第128話 初代当主の監視砦へ
朝食を終えて正面玄関へ向かうと、ニーナが荷物を並べて待っていた。水筒、着替え、薬、解毒薬、包帯、火を起こす道具、毛布、簡易天幕、縄、予備の靴。食料は、焼いた肉、くん製肉、硬いパン、干した果物、野菜を煮込んだスープ、菓子まで用意されている。
荷物はどれも、持ち運びやすいよう、種類ごとに小さな箱と布袋へ分けられていた。
「多くないか?」
「三日分でございます」
「どう見ても五日分はある」
「途中で予定が変わることもございます」
「出発から三日目には戻ると約束した」
「はい。ですから、三日でお戻りください」
ニーナは真剣な顔で答えた。
「ですが、食料と薬は、余る方がよいのです。何も起こらず、持ち帰っていただけるのが一番でございます」
反論する理由はなかった。
「分かった。全部持っていく」
「ありがとうございます」
なぜ俺が礼を言われるのだろう。そう思いながら、薬と食料を腰のマジックバッグへ収めていく。この中では時間の流れが遅くなるため、温かい料理も今夜までなら十分に美味しく食べられる。着替えや毛布、簡易天幕など、残る荷物は容量に余裕のある《亜空間》へ入れた。
最後にニーナが、蓋の閉じた小さな木箱を差し出した。
「こちらは、ルナ様たちの分のお菓子です」
「三人分か?」
「はい。ですが、ガルム様がすべて召し上がる可能性も考え、少し多めにご用意しております」
木箱を受け取ると、見た目よりも重かった。
「少し、か?」
「念のためでございます」
ニーナもガルムの扱いを理解してきたらしい。
「コレットはどうだ?」
荷物を収めながら尋ねる。
「一生懸命、働いています。まだ私と目を合わせることは少ないですが、教えたことは必ず覚え、同じ失敗を繰り返しません。今朝も、本店の開店準備を任されております」
「そうか」
「すぐに信用するつもりはありません」
ニーナは、はっきりと告げた。
「ですが、正しく働こうとしている間は、私も正しく向き合います」
「それでいい」
以前のニーナなら、俺がどうしてほしいのかを先に考え、自分の気持ちを後へ回していただろう。今は違う。許せない気持ちも、それでも見守るという判断も、自分の言葉で伝えられる。ニーナもまた、前へ進んでいた。
すべての荷物を入れ終える。
「では、行ってくる」
「はい」
ニーナが一歩下がり、両手を身体の前で重ねた。
「出発から三日目の夕食には、温かいお料理をご用意してお待ちしております」
「楽しみにしている」
「必ず、お戻りください」
「ああ。約束する」
ニーナのこはく色の瞳を見て、もう一度答えた。
◇
魔の森の南端にある監視所へ着くと、ルナ、アイゼン、ガルムの三人はすでに待っていた。
三人の首には、Cランク冒険者を示す認識票が下がっている。ルナは旅装の上から黒いマントを羽織り、ノクティス王家に伝わる小さな黒革のマジックバッグを肩へ掛けていた。見た目こそ小さいが、容量も保存性能も俺が腰につけている物を大きく上回る、王家の秘宝だ。
「遅いぞ、アレス」
「約束の時間より早い」
「わらわが先に着いたのじゃ。ならば、そなたが遅い」
「無茶を言うな」
「姫様。マジックバッグは俺が持ちます」
アイゼンが、ルナのマジックバッグへ手を伸ばす。
「必要ない。これはわらわの物じゃ」
「ですが、姫様に荷物を持たせるわけには」
「中身は軽い。そなたは自分の荷を持て」
アイゼンは納得していないようだったが、ルナににらまれ、渋々手を引いた。
アイゼンがルナへ向ける感情は、主君に対する忠誠だけではない。決してかなわぬと分かっていながら、それでも想い続けている。本人は隠し通しているつもりらしいが、滅びた世界で長く共に戦った俺たちには、とうに知られていた。だからといって、誰もそれを口にはしなかった。
