4. 悪女、社交界へ戻る
「改善策?」
「はい」
訝しげな父に頷き、私は口を開く。
「調べたところ、ここ一年、鉱山での死者数が急激に増えております」
「知っている。だが調査しても原因が分からなかった」
「これは推測になりますが──有毒ガスではないかと思われます」
「有毒ガス?」
父の眉が跳ね、書類を急いでめくっていく。
そして該当のページを開き、読み込んでいく。私は説明を続けた。
「はい、鉱山に人体に有毒であるガスが蔓延。それを吸い込んだものが体調不良となり、亡くなったのではないかと」
「確かに体調不良による死因が増えている。だが毎月のように出ているわけではない」
「ガスは複数の要因で発生します」
私は指を立てる。
「たとえば、その日の風の通り方、掘削場所の違い、天候や気圧の影響……また同じ日でも、働く場所が違えば、症状は異なることもあります。おそらくランダム過ぎて、原因が掴めなかったのではないでしょうか?」
父は言葉を発しなかったが、表情から指摘が正しかったことが伝わってくる。
少しの沈黙の後、父親は低い声で問う。
「それで? ガスが原因だとして、どうやって改善するんだ」
「鳥を使います」
「鳥?」
父親が拍子抜けしたように声を漏らした。私は頷く。
「鳥は人間よりもガスの影響を受けやすいです。カゴに入った鳥と鉱山に入り、弱ったり、苦しそうにしたらガスが蔓延している目安になります」
しかし父の顔は晴れない。周りにいるメイドたちも不審な顔をしている。
当然かもしれない。死亡事故を防ぐために「鳥を使え」と急に言われたら、そんな顔をするのも。
しかしその反応は予想済みだ。
私は懐に入れていた書類を取り出す。こんな反応があった時に保険として持っていたものだ。
「何だ、これは?」
「鳥を警報役にした事例です。北部のある国で既に使われていて、死亡事故が減ったという報告も出ています」
父の目が見開いた。
私がこの報告書で一番苦心したのがこの事例を手に入れることだった。トルンに頼んだ資料を隈なく読み、数行だけ書かれていたのを発見したのだ。
今まで横暴だった娘の提案だ。それだけでは父は動かないだろう。
だが、前例があれば、動いてくれる可能性はぐっと上がるはず。そう信じ、私は父の瞳を見た。
彼は沈黙の後、立ち上がった。
「……分かった。試してみよう」
「! ありがとうございます!」
これで鉱山の死亡事故が減るはずだと、心の中でガッツポーズをする。
私は頭を下げ、父の執務室を退出した。
──数週間後。
トルンは私の部屋にやってきて、興奮したように言った。
「鉱山の死亡事故が激減しました!」
彼は書類を見ながら感動したようにいう。
「まさか嫌われ者……いえ、嫌われ鳥のクローヴがこんなところで役に立つとは」
クローヴとは小型の鳥で、この世界では害鳥として嫌われていた。
気質自体は大人しいのだが、その小さな体に対してよく食べるのだ。そのため畑が荒らされる被害が続出していた。さらに食べた分だけ糞として排出するので、建物への糞害も悩みの種だった。
今回はそのクローヴを警報役として採用したのだ。
私は胸を撫で下ろす。
「うまくいってよかったわ。人の命がかかっているものね」
「お嬢様……」
トルンはそう言って、言葉を切った。
何だろうと顔を上げると、彼は目に涙をいっぱい溜めていた。
よく見ると彼の後ろにいたメイドたちも、涙目になっている。
「こんなご立派になられて……! トルンは大変嬉しゅうございます!!」
そして彼はおいおいと泣き出した。メイドたちもハンカチを目に当て、うんうんと頷く。
その様子を見て、私は苦笑する。
今だけではない。私が普段感謝を伝えたり、小さな贈り物をするだけでも、同じような反応をされるのだ。
彼らの反応に大げさなと思わなくもないが、それほど以前のエスメラルダが酷かったのだろう。
(お父様の株も上がったし、屋敷内の立場も回復した。ひとまず順調ね)
屋敷内での評判を固めたら、次は外だ。
テーブルに置かれた招待状を手に取り、トルンへ差し出す。
「このパーティに参加するわ。準備をお願い」
*
会場は華やかな雰囲気に包まれていた。会場には旋律が流れ、貴族たちが思い思いに踊っている。
しかし私が会場に現れた瞬間、雰囲気が一変した。ヒソヒソと遠巻きに囁かれる。
「まぁエスメラルダ様だわ……」
「聖女様に火をつけといて、よく参加できたわね」
「さすが悪魔の皮を被った悪女だわ」
屋敷内では評判が上がったとはいえ、社交界では未だ嫌われ者の私である。
しかも聖女レティシアに火の玉をぶつけたのは事実なので、何もいえない。
なるべく噂の方向を見ないようにしながら、会場の中央に歩を進めた。すると入口の方から黄色い声が聞こえた。
「ベリル様だわ!」
声の方向を見ると、青年が立っていた。令嬢たちが我先にと集まっている。
月光のように輝く銀髪と、深い濃紺の瞳。背は高く、全身から気品が満ち溢れており、恐ろしいほど容姿が整っている。
遠目から見てもその輝きが分かった。
(すごく顔がいいわね……)
その時、ベリルと呼ばれた男と目が合ってしまい、私は慌てて視線を逸らす。
照れたわけではない。余計な火種を避けるためだ。
(あんな人気の貴族と関わったら、また変なことを巻き込まれる!)
そうならないためには無関心が一番だ。距離を取るようにして、早足で向かう。
その途中で、別の場所から雰囲気が違う噂話が聞こえてきた。
「鉱山での死亡事故を改善させたのだろう?」
「エドモン様の功績だろう?」
「いやそれが娘のエスメラルダ様が提案したっていうんだよ」
悪女のレッテルは未だに貼り付けられたままだ。しかし少しずつ変わってきているのが分かった。
私は内心拳を握る。
(このまま善行を積めば、断罪ルートが消えるはず!)
その時、前から見慣れた令嬢がやってくるのが見えた。
色素の薄い水色の髪と、オリーブ色の瞳の美少女──レティシアだった。
桃色のドレスに身を包んだ彼女は、他の令嬢たちを連れ添い、私へ近づいてきた。
「エスメラルダ様」
「ご機嫌よう、レティシア様」
私が挨拶を返すと、レティシアの取り巻きたちの雰囲気が少しだけ変わった。何だか困惑したような雰囲気を漂わせている。
おそらくエスメラルダが素直に挨拶を返したのが意外だったのだろう。
(悪女レッテルを剥がすために、先手を打つ!)
「レティシア様」
私は切なげな表情を意識して、彼女の名前を呼んだ。
そして目に涙を溜め、少しだけ俯く。
「先日は、申し訳ございませんでした。レティシア様に失礼な真似を……」
その瞬間、周りの雰囲気が明らかに変わった。
ざわっと声が広がり「嘘だろう?」「エスメラルダ様が謝った!」と囁かれている。
手応えを感じていると、レティシアはふわりと微笑んだ。
「気にしておりませんわ」
さすがは聖女。慈悲深く、心まで美しい。私はほっと胸を撫で下ろした。
だが、安心したのも束の間だった。




