「分かっている」
ガルムが俺の横へ踏み込む。狙うのは、地竜の頭ではない。地面に触れるほど下がった、下あごだ。
大盾の下端を土へ差し込み、全身の力で押し上げた。
「土盾《不動城塞》」
大盾の下から分厚い土の壁がせり上がり、地竜の下あごを斜め上へ押し上げた。牙の間にすき間ができる。
俺は地面を蹴り、口の外へ抜けた。
直後、地竜のあごが閉じ、大盾の先端がかみ砕かれた。ガルムは残った盾を引き抜き、俺の前へ立つ。
「無事か?」
「ああ」
「なら、次だ」
短い言葉だった。それで十分だった。
牙に裂かれたわき腹では、すでに《超再生》が傷を塞ぎ始めている。
引きずられていた地竜の右前脚から、残っていた力が抜ける。アイゼンの雷が、ようやく脚の奥まで届いた。
ルナの血の鎖が、今度は地竜の左前脚と首へ巻きつく。
「アレス!」
ルナが叫ぶ。
「右前脚は動かぬ! 次に突進させ、右へ倒すぞ!」
「分かった」
「今度こそ、わらわの指示を最後まで聞け!」
「聞いている」
「ならば勝手にかまれるでない!」
「あれは必要だった」
「後で説教じゃ!」
地竜が血の鎖を引き千切った。巨木へつながっていた鎖が弾け、赤い霧となって消える。ルナの身体が大きく揺れた。
「姫様!」
アイゼンが駆け寄ろうとする。
「来るでない! 持ち場へ戻れ!」
「しかし、お身体が!」
「わらわを誰だと思うておる!」
ルナは口元の血を手の甲で拭い、もう一度両手を上げた。
陽は、すでに森の木々の向こうへ沈みかけている。昼が終わり、夜が近づく。
それに合わせるように、ルナの周囲へ集まる魔力が濃くなった。アイゼンとガルムの気配も、わずかずつ強くなっている。
昼間の力が落ちた状態で、ここまで戦い続けた。ここからは、三人の時間だ。
地竜がほえた。右前脚を引きずりながら、それでも俺たちへ向かって走り出す。大地が揺れる。
右前脚が動かない分、突進の進む方向はわずかに右へ寄っていた。
「ガルム!」
「承知」
ガルムが地竜の左前方へ出て、砕けかけた大盾を低く構えた。
「今度は、止めてよい」
ルナが命じる。
「任せよ」
地竜とガルムが衝突した。
大盾が大きくへこみ、ガルムの両足が膝まで地面へ沈んだ。口から血があふれる。
それでも、今度は下がらなかった。
右前脚が利かず、突進の力はわずかに落ちている。
ガルムは盾を正面ではなく、地竜の左肩へ押し当てていた。
「ぬおおおおおっ!」
普段ほとんど声を上げないガルムが、初めてほえる。土魔法が両足から地面へ広がり、沈んだ身体を岩のように固定した。
地竜の進行方向が、少しずつ右へ変わる。
「アイゼン!」
「はい、姫様!」
アイゼンが走る。
地竜の右側から回り込み、動かない右前脚の内側へ剣を差し込む。青白い雷が弾けた。
残る力をすべて注ぎ込むように、剣を横へ振り抜いた。
うろこのすき間から血が噴き出し、右前脚が完全に折れた。
地竜の巨体が傾く。
「まだ足りぬ!」
ルナが両手を握り締めた。
地面やうろこへ飛び散っていた血が、一斉に浮かび上がる。アイゼンが傷つけた右前脚。俺がうろこを砕いたあご。さらに、わき腹へ牙が刺さった時に付着した俺の血。
「血術《緋縛》!」
戦場に流れた血のすべてが赤黒い鎖へ変わり、地竜の四肢と首へ絡みつく。先ほどまでとは比べものにならない数だ。鎖は右側の巨木へ何重にも伸び、地竜の身体を右へ引いた。
巨木がきしみ、根が持ち上がる。鎖が一本ずつ千切れていく。
それでも、地竜の巨体は確かに傾いた。
「アレス! 今じゃ!」
地竜の左前脚が地面から浮く。腹と首の間――岩のような背中より薄いうろこに覆われた場所が、わずかに露わになった。
三人が作ったすきだ。今度は、俺が応える番だった。
ゆっくりと息を吐く。
肉体。
魔力。
生命力。
そして、精神。
そのすべてを胸の奥で一つに練り上げ、全身へ巡らせる。心臓が強く脈打った。
身体の奥から熱があふれ、淡い陽炎のような闘気が全身を覆う。足元の地面へ亀裂が走った。
地竜の眼が、初めて俺を恐れた。
遅い。
「ガルム!」
ガルムが地竜を押さえたまま、壊れかけた大盾をわずかに傾ける。その表面へ足を掛けた。