ガルムは、俺の腰に下げたマジックバッグをじっと見ている。
「飯は?」
「入っている」
「肉は?」
「ある」
「菓子は?」
「ニーナが、お前たちの分を用意してくれた」
「行こう」
ガルムが迷いなく魔の森へ向かって歩き始める。
「待て。まだ話が終わっていない」
肩をつかんで止めた。
「飯があるなら、問題ない」
「目的地を知らないだろう」
「アレスについていく」
「それでよいのか?」
「アレスは飯のある場所へ戻る」
信用されているのか、ニーナの料理だけを信用しているのか、判断に困る言葉だった。
「それで、アレス」
ルナが尋ねる。
「奥に何があるのじゃ? 調査だけが目的ではあるまい」
「初代レグナス・アークハルトが残した建物がある」
アイゼンの目が細くなる。
「アークハルト家の初代当主か」
「ああ。魔の森の異変を監視するために築かれた砦だ」
滅びた世界で、俺たち五人はその建物を偶然見つけた。世界樹が崩壊し、各地が瘴気にのまれ、人の造った道も町も失われた後のことだ。
壁は崩れ、屋根の大半も落ちていたが、地下に近い一室だけは封印によって守られていた。俺たちはそこで、初代が後代へ残した遺物を見つけた。当時は、誰が何のために残したものなのか分からなかった。
数ヶ月前、屋敷に残るアークハルト家の古い資料を調べ、その正体を知った。
初代レグナスが、魔の森のさらに奥を監視するために築いた砦。だが、代を重ねるうちに正確な場所と道が失われ、今では古い記録の中にわずかな記述が残るだけとなっている。
「砦の奥には、初代が後代へ残した遺物がある」
「どのような物じゃ?」
「行けば分かる」
「ここまで話しておいて、もったいぶるでない」
「今も無事に残っているとは限らない。確かめる前に期待させても仕方がない」
「わらわたちにも関係があるのか?」
「ああ。俺たちの助けになる力かもしれない」
「かもしれない、か」
「適性次第だからな」
「それほどの遺物が、なぜ今まで手つかずなのじゃ?」
「場所が奥だからな。記録を見つけても、取りに行ける者がいなかった」
「それで、貴様が行くのか」
アイゼンが腕を組む。
「今の俺なら、届く」
一人でも行けなくはない。だが、現在の俺は、滅びた未来で初めてこの場所へたどり着いた時ほど強くない。奥にはAランク以上の魔物が何体も生息し、何が起きるか分からない。
それに、今回の目的は、遺物を持ち帰ることだけではなかった。
「三人にも強くなってもらう」
ルナが嫌そうに顔をしかめた。
「なぜ、そこでわらわたちを見る」
「昼間のお前たちは、夜より力が落ちる」
「それでも、Cランクの魔物など相手にならぬ」
「今の相手だけを倒せればよいわけではない。昼間に夜と同じ動きをしようとする癖も残っている。力が落ちた状態で、どこまで動けるのかを身体へ覚えさせる」
「嫌な予感しかしないぞ」
「奇遇ですね、姫様。俺もです」
「訓練か?」
ガルムだけが、普段と変わらない顔で尋ねる。
「ああ」
「終われば、肉か?」
「働いた分は食わせる」
「なら、よい」
「よくない!」
ルナとアイゼンの声が重なった。
「まだ何もしていないだろう」
「そなたが平然としておる時ほど危険なのじゃ!」
「姫様の言うとおりだ。貴様の訓練を三か月受けて、ようやく分かった」
「なら、説明する手間が省けたな」
「何の説明だ?」
「魔の森での訓練だ」
ルナとアイゼンの顔が、そろって引きつった。
「行くぞ」
俺たち四人は、監視所を越え、魔の森へ入った。




