第4話 雨上がりの約束
今回のお客様は、お父さんと小学生の男の子です。
雨宿りのように立ち寄った喫茶 春風で、親子の静かな時間が流れます。
カラン――。
木の扉が開き、一人の男性と、小学校四年生くらいの男の子が店へ入ってきた。
「いらっしゃいませ」
祐子が穏やかに迎える。
二人は並んで店へ入ってきたが、言葉を交わすことはなかった。
祐子は静かにその様子を見つめ、穏やかな笑顔で迎えた。
「お好きなお席へどうぞ」
「ありがとうございます」
二人は窓際の席へ腰を下ろした。
父親は席に着くと、すぐにスマートフォンへ目を落とした。
男の子は窓の外の雨を眺めている。
会話はない。
「ご注文はお決まりですか」
祐子が声をかける。
「何飲む?」
「なんでもいい」
父親が聞くと、男の子は少し拗ねて答えた。
「子どもでも飲みやすいものはありますか」
「ホットミルクがおすすめです。お父さまにはグアテマラはいかがでしょう。やさしい甘みがありますよ」
「では、それで」
「かしこまりました」
祐子は豆を挽き、静かにお湯を注ぐ。
珈琲の香りが、ゆっくりと店内へ広がった。
「お待たせしました」
男の子の前にはホットミルク。
父親の前には珈琲。
「熱いので、ゆっくりお召し上がりください」
祐子が微笑む。
「うん」
男の子はうなずいた。
スマートフォンが震える。
父親は短く返信を打つ。
男の子はその様子を見て、少しだけ目を伏せる。
「すみません」
「仕事の連絡で」
「お仕事、お忙しいのですね」
「ええ……」
「今日は息子の授業参観だったんです」
「そうでしたか」
祐子は静かにうなずく。
男の子はホットミルクを飲む。
口元に白いミルクが少しだけ残った。
祐子が微笑みながら、ティッシュを差し出した。
「どうぞ」
父親も気づいて思わず吹き出した。
「はは……ねこのおひげみたいだな」
男の子も照れながら笑う。
店へ入ってから初めて、親子が同じ笑顔になった。
父親はスマートフォンを伏せた。
「今日は、どうだった?」
男の子は少し驚いた顔をする。
「いつもと同じ」
「発表、見たよ」
男の子が少し驚きながら聞いた。
「……ほんとに見てた?」
「ああ、よく頑張ってた」
「最初は少し緊張してたな」
「でも、途中から大きな声で読めていた」
男の子は照れくさそうに笑う。
「先生もほめてくれた」
「そうか」
父親はうれしそうにうなずいた。
スマートフォンが小さく震えた。
父親は画面を見る。
少し考えて、電源を切り、バッグへしまった。
男の子はその様子を見ていた。
少し間があって、小さくつぶやく。
「お父さん」
「ん?」
「お仕事、大丈夫?」
父親は苦笑した。
「今日は、お父さんでいる日にする」
男の子は目を丸くした。
そして、ゆっくり笑った。
「うれしい」
その一言に、父親は珈琲を見つめる。
湯気が静かに立ちのぼっていた。
男の子は学校であったことを少しずつ話し始めた。
先生のこと。
友達のこと。
図工で描いた絵のこと。
父親が優しく言った。
「今度の休みも、一緒に出かけよう」
男の子は父親を見つめる。
「ほんとに?」
「ああ」
「約束する」
父親は大きくうなずいた。
男の子は、少し黙ってから、
「……じゃあ」
「今度、公園でキャッチボール」
「いいな」
二人は笑い合った。
祐子は静かにカップを磨きながら、その笑顔を見守っていた。
やがて珈琲もホットミルクも空になる。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
二人は並んで席を立つ。
カラン――。
ベルがやさしく鳴る。
扉は静かに閉まった。
雨は上がっていた。
「お父さまは、お仕事を忘れられたのでしょうか」
ハル子が尋ねた。
「忘れたわけではないと思うわ」
祐子は微笑んだ。
「でも、今は誰と過ごす時間なのか、思い出されたのでしょうね」
喫茶 春風。
今日もまた、一人の心に、小さな春風が吹いた。
毎日忙しく過ごしていると、一番近くにいる大切な人との時間が、いつの間にか少なくなってしまうことがあります。
ほんの少し立ち止まることで、その時間の大切さを思い出せるのかもしれません。




