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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十章 初代アークハルトの遺産編

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第132話 誰も欠けさせない戦い方

 金剛巨猿へ向き合う三人の姿に、滅びた未来の光景が重なった。


 空は瘴気に覆われ、大地には魔族と魔物の死骸が何重にも積み重なっている。俺たちは、数え切れないほどの敵に囲まれていた。


 前ではガルムが大盾を構え、押し寄せる攻撃を一歩も後ろへ通さない。その盾を足場にアイゼンが敵陣へ飛び込み、ルナの血鎖が、深追いしたあいつを死の間際で引き戻す。俺が正面を食い破り、クロウが敵の背後から指揮官を仕留める。


 言葉を交わす必要さえなかった。誰かが動けば、残る者たちはその意図を理解し、最も必要な場所を埋めていた。


 あのころの三人と比べれば、今はまだ力も技も遠く及ばない。それでも、根にあるものは同じだ。


 自分が生き残るためではない。


 誰一人、欠けさせないための戦い方。


 滅びた世界で、何度も背中を預けた三人が、ここにもいた。


 金剛巨猿が両拳を地面へたたきつけた。地面が割れ、土と石が噴き上がり、三人の姿が砂ほこりに隠れる。


 俺はいつでも動けるよう、足へ力を込める。


 だが、まだ必要ない。


「右へ!」


 砂ほこりの中から、ルナの声が響く。


 三人が同時に動いた。ガルムは右へ転がり、アイゼンは低く走る。ルナだけが、後方へ跳んだ。


 次の瞬間、三人がいた場所を巨猿の拳がなぎ払う。


 大木が二本まとめて折れた。


 砂ほこりで姿が見えなくなる直前、ルナは巨猿の肩と腰の動きから攻撃の進む方向を読んでいた。視界を奪われてから慌てて指示したのではない。敵が動き出す前に退路を決め、二人へ伝えたのだ。


