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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第九章 デボルト子爵領編

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第113話 腐りきった子爵

モルガン・デボルト子爵視点


「貴様らは、こんな報告をするためにわしの時間を奪ったのか!」


 手にしていた銀杯を、壁際に立つ男へ投げつけた。男が慌てて身を屈める。銀杯はその頭上を通り過ぎ、背後の壁へぶつかった。赤いぶどう酒が上等なじゅうたんをぬらす。


「も、申し訳ございません!」


「申し訳ないと思うのなら、金を持ってこい! 違法賭博場も、高利貸しも、人貸し屋も、密輸品を預かる倉庫も、先月より売り上げが落ちておるではないか!」


 机の上に置かれた帳簿を、指輪だらけの手でたたく。違法賭博場から取り上げた金。高利貸しで借金に上乗せした利息。人貸し屋から受け取る紹介料。密輸品を保管する倉庫からの場所代。


 どれも表向きはわしと無関係になっているが、最後には必ずデボルト家の金庫へ入る金だ。それが、わしの定めた額へ届いていない。


「ですが、先月は衛兵に賭博場を二つ潰され、高利貸しから逃げた者も多く……」


「言い訳は聞いておらん! 賭場が二つ潰れたなら、三つ作ればよいだけであろうが!」


「衛兵の中にも、これ以上は見逃せないと申す者が出ております」


「ならば首にしろ。代わりはいくらでもおる」


「しかし、急に衛兵を入れ替えれば、領民から不審に思われる恐れが……」


「普通の民が何を思おうと知ったことか!」


 わしは椅子へ深く腰を沈めた。大きく張り出した腹が机へ当たり、載せていた帳簿がわずかに押し出される。


「新しい税を作れ。市場の警備を強化するためとでも言って、一人につき銀貨一枚を取ればよい」


「すでに市場を使う者から取る税と、道を直すための税を作っております」


「名前を変えろ。衛生管理税でも、夜間巡回税でもよい。普通の民には違いなど分からん」


「払えぬ者は、いかがいたしますか?」


「高利貸しを紹介しろ。借金を返せぬなら、鉱山や倉庫へ送って働かせればよい。若い女なら、高く買う者へ渡せ」


 実に簡単な話だ。金を持っている者からは税として取り、持っていない者には貸しつけ、返す時に多く取る。それでも払えぬ者は身体で払わせればよい。普通の民など、使い潰したところで次が生まれてくる。


「それと、西区の井戸を直すために集めた金が残っていたな」


「はい。ですが、すでに二つの井戸が使えず、住民から直してほしいという声が――」


「半分をこちらへ回せ」


「半分も、でございますか?」


「わしが半分で我慢してやると言っておるのだ!」


 男が慌てて頭を下げる。まったく、どいつもこいつも気が利かぬ。


「それから、王都の侯爵へ贈る金も増やせ。あの方が後ろ盾となってくだされば、衛兵の入れ替えも、賭博場が潰されたことも、どうとでももみ消せる」


 いずれ伯爵の地位を得ることも夢ではない。そうなれば、この東部でわしへ逆らえる者はいなくなる。


「ああ、腹立たしいガレスめ……! わしより身分が低いくせに」


 名を口にしただけで、腹の底が煮え立った。ガレス・アークハルト。たかが男爵にすぎぬ分際で、王国東部の盾などとちやほやされている男だ。


 領民から慕われ、騎士から敬われ、グランベル辺境伯からも信頼されている。王都へ行けば、陛下から直々に「魔の森を守る忠臣」と称されたこともあるという。


 わしは子爵だ。爵位も、領地の豊かさも、動かせる金の額も、すべてわしが上である。


 それなのに、東部の貴族たちは何かあればガレスを頼る。グランベル辺境伯も、わしがどれほど高価な品を贈っても笑って受け流すくせに、ガレスとは古い友人のように言葉を交わす。許し難い。


「ガレスの領へ向かう商人どもは、どうなっておる?」


「商人組合を通じて、取引を減らすよう求めております。すでに三つの商会が取引量を減らしました。ただ、アークハルト領は新しくできた鳳凰商会から必要な品を仕入れているようで、目立った影響は出ておりません」


