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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第九章 デボルト子爵領編

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第118話 罪を償う道

 最初の証人たちが鳳凰商会へ連れてこられたのは、昼前だった。店の裏口から入ってきたのは、赤灯亭で仕事を仲介していた男と、昨夜、倉庫へ火を放った四人のまとめ役だ。二人ともマントの頭巾を深く被り、何度も背後を振り返っている。その後ろから、クロウ、ベッツ、ミラが入ってきた。


「子爵家の兵が六人。赤灯亭へ踏み込む直前で、二人を連れ出しました」


 ベッツが答える。剣にも服にも、争った跡はない。


「残る三人は?」


「ミラが用意した別の宿へ隠しています。先に、手紙を持っている二人を連れてきました」


「誰にも気づかれていないな?」


「はい。俺たちへ気づく前に、裏口から出ました」


「よくやった」


 ベッツの顔がわずかに緩む。すぐに表情を引き締めると、二人の男を部屋の中央へ進ませた。扉が閉まり、ルナの《闇幕(ヤミノトバリ)》が部屋を覆う。これで外へ声は漏れない。


「本当に、俺たちを守ってくれるんだろうな」


 仲介人の男が、俺を見ながら言った。十二歳の子どもが待っていたことに、戸惑っているらしい。


「条件を守るなら、デボルトには殺させない」


「条件?」


「持っている証拠をすべて出す。知っていることを一つ残らず話す。うそをつかない。これから先、同じ罪を犯さない。そして、逃げずに働き、奪った金を被害者へ返す」


「待ってくれ! 俺たちは、あの豚に命じられただけだ!」


「それで、倉庫に人がいても焼くつもりだったのか?」


 男が息を詰まらせる。


「命令した者が誰であろうと、火をつけた罪はお前たちのものだ。デボルトの罪を話したからといって、お前たちの罪が消えるわけじゃない」


「なら、話したところで同じじゃねえか!」


「同じではない」


 机を挟み、二人の正面へ立つ。


「デボルトは、失敗したお前たちを捕らえて殺そうとしている。俺は、罪から逃げずに償うなら、生きる道を残すと言っている」


 二人が黙り込んだ。


「選べ。証拠を抱えたまま逃げ、デボルトの兵におびえ続けるか。知っていることをすべて話し、俺のもとで罪を償うか」


 仲介人の男が、隣へ立つ放火役と顔を見合わせる。やがて諦めたように息を吐き、マントの内側へ手を入れた。


「……これだ」


 取り出したのは、油紙に包まれた十通ほどの手紙だった。ベッツが受け取り、机の上へ並べる。


「すべて、デボルトの家令から?」


「ああ。直接会うことは滅多にない。手紙は決まった使いの者が、赤灯亭の裏口へ持ってくる。仕事が終われば、同じ使いへ報告を渡す」


 手紙を一通ずつ開く。鳳凰商会の倉庫へ火を放つよう命じたもの。偽の通行証を使い、盗品を町へ運び込ませたもの。巡回衛兵へ金を渡し、決められた時刻だけ持ち場を離れさせるよう命じたもの。どの手紙にもデボルトの名はないが、同じ筆跡で書かれ、右下には小さな黒い印が押されていた。


「この印は?」


「家令が裏の仕事に使う印だ。赤灯亭の主人と、仕事を仲介する俺だけが知っている」


「これだけでは、家令のものだと証明できぬであろう?」


 ルナの問いに、男がうなずく。


「ああ。あいつは、捕まった時に俺たちが勝手に作ったと言い張るつもりだ。だから、俺も残しておいた」


 男は手紙の束から一通を抜き取った。


「三か月前、東門の衛兵へ金を渡せと命じられた時のものだ。金を受け取った衛兵の名、日付、持ち場を離れる時刻まで書いてある。その夜、密輸品を積んだ荷馬車が門を通った。門の記録と衛兵を調べれば、同じ内容が出る」


 単独では弱い証拠でも、別の記録や証言と重なれば意味が変わる。手紙に記された衛兵。門を通った荷馬車。積まれていた盗品。金を渡した者。受け取った者。そのすべてが同じ日へつながれば、偶然では通らない。


「ほかにもあるか?」


「赤灯亭の地下に、仕事と報酬を記した帳面がある」


「屋敷の兵が、すでに赤灯亭を調べておりますぞ」


 クロウが目を閉じたまま言った。店へ残した虫を通じて、様子を見ているらしい。


「地下のどこだ?」


「酒樽を置く棚の下だ。三枚目の床板を外すと、箱が埋めてある」


「ふぉふぉふぉ。兵たちは、壁と戸棚ばかりを壊しておりますな。床下には、まだ気づいておりませぬ」


「取ってこられるか?」


「すでに子らを潜ませました。もっとも、帳面を運ぶには、少々大きな子が必要でございますが」


「ならば、わらわが行こう」


 ルナが立ち上がる。


「闇へ隠れれば、人間の兵など何人いようと関係ない。床板ごと壊してもよいか?」


「駄目だ。床板は壊すな。帳面も持ち出さず、その場で中身だけ写してこい」


「注文の多い男じゃのう」


「証拠を奪ったと気づかせたくない」


 デボルト側が帳面はまだ床下にあると思っていれば、安心して新しい仕事を記すかもしれない。証拠を奪ったことに気づかせず、使える証拠だけを増やす。


「セルジュ。二人の話をすべて書き取れ。手紙は一通ずつ写しを作り、元の手紙と別の場所へ保管する」


「承知いたしました」


 セルジュはすでに筆を動かしていた。俺が言い終わるころには、机の端へ二組の契約書も用意されている。


「これは、奴隷契約ではないのか?」


 放火役の男が、紙を警戒するように見る。


「違います」


 セルジュが契約書を二人の前へ置いた。


「あなた方は、知っている犯罪についてうそをつかずに話し、持っている証拠をすべて出す。今後、罪のない者を傷つける仕事を引き受けず、途中で逃げることなく、過去に得た金を返すため働く。アレス様は、契約を守るあなた方の命と生活を守り、デボルト子爵家へ引き渡さない。互いに今申し上げた内容だけを守る契約です」


