第131話 耐性を重ねて
「速くなったな」
「当然だ。この程度で姫様の護衛が務まるか」
アイゼンが剣についた血を払い、さやへ戻す。
「ですが、姫様。次はお受けにならずともよろしいのでは?」
「駄目だ」
「貴様には聞いていない!」
「アイゼンだけが《斬撃耐性》を持っていても、意味がない」
ルナが刃爪豹のつめを見る。
「……先ほどと同じ深さでよいのじゃな?」
「ああ。俺がつめを持つ。腕を出せ」
「魔物を倒した後の方が、訓練らしくなっておらぬか?」
「安全だからな」
「最初からそうせよ!」
ルナとガルムにも、刃爪豹のつめで浅い傷をつける。ルナは一度ごとに俺をにらみ、ガルムは自分の腕を傷つけるつめを不満そうに見ていた。
二人へ《斬撃耐性》が根づいたところで、再び出発する。
その後も、中層の魔物との戦闘は続いた。毒霧を吐くCランク指定魔物《紫霞蜥蜴》。とげのついたつるを操るCランク指定魔物《絡棘花》。岩のような外皮を持ち、地面を揺らしながら突進するBランク指定魔物《震岩猪》。
紫霞蜥蜴の毒霧は、俺が濃さを調整して三人へ吸わせた。ルナは息を止めようとしたが、そうすれば耐性を得られないため、俺が口を開かせた。
アイゼンは「姫様へ何をする」と俺を斬ろうとしたが、毒が回って足元がふらつき、剣を抜く前に座り込んだ。ガルムは毒を受けた後も平然としていたが、菓子を食べても味が分からないと知った瞬間、誰よりも真剣に《毒耐性》を得ようとした。
何度か濃さを変えた毒霧を吸わせると、三人に《毒耐性》が根づいた。俺はすでに持っていたため、毒霧を吸う必要はなかったが、アイゼンからはしばらく恨みのこもった目を向けられた。
絡棘花では、つるのとげに刺された状態から抜け出す訓練を行った。ところが、ルナが絡棘花ごとすべてのつるを闇魔法で消し飛ばしたため、俺は近くにいた別の絡棘花を捕らえ、最初からやり直した。
「倒してから再開するのは反則じゃ!」
「魔物は待ってくれない。攻撃を受けても、すぐに反撃できるようになれ」
「そなたは魔物より待ってくれぬではないか!」
さらに、俺が切り取ったつるをむちのように振るい、致命傷にならない威力で三人の身体を打った。まだ持っていなかった者には、《打撃耐性》も根づいた。
そして、震岩猪はガルムが一人で相手をした。
震岩猪が前脚で地面を踏みつけるたび、土が波のように隆起し、岩の塊が四方へ飛ぶ。ガルムは大盾で岩を防ぎながら、後ろへ下がらない。
「今度は盾を使ってもよいのか?」
「ああ。それがお前の戦い方だ」
「よい訓練だ」
「盾を置けと言った時とはずいぶん違うのう」
ルナがあきれたように言う。
「あの時は、雷を身体へ通す必要があった。今は、地面から伝わる衝撃を受ければいい」
震岩猪が頭を下げ、二本の岩角を前へ突き出して地面を蹴った。
「ガルム。受け止めろ」
「うむ」
巨体が大盾へ激突した。とどろ音と共にガルムの両足が地面へ沈み、衝撃が盾から腕へ、腕から全身へ伝わる。同時に、震岩猪がまとった地属性の魔力が地面を通り、ガルムの身体を内側から揺らした。
ガルムの口元から血が垂れる。それでも、大盾は一歩も下がっていない。
「もう一度だ」
「待て、アレス」
ルナが俺を見る。
「今のは、本当に大丈夫なのじゃろうな?」
「ああ。ガルムの骨も内臓も無事だ」
「本人へ聞いておる」
ルナがガルムへ視線を向ける。
「まだ受けられるか?」
「問題ない」
「無理はするでないぞ」
「うむ」
ガルムが大盾を構え直す。
普段は食事と菓子のことばかり考えているが、三人の中で最も仲間を守ることに迷いがない。どれほど強い攻撃が来ても、自分の後ろに誰かがいれば、決して退かない。
滅びた世界でも、ガルムの大盾には何度も救われた。
「次で終わらせろ」
「承知した」
震岩猪が再び突進し、ガルムは正面から受け止めた。地面が割れ、周囲の木々が震える。
今度は、足が沈まない。盾をわずかに傾け、突進の力を地面へ逃がしている。
震岩猪の動きが止まる。ガルムが大盾を押し返すと、三メートルを超える巨体が地面から浮いた。
「ぬん」
盾を振り上げると、震岩猪の身体が横倒しになり、腹が露わになった。ガルムは踏み込み、大盾の縁を腹へたたき込む。
重い音が一度響いた。震岩猪の身体がわずかに跳ね、そのまま動かなくなる。
「終わった」
「見事じゃ、ガルム」
「さすがだ」
ルナとアイゼンの言葉に、ガルムがうなずく。
「これも持ち帰るのか?」
「ああ。牙も皮も、素材として価値がある。肉も食える」
「そうか」
「そこを気にしておったのじゃな」
ガルムには《地属性耐性》が根づいていた。ガルム以外の三人も震岩猪が起こす弱い地揺れを何度か受け、《地属性耐性》を得てから先へ進んだ。
◇
日が西へ傾くころ、俺たちは中層を抜けた。
奥との境に、明確な線があるわけではない。だが、足を踏み入れた瞬間に分かる。