ガルムが大盾を振り上げ、俺は盾を蹴って宙へ飛び出した。
地竜の身体が傾き、露わになった首元がわずかに遠ざかる。右脚へ闘気を集めた。
「《空踏》」
何もない空間を蹴る。足裏から放った闘気が空気をたたき、地竜の懐へ身体を加速させた。
一瞬で、露わになった首元へたどり着く。右拳を引き、全身へ巡らせた闘気を拳の一点へ集めた。
ただ硬いだけのうろこを、表面から壊す必要はない。外側を越え、衝撃を内側へ通す。
狙うのは、うろこの下にある骨と、そのさらに奥。
「《破砕》!」
拳を打ち込んだ。
音が消えた。
一瞬遅れて、地竜の首を覆ううろこが内側から浮き上がる。
次の瞬間。
轟音と共に、何十枚ものうろこが弾け飛んだ。衝撃は首の骨を砕き、そのまま頭蓋の奥まで駆け抜ける。地竜の巨体が地面からわずかに浮いた。
ルナの血の鎖がすべて千切れ、ガルムの大盾が、ついに中央から折れた。アイゼンがルナの前へ戻り、飛んでくるうろこを剣で弾く。
俺は宙で身体を捻り、地面へ着地した。闘気を止める。
地竜は立っていた。残った三本の脚で巨体を支え、黄褐色の眼で俺を見下ろしている。
一歩、前へ出ようとした。だが、脚は動かなかった。
眼から光が消え、巨体がゆっくりと横へ傾いた。
「全員、離れろ!」
俺たちは一斉に地竜から距離を取る。
地竜が倒れた。大地が大きく揺れ、土煙が森を覆う。折れた木々が遅れて地面へ落ちていく。
誰も動かない。土煙が晴れるのを待つ。
倒れた地竜の胸は、もう動いていない。
「退治完了だ」
俺の声が、静かになった森へ響いた。
◇
「本当に、死んでおるのじゃろうな?」
ルナが地竜の眼をのぞき込みながら尋ねる。
「死んでいる」
「急に起き上がりはせぬか?」
「首の骨と頭蓋の中を砕いた。起きない」
「そうか」
ルナがその場へ座り込んだ。
「疲れたのか?」
「誰のせいじゃと思うておる」
「地竜だろう」
「そなたでもある!」
声を上げる元気は残っているらしい。アイゼンがすぐにルナの側へ膝をつく。
「姫様、おけがを拝見いたします」
「大きな傷はない。血と魔力を使いすぎただけじゃ」
「だからこそ、お休みください。すぐに食事もご用意します」
「分かった。じゃが、そなたも腕から血が出ておるぞ」
アイゼンの左腕には、地竜の尾が巻き上げた石片で裂かれた傷があった。
「この程度、問題ございません」
「わらわがよいと言うまで座っておれ」
「ですが――」
「アイゼン」
「……承知いたしました」
アイゼンがルナの隣へ座る。自分の傷より、ルナの顔色ばかりを見ていた。
ガルムは折れた大盾を拾い上げている。中央から大きく割れ、縁も何か所か欠けていた。
「直せるか?」
「鍛冶師へ持ち込めば直せる。素材を足せば、以前より強くすることもできるだろう」
「そうか」
ガルムが、わずかに安心した顔をする。長く使ってきた盾なのだろう。
「地竜のうろこも使える」
「硬い」
「ああ。お前の盾へ合わせれば、次はもう少し耐えられる」
「楽しみだ」
「今、直す」
「今?」
ガルムが首を傾げた。
俺は立ち上がり、地竜との戦いではがれ落ちたうろこの中から、厚く傷の少ないものを選んだ。
戦いの間に日は大きく傾き、奥の森には夜の気配が満ち始めていた。
自分の細胞へ再現した夜の強化が、その気配に呼応し、筋力と感覚を押し上げている。
地竜に砕かれた骨も、裂かれた肉も、《超再生》ですでに治っている。武具を鍛え直すだけの魔力と再生力も、まだ十分に残っていた。
これなら、三人の武具を鍛え直せる。
「ガルム。盾を地面へ置け」
「分かった」
中央から割れた大盾の上へ、地竜のうろこを重ねる。
俺が触れると、《超再生》が盾に刻まれた傷を読み取った。
どこから亀裂が走ったのか。
何に耐えられなかったのか。
次に同じ攻撃を受けた時、何が足りないのか。
激戦を潜り抜けた武具ほど、その答えを明確に残している。地竜の一撃で砕けたこの盾なら、次に必要な強さまで読み取れる。
「《超再生》」
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