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【連載版】悪女の優雅で素晴らしい贅沢生活 〜過労死した私、社畜スキルで稼ぎます〜  作者: 海城あおの
第二章 悪女はお金を稼ぎます

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8. 婚約者候補?興味がありません

 

 私が武器屋を出た瞬間、半泣きの声が飛んできた。


「お嬢様!」


 しまったと私はその場で固まる。護衛の存在を完全に忘れていた。

 男は今にも泣き出しそうな顔で駆け寄ってくる。


「ど、どちらへ行かれていたのですか!? この店に入ったと思って私も中へ入ったのですが、お嬢様のお姿が見当たらなくて……!」


 私は視線を泳がせた。情報ギルドに行っていました、などと言えるはずがない。

 咄嗟に笑顔を作る。


「み、店の奥に珍しい武器があると言われて、見せてもらっていたのよ」


 かなり苦しい言い訳だった。だが護衛は私が無事だったことに心底安心しているようで、それ以上深く追及してこなかった。


「ご無事で……本当にご無事でよかったです……!」


 彼は涙目でそう繰り返すと、今度は表情を引き締めた。


「これより先は、必ずお嬢様の後ろからついてまいります!」


 正義感に満ちた声だった。

 情報ギルドで用事は済ませたし、もう平民の格好でこそこそ歩く必要もない。そもそも迷惑をかけたのは私である。

 私は小さく息を吐き、帽子のつばを指先で直した。


「……分かったわ」


 そう告げると、護衛はほっとしたように胸を撫で下ろし、私の少し後ろを歩き始めた。

 王都の大通りへ戻ると、通行人たちの視線がちらちらと刺さる。


「エスメラルダ様だわ」

「あの悪女の……」


 囁き声が耳に入る。

 金細工店で少しは印象を変えられたかもしれないが、悪女のレッテルはそう簡単に剥がれないらしい。


(地道にやるしかないわね……)


 そう自分に言い聞かせながら歩いていると、ふと視界に大きな建物が入った。

 細やかな装飾が施された柱。磨き抜かれたガラス窓。中には美しいドレスやタキシードが飾られている。

 高級ブティックだ。


「わぁ……」


 思わず声が漏れた。

 前世では、服をゆっくり見る暇なんてなかった。ファストファッションのセール品をまとめ買いして、ひたすら着回す日々。セーターの毛玉もスカートの染みも、気にする余裕すらなかった。

 ガラス越しに飾られたドレスは、夢のように綺麗だった。


(お金が貯まったら、絶対に来よう)


 そう心に決めた時、入口の扉が開いた。

 出てきた人物を見て、私は思わず「げ」と声を出しかける。相手も、私の顔を見て同じような表情をした。

 煌めく金髪。切れ長の紫の瞳。白く汚れ一つない服に、王族らしい気品。

『聖女の微笑みの裏には』のヒーロー、レオンハルト・ヴァランスだった。


「エスメラルダ」


 苦々しげに名前を呼ばれる。

 エスメラルダは、彼の婚約者候補だ。しかも転生前は、彼に嫌がられるほど付きまとっていたらしい。

 私は内心で深く息を吐き、なんとか笑顔を作った。


「ご機嫌よう、レオンハルト様」

「また俺のストーカーか?」


 挨拶を返されるどころか、第一声でストーカー扱いされた。

 流石にかちんとくる。レオンは言葉を続けた。


「近頃は俺に付きまとわなくなったが、それも作戦だったのだろう?」


 レオンの乱暴な物言いに言葉を失う。そんな私に彼は、さらに言葉を続けた。


「まったく浅はかなやつだ。しかもレティシアに火を投げつけ、火傷までさせたというじゃないか。どこまでも自己中心的だな」


 レオンハルトは、うんざりしたように言い放った。

 エスメラルダの行動も、レティシアの件も、すべて勝手に決めつけられている。

 確かに過去のエスメラルダの行いは褒められたものではない。だからといって何を言ってもいいわけではないだろう。

 私は拳を握りしめた。そして、ゆっくり息を吸い込む。


「レオンハルト様」

「……何だ」


 私は彼の目をまっすぐ見た。

 その視線が意外だったのか、レオンハルトはわずかに息を呑む。私はにっこりと笑った。


「申し訳ございませんが、婚約者候補など、もう興味はありませんの」


 その瞬間の彼の顔は、滑稽だった。

 ぽかんと口を開け、次に混乱し、最後には苛立ちが顔に滲んだ。歪んだ笑みを浮かべながら言葉を投げつけてくる。


「は、分かったぞ。またそういう作戦だな? 興味がないふりをして、俺の気を引こうと──」

「いいえ。私の本心です」


 本当ならこの場で婚約者候補から降りると言ってやりたかった。

 だが、そこは慎重になるべきだ。派閥や立場を軽く見て痛い目に遭うのは、会社員時代に散々経験済みである。

 すると、レオンハルトは私の肩をぐっと掴んだ。指が食い込み、痛みに眉をひそめる。


「お前が、俺に興味がないなどと言う資格が──」

「何かお困りですか?」


 澄んだ声が割って入った。

 見上げると、そこには絶世の美青年がいた。

 月光のような銀髪。深い紺色の瞳。先日のパーティで見かけた、ベリルという貴族だ。

 彼はレオンハルトの手首を掴んでいた。


「何だお前は! 俺が何者か知っての行動か?」

「申し訳ございません、レオンハルト王太子殿下。ランフォード公爵家のベリル・ランフォードと申します」

「ランフォード家……?」


 レオンハルトの顔に、わずかな動揺が走る。

 ランフォード家。

 確か、エスメラルダも通う学園の運営を担っている家だ。社交界の表舞台には滅多に出ないが、王家に対して一定の発言力を持つとされる、謎の多い家。


「王太子殿下が騒がれているところを見られるのは、あまりよろしくないのでは?」


 ベリルが穏やかに言う。

 レオンハルトははっとしたように周囲を見回した。何人かの通行人が、こちらを遠巻きに見ている。

 彼は分が悪いと判断したのか、舌打ちしそうな顔で手を離した。

 ベリルは涼しい顔でそれを受け流し、私へ視線を向ける。


「では、エスメラルダ様。エスコートの続きを」

「え、えぇ」


 名前を伝えたことがあっただろうか。そんな疑問は浮かんだが、今はレオンハルトから離れたい気持ちが勝った。

 ベリルの手を取り、歩を進める。背中にレオンハルトの視線が突き刺さるのを感じながら、ブティックの前を離れた。

 レオンから十分に距離を取ったところで、私はベリルへ向き直った。


「ありがとうございます。助かりましたわ」

「いえいえ、役に立ってよかった」

「では、私はこれで……」


 助けてもらったのはありがたい。だが、彼に近づきすぎると危険だと警報が鳴っていた。

 まず顔が良すぎる。家柄も強い。関われば、また余計な噂を呼ぶ。今の私に必要なのは、静かに稼ぎ、病気を治し、断罪ルートから離れることだ。

 美青年とのロマンスではない。


(近寄らないのが吉!)


 そう判断して去ろうとした瞬間、手首をそっと掴まれた。

 振り返ると、ベリルが微笑んでいる。眩しいほど綺麗な笑みだった。


「また会える日を楽しみにしてるよ」

「? え、えぇ」


 こちらとしては、もう会いたくない。

 とはいえ助けてもらった手前、そんなことは言えない。私は曖昧に微笑むしかなかった。

 ベリルは満足したように手を離す。

 私は小さく会釈し、その場を離れた。


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