表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】悪女の優雅で素晴らしい贅沢生活 〜過労死した私、社畜スキルで稼ぎます〜  作者: 海城あおの
第二章 悪女はお金を稼ぎます

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/29

7. 情報屋ギルド『黄昏の書庫』

 

「はぁ……」


 私はため息をつきながら、王都の裏路地を歩いていた。

 先ほどの一件で、民衆たちに貼られていた悪女のレッテルは、少しだけ剥がせたはずだ。それ自体はよかった。

 しかしレティシアのあの目を思い出すと、背筋がうっすら冷える。


(あれ、完全に恨まれたわよね……)


 断罪ルートを回避するために動いているはずなのに、別方向から加速している気がする。とはいえ、立ち止まって落ち込んでいる暇はない。私には時間がないのだ。


 自分にそう言い聞かせ、目の前の店を見上げた。

 裏路地の奥にある、古びた武器屋。看板は擦り切れ、窓も薄汚れている。通りからは見えにくい場所にあり、存在を知らなければ一生立ち寄ることはなかっただろう。

 私は帽子を深く被り直し、ぎい、と軋む扉を押し開けた。


 店内は狭かった。

 壁には短剣や剣、槍の穂先がひしめくように並べられている。鉄と油の匂いが鼻をくすぐり、薄暗い空気が肌にまとわりついた。

 奥にはもう一つ扉がある。その前のカウンターには、一人の男が気だるそうに座っていた。

 私はまっすぐ彼の前へ行き、声をかける。


「錆びない短剣が欲しいの」


 男の眉がぴくりと動いた。


「何色の剣だ?」

「夜明けの紫。柄には血塗れのルビーを」


 そう答えると、男は無言で立ち上がった。


「ついてきな」


 奥の扉が開く。

 真っ暗な廊下へ足を踏み入れながら、私は内心で小さく笑った。


(合言葉が完全に厨二病なのよね……)


 前世の私が言ったら痛々しいことこの上ないが、今の私はエスメラルダだ。

 この美貌なら、夜明けの紫だろうが血塗れのルビーだろうが、多少は絵になったはずだ。多分。


 廊下の先には、薄暗い空間が広がっていた。

 中央には黒いフードを被った人物が座っている。周囲には書籍、鉱石、小瓶、羊皮紙などが乱雑に置かれていた。

 まるで研究室のようでもあり、怪しげな商談部屋のようでもある。

 店主は短く声をかける。


「オーナー、客だ」

「珍しいな」


 フードの男が顔を上げる。

 茶色の髪に、緑の瞳。思っていたよりずっと若い。整った顔立ちをしているが、目元には人を値踏みするような鋭さがあった。

 店主はそれだけ告げると、さっさと元の店へ戻っていく。

 オーナーと呼ばれた男は、頬杖をつくようにして私を見た。


「この場所を知っているなんて、よほどの通だな。何か依頼かい?」

「えぇ」


 私は頷いた。

 回りくどい駆け引きに時間を使う気はない。


「ブランジェムの入手方法を知りたいの」


 その瞬間、男の空気がわずかに変わった。

 ほんの一瞬だけ、場が固まる。彼は考え込むように指先でテーブルをとん、と叩いた。


「そりゃまた、珍しいものをお求めだ」


 口元に笑みを浮かべる。

 けれど、その目は笑っていない。


「情報が欲しいなら、対価を」


 話が早くて助かる。

 私は父からもらった麻袋を、そのままテーブルへ置いた。


「ここに一千万ゴールドあるわ」


 オーナーの顔が、分かりやすく輝いた。

 原作で見た通りだ。この男は無類のお金好きである。

 ケチな貴族には情報を渋るが、気前よく払う相手にはおまけまでつける。そういう場面があった。


(父からの報酬が一気に消えるのは痛いけど……命には代えられないわ)