「また鳳凰商会か!」


 最近、耳にするだけで腹が立つ名が増えた。この領へ支店を開く時も、組合の者に言って、出された書類を何度も不十分だとして返させた。


 それなのに、十日ほどで必要な書類をすべてそろえ、店を開いてしまった。しかも、傷薬や旅道具がよく売れているという。


「仕入れ先へ、鳳凰商会には品を売るなと言え。店へ品が入らなければ、商売など続けられん」


「すでに動いております。しかし、どこから仕入れているのか分からない品が多く……」


「ならば、偽物を売っているという噂を流せ! 客の一人や二人に、傷薬を使ったせいで傷が悪化したと騒がせればよい」


「店側がすべての仕入れと販売を帳簿へ残しており、商人組合も軽々しくは動けないようでございます」


「役人へ金を渡せ! それでも駄目なら、店へ盗品を紛れ込ませろ。方法まで、いちいちわしに聞くな!」


 机をたたくと、男の肩が跳ねた。


「アークハルト領へ向かう荷馬車も、今までどおり止めておけ。積荷を一つずつ調べ、許可証の不備を探せ。何もなければ、車輪が街道を傷つけたとでも言って金を取れ」


「急ぎの薬や食料もございますが……」


「だから何だ。困ればガレスの評判が落ちる。領民を守る立派な男爵様が、必要な品一つ満足に用意できぬとな」


 そうだ。金だけでは足りぬ。ガレスが何より大事にしている領民を使い、少しずつ信用を削ってやればよい。


 街道へ盗賊を放ち、アークハルト領へ向かう商人だけを襲わせる。魔物の素材に病があると噂を流す。領内の商人へ金を渡し、必要な時に塩や穀物を値上げさせる。


 一つ一つは小さなことでも、積み重なれば領民は不満を抱く。ガレスがどれほど正しい男であろうと、腹を空かせた普通の民はいつまでも領主を信じてはいられぬ。


「次は、どのようにしてくれようか」


 ガレスが苦しむ姿を思い浮かべると、ようやく気分が晴れてきた。


「そういえば、アークハルトの屋敷のメイドを誘拐して、こちらのメイドを入れる件はどうなった?」


 壁際に控えていた家令の顔がこわばった。


「それが……あの失敗以降、ほとんど進展しておりません」


「何だと?」


「ニーナという専属侍女の誘拐に使った三つの組織は、すべてアレス・アークハルトによって潰されました。仲介人も姿を消し、残った者は領外へ逃げております」


「その程度は知っておる! 後任として用意したコレットはどうした!」


「偽の紹介状を使い、下働きの侍女として屋敷へ入れることには成功しております。ですが、任されているのは洗濯場と客室の清掃だけです。領主一家の暮らす棟へは入れず、まだ使える情報を得られておりません」


「この無能どもが、いったい何をやっておるのだ! そんな簡単なこともできんのか!」


「も、申し訳ございません!」


「あの小娘一人をさらうことさえできず、屋敷へ入った者は掃除しかしておらんだと!?」


「嫡男のアレスが、屋敷の警備と使用人の身元確認を大きく変えたようでございます。新しく入った者には、出身地や紹介者だけでなく、家族構成や過去の勤め先まで聞いているとのことです。アレスは使用人の顔と名も、一度で覚えてしまうそうです」


「知るか、そんなこと! 早くやれ! メイドから探れぬのなら、別の手を考えろ。ガレスの弱点を見つけろ。妻でも、子でも、騎士でも、金でもよい。弱みを握って、わしの前へひざまずかせるのだ!」


