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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第十章 初代アークハルトの遺産編

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第127話 初代当主の遺産

新連載

『婚約破棄され、冒険者パーティも追放されたモブ貴族です~前世の知識と転生特典で借金を返して楽しく生きるつもりが、いつの間にか英雄になりそうです~』

https://ncode.syosetu.com/n9633mt/

もよろしくお願いします!

 デボルト子爵領から戻り、二か月ほどが過ぎた。


 俺は十二歳十か月となり、季節は夏を迎えている。この二か月で、多くのものが変わった。


 デボルト子爵領では、違法な賭場や人身売買に関わっていた組織が摘発され、不正に奪われた財産は被害者へ返され始めた。持ち主を特定できない金とデボルト家の私財は、壊れた橋や街道、井戸の修繕へ回されている。デボルトとバートンは、領内を立て直すため、朝から晩まで働いていた。


 特にデボルトは、毎朝欠かさず《愛の修練》を受け、以前より腹回りがわずかに細くなったらしい。


 本人から届いた報告書には、こう記されていた。


『領地の立て直しは順調でございます。なお、わしはすでに十分痩せたと考えておりますので、訓練量の見直しをご検討いただければ幸いです』


 さらに、その下にはバートンの字で追記がある。


『旦那様の体重は、目標の一割も減っておりません』


 俺はグレイグへ、今までどおり続けるよう返事を送った。


 デボルトと共に《贖罪契約》を結んだ十九人も、それぞれの場所で働き始めている。


 そして一か月前、鳳凰商会はアークハルト本店、デボルト支店に続き、グランベル辺境伯領にも新たな支店を開いた。デボルト組からは、キース、ミレーヌ、ナディアの三人を鳳凰商会グランベル支店へ送り、マティスとテオをフェニックス傭兵団のグランベル支部へ移している。


 帝国と国境を接するグランベル領では、食料、薬、武具、馬、馬車、布など、平時にも戦時にも必要となる品が大量に動く。鳳凰商会はそれらを売るだけではなく、どの品が、いつ、どれだけ必要とされているのかを調べ始めていた。


 ロイドが三つの店を動かし、セルジュが集まった数字と情報を整理する。フェニックス傭兵団は商隊と街道を守り、クロウの虫とフェルの翠羽鳥が、三つの領地をつないでいた。


 まだ小さな組織だ。だが、滅びた未来では何一つ持っていなかったころと比べれば、大きな違いだった。俺一人が動かなくても、それぞれが考え、働き、情報と必要な品を集めてくれる。


 その間、俺自身も訓練と冒険者の依頼を続けていた。Bランクへ昇格してからも、依頼の失敗はない。魔の森では複数のBランク指定魔物を退治し、襲われていた商隊や冒険者の救助も重ねた。ギルド支部長からは、あと一つ、誰もが認めるほどの手柄を挙げれば、Aランク昇格の審査へ進めるだろうと言われている。


 ルナ、アイゼン、ガルムの三人も成長していた。デボルト子爵領の調査を始めたころ、俺は三人へ冒険者になることを勧めた。


 ルナは、すぐに乗り気になった。


『面白そうじゃ。わらわがどれほどの速さで上がれるか、試してやろう』


 アイゼンは、最後まで不満そうだった。


『姫様が冒険者など。だが、止めても聞かれないのであれば、俺も行くしかない』


 ガルムには、こう教えた。


『依頼を終えれば、報酬で肉と菓子を食える』


 そうして、その日のうちに三人は登録を決めた。


 三人はパーティを組み、護衛、採取、魔物退治、行方不明となった冒険者の捜索など、様々な依頼をこなした。ヴァンパイアだと知られることにつながる血術や夜の力は伏せている。まあ、日差しのある中でヴァンパイアが街を歩いているなど誰も考えない。それでも、今のランクで受けられる依頼は、三人にとって簡単なものばかりだった。だが、油断せず、依頼主との約束を守り、必要な実績を一つずつ積み重ねている。そして今では、三人ともCランク冒険者だ。