 ここで惜しんではいけない。

 今必要なのは、確実な情報だ。


「どうぞ、おかけください」


 オーナーの態度が明らかに変わった。

 先ほどまでの気だるさはどこへやら、にこやかな笑みで椅子を勧めてくる。胡散臭い。とても胡散臭い。

 けれど私は素直に椅子へ腰を下ろした。

 オーナーは指を組み、穏やかに尋ねる。


「それで? なぜブランジェムが必要なのですか?」

「情報が欲しいなら、対価を」


 先ほどの言葉をそのまま返すと、彼は一瞬だけきょとんとした。

 そして次の瞬間、腹を抱えるように笑い出す。


「ははっ、そうでしたね。失礼しました。では、対価にこちらを」


 彼はテーブルの上から、小さな鉱石を一つ取り上げた。

 白みがかった透明の石。光を受けると、内側に淡い虹のようなきらめきが浮かぶ。


「そちらがブランジェムです」

「……これが?」


 私は思わず鉱石を見下ろした。

 医学報では、とんでもなく高価な鉱石だと書かれていた。それをこんなに簡単に渡してくるなんて。

 オーナーはにこにこと笑っている。


「それでは、もう一度伺いましょう。なぜ必要なんです?」


 私は小さくため息をついた。ここまでされたら、答えないわけにもいかない。

 ワンピースの袖をまくる。そこには、黒い薔薇の模様が浮かんでいた。

 オーナーの目が見開かれる。


「黒薔薇病を治すために、大量のブランジェムが必要なのよ」

「なるほど」


 彼は短く頷いた。

 私は手の中のブランジェムを見下ろす。


「……これは、どうやって治療薬になるのかしら」

「飲むんです」

「え」

「粉々にして、飲むんです」

「え」

「あ、この情報は無料でいいですよ。サービスです」


 オーナーは爽やかな笑顔で言った。

 この男は、報酬を支払われた情報については絶対に嘘をつかない。原作でもそうだった。

 想像以上に力技な治療法に、頭が痛くなる。


「はぁ……この金槌、借りていいかしら?」

「どうぞ」


 私は諦めて、テーブルの上にハンカチを広げた。

 その上にブランジェムを置き、近くにあった金槌を手に取る。何とも言えない気分のまま振り下ろすと、鉱石はぱきんと割れ、やがて細かな欠片になった。

 私は粉末に近くなったそれを見つめ、ごくりと喉を鳴らす。


(これで死んだら、あまりにも間抜けすぎるわね……)


 けれど、他に道はない。私は一気にブランジェムを飲み込んだ。

 幸い、味はしなかった。

 喉にざらつく感覚もほとんどない。痛みも苦しさもない。

 一瞬、騙されたのではと疑いかけたが、腕を見ると黒薔薇の模様が完全に消えていた。

 オーナーが勝ち誇ったように笑う。


「ほら、良くなったでしょう?」

「……そうね」


 私は認めざるを得なかった。

 そしてすぐに顔を上げる。


「次は、ブランジェムの情報について教えてちょうだい」

「世界中から見てもかなり珍しい鉱石で、魔力の流れがある地層でしか発掘できません。主な用途は魔法の触媒。市場には滅多に出回らず、そのため偽物や粗悪品も多い……といった情報は、ご存じのようですね」

「当然よ」

「さすが、ベルメール公爵家の一人娘だ」


 私はぎくりとした。

 数秒迷ったあと、諦めて帽子を脱ぐ。

 やはり、最初から気づいていたのだろう。情報屋相手に変装が通じると思った私が甘かった。

 オーナーは一本指を立てる。


「では、とっておきの情報を。ブランジェムは流通を制限されている可能性があります」

「制限? 一体誰が?」

「断定はまだできません」

「……は?」


 思わず声が低くなる。

 一千万ゴールドを払っているのに、肝心なところで「分かりません」と来た。

 私の不満を察したのか、オーナーはにやりと笑う。


「曖昧なまま情報を渡すのは、私の矜持に関わりますので。いただいた報酬分の情報は、必ずお渡ししますよ」

「……つまり、もう少し待ってほしいということ?」

「えぇ」


 悪びれもなく微笑む男を、私はじっと見た。

 一千万ゴールドは返してもらうべきだろうか。それとも、この男に賭けるか。

 原作知識から考えれば、情報ギルドのオーナーは有能だ。少なくとも、彼以上に裏の情報へ近づける相手を私は知らない。

 ならば、ここで関係を切るのは得策ではない。

 しばし考え、私は苦肉の策を口にした。黙って「はい、そうですか」と引き下がるわけにはいかない。


「銀行でも、お金を預ければ利息が発生するわ。あなたの情報を待つ間にも、当然、利息は発生するのでしょうね?」

「ふふ、利息と来ましたか」


 オーナーは楽しそうに目を細めた。


「いいでしょう。利息に見合う情報は提供しましょう。手始めに、こちらを」


 そう言って、彼は懐から名刺を取り出した。

 そこには『黄昏の書庫』という文字が書かれていた。


「これは?」

「その名刺を持っていれば、連携店舗で様々な恩恵を受けられます」


 裏面を見ると、宿屋やカフェなど実に様々な店舗名が名を連ねていた。一日並んでも入れないという人気店まである。

 こんな店まで裏で牛耳っているのかと思いつつ、文字を指差して尋ねた。


「『黄昏の書庫』って何?」

「この情報ギルドの名前ですよ」

「あ、そう……」


 合言葉といい、ギルド名といい、この男の血には厨二の魂が流れているに違いない。

 そんなことを考えながら、私は名刺をしまい、薄暗い部屋を後にした。




「……ふうん。浅慮な人物と聞いていたが、噂とはだいぶ違うねえ」


 エスメラルダが去っていった廊下を眺めながら、オーナーは楽しそうに呟いた。

 一千万ゴールドを惜しげもなく置いていく度胸。黒薔薇病を抱えながらも、必要な情報を冷静に取りに来る判断力。利息を要求してきた図太さ。


 噂の悪女とは、まるで違う。


 薄暗い部屋の中で、彼の唇が小さく動く。短い呪文が空気に溶けると同時に、茶色だった髪が月光を帯びたような銀色へ変わっていく。緑色の瞳は深い紺色に染まり、先ほどまでの胡散臭い情報屋の姿は、瞬く間に一人の貴公子──ベリル・ランフォードへと変わった。

 彼は名刺をしまい、口元に薄い笑みを浮かべる。


「少し追いかけてみるか」




作者の心は厨ニなので「夜明けの紫」「血塗れのルビー」のくだりは、ウキウキで考えてました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
作者の心は厨ニ ↑ wwwwwwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