「ですが、アレス・アークハルトは冒険者としてもBランクへ昇格しております。護衛をつけずに動くことも多いのですが、並の者では手を出せません」


「やつの小僧は、怠け者で思い上がった役立たずだったのではないのか!」


「以前は、そのように聞いておりました。しかし、今では魔の森で次々に魔物を退治し、冒険者ギルド本部も実力を認めていると……」


「馬鹿馬鹿しい!」


 十二歳の子どもがBランク。そのような話があるものか。ガレスが金を積んだか、ギルドが話題作りのためにランクを与えたに決まっている。そうでなければならない。


 ガレスだけでも目障りだというのに、その息子まで王国中から注目を集め始めている。最近は、グランベル辺境伯家の勇者と並べて語る者までいるという。


「親子そろって、わしを愚弄しおって……」


 わしの方が身分は上だ。わしの方が金を持っている。それなのに、誰もわしを褒め称えようとしない。馬鹿な普通の民どもは、金を与えるわしではなく、命を懸けて守るガレスへ頭を下げる。


 なぜ、領主であるわしが命など懸けねばならぬのだ。危険なことは騎士や兵士にやらせればよい。そのために税を取って養っている。領主は安全な場所で金を数え、働いた者へ褒賞を与える。それで十分ではないか。


「そうだ。グランベル辺境伯領へ送る食料や武器はどうなっておる?」


「ご命令どおり、倉庫で止めております。ただ、国境警備に必要な矢と保存食ですので、これ以上遅らせれば辺境伯家から問い合わせが来るかと」


「来させればよい。その時は、特別通行料を払えばすぐに運ぶと言え」


「帝国軍への備えが遅れる恐れもございます」


「帝国と小競り合いが続けば、武器も食料も高く売れる。わしには都合がよい」


 王国が滅びるわけでもあるまい。グランベル辺境伯が、いつものように帝国兵を追い返す。そのための食料や武器を、わしが高く売ってやるだけだ。


 先日会ったレオナルド・グランベルの顔を思い出す。わしが金貨千枚の儀礼剣を贈ってやったというのに、売って、負傷した兵士の家族へ分けるなどと言い出した。


 あの余裕が気に入らぬ。財宝にも、わしの後ろ盾にも興味がないという顔。王国東部で己より上の者はいないと信じ切っている者の余裕だ。


 そして、その隣にいたセレスティア。澄んだ青い髪。白い肌。まだ幼さを残しながらも、誰もが目を奪われる整った顔。何より、女神に選ばれた《勇者》。


 あれがわしのそばにいれば、どれほど価値があるだろう。王都の貴族たちは先を争ってわしの屋敷を訪れ、わしを勇者を守る者として大切に扱う。後ろ盾となっている侯爵でさえ、今までのように上からわしを見ることはできなくなる。


「あの娘も、何とかしてわしのものにできぬものか」


「……セレスティア様を、でございますか?」


「贈り物が気に入らぬなら、別の手を使えばよい。弱みがなければ作る。追い詰めてから救ってやれば、恩を売ることもできよう」


 勇者とて、所詮は世間を知らぬ子どもだ。父親と引き離し、周囲へわしの用意した者だけを置けば、いずれ誰を頼ればよいのか理解する。


 先日は、わしを見る目が気に入らなかった。まるで汚いものでも見るかのような目だった。あの澄ました顔を、わしの前で頭を垂れる顔に変えてやりたい。


「まずは辺境伯家へ出入りする商人を洗え。金に困っている者、賭場へ通っている者、女に入れあげている者。誰にでも弱みの一つや二つはある」


「承知いたしました」


「ガレスも同じだ。本人に弱みがないなら、周りから腐らせろ。金で動かぬ者は脅せ。脅しても駄目なら、罪を作れ」


「はい」


「鳳凰商会も潰せ。あの商会がガレスへ必要な品を運んでいるのなら、なおさらだ」


「どの程度まで、なさいますか?」


「わしの名さえ出なければ、何をしても構わん。盗賊に襲わせようが、倉庫へ火を放とうが、好きにしろ」


 家令は一瞬だけ黙ったが、すぐに深く頭を下げた。


「かしこまりました」


「最初から、そう答えればよいのだ」


 鳳凰商会の倉庫が炎に包まれ、ガレスが困り果てる姿を思い浮かべる。


 すべてが思いどおりに進んでいると信じ、わしは新しい酒を求めて呼び鈴へ手を伸ばした。


 この部屋に、家令以外の聞き手がいるとも知らずに。

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