森が静かすぎる。
虫の声が消え、鳥の姿もない。空気に混じる瘴気はさらに濃くなり、肌へまとわりつくようだった。木々はどれも異常なほど大きく、地面から露出した根だけでも、人間の背丈を超えている。
「ここから先が奥だ」
俺が告げると、三人の表情が変わった。先ほどまで文句を言っていたルナも、周囲へ広げる魔力をさらに薄く、遠くへ伸ばす。アイゼンは剣の柄に手を添えてルナの斜め前へ立ち、ガルムは大盾を背中から下ろしている。
「アレス」
ルナが小さな声で呼ぶ。
「前方におる。大きいぞ」
「分かっている」
巨大な気配が、正面から近づいていた。太い木々が左右へ揺れ、一歩ごとに地面へ振動が伝わり、頭上から葉が落ちてくる。
現れたのは、灰色の体毛を持つ巨大な猿だった。立ち上がれば六メートルを超え、胸と両腕を覆う毛は金属のような光沢を帯びている。
Aランク指定魔物《金剛巨猿》。金属のように硬い腕を持つ、大きな猿の魔物だ。太い腕で大木を押し退け、俺たちを見下ろしていた。
「あれも、攻撃を受けよと申すのか?」
ルナが尋ねる。
「いや」
三人がそろって俺を見る。
「Aランク以上の攻撃は、耐性を得るために受けるには危険すぎる。ここからは避けろ」
「最初から、そう申せばよいのじゃ!」
「Bランクまでなら安全に受けられた」
「その考え方を改めよと言うておる!」
金剛巨猿が両腕を上げ、自分の胸をたたいた。腹に響くほえ声が、奥の森を揺らす。
「三人で倒せ」
ルナが俺を見る。
「そなたは?」
「手を出さない」
「Aランクじゃぞ」
「今のお前たちなら倒せる」
昼間は、本来の力を出せない。それでも三人は、三か月の間に何度も共に依頼をこなし、互いの動きを理解している。ここまでの戦いでも、それぞれがBランクの魔物を一人で倒した。
次は三人で、格上を倒す。
「危険になれば、俺が止める。だが、できる限り手は出さない」
「よかろう」
ルナが短く答えた。赤い瞳から、先ほどまでの不満が消える。
「アイゼン。右脚を狙え。ガルムは正面。わらわが動きを止める」
「承知しました」
「承知した」
金剛巨猿が地面を蹴り、巨体からは想像できない速度で三人へ迫る。ガルムが前へ出て、振り下ろされた拳を大盾で受けた。
衝突した瞬間、ガルムの足元が大きく陥没した。震岩猪よりはるかに重い。大盾がきしみ、ガルムの腕から血が噴き出す。
それでも、退かない。
「今だ」
ガルムの声が響く。アイゼンはすでに巨猿の右側へ回り込んでいた。
雷をまとった剣が膝の裏へ振り抜かれる。だが、金属のような体毛に弾かれた。
「硬いな」
アイゼンは驚かない。すぐに剣を返し、同じ場所へ二撃目を入れる。今度は斬るためではない。雷だけを、体毛の内側へ通した。
右脚の筋肉がこわばり、金剛巨猿の体勢がわずかに崩れる。
いい判断だ。
一撃目が弾かれた時点で、体毛を斬り裂くことへ固執しなかった。刃が通らないのなら、その内側へ雷を通せばよい。仕留めることよりも、まず仲間が攻めるためのすきを作る。
三か月前のアイゼンなら、自分の剣で斬れなかったことにいら立ち、さらに力を込めていたかもしれない。
だが、今は違う。
自分一人で倒すのではなく、三人で倒すための一手を選んでいる。
「血術《緋縛》」
地面から伸びた赤黒い鎖が両脚へ絡みつき、ルナが鎖を引く。金剛巨猿の右膝が地面へついた。
巨猿が怒りのほえ声を上げ、正面のガルムへ左拳を振るう。
「ガルム、受けるでない!」
ルナの指示より早く、ガルムが大盾を傾けた。拳を正面から受けず、左へ流す。巨猿の上体が傾いた。
これもいい。
先ほどの一撃で、正面から受け続ければ自分の腕か大盾が先に壊れると理解したのだ。盾役の仕事は、すべての攻撃を真正面から耐えることではない。後ろにいる仲間へ届かせなければ、それでいい。
愚直に見えて、戦いの中では決して意地を張らない。ガルムの強さは、あの巨体や腕力だけではなかった。
アイゼンが地面を蹴り、金剛巨猿の右腕を走って肩へ上った。剣を逆手に持ち、右目へ突き刺す。
鮮血が飛び、巨猿が暴れてアイゼンを振り落とそうとする。
「アイゼン!」
ルナの血鎖がアイゼンの腰へ巻きつき、巨猿の腕が届く直前に身体を後方へ引き戻す。救援へ使った血鎖は、金剛巨猿の両脚を縛るものとは別だった。
敵の動きを封じながら、ガルムが流した盾の先を見て、アイゼンへ迫る腕にも気づいていた。戦場全体を見渡し、誰がどこにいて、次に何が起こるかを予測する。
ルナの最も優れたところは、強大な魔力でも多彩な血術でもない。どれほど激しい戦いの中でも、素早く正確な判断をするところだ。
アイゼンが地面へ降りる。
「助かりました、姫様」
「礼は後じゃ。次が来るぞ」
金剛巨猿が右目から血を流し、残った左目で三人をにらむ。そして、金属のような両拳を高く振り上げた。