「逃げたら?」


「契約が制止します」


「うそをついても?」


「同じです」


 二人の顔がこわばる。


「俺が約束を破って、お前たちをデボルトへ差し出そうとした場合も、契約は俺を止める」


「あんたも縛られるのか?」


「一方だけを縛る約束は、契約とは呼ばない」


 男は契約書を何度も読み返した。文字を追う指が震えている。やがて、仲介人の男が先に針を取り、自分の指先へ刺した。


「……分かった。俺は、あの豚のために死にたくない」


 血が一滴、紙へ落ちる。放火役の男も迷った末に続いた。俺も二人分の契約書へ血を落とすと、黒い文字が淡く光り、すぐに元へ戻った。


「契約は成立いたしました」


 セルジュの言葉を聞いた途端、二人の身体から力が抜けた。


「これで、本当に殺されずに済むのか?」


「お前たちが約束を守る限りはな」


「俺たちは、これから何をすればいい?」


「まず、昨夜焼こうとした倉庫を掃除しろ。焦げた臭いが、まだ少し残っている」


「……倉庫を?」


「自分で汚した場所だ。最初の仕事には丁度いい」


 男たちは顔を見合わせたが、拒まなかった。ベッツが二人を連れて部屋を出ていく。ミラもその後を追おうとしたところで、俺は呼び止めた。


「ミラ」


「はい」


「二人が店の者と顔を合わせないようにしろ。デボルトの兵が、客のふりをして見張っている可能性がある」


「分かりました。裏から倉庫へ案内します」


 扉が閉まる。これで、放火を命じた手紙と証人が手に入った。だが、まだ家令までしかつながっていない。デボルト本人へ届くには、もう一つ証拠の道が必要だ。


「次は、軍への補給物資じゃな」


 ルナが窓の外へ目を向ける。長年の癖で一度は壁際の影へ寄りかけたが、思い直したように、昼の光が差し込む窓辺へ立った。


「ああ。フェルから連絡は?」


「間もなく戻りますぞ」


 クロウの言葉どおり、程なく窓の外から羽音が聞こえた。翠羽鳥が一羽、開けていた窓を抜けて部屋へ入る。その直後、廊下から足音が近づき、フェルが扉を開けた。


「見つけました」


 机へ広げた領都の地図へ、フェルが指を置く。町の東側、グランベル辺境伯領へ続く街道の近くにある徴税所の倉庫だ。


「荷馬車は八台。矢を詰めた木箱が二十四。保存食の樽が三十二。傷薬と包帯もあります。積荷には、グランベル辺境伯家の印がついていました」


「運んでいた者は?」


「王都の商会から依頼を受けた運送商です。責任者と御者は、徴税所の隣にある宿へ押し込められています。許可なく町を出れば、積荷を没収すると言われていました」


「どれほど止められている?」


「今日で六日です」


 六日。保存食はすぐに腐らず、矢も倉に置いているだけなら失われない。だが、国境では毎日、兵士が帝国軍と向き合っている。必要な時に届かない食料や武器は、存在しないものと同じだ。


「止めている理由は?」


「書類に不備があると。ただ、責任者は王都で発行された通行許可証を持っています」


「金を要求されておるのじゃろう?」


「はい。特別通行料として、金貨四十枚」


 予想どおりだ。通行料を払わせ、払わなければ倉庫の保管料を積み重ねる。相手が耐えきれず金を出せば、食料や武器を返す。出さなければ、期限を過ぎたという理由で取り上げ、別の商人へ売る。どちらに転んでも、デボルトへ金が入る仕組みだ。


「ロイド。支店に金貨は何枚ある?」


「すぐに動かせるものだけで、百二十枚ほどございます」


「四十枚用意しろ」


「お支払いになるのですか?」


「ああ」


 ロイドだけでなく、部屋に残っていた者たちが驚いた顔をした。


「不当な金を払えば、デボルトを利することになりませんか?」


「普通に払えばな」


 金貨を受け取り、机の上へ並べる。すべて王国で使われている同じ金貨だ。俺は細い針を手に取り、金貨の縁へ目立たない傷をつけていった。鳳凰が翼を広げたように見える、小さな二本の線。意識して探さなければ気づかない。


「支払った金が、最後にどこへ入るのか追う」


「なるほどのう」


 ルナが一枚を摘まみ、赤い瞳へ近づける。


「食料や武器を取り戻し、金の流れまでつかむ。一度に二つを得るわけか」


「三つだ」


「まだあるのか?」


「金を受け取った役人には、荷を返すための命令書を書かせる。日付と名前のある書面が残れば、いつ、誰が、どの荷を止めていたのか証明できる」


 セルジュが、感心したように息を吐いた。


「金貨、命令書、運送商の証言。それぞれが、同じ取引を示すのでございますね」


「ああ。行くぞ」


 印を刻んだ四十枚の金貨が、デボルトへ続く次の道を暴き出す。

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