 クロウだけは冒険者にならなかった。自分まで表立って動けば、誰が裏から情報を集めるのか――そう言って、《鳳凰の目》へ専念している。


 全員が、それぞれの場所で力をつけていた。


 ◇


 その日の朝。


 いつものように、家族全員で食卓を囲んでいた。焼きたてのパンと卵料理、野菜の入った温かなスープが並び、ニーナが切り分けた果物を運んでくる。


 俺はスープを一口飲んだ後、父上へ声をかけた。


「父上。今日から魔の森の調査へ行ってまいります」


 父上が食器を置く。


「今日から、ということは、日帰りではないのか?」


「はい。三日ほど、屋敷へ戻れません」


 母上の手が止まり、カイルとリリアも、そろって俺を見る。


「三日もですか?」


 母上の声には、隠し切れない心配がにじんでいた。


「魔の森のどこまで行くつもりなの?」


「奥へ続く経路を調べます」


「奥……」


 母上の顔がこわばる。アークハルト家にとって、魔の森は長年戦い続けてきた相手だ。母上も、奥へ進むほど危険な魔物が増えることを知っている。


「一人で行くのか?」


 父上が尋ねる。


「いいえ。ルナ、アイゼン、ガルムの三人と向かいます。三人ともCランク冒険者になりました。実力も、俺が一番よく分かっています」


「あの三人か」


 父上はすぐに顔を思い浮かべたらしい。三人は鳳凰商会の護衛として働く一方、冒険者としても公に活動している。父上も何度か顔を合わせている。


「お前がBランク冒険者で、並の騎士よりはるかに強いことは分かっている」


 父上は、俺をまっすぐに見る。


「だが、強くなれば、危険がなくなるわけではない。以前より危険な場所へ行けるようになるだけだ」


「はい」


「冒険者になる時、毎日、夕食までに帰ると約束したな」


「覚えています」


 あの時の俺は、冒険者登録をするだけだった。父上が求めた条件は、受ける依頼の種類でも、倒してよい魔物の強さでもない。毎日無事に帰り、家族と食卓を囲むことだった。


「今回は、その約束を守れません。申し訳ありません」


 俺が頭を下げると、父上は静かに息を吐いた。


「責めているわけではない。冒険者として成長すれば、いつか日帰りでは戻れない依頼を受ける日が来ることも分かっていた」


 父上は隣に座る母上を一度見た後、再び俺へ視線を戻した。


「ならば、約束を変えよう。出発から三日目、必ずこの屋敷へ帰ってこい」


「はい。出発から三日目の日没までには戻ります」


「何も起きなければ、ではないぞ。何かが起きた時ほど、無理をするな。退くべき時は退き、必ず帰ってこい」


「分かりました」


「アレス」


 母上が俺の名を呼ぶ。


「けがをしないで、とは言いません。あなたが戦う以上、それが無理なことも分かっています。でも、どれほどけがをしても、必ず帰ってきてちょうだい」


 自分の傷なら治せる。腕を失っても、腹を貫かれても、今の《超再生》なら死なない限り元へ戻せる。だが、母上が言っているのは、そういうことではない。


「必ず帰ってきます」


 今度は、父上と母上の両方を見て答えた。


「兄さま。奥には、どんな魔物がいるのですか?」


 カイルが不安と興味の混じった顔で尋ねてくる。


「俺にも分からない。だから調べに行く」


「すごく強い魔物もいるのですか?」


「いるだろうな」


「兄さまなら倒せます!」


 リリアが言い切ると、母上が少し困ったように笑った。


「リリア。今は、アレスに無理をさせないお話をしているのですよ」


「でも、兄さまは一番強いです」


「強くても、無理をしてはいけません」


「では、無理をせずに倒してください!」


 今度は父上まで笑った。


「ずいぶんと難しい注文だな」


「善処する」


「兄さま。お土産は要りませんから、ちゃんと帰ってきてください」


 カイルの言葉に、リリアも慌ててうなずく。


「私も、お土産より兄さまがよいです」


「分かった」


 滅びた未来では、もう二度と聞くことのできなかった言葉だ。


 今は違う。出発から三日目に、帰る場所がある。その事実を胸へ刻み、俺は残っていたパンを口へ運んだ。


 そして今回の調査では、魔の森の奥で必ず確かめ、手に入れておきたいものがある。


 滅びた未来で見つけた、初代当主の遺産だ。

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