 状況判断の速さも、指示の短さも申し分ない。


「ガルム、足を止めよ!」


「承知した」


 ガルムが大盾を地面へ突き立てる。


 土の壁が金剛巨猿の背後へせり上がり、退路を塞いだ。


 巨猿が振り返る。


「俺を見ろ」


 アイゼンが正面へ踏み込んだ。


 雷をまとった剣を、あえて大きく振り上げる。狙いが分かりやすすぎる。


 金剛巨猿が残った左目でアイゼンを捉え、右腕を振り下ろした。


「雷閃《瞬牙》!」


 拳が届く直前、アイゼンの姿が消え、金剛巨猿の懐へ潜り込んだ。


 斬撃は胸の体毛に阻まれる。


 だが、剣から放たれた雷が胸から全身へ走った。


 金剛巨猿の動きが、一瞬止まる。


 大きく剣を振り上げたのは、すきができたからではない。あえて狙いを見せ、残った左目を自分へ向けさせた。避けることまで含めたおとりだ。


 自分で傷つけることにこだわらず、ルナが最大の一撃を放つ時間を作った。アイゼンもまた、戦場での自分の役割を正しく選んでいる。


「姫様!」


「分かっておる!」


 巨猿の頭上に、巨大な闇の槍が現れた。先ほど炎牙獅子を倒したものより、はるかに太い。


「闇槍《黒穿》!」


 ルナが両手を振り下ろし、黒い槍が落ちる。


 金剛巨猿は動かない右脚を無理やり踏ん張り、左腕を頭上へ上げた。


 金属のような体毛と闇の槍がぶつかる。


 黒い光が弾けた。


 槍は左腕を半ばまで貫いたが、頭へは届かなかった。


「まだじゃ!」


 ルナがさらに魔力を注ぎ込む。


 昼間の身体へ大きな負担がかかっている。額へ汗が浮かび、唇から血の気が引いていく。


 アイゼンがそれに気づいた。


「姫様! もう十分です!」


「黙れ! わらわへ指図するでない!」


 金剛巨猿が左腕へ力を込め、闇の槍を押し返そうとする。


 その足元へ、ガルムが滑り込んだ。


「上を見るな」


 大盾の縁を、動かない右膝へたたき込む。鈍い音が響き、骨が砕けた。


 金剛巨猿の巨体が前へ崩れ、闇の槍を押さえていた左腕の力が抜けた。


 ガルムは、ルナの指示を待っていなかった。敵の意識が頭上へ向き、傷ついた右脚への警戒が消えた瞬間を自分で見極めたのだ。


 守るべき時には盾となり、好機が来れば迷わず敵の足を砕く。守るだけでは、仲間を守り切れない。それを、ガルムは感覚で理解している。


「今じゃ!」


 ルナの声と共に、アイゼンが跳ぶ。


 ガルムの大盾を踏み台にし、巨猿の頭より高く舞い上がる。剣へ残る雷をすべて集めた。


「雷閃《天墜(テンツイ)》!」


 落下の勢いを乗せ、先ほど潰した右目へ剣を突き込む。


 刃が目の奥を抜け、頭蓋の奥へ達した。


 同時に、ルナの闇の槍が左腕を貫通し、金剛巨猿の首へ突き刺さる。巨体が地面へ倒れ、森全体が揺れるほどの音が響いた。


 三人はすぐに距離を取り、倒れた金剛巨猿を警戒する。


 巨猿は一度だけ指を動かし、それきり動かなくなった。


「退治完了だ」


 俺が告げると、三人がようやく構えを解いた。


「よくやった」


 三人の視線が、俺へ集まる。


「ガルム。最初の一撃で力の差を測り、次から正面で受けずに流した判断がよかった。最後に指示を待たず、右膝を砕いたのも見事だ」


「うむ」


 ガルムが、いつもと変わらない顔でうなずく。


「アイゼン。斬れないと分かると、すぐに雷へ切り替えた。途中でおとりに回った判断も正しい。自分の一撃にこだわらず、三人で勝つために動けていた」


「……当然だ」


 ぶっきらぼうに答えたが、その口元はわずかに緩んでいた。


「そして、ルナ」


「わらわは褒めずともよいぞ。わらわが優れておることなど、初めから分かり切っておるからのう」


 そう言いながらも、赤い瞳は俺の言葉を待っている。


「敵だけでなく、常に二人の位置と状態を見ていた。攻撃、敵の動きを封じること、仲間を助けることの切り替えも早い。何より、二人へ出した指示に一度も迷いがなかった。指揮役として申し分ない」


「そうであろう、そうであろう」


 ルナが満足げに何度もうなずく。


 昼の不満げな顔から一転して、ずいぶんと機嫌がよい。


 褒められたかったのなら、最初からそう言えばいい。


「三人とも、強くなった」


 技や魔力だけの話ではない。互いを知り、互いの力を信じ、自分が何をすべきか判断できるようになった。


 三人で戦う意味を、三人自身が理解し始めている。


「今の戦いなら、安心して背中を預けられる」


 その言葉に、三人の表情が止まった。アイゼンは目を見開き、ガルムもわずかにあごを上げる。ルナだけが、誇らしげに目を細めた。


「ふふ。ようやく分かったか」


「ああ」


 滅びた未来で預けた背中を、まだ滅びていない今、もう一度預ける。


 その事実が、胸の奥に静かな熱を残した。


 アイゼンが真っ先にルナへ駆け寄る。


「姫様!」


「大声を出すな。わらわは無事じゃ」


「お顔の色が優れません」


「昼間に少し魔力を使いすぎただけじゃ」


「お休みください」


「この程度で休んでおれるか」


「姫様」


 アイゼンが珍しく、引かなかった。


 ルナが困ったようにまゆを寄せる。


「……少しだけじゃぞ」


「はい」


 アイゼンの表情が、わずかに緩んだ。


 ガルムは二人の横で、金剛巨猿を見上げている。


「これも持ち帰るか?」


「ああ。毛皮と骨は高く売れる」


「なら、菓子が増える」


「報酬を全部、菓子に変えるつもりか?」


「肉も買う」


 俺は金剛巨猿を《亜空間》へ収める。


 その瞬間、足元から小さな振動が伝わった。


 最初は、巨猿が倒れた余韻かと思った。


 違う。


 一定の間隔で、地面が揺れている。


 一度。


 二度。


 三度。


 次第に、振動が大きくなる。


「何じゃ?」


 休もうとしていたルナが顔を上げた。


 ガルムが地面に手を触れる。


「下ではない」


 短く告げる。


「前から来る」


 俺たちは同時に北を見た。木々の向こうに、岩山のような影がある。


 滅びた未来では、そこに岩山などなかった。


 影が動く。


 巨木が一本、根元から押し倒された。


 続いて二本。


 三本。


 地面を覆っていた岩だと思っていたものが持ち上がり、黄褐色の巨大な眼が開いた。


 太い四肢。長い尾。全身を覆う、岩盤のようなうろこ。


 地をはう竜が、ゆっくりと頭を上げる。《鑑定眼》が、その正体を映し出した。


 Sランク下位指定魔物――《地竜》。地面をはう、岩のようなうろこに覆われた竜だ。


 ルナの赤い瞳が細くなる。


「アレス」


「何だ?」


「あれも、《愛の修練》か?」


「違う」


 俺は地竜から目を離さず、構えを取る。


「あれの攻撃だけは、絶対に受けるな」


 今までとは違う俺の声に、三人の表情からわずかな緩みが消えた。


 アイゼンが剣を抜き、ガルムが大盾を構える。


 ルナも休むことをやめ、残る魔力を集め始めた。


「逃げるのか?」


 ガルムが尋ねる。


 地竜の向こうに、初代レグナスの砦がある。それだけではない。この個体を放置すれば、いずれ中層や浅層へ下り、騎士や冒険者、領民へ被害を出す可能性もある。


「いや」


 地竜が口を開いた。


 森の空気が震え、大地そのものがほえたようなほえ声が響く。


「俺たち四人で、ここで倒す」

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